NO 208

復活

15

曲立彦は緊張していた。
これから、初めて実際に海底へ潜るのだ。
だが、そのことばかりが緊張の原因ではない。
何か、途方もない現象に出会いそうな予感がする。

彼は、支えようとするクルーを制して、
直径2メートルはあると思われる耐圧室に滑り込んだ。
壁面は、器機で埋まっていて。
パイロットの小田桐と、コ・パイの白戸が、
表を見ながら最終チェックをしている。
曲は出航以来、もう顔なじみになっている二人に黙礼し、観測席につくと、
すでにシュミレーターによって練習済みの器機を確認していった。
やがて、海面下6500メートルまで潜水可能で潜水時間9時間という、
世界最高の自走式潜水調査船”しんかい6500”は、
その全長9.5メートル、重量25トンの巨体を静かに沈め始めた。

スピードは徐々にあがり、美しい南の海はゆっくりと暗黒に包まれていく。
「深度500,異常なし」
白戸が言うと、小田桐が曲のほうへ首を回した。
「先生、2000メートルまで、一気にいきますよ」
ニヤリと笑って白い歯を見せる。

一つを除けば打ち合わせどうりであった。
その一つというのは、この付近に海底が、
地図に示されているものより、約1000メートルも隆起していたことである。
前々日に潜った海洋科学技術センター側の話によると、
隆起面と海盆との間には、約60度の崖が形成され、
最深部では、逆に沈降していることがわかった。
昨日、再度の潜水により、
隆起速度は毎時40センチという信じられない数値を示し、
計器類を再チェックしたほどであった。

16

そして今日,
曲は3000メートルであったはずの2000メートルの海底に着底した。
「曲先生、ここが問題の海域の北の端にあたります。
もう50メートルほど北へ進むと、海盆へ滑り落ちる崖になります」
曲は、のぞき窓からライトに照らし出された海底に目をやる。
ゴロゴロした岩状のところに泥のようなものが被さり、
それが時々舞い上がっている。
(静かだ・・・)
この海底が超スピードで持ち上がっているとは、とても信じられなかった。

小田桐が母船へ現状を報告してから、あらためて指示を求めた。
「崖を降下しましょうか」
「お願いします」

崖にそって1000メートルほど降下する。
やや角度がゆるやかになり、
周囲には多数の卵形の岩がころがっている。
流れ出た溶岩が、
一瞬のうちに海水で冷却されるためにできる、枕状溶岩である。

「右方2時の方向に熱水噴出」
曲はライトの光のなかで、目を凝らした。
崖の斜面に12,3本のチムニーが出来て、
煙のようなものが噴出している。
「熱水温度260度。深海生物は見当たらない」
白戸が言った。

17

船はさらに下降、2800メートルの海底すれすれに崖を離れて行く。
2キロほど進んだであろうか。
海底に幅10メートルほどの細長い亀裂が見え始めた。
「あの縁まで言ってみてください」
曲が小田桐に指示した。

船は亀裂の上部まで来て静止する。
「おっ!」
亀裂の縁の小岩が動いた。
いや、その中に転がり込んでいるのだ。
それは、ハイスピードカメラで捉えられたように、
最初はゆっくり、
やがてゴロゴロと回転して暗い奈落へ吸い込まれていった。
白戸がマニピュレーターをを操作して岩石の採集にかかる。

突然船が後方へ大きく飛ばされた。
上下の感覚が何度も逆転する。
曲は必死にシートにしがみつく。
だが、小田桐は、
巧みに両横のプロペラを操作して舟を安定させた。
「マニピュレーター、操作不能。主推進器異常なし」
白戸の声を聞きながら、
小田桐は自分でも器機をチェックし、母船に報告している。
「亀裂の沿って崩れたのですね」
「そうです。手元の計算によっると、
長さ600メートル、幅30メートルほどが、斜めに削り取られたようです」
「それにしても驚きました」
「まあ、このくらいはよくあることですよ」
小田桐が白い歯を見せた。

18

初めての潜水を無事終えた、曲立彦は、
今、正に水平線に沈み込もうとしている真っ赤な夕日を見ていた。
百万の宝石をちりばめた、光の帯が眼下まで続いている。
それは、これからやってくる闇を想像するには、
あまりにも華やかで、美しく儚い。
まるで、もう明日はないとでもいうように、
すべてをこの一瞬に燃焼しつくして、激しく切なく訴えかけてくる。
太陽がそして海が主張していた。
<自然は自然にあるべきだ>・・・と。

(復活19~20へ続く)

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