NO174

兆候

3月28日。
晴れ。
羽田発11時55分の全日空563便は定刻に離陸した。
禁煙のサインが消えると、
大川、小山の二人組は、早速タバコに火をつけ、
昨日のお天気祭りの続きを始めた。
さすがに声をひそめながら
「昨日大いに飲んだから見ろよこの青空を。
しかし、なんでまた集団自殺なんかしなきゃなんねェのかな」
「教団が関係しているとなると、
当然宗教的な、つまり我々には分からないことになりますね」
「バッキャロー、そいつを見つけに行くんじゃねェか」
「分かってますよ」
「まあ、俺たちがお出ましになりゃあ、すぐに見つかるだろうよ」

「オイ、うるせぇぞ。俺は眠いんだ」
隣で良ちゃんがあくびをする。
「かってに寝てろよ」
「まあそう言わないで。ひょっとしたら今夜は徹夜になるかもしれません。
我々もすこし、寝ておくことにしましょう」
「んだな」
大川が小さい声の小山の言うことを素直に聞いている。
良ちゃんの寝息がきこえてきた。

 <こんなに墜落事故が頻発しているのに、
  客が減るのは一時期だけですね>
 <喉元過ぎれば何とやら言いますからね>
 <じっと目をつぶっていると、
  必ず目的地に着くと思い込んでいる>
 <冬が過ぎれば春が来るとは限らないのにね>
 <などと言っても始まりませんねKさん。
  このジェットは無事高知に着くのですから>

10

「おい、もう着くぞ」
今度は良ちゃんが二人を起こしている。
13時15分、563便は予定どうり高知空港に着陸した。

 歌に名高い”はりまや橋”や、坂本龍馬で有名な高知は、
 フェニックス並木と黒潮踊る太平洋をのぞむ南国の都市である。
 山内一豊が築城したという、
 3層6階、高さ18.5メートルの天守閣をはじめ、
 下屋敷跡や、山内神社など、山内家に関する史跡が多い。
 祭りには”よさこい祭り”のほかに、
 ”お城祭り”、”フェスティバル土佐鏡祭り”、などがあり、
 変わったところでは、
 早乙女姿の女性が男性の顔に泥(クリーム)を塗りつけるという、
 ”どろんこ祭り”も興味深い。

しかし今夜のために下見をしておかなければならない3人は、
軽い昼食の後、東京から手配してもらった車に乗り込み、
高知市内に入らずに、すぐ、国道55号線に出て、一路室戸岬へ向かった。
車の数が少なく、旅程は順調である。
宮津からスカイラインに入るころになって、雨がパラつき始めた。

「オイ、俺はジェットの中で夢をみたぜ」
良ちゃんにしては妙に迫力に欠けた声である。
「どうせ、麻雀牌の山にでも、つぶされた夢だろうよ」
「”予言の刻”に出てきた奴らが、ボソボソと何か言ってるんだ」
「”予言の刻”ってーと、あのKとかいう奴か」
大川が興味を引かれたように良ちゃんを見た。
小山は知らんふりでハンドルを握っている。
「うん、内容はほとんど忘れていまったが、
一つだけ憶えていることがある」
「どうせろくなことじゃーあるめぇよ」
大川はわざとそっぽを向く。
良ちゃんは、気を悪くしたふうもなく、
手に持ったカメラを、こころなし強く握っている。
「冬の次に必ず春がくるとはかぎらねェって、言ってたな」
どういう訳か、皆しばらく押し黙ったままであった。

本来なら左右、前方に太平洋が見渡せる、
すばらしいドライブになるはずだったのに、
雨は激しさを増し、フロントガラスに雨滴がぶつかる音と、
一定に揺れ動くワイパーの音だけが耳につく。
結局3人は展望所にも寄らずに岬の突端を廻り、
何かにせき立てられているように、
ホテル”にゅーむろと”にチェックインした。

(兆候 10~11へ続く)
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