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北欧風の調度でまとめられた部屋。
畳を敷けば12,3畳にもなろうか。
大きなソファーに男がゆったりとくつろいでいた。
小型のテーブルを挟んで、二つの椅子の左側に、女が脚を組んでいる。
髪を無造作に後ろに束ねた女は唇を堅く結び、
目を半眼にして男を見つめている。
フロアースタンドだけの柔らかい光が、女の顔から表情を奪って、
全く没個性的な人形のような感じを与える。
男の顔は見えない。
逆光になった後ろ姿が、黒々と浮かびあがり、
顔の中心から真っ直ぐに立ち上る紫煙が、
天井の薄闇の中に溶け込んでいる。
二人とも無言である。
やがて女の唇が動いた。
「天の羽衣教団ビルの外壁は、
何らかのエネルギー吸収装置であることが判明しております。
現在はもっぱら太陽エネルギーを吸収しているもようです」
「最上部からは時々強い電磁波を発しておりますが、
おそらくその時点での余剰エネルギーの放出ではないかと思われます」
「吸収されたエネルギーの使用については不明ですが、
10階から上へは、東京電力をはじめ、
いかなる電力会社からも電力の供給は行われておりません」
「上部にあるテラス状のところは、
ヘリコプターなどの発着施設ではないかと推察されますが、
そのようなことが行われた事実はありません」
女は一言ずつゆっくり言うと、指示を仰ぐように男の顔を見た。
(・・・・・)
「はい、ロサンゼルス、シドニー、サンチャゴでは、
それぞれ同種のビルがほぼ完成されており、
リスボン、ケープタウンにおいても外壁ができあがっております」
(・・・・・)
「はい、それらのビルの特色は、いずれも海に近いことと、
地球の緯度南北35度あたりに集中していることです」
どうやら女は男の質問に答えているらしいが、
さっきから男は一言も発していない。
男の質問は直接女の脳へ届けられているのだ。
女はそれを受信できても、自ら発信することが出来ない。
結果として女だけが話しているように見える。
男はよほど、ヘビースモーカーらしく、紫煙が切れることがない。
一度大きく吸い込んで、ゆっくりと前にはき出すと、
ピース独特の甘い香りが漂って、女の顔がかすみ、
その存在をうすくする。
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(・・・・・)
「はい、おそらく南北35度の間で何かおころのではないてしょうか」
(・・・・・)
「はい、北半球では、人口密集地帯や重要都市があるということでは、
もっと高緯度にワシントン、モスクワ、ロンドン、パリなどがあり、
その意味で軍事上のことではないように思われますが・・・」
(・・・・・)
「はい、もしそれぞれのビルが南北35度に影響力をもつとすれば、
人間が居住しているほとんどの地域を網羅することになります」
男はじっと女の目をのぞいている。
いや、その目の奥、ずっと遠いところを窺っている。
しばらくの沈黙の後、質問が再会されたらしく女が口を開いた。
「はい、それぞれのビルの建築進捗状態に比例するように、
各地で信者の数が急増しております」
(・・・・・)
「はい、信者には年齢や男女差はなく、平均しており、
昨日の推計によりますと、
日本においては、すでに200万人に達しようとする勢いです」
(・・・・・)
「はい、財団の動きは一応把握しております。
相変わらず理事長の古谷はほとんど顔を見せません。
内事関係は専務の佐々木が、外事関係は常務の大沢がそれぞれ担当し、
財団内においては、特に宗教的雰囲気はありません」
ライターの鳴る音がして、一時途切れた紫煙が再び生命を取り戻す。
(・・・・・)
「はい、そのことですが、最近になって財団は富士山麓にある
”新生火山地震研究所”という民間の研究所に
援助していることが判明しております」
(・・・・・)
「はい、世界各地のビルも
それぞれの国において同種の援助施設をかかえている模様です」
(・・・・・)
「はい、わかりました」
女が束ねた髪をほどいた。
長い髪が肩にかかると、女の顔に徐々に表情が現れる。
目が潤いをおびて見開かれ、
形よく引き締まった唇から白い歯がこぼれる。
身構えているようだった肩が丸みをおび、
ゆっくりと組んでいた脚をほどくと、
清楚なブラウスの下で、膨らみが息づき始める。
そこには”モカ”の三枝由美がいた。
ここは由美の部屋である。
彼女は、今、男に教団についての報告を終えたところであった。
部屋の中がもやって、
男の黒いシルエットが立ち上がる紫煙と共に揺らいで見える。
(・・・)
由美は椅子から滑り降り、男の膝に頭をあずけた。
男の指が彼女の髪の中に入り、いとおしむように動き始める。
(出逢い11~12へ続く)