NO 199

序破急計画

24

7月以来太平洋で連続していた、海底火山の噴火が嘘のように鎮まり、
9月の声をきく頃には太平洋岸の陸上火山も鳴りをひそめ始めた。
地震は相変わらず続いていたが、有感のものは、ほとんどなくなっている。
そして、国会でも問題となった、
誘拐や失踪事件はマスコミの話題にのぼらなくなっていた。

槙原恂子は鉛筆を置き、ある意図をもってペンダントにふれた。
目をつぶる。
原稿のまとめに苦労している美雪の気持ちが伝わってきた。
向かいの男の魂胆も分かった。
帰りに美雪を誘おうと思っているのだ。
そのうちに室内の何人もの思いがゴチャゴチャになって飛び込んできた。
恂子は頭が痛くなってペンダントから手をを離すと、
いつものにぎやかな部屋にもどっている。

阿井のことを想った。
再びペンダントに手がいく。
(だから、毎日会っていると同じだといったでしょう・・・)
頭の中で声がこだました。
「あっ」
恂子は思わず声をあげ、あわてて口を押さえた。
反射的に立ち上がって化粧室へ行く。
あらためて阿井のことを強く想い、ペンダントにふれながら目をつぶった。

暗闇の中に光点が生じた。
それはみるみる広がり、全身が光に包まれているように感じた時、
その中心が円形に割れた。
阿井がほほえんでいる。
恂子は感動のあまり、足がふらつき洗面セットに手をついた。
阿井の映像が消える。
目を開くと鏡に映る自分の顔がある。
気のせいか瞳の中心が暗緑色に輝き、
あふれ出した涙が両側の頬をつたわっていた。

25

曲立彦はエルニーニョに関する報告書第6を書き終え、
一つ大きく背伸びした。

9月にはいっても、エルニーニョの影響は衰えをみせず、
世界的に起こっている異常気象は各国の政治経済をはじめとして、
多大な被害をもたらしていた。
なかでも、農、漁業における落ち込みは大きく、
アメリカ、ソ連、中国などの穀倉地帯だけではなく、
ヨーロッパ各国、オーストラリアにおいても、
軒並み30から50%の収穫減となっている。

日本においては、黒潮が潮岬沖に大きな冷水域を残し、
伊豆半島南から太平洋に曲りこんで、
関東地方に暖水塊を残すこともなかった。
それに呼応するように、親潮の下降により、
東北地方に留まらず、関東地方においても、
東よりの風が強く、ヤマセ現象が活発化している。
東北地方太平洋岸では、作況指数が60を割り、
なかにはゼロの地域も出ると予想されている。

(たんにエルニーニョイベントだけのこととは思えない)
この部屋は快適だが、東京でも、真夏日が例年の5分の1を割り、
当然のことながら自分の仕事は多忙をきわめていた。
(しかし・・・何か一つ釈然としない)
勇躍仕事に乗り切れない何かがあるのだ。

かなりの被害がでると思われた地震も以外に軽く、
津波にいたっては、大被害になると予想されていたのに、
あっけなく消えてしまった。
現地に行きたいと申し入れた時、
所長は、この津波はすぐに収まると断定した。
(所長には分かっていたのだろうか)

曲は最近この部屋で毎日同じようなことを、
意味もなくやらされtいるような気がした。
たしかに自分は研究さえ出来れば良いと思っている。
だがこの研究所は、
特に企業のためにやっているという雰囲気はまったくない。
(とにかくここは、ちょっと普通ではない)
破格の厚遇で迎えられた曲は、
今まで、何か見失っていたのではないか。
その欠落した感じに、気づきつつあった。
火の付いていないマドロスパイプをくわえた彼の姿は、
うすれていく夕日のなかで逆光になり、黒ずんだまま動かない。

S字形デスクで、電話がなる。
「部長、月刊GOOからお電話でございます}
交換嬢の声が告げた。
彼女も又、ここの内容など分からぬまま、ただ線と線を繋いでいるのだ。
(人は、自分がほんとうは何をやっているのか、
分かっていないのかも知れない)
曲はGOOからの電話に、
依頼原稿を明日中に送ると答えて、無愛想に受話器を置いた。

(序破急計画最終章、26~27へ続く)

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