NO 229

戦い

36

ネオムー帝国は
「世界理想郷宣言に賛同しないばかりか、核によって領土を汚染し、
あまつさえ、住民に激甚なる被害を与えた」として、
国連を、平和の敵人類の敵ときめつけて非難し、
「8時間後の4月1日には、神罰が下るであろう」という、
謎めいた声明を発表した。

槙原恂子は、ほとんどパンク状態の作業のなかで、
どうしようもなく阿井のことを想っていた。
彼とは逢う機会のない日々が続いている。
(私はどうしたらよいのだろう)
阿井もきっと同じ想いでいるのではないか。
どんなに遠く離れていても、どんなにお互いの道がちがっていても、
愛は変わらないことを、恂子は祈る。

(そうだ、動揺してはいけない)
岡田の思念が入ってきた。
(お前はGOOにとって大切な人間であるばかりではなく、
阿井にとって、教団にとっても必要な女性であるにちがいないのだ)
(私には分かりませんわ。
でも、阿井さんに対する気持ちは変わらないというより、
日増しに強くなっているのです)
(分かっている。それは、どんなことがあっても、たとえ別れることになっても、
変わることはないだろう。
GOOもムーもない、等しく人間として大切な愛なのだから)
恂子は岡田に励まされてようやく気分が落ち着いてきた。
またパソコンに目をむける。

「先輩、今日は徹夜になりそうですね」
隣で美雪が言った。
ネオムー帝国が4月1日に神罰が下ると、
時間まで指定してきてからというもの、
月刊GOOは、全スタッフを出社させて、
水道橋のアジア総大使館ビルの周辺と、
全国にちらばる擁護団体に、ぴったりと張り付いていた。
編集部には、恂子と美雪のほかには、
岡田と二人のスポーツ担当記者がいるばかりであった。
「あと4時間か」
いつもジョークをとばしながら大声で話しているスポーツ記者も、
今日ばかりは静かであった。

4月が目の前だというのに、いっこうに温かくならない東京は、
今日もみぞれが降りそうな寒さである。
岡田が立ち上がった。
彼には今までのすべてのいきさつが解明済みであった。
(だが、神罰とは、いったい何であろうか)
由美の笑顔を甦らせながら、岡田の頭脳の一端が考えていた。

37

「ママ、いったいどうしたんだい」
急にそわそわと豆を挽き始めた由美に、カウンターの客がいった。
「大切な人が来るのよ}
「えっ、俺だけじゃないのかい」
「そう、お客様はみな大切なのよ」
由美はニコニコしながら答える。

モカのドアを開けた岡田は、
漂ってくるコーヒーの香りに満足そうに目を細めた。
定席につくと、例によって由美が形ばかりのオーダーに来る。
ドアが開き、一人の男がひっそりと入ってきて、週刊誌を手に取り、
一番ドア側の席に座る。
(内閣調査室にも太田黒の息が浸透したか)
岡田はタバコに火をつけ、
由美に、いつもの男かどうか、確認するよう無言で指示する。
彼女が客に注文を聞いているのを耳にすると、
岡田は徐にポケットから、例の数字のつまった細長い紙を取り出した。
世界各地の情報が瞬時に飛び込んでくる。

「ママ、今度一緒に飲みに行かないかい」
カウンターの客がわざと大きな声で誘っている。
(ひょっとしたら、この東京には、たとえそれが、世界の存亡に関わるとしても、
ネオムー帝国のことなど、どうでもよい人が多いのかもしれないわ)
由美はサイフォンの上部に上がってきたコーヒーをかき混ぜながら、
ふと、思った。

時は確実にすぎていく・・・。

 (戦い38~39へ続く)
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