NO 183

覚醒

怐子は、ようやく理佳の前へ行って、ビールを持ち上げた。
「終わったらコーヒーでも飲もうか」
目の前にある満杯の2つのグラスに、
手で蓋をするようにして、理佳が誘った。

終わりに理佳の謝辞があり、締めの乾杯がそれに続いた。
いつも間にか良ちゃんの姿が見えなくなっている。
岡田が理佳に一言二言声をかけて席を立った。
理佳は怐子に軽くウインクしてから、
元気でなとか、幸せになれよとか言われながら
みんなに見送られて出て行った。

怐子は、何人かに誘われたのを断って、理佳のあとを追う。
地上に出て20メートルほど先をゆっくり歩いている理佳に並んだ。
「”未完成”にいこう」
理佳が言った。
「今日は彼と逢わないの?」
「センチュリー・ハイアットのロビーよ」
「フーン、いいなぁ」
「怐子、お前だって好きな人ができたんだろう」
理佳が突然男言葉で、良ちゃんと同じことを言った。
「はっきり、わかんないのよ」
「はじめはみんなそうさ。
気がついた時には、もうまっただ中なんだから」
「でも先輩、まだ相手が、どう思っているかわかんないんだもの」
怐子は、理佳の腕にぶらさがるようにしてあまえる。
「いいのよそれで、自分が好きだったら・・・
そう、女には二つのタイプがあるみたいね。
自分が好きにならないと絶対ダメというのと、
そんなに好きというわけではないけど、
押しに押されると、ついほだされてしまうタイプよ」

(阿井さんなら、何と言うかしら・・・)
たしか彼は、
人は刹那刹那の時間の点滅のなかに生きていると言っていた。
その度ごとに生まれ、死んでいると言っていた。
(愛もそうかしら・・・)
次第に思いが阿井のほうへ傾いていく。
理佳もまた、これから逢う男のことを考えている。
二人は今、それぞれ異なることを考えていながら、
互いに連帯感の中にいた。

10

「あれっ、休みだわ」
「定休日じゃなかったはずよね」
純喫茶”未完成”の扉は、
この二人が一緒では入れませんよ、とでもいうように、
しっかり閉じていた。
「運命やなあ」
岡田のまねが出る。
「そうやなあ」
思わず怐子も返していた。
「じゃぁ怐子、あまり時間がないから、
センチュリー・ハイアットへ行こうか」
「でも彼が来るんでしょう」
「うん、この機会に紹介するわ」
「でも・・・」
「”未完成”が閉まっていたのも運命や。
だから、紹介することになるのも、運命やで」
怐子は何故か理佳の彼に会いたくなかった。
「二人のお邪魔はしたくないし、・・・
それに少し一人で歩いてみたいから・・・
先輩、今日はこれで失礼します」

怐子は身をひるがえしながら、
いつも理佳にこうされていたっけ、と思った。
今日は自分の方から別れてきた。
理佳と一緒の時間を、あと5分、10分と引き延ばしても
どうなるものでもないような気がしていた。
怐子は最近その時々の感情の振幅が激しくなっていた。
自分を取り巻く様々なことに、敏感になっているからかも知れない。
心の支えらしきものが見えてきたのに、
それが安定したものにならない動揺からであろうか。

 彼女の様々な感情の動きを示す棒グラフが
 激しく伸び縮みしている。
 グラフの下方には、その時点時点で変化する、
 棒グラフ全体の面積がデジタル表示されている。

 <どうなりますかね、Kさん>
 <・・・・・・・>
 <覚醒への灯火がともりますか>
 <近いようですね>

(覚醒11~12へ続く)

 

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