NO 198

序破急計画

21

8月のある日、教団ビル60階。
「”序の舞”終了。太平洋入水者、極東各国合計216名」
コンピュータの声がきこえる。
「”序の舞”終了。有資格者19名中、18名獲得」
(おや、残りの一人はどうした)
紫(ヴァイオレット)クラスNO1が問うた。
(事故でした)
NO4が答える。
(事故ねぇ)
 
 突然紫色の霧の中に映像が浮かんだ。
 20歳前後の男が、何人かの静止を振り切り、
 一直線に走り出して、建物を飛び出していく。
 映像が変わり、
 同じ男が大小の曲がりくねった木々の中を
 うろついている姿が拡大される。

(ここは、青木ヶ原だな)
(ええ、新生火山地震研究所です。
彼は覚醒の途中で、突然狂ったように飛び出したのです)
(それでどうした)
(2時間ほどで、探査網から消えました。
そんなに距離があったわけではないのですが)
(惜しいことをしたな)
(ええ、T大の学生だそうですが、
あまり論理的に考える習慣がつきすぎて、障害になったのです)
(過ぎたるは何とやらと言うからな)
NO1のいつもの語り口である。
(所長はなんて言ってるの)
NO3の妖艶な女が問う。
(青木ヶ原では、よくあることだと言ってすぐ探査を打ち切りました)
(まぁ、彼もブルークラスだ。任せておけば良いだろう)
紫色の霧がひときわざわめいた。
その中からNO1が姿を現すと、NO3,NO4も近くに寄ってくる。

22

「阿井さんはまだなの」
女が肉声に戻した。
「いまごろは、こちらに向かっているだろう。
なにしろ大きく時を超えられるのは彼だけなんで、
最近は特に忙しいんだ」
「ムーね」
(・・・・・)
3人は顔を見合わせる。

 天の羽衣教団導師、阿井舜真は時の旅人であった。
 それにしても1万年以上の時を翔ぶということは、
 どれほどのエネルギーを必要とするのだろうか。
 そしてその過程において、どんな経験をしているのだろうか。

「”破の舞”進行中。初期核分裂成功」
コンピュータの声がいくぶんくぐもってきこえる。
「海底火山ばかりではなく、
大きな地震まで起こしてしまい申し訳ありません」
NO4が恐縮している。
「新生火山地震研究所では、
世界各地と瞬時に結ぶ情報網を駆使して、計画を進めているのですが、
今回だけは、やむを得なかったのです」
「なるほど、風船を膨らます時には、最初の一吹きに力がいるからな。
しかし、関係のない連中に恐怖感を与えるのは良くない」
「それに、津波はよけいよ」
「分かっています。すぐに中和波をだして、
なんとか間に合わせましたが、大きな被害を出すところでした」
「そんなことになったら、
上の”白のおかた”に、ひどくどやされるところだったわ」
「いずれにしても、これからは、
小規模なものを除いて火山も地震も起こらないはずですから、
今回だけは、目をつぶっていただきたいと思います」
NO4が頭を下げた。
 
 三流会社の重役といった感じの肥満体だが、
 立ち居振る舞いが折り目正しいこの男は、
 どうやら教団のすべてのオペレーションを担当、統括しているらしい。

「そろそろ、お茶にしましょう」
彼が小さく瞬きをすると、
曲がりくねった透明な長い注ぎ口のついたポットと紅茶カップが、
ゆっくりと空中を移動してきて、
同時にせり上がった床の一部の上に下りた。
「ちょっと待ってよ」
NO3が言った。
「昔からお茶は手で淹れるものと決まっているのよ。
紅茶だって、最後は注ぎ方で味が決まるんだから」
彼女はポットを取りあげ、慎重な手つきで四つのカップを満たした。
立ち上る湯気に見え隠れするように、
半裸の胸が上下し、強い香りと共に、悩ましい曲線を描く。

23

霧のなかから阿井舜真の長身が近づいて来た。
「遅くなりました」
彼はそのまま3人のなかに加わり、
NO3に渡されたカップに口をつける。
「ちょっと味がうすくなりましたね」
阿井は、まるでずっとみんなと一緒だったかのように打ち解けている。
「ええ、今年は富士山麓に自生するコケモモの発育が、
あまり芳しくないのですわ」
NO3が科を作る。
「所長の話だと”破の舞”とエルニーニョの相乗効果だそうです。
これもまた、大事の前の小事だと考えていただきたいと思います」
NO4がしかつめらしく言う。

ふいに4人の頭上で、白光がひらめいて、消滅した。
(順調でけっこうだ。できれば”急の舞”は実行したくないので、
そのつもりでいてほしい。
それから、あまり人心を惑わすことのないよう、気をつけてくれ)
”白のおかた”の思念だけがその空間に残っている。
「”破の舞”進行中。火山性ガス集積、膨張中」
コンピュータの声が流れる。

(序破急計画24~25へ続く)
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