NO 185

覚醒

13

広く美しい内海であった。
大小の島々が浮かび、
それぞれが、様々な彫刻を施した石製の橋で繋がれていた。
岸から離れて壮麗な神殿が建ち、
そこまでは、広い水路とその両側に並行する石の道が続いていた。
高い6角の石柱のむこうに見える拝殿には、
壁面にたくさんの図形が描かれ、脇からは、人工の滝が落ちて、
参拝者の小舟が往き来する水路にきらめきを与えていた。
神殿の左右には網の目のように小さな水路が掘られ、
岸辺には、貴金属から日用品にいたるまでの商店が並んで、
おびただしい人々が往来していた。 

”ムー”の首都。
水の都、ヒラニプラであった。

緑の丘をぬって流れる川の澱みには、
蓮が白い花を咲かせ、遠くに神殿が煙っていた。

男が一人佇んで内海を見つめている。
あたり一面に花々が咲き乱れ、色とりどりの大型の蝶が舞っている。

彼は今想っていた。
はるか6000キロの彼方を。
1万3000年の時を超えて出会うであろう女性(ひと)のことを。

 (これでいいのだろうか・・・)
 
 これから相対しなければならないグループの中にいる彼女。
 まだ何も描かれていない、白いカンバスのような彼女。
 自分は初めて会った時から、すでに彼女との運命を朧に観ていた。
 しかし彼女にとって、自分と共に行くことが、
 はたして幸福なのであろうか。
 現在のなかで恋をし、結婚して母になることのほうが、
 彼女にはずっと幸福なのかも知れない。

 (だが、もうスターオリハルコンを渡していまった)
 彼女はきっと”アマランサス”に来るだろう。
 その時はすでに引き返すことができないのだ。

無数の蝶が、男の周辺を舞っている。
男は遠い目で神殿を見ている。
 
 (しかし、自分がどう動こうと、もはや、流れを変えることはできまい)
 とすれば、その流れの中で、どのように生きるかが問題である。
 これから真っ白なカンバスに二人で描いていく絵は、
 お互いにとって最高のものでなければならない。
 いや、そうなるはずである。

男は自分に納得させるように、
大きく息を吸い込み、川に向かって歩き出した。
蝶がそれに反応して複雑な軌跡を描く。
やがて男の姿は、明るい陽光のなかに、ぼやけはじめ、消滅した。
どこかでギターのトレモロが聴こえていた。

14

一面に色とりどりの蝶が氾濫していた。
赤、青、黄色。何千、何万、何億、何兆。
無数の蝶が、地の底から螺旋を描いて天上の高みに吹き上げる。
それぞれ、方向の異なる無数の集団となってねじれ合い、渦を巻く。
そして、その色の竜巻は、一気に一点に収斂し、
その瞬間に無限に拡散して、そのたびに位相を変化させる。

男は今、一頭の蝶になって、流れに身を任せていた。
回転する自我が、ある時点時点で位相の異なる流れに転位していく。

やがて渦がゆるやかになり、次第に蝶の数が減少してついに静止した。
壁画の黒い扉の一つがかすかに発光し、
”アマランサス”の通路に、おぼろげな男の姿が実体化した。

(覚醒12~16へ続く)
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