NO 168

出逢い

11

かなり長い階段を下りると、重厚な扉があった。
その表面には八方にトゲの出た円形を
アラベスクが取り囲んでいる図柄のレリーフがついている。
恂子は扉を押した。
「いらっしゃいませ」
黒服に蝶タイの若い男が丁寧に迎えた。
右側にクロークのような所があるだけの殺風景な部屋である。
入ってはきたものの、どうしていいか戸惑っているの恂子のそばに、
蝶タイの男が近づいてきた。
「どなたかのご紹介でございますか」
「いえ・・・」
蝶タイは恂子を下から上へ見上げるようにしながら、さらに慇懃に言った。
「申し訳ございません。ここは会員制になっておりますので・・・」
恂子は何か重大な罪を犯したような気持ちになって身体を縮めた。
頭を下げ、出口に向かおうとした時、
正面の壁が左右に割れて、女性の声がかかった。
「いいのよ、お通しして」
蝶タイの男がハッとしたように威儀を正した。
「失礼しました。どうぞあちらへお通りください」
言いながら、開いた壁の入り口へと先導した。

一歩踏み込むと広い通路を隔てて、
正面の壁いっぱいに絵がが描かれている。
 
 左右に広がる壁面は幅20メートル高さ5メートルもあろうか、
 端の方は薄明かりの中ではっきり見えない。
 最初は近すぎて分からなかったが、どうやら絵は蝶のようである。
 たくさんの蝶が翅を主体として、いろいろな状態に切断され、
 エコーするようにすこしずつ、づらして描かれている。
 中心の輝く太陽が全体を照らし出して、
 一枚一枚の翅は、あるいは明るく、あるいは暗く、
 ひらひら飛び交う蝶の羽ばたきそのままに、
 鮮やかな明度の差を見せている。
 
 左側の空間には、
 蝶の絵とはまったく無関係とでもいうように黒い扉が浮かんでいる。
 それはまぶしい太陽に対して、あまりにも黒く不吉ですらあった。

(地獄への扉みたいだわ)
 
 さらにその壁面の奇妙なところは、
 所々に意味不明の文字が書かれていることである。

(きっと、この文字の組み合わせによって、扉が開くんだわ)
そして、それらすべてが何重にも折り重なって無限の奥行きを感にさせる。
この壁面が何を表現しているのかは分からなかったが、
どこか心の深い部分に、
その構図や色彩の印象がしっかりと刻み込まれていった。

12

 壁面の左右には4メートルほどの広口通路が続いているが、
 次への出入り口のようなものは見当たらない。

(どっちに行けばいいのかしら)
迷っていると、後方の入り口が来たときと同様、唐突に閉じた。
恂子はそれに促されるように、左側へ歩き出した。
右手に壁面が続いている。歩きながら眺めると、
全体に散っている翅の断片だけが、
太陽や黒い扉の前から後ろへ飛び越して行くように見える。
(なんて不思議な絵なのかしら・・・)
神秘的な雰囲気に誘われながら10メートルほど進むと、
壁面の黒い扉の一つが音もなく開いた。

それは大きな紅い花であった。
 花芯に当たる中央部には輝く太い柱が高く伸びている。
 それを中心点として、
 全体の形をそのまま小さくしたような紅い花の形の豪華なボックスが
 十分なスペースをとって六角形に並べられ、
 それぞれ隣り合った二つと正三角形になるような外側にも
 一個ずつボックスが置かれている。
 その周囲には緩いカーブを繰り返したカウンターが、
 花の外側を形作るように、全体を取り囲んでいる。

 床には淡い緑色の厚い絨毯が敷き詰められ、
 ボックスの色と際だった対照を示しているのにもかかわらず、
 全体を包んでいる光はやわらかく、目を射るような強さを感じさせない。

 光源は中央の柱のほかに、カウンターの後部に六カ所あり、
 中央の柱はそれ自体が発光しているように見える。

 どのような仕掛けになっているのか、
 ドームのような天井には、ほんとうの夜を思わせる星がまたたき、
 柱の最上部が徐々に光りを失ってその夜空のなかに溶け込んでいる。
 柱の下部からは噴水が吹き上げ、水は光を受けて七色の虹となって、
 さわやかな音と共に、基底部にある池に降り注いでいる。

恂子の位置からは、10段ほどの階段を下りるようになっていて、
花のような内部が俯瞰出来る。
客の姿は、カウンターやボックスにちらほら見える程度で、
話し声らしいものは聞こえない。
何か得たいの知れないドローンのうえに
時々東洋的な断片がきこえるといったBGMが、水の音に融和している。
{すばらしいわ・・・)
恂子は気持ちとは裏腹に2,3歩後ずさっていた。

(出逢い13~14に続く)
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