NO 165

出逢い4~6

 4

(いったい誰なんだろう・・・Kって)
恂子は首をかしげた。
艶やかな友振り袖が彼女の都会的な顔立ちと溶け合い、
少女らしさを残した面影のなかに、成熟した女性の貌をのぞかせている。
もちろん恂子にとって”予言の刻”は初めてではなかった。
ただ、昨年までは社の恒例行事の一つだと軽く見ていた。
が、何故か今年は気にかかる。
”天の羽衣教団”の取材以来
恂子の興味は摩訶不思議なものに引きずられているのかもしれない。

恂子には、今日の会の始めから妙に気になる客がいた。
別に変わった服装をしているわけではなく、
目立つような行動をしているわけでもない。
他と異なる点といえば、その背の高さであろう。
ほとんどの客の頭の上から彼の目がのぞいている。
先ほども、何となく後ろを振り向いて目が合い、恂子はどぎまぎした。
何処かで、見たことがあるような気がしている。

 アルコールがまわった会場には、客たちの会話が声高に交わされている。
 ”K”は最近インドから帰国したばかりだとか、
 政治の中枢にまで食い込んでいるらしいとかという声が聞こえてくる。

(もう一回りしてこようか)
歩きかけた恂子のうしろで、白光がひらめいた。
びっくりして振り返ると、カメラをちょっと上にあげて、藤森良が声をかけてきた。
「美女の後ろ姿ってーのは、何時だって絵になるぜ」
(フーンだ、何が後ろ姿よ、横顔はもっといいんだぞ)
「遊んでないで仕事しなさいよ」
「何を言うか、さっきからぼんやりしてたのは誰だよ」
最後のほうは背を向けて、良ちゃんは客のなかに紛れ込んでいく。
(ずっと私を見てとのかしら)
頬を赤らめた恂子が、良ちゃんの後ろ姿を追っていくと、知った顔にぶつかった。
(教団の大沢さんだわ、何時来たのかしら)

”天の羽衣教団”常務理事、大沢正は、
紺のスーツをビシッと決めて2,3人の男たちと親しそうに談笑している。
(一丁挨拶してくるか)
恂子は急いで足を運ぼうとして、つまずきそうになる。
無意識に周囲を窺った。なれない和服である。
(誰も気づいていないな)

 5

「月刊GOOの槙原でございます。昨年は大変お世話になりました。
本年もどうぞ、よろしくお願い致します」
型どおりの挨拶に、大沢はにこやかに
「やあ、槙原恂子さんでしたね。どうですか最近、お仕事のほうは」
「おかげさまで、何とかやっております。
あっ、お邪魔ではなかったでしょうか」
「いやいや、みなT大の同期でしてね。
頑固でうるさいが気のいい奴ばかりですから」
「こらっ、頑固はお前じゃないか。いや失礼私はこういう者です」
隣にいた大きな腹の男が名刺を出す。
「おいおい、美人と見るとすぐに触手を動かすんだから・・・」
大沢は名刺の男をからかい、恂子に訊いてきた。
「羽衣の紅茶はいかがでしたか」
「ええ、あまり美味しかったものですから、
後で、もう一度出かけて行ったくらいだすわ」
「ほー、やはりね。あなたにはあの味が分かると思っていましたよ」
「オイ、お前の方こそ触手をのばしているんじゃないか」
「いいんだよ、このお嬢さんとは、お前より先に出会っているんだから。
先手必勝というだろう」
周りが大声で笑った。
それぞれの道を確信を持って生きている男たちなのだろう。
自信に溢れていながら、エリート意識などおくびにも出さない。
他愛ない笑顔である。

 編集長の岡田遥之も同類のような気がする。
 ひょうきんな態度の中に、秘められた強靱な意志とでもいうか、
 恂子は彼に得たいの知れない実力を感じる。

大沢たちのグループを離れると、
恂子の目は自然にあの背の高い男の姿を探している。
(何処にいるのだろう・・・)
もう帰ったのだろうか。そんなはずはない。
これからもう一つショウがあるのだ。
(あっ、いた!)
隅の方の椅子に座って二人の女性と話している。
それが癖なのか、グラスを口に運ぶ前に、わずかに振っている。
何気ない動作だが、
少しずつ溶けていく氷の音を、密かに楽しんでいるように見える。

 6

「それでは皆様、最後に今年もまた5人の方に予言をお願いいたしましょう」
 ステージ上に五つの小型テーブルがあって、濃いブルーのガウンを纏い、
 目の部分だけに穴をあけて顔を覆った人間が座っている。
 照明が徐々にブルーの変化する中で、
 左手の一つの座にスポットがあたった。
「今年の概況についてSさんにお願い致します」
司会の言葉で、Sなる人物が徐に立ち上がり、語り始めた。

「今年は動の年となるでしょう。自然界では、地震や火山の活動が活発になり、
 寒暖の差が激しく異常気象となります。
 政治経済面では首長や幹部の交代が相次ぎ、
 科学や芸術の分野では、天才が現れて、
 新しい発明発見が見られるようになるでしょう。
 具体的には、これから封じられる紙片にしるすことにしますが、
 国民の生活は一連の動きに翻弄され、
 破壊活動は全世界規模のものへと広がって行きます。
 しかし、そんななかにあっても、さらに動じない人たちの手によって、
 できるだけ破壊を阻止しようとする動きがすでに始まっているようです」

Sが静かに着席した。
5人の予言者の手元にスポットがあたる。
それぞれが紙に書き込み、封をした封筒を
アシスタントの女の子に渡す。
三田村慶子が受け取って例の透明な函に入れ、
横蓋を閉じて時刻をセットする。
顔の前に持って行ってカチカチという音を確かめてから、
開放ボタンの上をテープで封印すると、
あらためて函を持ち上げ、会場に示した。

「開放時刻は来年の1月5日午後7時30分にセットされました。
中の予言はこの函を壊さないかぎり取り出すことは出来ません。
皆様また来年の”予言の刻”でお会いいたしましょう」
司会の声と共にBGMが音量をあげ、
ステージが暗転して会場が明るくなった。

(出逢い7~8へ続く)
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