162 謎の教団13~15

13

少しずつ立ちこめてくる紫色の霧の中に、四つの人影があった。
朧に映る人影の一人は、その体つきから女のようである。
やがて霧が薄れはじめ、それぞれの輪郭がはっきりしてくる。
紫色に染まった男三人は、
身体にぴったり張り付いたウエットスーツのようなものを着ている。
女はその豊かな肢体を誇示するように、
いや、わざと強調するかのように、
その胸と腰部のほかは何もつけていない。
彼女がゆっくりと歩き回ると、周りの紫色がいちだんと光沢をおびる。
だが、三人の男たちは、そんのことにはまるで関心かないように、
歩いていたり、寝そべっていたり、
自由なポーズで、勝手な方向を向き、
それぞれ、何か物思いにふけっているように見える。

 「エネルギー吸収壁、稼働率70%、
 充填エネルギー120%、余剰エネルギー蓄電中」
 どこからともなく、コンピュータのものらしい無機質な声が流れてくる。
 「ロサンゼルス、シドニー、サンチャゴ教団ビル建築中。
 現在外壁完了。全体完成予定翌年三月」

(順調のようだな)
誰かの思念が言った。
 「リスボン、ケープタウン9月建設開始予定」
(いずれにしても、来年中にはすべて完成というわけだ)
 「第2階梯壁通過者7名」
(ほう、一人だめだったか。たしか8人挑戦したはずだが)
(報告によると力量は十分なのだが、雑念が多すぎるとのことでした)
(雑念ねぇ、恋は盲目というが)
(相手はGOO(グー)とかいう月刊誌の女性記者だそうです)
(教導部がたるんでるんじゃないの。最近のデータを出してちょうだい)
 「最近3ヶ月、第2階梯壁通過者19名、脱落者7名」
(ほらごらんなさい)
(まぁ、そう言うな。特に彼の場合はかなり良い素質を持っているようだから、
きびしく、そして優しく育てるように指示しておいてくれ)

紫色の霧の中に、ぼんやりと白く縦長の崩れた楕円形が見え始める。
4人の顔に始めて表情らしいものが浮かび、
一種共通した緊張感が身体をよぎる。
楕円が密度を増し、形をとりはじめると、
そこには、他のものより、年長らしく見える男が立っている。
紫色の霧の中にあっても、なお真っ白で、
ゆるやかな服装に身を包んだその男が、
ちょうど生き物のようにせり上がってきた床の一部分に、
いとも自然に腰をおろすと、
めいめい勝手な位置にいた4人がその周りに集まってくる。

 14

「それでは始めようか」
どうやら5人は、これから何かの話し合いをするらしい。
四つの顔が年長の男の方へ集注する。
「諸君も知ってのとおり、教団はこのビルを建てるにあたって
X,Y,Zの三つの計画を企画し、
最初にX,Yの二つを実行に移すことを目的としている。
今、この東京ビルが完成するに及んで、まずX計画を実行しなければならない」
「精神的、心理的下準備はすでにできております。
あとは具体的に詰めていくことになります」
紫の男の一人が、自信にみちた声で言った。

「では、まず実施時期について」
「太平洋側の4都市のビル完成を待って、来年3月からにしてはいかがでしょうか。
やはり各地とも歩調を揃えて行うのが良策だと思います」
「いや、それは目立ちすぎます。多少時期をずらして行うべきではないでしょうか」
「しかし、この種のビルが建っただけでも目立っているのだし、
特にこだわることはないと思います」
「他に異議がなければ、X計画は来年3月から実施することにする」
白の男はいったん言葉を切って、次をうながした。

「・・・では方法について」
「各地方に4人の赤(レッド)クラスをつけた緑(グリーン)クラスを派遣して、、、」
いつの間にか5人の会議から言葉というものが失われていた。
静かに瞑想している姿からは、一切の感情変化はみられない。
白の男を除いた4人の身体をつつんでいる紫色の霧が
時々光を増すのがわかる。

白の男が立ち上がる。
今まで彼が腰掛けていた椅子が自然に下に吸い込まれ、
平坦な床の一部と化す。
現れた時と同様、彼の姿は、
見ている間に霧の中に溶け込んでいった。

 15

 「戒律違反者橙(オレンジ)クラスNO63、行動追跡中」
 コンピュータの声がうつろに響く。
「やはり手を打ちましょう」
瞬間一人の思念が飛んだ。
(大げさにしなくてもいいだろう。たかがゲームじゃないか)
「しかし、ちょpっと派手すぎます。このままだと疑惑を呼ぶことは必定でしょう。
現にマスコミが動きはじめました」
(馬鹿なやつだ、ちょっとした力に増長して、それを金のために使うとは)
「実際貧しいのよ。GNP第1位だなんて言ってるけど、
庶民には何の潤いもプラスされないじゃない。
それどころか、生活は苦しくなる一方ときてるんだから」
(まあ、判事にしろ教師にしろ、自分の生活が苦しくては、
心から人のことを考える余裕も出てこないだろうな)

 彼らの話し合いは、一般の人たちにはどう映るであろうか。
 声に出したり、沈黙したりして、
 交わされている内容はまったくつかめないに違いない。
 今テレパシーを交えて会話している彼らには、
 いったいどのような力が秘められているのであろう。

”天の羽衣教団”アジア支部、
導師、紫(ヴァイオレット)クラスNO1,2,3,4である。

 「戒律違反者橙クラスNO63、今週土曜日東京ドームで、代打予定」
(やはり、黙っているわけにはいくまい)
「消すか!」
(そこまでやる必要もあるまいよ)
「自然な形で、引退させるようにすればいいのよ、で、誰がやるの?」
「わたしがやりましょう」
しばらくの沈黙の後、4人は、それぞれ恣意の動きに戻り始める。
一段と濃度を増した霧の中に彼らの影が煙っている。
 
 「戒律違反者橙(オレンジ)クラスNO63、追跡調査終了」
 コンピュータの声も心なしか、煙ってきこえる。

東京教団ビル60階、午後4時であった。

(16~17へ続く)

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