NO 167 出逢い

北欧風の調度でまとめられた部屋。
畳を敷けば12,3畳にもなろうか。
大きなソファーに男がゆったりとくつろいでいた。
小型のテーブルを挟んで、二つの椅子の左側に、女が脚を組んでいる。
髪を無造作に後ろに束ねた女は唇を堅く結び、
目を半眼にして男を見つめている。
フロアースタンドだけの柔らかい光が、女の顔から表情を奪って、
全く没個性的な人形のような感じを与える。

男の顔は見えない。
逆光になった後ろ姿が、黒々と浮かびあがり、
顔の中心から真っ直ぐに立ち上る紫煙が、
天井の薄闇の中に溶け込んでいる。
二人とも無言である。

やがて女の唇が動いた。

「天の羽衣教団ビルの外壁は、
何らかのエネルギー吸収装置であることが判明しております。
現在はもっぱら太陽エネルギーを吸収しているもようです」

「最上部からは時々強い電磁波を発しておりますが、
おそらくその時点での余剰エネルギーの放出ではないかと思われます」

「吸収されたエネルギーの使用については不明ですが、
10階から上へは、東京電力をはじめ、
いかなる電力会社からも電力の供給は行われておりません」

「上部にあるテラス状のところは、
ヘリコプターなどの発着施設ではないかと推察されますが、
そのようなことが行われた事実はありません」

女は一言ずつゆっくり言うと、指示を仰ぐように男の顔を見た。

(・・・・・)
「はい、ロサンゼルス、シドニー、サンチャゴでは、
それぞれ同種のビルがほぼ完成されており、
リスボン、ケープタウンにおいても外壁ができあがっております」
(・・・・・)
「はい、それらのビルの特色は、いずれも海に近いことと、
地球の緯度南北35度あたりに集中していることです」

どうやら女は男の質問に答えているらしいが、
さっきから男は一言も発していない。
男の質問は直接女の脳へ届けられているのだ。
女はそれを受信できても、自ら発信することが出来ない。
結果として女だけが話しているように見える。
男はよほど、ヘビースモーカーらしく、紫煙が切れることがない。
一度大きく吸い込んで、ゆっくりと前にはき出すと、
ピース独特の甘い香りが漂って、女の顔がかすみ、
その存在をうすくする。

 
10

(・・・・・)
「はい、おそらく南北35度の間で何かおころのではないてしょうか」
(・・・・・)
「はい、北半球では、人口密集地帯や重要都市があるということでは、
もっと高緯度にワシントン、モスクワ、ロンドン、パリなどがあり、
その意味で軍事上のことではないように思われますが・・・」
(・・・・・)
「はい、もしそれぞれのビルが南北35度に影響力をもつとすれば、
人間が居住しているほとんどの地域を網羅することになります」

男はじっと女の目をのぞいている。
いや、その目の奥、ずっと遠いところを窺っている。
しばらくの沈黙の後、質問が再会されたらしく女が口を開いた。

「はい、それぞれのビルの建築進捗状態に比例するように、
各地で信者の数が急増しております」
(・・・・・)
「はい、信者には年齢や男女差はなく、平均しており、
昨日の推計によりますと、
日本においては、すでに200万人に達しようとする勢いです」
(・・・・・)
「はい、財団の動きは一応把握しております。
相変わらず理事長の古谷はほとんど顔を見せません。
内事関係は専務の佐々木が、外事関係は常務の大沢がそれぞれ担当し、
財団内においては、特に宗教的雰囲気はありません」

ライターの鳴る音がして、一時途切れた紫煙が再び生命を取り戻す。

(・・・・・)
「はい、そのことですが、最近になって財団は富士山麓にある
”新生火山地震研究所”という民間の研究所に
援助していることが判明しております」
(・・・・・)
「はい、世界各地のビルも
それぞれの国において同種の援助施設をかかえている模様です」

(・・・・・)
「はい、わかりました」

女が束ねた髪をほどいた。
長い髪が肩にかかると、女の顔に徐々に表情が現れる。
目が潤いをおびて見開かれ、
形よく引き締まった唇から白い歯がこぼれる。
身構えているようだった肩が丸みをおび、
ゆっくりと組んでいた脚をほどくと、
清楚なブラウスの下で、膨らみが息づき始める。

そこには”モカ”の三枝由美がいた。
ここは由美の部屋である。
彼女は、今、男に教団についての報告を終えたところであった。
部屋の中がもやって、
男の黒いシルエットが立ち上がる紫煙と共に揺らいで見える。

(・・・)

由美は椅子から滑り降り、男の膝に頭をあずけた。
男の指が彼女の髪の中に入り、いとおしむように動き始める。

(出逢い11~12へ続く)

 

 

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