NO159 謎の教団7~8(153から連載しています)

社に戻ると、恂子は勢いよく編集部のドアを開いた。
「ただいま!」
「早かったね、うまくいったの」
デスクの山崎が訊いてくる。
「それが、全然だめでした。言えない見せない行かせないの3拍子に加えて、
写真もだめときちゃあ、お手上げですわ・・・」
最後のほうはブツブツと独り言になっている。

こんな時、いつもお疲れ様と声をかけてくれる理佳が
今日は何が面白くないのか、ブスッと机に向かっている。
例によって岡田の姿は見えない。

向こう側の席でスポーツ関係担当者たちが、
最近出てきた、代打率10割という新人の話題に花を咲かせている。
「必ず打ちますって言ったそうだよ」
「へー、しかし13打席12安打1四球とはまたすごいことをやってくれましたねェ」
「8月になって突然出てきた新人で、テスト生でもないってことだよ」
「ほー、幻の新人か。最近ヤクルトもやるね、で、何てェ名だい」
「大内とかいったな」
「なるほど、そいじゃァ打つわけだ」
大きな笑いが起こり、
最近のお前にしてはヒットだとか、いや2塁打だとか言い合っている。
(なんて暇な人たちなんだろう。ウルサイ!)

電話が鳴った。
右手で原稿を書きながら、左手で受話器をとる。
「恂子か、原稿書けたかいな」
岡田の大声が飛び込んで来た。
(んーもういやになっちゃう、どうして帰ったのがわかったのかしら。
それに全然期待してないような言い方じゃないの。こっちはクサってんだぞ。
冷たいビールでも飲みたいところなんだから)
「おい、何をボケっとしとるんや。
ビールとまではいかないが、アイスコーヒーでもどうや。原稿忘れるなよ」
ガチャンという音で恂子は我に返り、思わずマスコット人形の鼻をつつく。
「いやなお方・・・」

なんだかいままでの疲れがスーと引いていくような気がした。
残りを手早く書き終えて立ち上がる。
隣の理佳が雑用紙の上に書いた文字を、何度もなぞって太らせている。
(おかしいぞ、何かあったな。きっと彼のことにちがいない)
恂子は何となく声をかけそびれて、そのまま部屋を出た。
左脇に原稿の入った紙袋を抱え、内容の乏しい割には足取りが軽い。

 8

自走ベルトの上から覗いて見ると、”モカ”はすいていた。
ママの三枝由美がサイフォンに上がってきたコーヒーをかき混ぜている。
ゆるくカーブしたカウンターの奥が岡田の定席である。
ここからは死角になって見えないが、
紫煙が立ち上がっているのが、彼のいる証拠である。

”モカ”のドアを開いた恂子は、
ほほえんでくる由美のほうへ、シィーと唇に指をあてて、
岡田のほうへ忍び足で近づいていった。
岡田は恂子がそばまで行っても顔を上げず、
何かレジスターで打たれたような細長い紙をじっと見つめている。
恂子は向かいの席にわざとドスンと座った。
「オッ!何時来たんや」
(フーンだ、知ってたくせに、何時だってとぼけてるんだから)
「ハイこれ、例の原稿です」
恂子はそれでもちゃんと原稿を取り出し、
彼の方から読めるように回して、テーブルの上に置いた。

「いらっしゃい」
由美の声と共にアイスコーヒーが来る。
(さては、今つくっていたのがこれだな。
さっきの電話といい、なんてタイミングがいいんだろう)
「いただきまーす」
 
 シロップを十分に入れてかき混ぜ、
 氷の下に入り込まないようにミルクを浮かす。
 コーヒーとミルクの境目のあたりにストローヲ差し込んで吸う。
 二つの微妙な混じり具合と、氷とコーヒーの温度差が魅力で、
 これが、恂子式アイスコーヒーの飲み方である。

原稿に目を通していた岡田は、新しいタバコの火をつけてニヤニヤしている。
「こりゃ、アカンコのマリモやなぁ」
「えっ!」
「天然記念物。欲しくてももってこれない。つまりどうしようもないってことや」
「自分でもそう思います。ほんの輪郭だけしか分からなかったんですもの・・・」
恂子はついしおれる。
岡田の前では何故か素直になれるようだ。
「うん、どうせ宗教上の秘密っていうやつやろう・・・
よっしゃ、ほんなら逆に、謎また謎の羽衣教団つーのでいくべぇ」
恂子は思わず吹き出して、あわてて口を押さえた。
まったくこのお方の言葉ときたら何が飛び出すかわかったものではない。
でも、その時その時の雰囲気に合っているというか、
彼が言うと、おかしさはあっても、違和感がない。
「そんな感じを強調してまとめてんか」

岡田は恂子に原稿を返して、またあの細長い紙を取り出して眺め始めた。
裏側から見ると数字の列が並んでいるのが分かる。
もう恂子のことなど眼中にないような岡田の態度が、
ちょっとしゃくに障るが、彼ならば仕方がないと思い直して
アイスコーヒーをすすり、原稿のまとめを考える。

「オイ、まだいたんか。アホ、仕事や仕事」
頭を上げた岡田が言う。
(フーンだ。自分で来いって言ったくせに、まったく!)
恂子ははじかれたように席を立ち一気に店の外に出た。
原稿のまとめも頭が痛いが、
ふと、ブスッとしていた理佳のことが気になってきた。

(謎の教団9~10へ続く)

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