戦い New

中央太平洋における突発的な大陸塊の隆起は、
重力に逆らって速度を上げ、海面に顔をだした時には、
秒速5センチメートルにもおよんだ。
押しのけられた海水は沈降部分の島々を、
あっという間に飲み込んでしまった。
近距離にあるオーストラリア、ニュージーランド、
パプアニューギアなどでは、
ある程度の対策がなされていたとはいうものの、
直接上げ潮になる津波のスピードに、
大都市の避難が間に合わず、
次々と襲ってくる、波高20から30メートルの水の壁に、
なすすべもなく翻弄された。
津波はさらに南北アメリカ、カムチャッカから中国に、
そして南極へと同心円状に進んでいった。

しかし、どうしたわけか、7月の地震や津波の時と同様に、
その後勢いがそがれ、各地の被害は意外に小さいものとなった。
日本においても、小笠原諸島でかなりの被害がでたものの、
最終的に三陸海岸に押し寄せた津波は波高4メートルに留まり、
最も心配された東京では、ゼロメートル地帯から
下町の一般民家にかけて、かなりの床上浸水がでたが、
津波の発生した10分後には、もう避難命令を出し、
避難場所や必要物資、食料や医薬品にいたるまでの
対策をたてていた政府の対応の早さによって、
人的な被害を皆無であった。

そしてそんな東京が一望のもとに見渡せる
天の羽衣教団ビル60階では、
ヴァイオレットクラスの4人が集まっていた。
「”破の舞”、第一段階終了。羽衣作動停止。領土復活70万平方キロ」
コンピュータの声とともに、眼前の霧の中に一際明るく、
中央太平洋の隆起した陸塊群が映し出される。

(羽衣の威力はすさまじい・・・)
誰かの印象が漂う。
(ところで、オーストラリア近辺はひどかったわねェ)
(ええ、しかし現在我々が持っている科学力では、これが精一杯です。
中和波のタイミングも難しく、とても全体を救うことは出来ませんでした)
(まあ、しかたあるまい。それで大陸全体の復活はいつ頃になるのだろう)
(それは、いつの日か我々の子孫がやってくれるだろう)
上部61階から”白のお方”の思念が降ってくる。
同時に霧の中の風景が一変する。

視点が遠ざかり、太平洋全体が見渡せるようになってから、
白く見えていた浅海全体が隆起しはじめる。
ゴツゴツとした岩だらけの陸塊が徐々に緑をおび、
やがて美しい大陸に変化していく。
(NO2、君のムーをみせてくれ)
(はい)
阿井が答えた。
緑の大陸に、丘が川が内海が生まれ、
神殿を囲んで大きな街並みができあがっていく。
満足そうにみているであろう”白のお方”は、
予定どうり思念を送った。
(”破の舞”第2段階開始)

中央太平洋に多数の陸塊群が浮上してから2週間がたち、
水道橋の倒壊ビルや、水害の復旧を残したまま元旦を迎えた。
一部を除いて株は暴落し、倒産が続いた。
水害にあった一般家庭の経済に追い打ちをかけるように、
野菜などの生鮮食料品の高騰が始まった。

編集部は、この未曾有の出来事を追うために、
休日を返上して出社していた。
槙原恂子はエルニーニョ関係の仕事を一時ストップさせて、
大陸隆起記事のまとめに余念がない。
しかし、今の恂子には、
教団が次にどのようにでてくるのか、うすうす分かっていた。
阿井との時を過ごしたあと、
彼の体内から直接伝わってくる波動を捉えていたのだ。

午前10時。
岡田のデスクで、電話が鳴った。
(きたわ・・・)
岡田は例によって、机上に上げた足を下ろしながら受話器を取った。
しばらく無言で聞いている。
「そうか、分かった」という声がいやにはっきり聞こえる。
岡田は山崎を呼んで何事か話していたが、
「頼んだデェー」と言い残して部屋を出て行った。

「天の羽衣教団は元日の今日正午に、共同記者会見をするそうだ」
デスクの山崎がみんなに伝えた。
「弥次喜多コンビは、まだ当分帰れないだろうから、
恂子と美雪で行ってくれ」
カメラを忘れるなよ、と山崎が付け加えた。
恂子は取材バッグに七つ道具を詰め込み、美雪に出発の合図を送る。

「先輩、教団の記者会見って何でしょうね」
美雪が言った。
水道橋へ向かう車の中である。
「さぁ、何かしらね」
知っていて、まだ答えられないことを訊かれるのは、つらい。
恂子は他の人に見えないものを見たり、感じたりすることが、
必ずしも楽しいことではないと思っている。
阿井は言った。
大海を知るということは、大変な事なのだと、
少なくとも、すぐには沈まない船をもっていなければならないと、
そして恂子は今、小舟を作りかけているような気がした。

阿井のことに心が向かうと、身体全体にしびれに似た感覚が戻ってくる。
あの時二人がしっかり抱き合いながら彷徨った空間は、
まったく現実を超越していた。
恂子は、阿井について、ムーについて、教団についても、
多くのことを知った。
それはとても一日や二日では理解不可能な情報量であった。
あれだけのものを見、感じ、経験し、
あれだけの時間を過ごしたのに・・・再び蝶の壁画の前へ戻った時には、
未だ午前0時前であった。
恂子が阿井の姿を見つけて走り出してから、30分もたっていなかったのである。
「あなたの愛の力が時の壁を超えさせたのです」
別れ際、阿井は恂子の耳元でささやき、きつく抱きしめてくれた・・・。

「先輩つきましたよ」
美雪に言われて恂子は我に返る。
車が教団ビルの正面に横づけされた。

二重の自動ドアを通り、ロビーに入ると、
三大新聞をはじめ、各テレビ局の取材陣が多数たむろしている。
会場に指定された3階の第一会議室で待っていると、
正午前、財団理事長の古谷と、常務の大沢が現れた。
うるさかった場内が嘘のように静まる。
前方の会見席についた二人は、
しばらく記者たちを見回していたが、
時計を見て頷き合い、まず古谷が立ち上がった。
「天の羽衣教団は、本日正午をもって、
中央太平洋に隆起させた陸塊群を固有の領土とし、
ここに、独立を宣言するものである」
古谷の声音にはよどみがなく、
会見の弁などは、一切省略されている。
「国名は”ネオムー帝国”である」

フラッシュが一つ上がり、続いて白光が入り乱れた。
しばらく声を失っていた場内のあちこちから、
”ネオムー”を繰り返す言葉や、
「なんだそりゃ」という声が飛び交う。
「以後いかなる国も
ネオムー帝国の領土近海50海里以内に入ることを禁ずる」
古谷は記者団を見渡し、威圧するように続けた。
「世界各国は速やかに、
ネオムー帝国の独立を承認するものと期待している」

記者団側は騒然となった。
あちこちから質問の矢が飛ぶ。
「帝国というと、代表者は皇帝ですか」
「もし、陸塊群をそちらの領土と認めない場合はどうなさるのですか」
「主張する領海に他国の船舶が入った場合はどうですか」
つわものたちが矢継ぎ早にまくし立てた。

大澤が答える。
ネオムー帝国は女王の国である。
女王は目下不在だが、4人の枢機卿の合議によって国事がなされ、
現在ある六カ所のビルがそれぞれの地区の総大使館を兼ねるという。
「アジア地区では、古屋が総大使、
私、大沢が、日本におけるネオムー帝国の大使の役割を担いますので、
よろしくお願い致します」
大沢が深々と頭を下げた。
「先ほどのご質問ですが、
不当に我が国の領土が侵犯されることがあれば、
当然報復することになるでしょう」
大沢はやわらかいが断固とした調子で言い切った。

記者団も黙っていない。
「その陸塊群に領土権を主張する根拠は何ですか」
前から2列目の男が立ち上がって言った。
「それは、われわれネオムー帝国が築き上げた領土だからです」
「ということは、先ほどの宣言にあったように、
隆起させて得た領土だということですね」
「そのとおりです」
大沢の答えに記者席からは、言葉にならないうなり声があがった。
今まで世界中を騒がし、多数の死者をだした、異変や事件は、
すべて、天の羽衣教団(ネオムー帝国)の意図によるものだと
公表されたのである。

それについての大沢の弁は、
なんと人類全体の幸福のためだと言うのだ。
ネオムー帝国はその大きな目的のためにこそ、
独立するのであるから、多少の犠牲はやむを得ないし、
独立を承認しないということは、
世界平和に背を向けるものであると断定した。
よって各国は
すみやかに、ネオムー帝国の独立を承認すべきであると結んだ。

最後に大沢大使は、ネオムー帝国の国旗を披露した。
旗の表面には、
アマランサスの扉に付いていたレリーフと同じ
太陽の紋章が、くっきりと浮かび上がっていた。

7 

天の羽衣教団の記者会見は、
教団ビルのある、他の5ヶ国でも同時に行われていた。
これに対してポリネシア、メラネシア、ミクロネシアの国々は、
即日独立を認めたばかりではなく、
その傘下にはいりたいという意向を明らかにした。
彼らの論拠はきわめて明快で、
自分たちはムーの子孫であるという一言に尽きた。

しかし、その海域に島々を領有する
英、仏、ニュ-ジーランドなどの国々は、
勝手に領土を主張するネオムー帝国なるものは、
重大な侵略行為をしているとして、
グァムとウエリントンに空母をはじめとする艦隊を進行させた。

その間ネオムー帝国は、フィージー諸島ごと隆起した
30万平方キロに及ぶ最大の陸地に、次々に大型のVTOLを飛ばし、
資材を運び込んでいた。
各国の偵察機や報道陣からの情報によると、
今までの6ヶ所のビルと同型のものを建築する模様である。
そしてその頃から、
各地教団ビルのテラス状の場所に頻繁にVTOLが発着し、
教団の人間が多数現地と往き来しているのが認められた。

その後も、教団側との接触はまったくなく、
現地においても、各国の報道機の着陸はすべて拒否され、
眼下に建築されていくビルを、口を開けて眺めている状態が続いていた。

そんな時、無為無策に焦れた英国BBCのチャーター機が、
建築現場に近い場所へ接近しようと突っ込んでいった。
だが、高度500メートルまで降下した機は、
何かの障壁にあって軽く跳ね返され、失速しそうになって、
慌てて上空に逃れたのである。
ネオムー帝国は世界各国に対して、
再度このようなことが起こった場合は、
我が国に対する重大な挑戦とみなし、
何らかの形で制裁せざるを得ないと警告した。

月刊GOOの編集部は、
刻一刻と変化する情勢に息つく間もない多忙な日々が続き、
正月恒例の”予言の刻”も、無期延期になっていた。
槙原恂子はネオムー帝国独立宣言の取材をきっかけに、
エルニーニョ関係から離れ、弥次喜多コンビと美雪をふくめた、
ネオムー帝国関係専門スタッフとして、会議室に顔をだしていた。

「デスク、帝国の独立宣言後、まだ10日しかたっていないのに、
中央太平洋の国々ばかりではなく、
エルサルバドル、コスタリカ、エクアドル、ペルー、
それに教団ビルのあるチリの5ヶ国が独立を承認しました」
恂子は資料をチェックしながら続ける。
「そのうちコスタリカ、ペルー、チリは、
時期を新たにして同盟を結びたいといっています」
「ウム、そしてたった今、ハワイがアメリカ合衆国から離れて、
ネオムー帝国の傘下にはいりたいと表明した」
「しかし、アメリカだって黙ってはいないでしょう」
小山が口をはさんだ。
相変わらず小さな声だが、妙に迫力がある。
そうでなくてもグァムやウエリントンでは、
英、仏、ニュージーランドの艦隊が集結して、
不穏な動きを見せているのだ。

態度を保留していたアメリカ合衆国は、
これを機にネオムー帝国の独立に非承認の意向を明らかにし、
ハワイに対して声明の撤回を求めたのである。

1月20日にはマレーシア、インドネシア、が、
21日にはタイ、モンゴル、エジプト、アルジェリアが、
22日になって、オーストラリア、スペイン、ポルトガルが、
それぞれ帝国の承認にまわるに至り、
日本もまた、何らかの形で、態度を表明せざるを得なくなった。
各派閥の微妙なバランスによって成立している現政権は、
アメリカの意図に沿い、ネオムー帝国非承認とする方向で閣議に臨んだ。
だが最大勢力である太田黒派の、
離党も辞せずと言う強硬な態度に意見がまとまらず、
結論は先送りとなった。
太田黒派は、この機を待っていたように各派閥に多数派工作をかけ、
同時に国民に対しても、
機会があるごとにネオムー帝国の偉大さを説いた。
世界平和のためには、彼らと同盟を結ぶべきだとアピールし始めたのである。

時を同じくするように、ネオムー帝国アジア大使館では、
独立以来初めての説明会が開かれた。
3階の会議室をびっしりうめた報道陣を前に、
日本におけるスポークスマンと称する、
秋山登が意図的とも思える冷静さで語っていた。

「・・・現在ネオムー帝国は中央政府ビルを建築中でありますが、
それが完成し次第、あらためて国策を打ち出すことになるでありましょう」
具体的にはどんなことかと、待ち構えていた質問がでる。
「詳しい内容はまだ発表する段階ではありませんが、
世界平和のための施策となるでしょう」
「しかし、あなた方は、自分たちの領土を得るために、
多数の生命を奪い、破壊行為で全世界に、
いちじるしい精神的、物質的損害を与えたではありませんか」
「そうだ、そんな連中が世界平和を語るなんて、ナンセンスだ」
「天の羽衣教団は、宗教団体であり、信仰の自由は認めるとしても、
国家として認めることはできないぞ」
「そうだ、そうだ」
一人の記者の発言から、場内は騒然となり、
質問というよりは、罵倒にちかい攻撃が始まった。
「あたしゃ、やっぱり認めないよ」
「認めませんよ」
大川と小山の弥次喜多コンビがヤジる。
もう取材記者を放棄した野次馬の集まりのような雰囲気である。

10

恂子は何故かさめていた。
世界中に160以上も独立国があるというのに、
何故こうなるのかしら。
たしかに大きな被害をだした国々では、
感情的になるのも無理はないが、
そんな中でもすでに独立を承認している国はたくさんある。
太平洋の島々の領有権が、いったい何だというのだ。
世界は今、真剣に取り組まなければならないことが山ほどある。
隣国と争っている余裕などないほど、差し迫っているではないか。
阿井と過ごしたほんの一時の間に、
宇宙的な空間と、10000年に及ぶ時間の中を、浮遊した恂子は、
それを実体験としてもっていた。
あれ以来
自分はなんだか周囲の人たちと遊離し始めているように感じる。

場内の怒号の中、
スポークスマンの秋山登が、右手を弾ませるように机を叩いた。
ポン!
突き抜けるような冴えた音がした。
秋山は立ち上がり、その右手を開いて高く上げた。
「皆さん、親愛なる皆さん。
私たち人間は常に偉大なる神によって導かれてきました。
しかし、いつの間にか、神の恩寵に狎れ、
感謝と祈りを忘れて、度重なる戦争を繰り返してきました」
突然変わった秋山の語調に、
場内は意表を突かれて、彼の開かれた指の先に視線を移している。
殺気立っていた記者たちは、
波が引くように次々と着席して、次第に穏やかな表情に返っていった。

11

(おかしいわ・・・)
恂子は隣の大川を見た。
彼はまるで黒潮と親潮の二杯のラーメンをたいらげた後のような、
満足そうな顔をしている。
小山は秋山の話に顎で深くうなずいて聞いていた。
場内を支配している生暖かい空気が、恂子の周りを避けて通過していく。

「・・・我々は団結しなければなりません。
主義主張を超えて世界の平和を築き上げようではありませんか。
皆さん、親愛なる皆さん!
私どもネオムー帝国は、
心から皆さんの愛とご理解を願っているのであります」
語り終わった秋山は、上げていた手をさっと落とし、再び机を叩いた。
ポン!
冴えた音が突き抜けていく。
報道陣の目に光が戻り、ストロボが次々にたかれた。
「それではこれで、本日の説明会を終わらせていただきます」
大使館の係員が言って、秋山とともに深々と頭を下げた。
取材陣一同も立ち上がって、
ぞろぞろと階段やエレベーターに向かっていく。
「世界平和のためだからなぁ」
誰かの独り言が聞こえた。

12

「ネオムー帝国は、ほんとうに世界の平和のために働いているようです」
編集部に帰った小山が報告する。
「ほう、出かける」時とは、ずいぶん違うじゃないか」
山崎が怪訝な顔をした。

「それは説明を受ける前だったからだす。
現在、日本人はアメリカをはじめとするジャパンバッシングに
泣いているではありませんか。
ネオムー帝国の平和主義は信じられる気がします」
「あたしゃ、帝国が気に入ったよ」
大川が付け加える。

(へんだわ・・・)
鉛筆を休めて、恂子は首をひねった。
彼ら2人は、集団自殺の取材の時から、
教団に対して、強い疑惑を持っていた。
それが、説明会の後の変わり様はどうだろう。
恂子は教団の秋山が、
共同会見の会場で、机を叩いて発生させた、
なまぬるい、よどんだ空気の感触を思い出して、
ゾクリと身をふるわせる。

編集長のデスクで、電話が鳴った。
「とうとう死者がでたか」
岡田の大きな声である。
ハワイとカリフォルニアの2州で、
ネオムー帝国を承認せよという、大規模なデモが続発していたのである。
そして西海岸の諸州が次々と追随いていくうちに、
また1ヶ月が過ぎていった。

13

曲立彦は、一人コンピュータ解析室の大スクリーンの前にいた。
画面には中央太平洋の映像が写っている。

こうしてみると、ネオムー帝国は、
その南部に、面積30万平方キロのほぼ円形なフィージー陸塊と、
15万平方キロのサツマイモのようなツアモツ陸塊を、
北部には9万平方キロのキゥリのようなマーシャル陸塊と、
7万平方キロの紐のようなワシントン陸塊があり、
それらの中央部にある、6万平方キロのフェニックス陸塊を加えた、
五ヶ所に大別され、その中間に、多数の島々が浮かんでいる。
周囲の海は深度200メートル以下を示す白い色で、
フェニックス陸塊に触覚をもち、
大きく翅をひろげた蝶の姿が、くっきりと浮かびあがっている。

曲はスクリーンを見ながら、昨日報道されたニュースを思い出していた。
太平洋の国々を中心に、
世界52ヶ国が、ネオムー帝国を承認したのに加えて、
六星グループ総師が、
企業として、帝国の独立を祝福したいという談話を発表し、
すでに同グループの傘下企業は、
ネオムー帝国から多量の発注を受けていることを明らかにしたのである。

 一連の隆起がネオムー帝国の力によるものだと分かった今、
 帝国に同調する六星グループは、彼らの仲間ではないか。

曲はこの研究所に対して、
なんとなく割り切れない感情をもってきた理由が、はっきりと分かった。
(所長のやろう・・・)
いい加減俺をおちょくりやがって、
「フィージーの海へ潜ってみるかね」だと・・・。
その海底がどうなっているか知っていたに、ちがいないのに・・・。
(ふざけやがって)

14

画面がアップになる。
フ;イージー陸塊に建築中の帝国中央政府ビルは、
外見が完成され、
他の六つのビル同様、その異様な黒い姿を聳え立たせている。
曲はパイプに火をつけ大きく吸い込んだ。

 (しかし、俺は何故こんなにイライラするのだろう)
 多国籍企業として、自分たちの成長のために
 新しい顧客をを開拓し、
 できれば独占的な取引をしたいのは当然ではないか。
 では何故・・・。
 (四倉のことか・・・)

曲はこの部屋が禁煙なのを思い出して火を消した。
とりとめなく続いていく思考は、
明滅したスクリーンの光によって中断された。

大きなネオムー帝国の旗をバックに、
前額部のはげ上がった小太りの男が写っている。
男は真面目な表情を作って、おもむろに口を開いた。
「ネオムー帝国は女王の名において、
ここに、”世界理想郷宣言”をするものである」

15

同じ頃、同じ画像をGOO編集部の恂子たちも見ていた。
いや、この時間に電源が入っている、
あらゆるテレビやラジオを通して同じ画像が伝達されていた。

「悪のない世界、苦しみや悲しみのない世界、
誰もが平等で、幸福な世界・・・」
テレビの男は続ける。
編集部内の面々は、石になったように目をスクリーンに釘付けにしていた。
「我がネオムー帝国は、全人類の幸福のために、
全世界の平和のために、ここに”世界理想郷宣言”をするものである。
志を同じくする者は、各地のネオムー総大使館に集結されたし。
我々みんなの手で理想の世界を築き上げようではないか・・・」

恂子はテレビの男の顔や体型に、かすかな記憶があった。
(誰だったかしら・・・)
阿井と大沢の他には、特に教団のなかで知った男はいないはずだが。
(いや・・・そうだわ)
あの男に違いない。
恂子が階段で転がりかけ、阿井に助けられた時に、一緒にいた男である。
1000円札を拾ってくれた男だ。
恂子は脳裏にスイッチがはいったかのように、次々と思い出していった。
(そうだわ、東京ドームで、
代打者の大内が骨折した時、観客をかき分けて
去って行った男、あれも彼だわ)
フィルムが逆回転するように、
恂子は大内の骨折の原因までも悟っていた。

「全アジアの国々は我々の宣言に賛同し、
同盟国として、世界平和のために協力されることを心から願っている」

編集部の面々は
一様に深い感銘を受けたような表情で、男の言葉に聞き入っている。
恂子の目が岡田のほうへいった。
彼はイボイボの健康器を踏みながら、
紫煙をたなびかせて顔を隠している。
テレビの音は聞こえているのだろうが、画面は見ていない。
しかし、恂子には、岡田は音さえも聴いていないように思われた。

16

そう、岡田は健康器をあるパターンによって踏んでいた。
微妙にツボが刺激され、
必要とするに十分な細胞だけが、徐々に目覚めていく。

岡田遥之はほとんど睡眠を必要としない人間であった。
1日に平均すれば、15、6分も眠るであろうか。
まったく眠らない日が何週間も続くこともあった。

この現象は大学に入学したころから始まった。
「君はGOOの血をひいているのだ」
眠れぬ日々に悩んでいた時、彼の耳元でささやいた男がいた。
満員電車の中である。
40歳くらいであろうか。
髭そり跡が青々とした四角い顔の男が、
岡田の耳に口を近づけて続けた。
「君は日本にただ一人の人間なのだ」
「そうさ、俺は俺、ただ一人に決まってるじゃないか」
岡田は大声でやりかえした。
周囲の乗客がびっくりして二人を見る。
だが、男はまったく動じた風もなく、
こんどは岡田の目をのぞき込んだ。
「君は眠れないんだろう。それはGOOの血によるものなのだよ」
小声なのに、周りの騒音の中でもはっきり聞こえた。
「今はまだ序幕にすぎない。
これからいろんな現象が起こるはずだ」
電車が止まった。
新宿である。
人の波が動き出した。
「何時でも相談にのるからね。連絡先はここだよ」
絶句している岡田のシャツのポケットに紙片をねじ込んで、
男はさっさと下りていった。
ドアが閉じる。
(俺が眠れないことを、どうして知っているんだろう)
岡田は自分も、ここで下りるはずなのを忘れていた。

最初は睡眠時間が少なくても体調が崩れないことに
喜びさへ感じていた。
だが、一日の睡眠が3時間から2時間になり、
1時間を割るようになると、さすがに気になり始めた。
不眠状態が2週間続いても、まったく眠くないのである。
これといった原因も思いつかないまま、
彼は、次第に夜をもてあましていった。
盛り場をうろつくようになり、不規則な生活が続いていた。
あの男に連絡を取るべきかどうか、3日悩んだ。
さらに1週間。
岡田は男の電話番号をまわしていた。

17

その男、榊原虎之助、月刊GOO社長。
英国ロンドンに本部がある、
世界的秘密結社”GOO”の日本支部長である。
榊原によれば、睡眠は必ずしも身体全体でとる必要はないという。
今現在、直接関係のない細胞は眠らせておき、
必要に応じて覚醒させればよいのだという。
岡田の場合、その方法の一つが、
足の裏にある微妙なツボを、それぞれのパターンによって
刺激することにあったのである。

(遠隔催眠だな)
岡田の覚醒して部分が感じ取っていた。
アジア総大使館の秋山というスポークスマンが、
記者団にかけた集団催眠も見事であったが、
テレビやラジオを使って、これだけのことができるのは、
一人の仕業ではないかも知れない。
岡田はゆっくりと新しいタバコに点火した。
みんながテレビに釘付けになっているなかで、
恂子だけが別のことを考え、
自分の方へ意識を向けているのがわかる。
この強力な遠隔催眠も覚醒した恂子には効果が及ばないようだ。
(GOOの血だ)

18

「ムッ!」
瞬間、岡田は自分の心を閉じた。
しかし、遅かった。
学生時代のことなどを考えたりして、
心が緩んだ一瞬を恂子は捉えていた。
もちろん彼女が、ずっと岡田の方に意識を向けていたからではあるが、
それは、彼女の力がより増強していることを意味していた。

(GOOの血・・・ですか)
恂子は心の中で繰り返した。
(受信だけではなく、送信も可能になってきたな)
岡田は、すかさず心の位相を変化させた。
今まで避けてきた接触を開始したのである。
(お前は本当に阿井を愛しているのか)
(ええ)
はっきりした思念が、きらめく光の和音を伴って伝わって来た。
刹那、
すでに目覚めていた岡田の超感覚が、
恂子と阿井の愛の真実を認知していた。
(でも、教団やネオムー帝国については別ですわ)
恂子の波動が岡田の深い部分に感応した。

二人の血は、ずっと昔から兄妹だったように、
温かい共鳴をおこしていた。
(それで、ともに行くのか)
すべてを許しているような岡田の心の目が、優しく恂子に注がれる。
(それはまだわかりません)
恂子から伝わってくる妙なる和音に、
かすかな揺れが生じた。

19

翌2月24日。
水道橋のネオムー帝国アジア総大使館前では、
長蛇の列を作った群衆が、ビルを何重にも取り巻いていた。
朝夕新聞と一部の地方紙を除くほとんどが、
帝国の”世界理想郷宣言”に賛同の意を表し、
テレビはその意気をあおり立てるように、
ビルを取り囲んだ人々の輪を上空から生中継していた。

人々の頭上に、ちらほらと白いものが舞い始める。
(何時になったら春がくるのかしら)
恂子は窓の向こうに見える灰色の空を眺める。
岡田と心のコミュニケーションがてれるようになった彼女は、
”GOO”について、ある程度の知識を得ていた。

“Great Old Ones”
”GOO”はその頭文字をとったものである。
このソル系第3惑星が形成された時、
その魂として内部に宿った原初の自然霊。
それは5億年以上にわたって瞑想を続けた結果、
人間を創造した。
何らかの形態をとることを忌避し、
一にして多数、別個の魂は持たず、
しかし、意志は別個であるという。

”大いなる古き者たち”

今の恂子にはまだ、ほとんど分からないが、
最初に創造した人間の子孫が、
”GOO”の血を現在に伝えているという。
ここ1万年ほど眠っていた”GOO”の血が、
ほぼ一世紀ほど前から、
世界各地で生まれた子どもたちに色濃く表れ始め、
あたかもネオムー帝国の成立を予期していたかのように、
この時期大きく開花したのである。
「グレイト」とか「オールド」とかいう言葉は、そこから発生し、
「大」とか「古」などのつく物質や現象の呼称は、
無意識のうちに起こる
”GOO”に対する人間の畏怖から生じたもので、
語源をすべてそこに遡ることが出来るのである。

20

現在日本では、
”GOO”の血に目覚めた者は、未だ50人にも達していない。
だが、ひとたび必要な時が来れば、
”GOO”の名をその語源にもつ、
すべての個人、団体が、無意識のうちに同じ血族の為に結集し、
団結して事に当たるのである。
槙原恂子は、
岡田や社長の榊原、モカの由美たちと同じ仲間であるという。

(さあ、もうひと頑張りだわ)
恂子はさっと髪をかき上げ、鉛筆を取りあげる。
窓の外では雪が激しさを増していた。
「おい、ニュースだぞ」
上階から下りてきた山崎が、
その日の夕刊を埋め尽くすはずの記事を伝えた。
政府民友党が、突然党総裁の交代を発表したのである。

新総裁に就任した太田黒源一郎は、
翌日には電光石火の内閣改造を行い、
あっという間に太田黒政権が誕生した。
ネオムー帝国の独立宣言以来、
太田黒が多数派工作を行ってきたのは、
国民も周知のことではあったが、
今や、民友党国会議員の2/3を自派閥で占めているというのだ。

太田黒の俊敏な動きは、
その後の8日間のうちに、ネオムー帝国の独立承認をはじめ、
各種の施策を、帝国の意に沿うような形で一括議決させていった。
何故か野党は、
太田黒の傍若無人ともいえる強引さに、
反対の立場をとらなかったのである。

21

3月にはいっても、いっこうに春の兆しを感じさせない日々が続き、
延期が噂されていた国立大学の入試が予定どうり行われている頃、
恂子たちは、モカに集まっていた。

「アメリカのデモは拡大するばかりだ」
「噂じゃー、帝国に対して東部の反対派と、
西部の賛成派が真っ二つに分かれているってことだぜ」
世界中を廻って、写真を撮りまくって来た藤守良が、
日焼けした顔で言った。
「うむ、国内で東西戦争でも起こしそうなムードだそうだ」
「しかし、アメリカ政府は反対の声明を発表しましたよ」
「それが、例の世界理想郷宣言以来、どうも調子がおかしいらしい」
「あたしゃ、帝国の独立にも施策にも賛成だね。
日本だって、今じゃあ国中がそうじゃねェのか」
大川が大声で言い、ママ、ナポリタンちょうだいと、小声で付け加える。
「まあ、それはそれとして、月刊GOOとしては、
あれだけの大陸塊を隆起させた原因を探っていかなければならない。
横須賀の海洋科学技術センターでは、プレートテクトニクスなど、
現在の理論では、どうしても解明できないと言っているんだ」
デスクの山崎が進行を促す。
「六星海洋気象研究所の曲部長は、何か言っていませんでしたか」
小山が恂子の顔を探る。
「何らかの理由で、急速に海底が持ち上がり、
それによって沈み込んだ所へ
プレートやその他の構造物が流れ込んだのだろうと言っていましたが」 
「何らかの理由ネェ」
小山が繰り返す。

「おまちどおさま」
由美が大川の前にナポリタンを運んで来る。
「ヘイヘイどうもどうも」
「なんだか難しそうなお話のようですわね」
由美はにこにこしながら去って行く。

「それにもう一つ、イギリスBBCのチャーター機が、
上空で軽くはね飛ばされたというのはどうだ」
山崎が続ける。
「不可視のバリアーですね」
「そうだ、そこで世界理想郷宣言の内容を探るというテーマに、
今の二つの謎をからめて進めていこうじゃないか」
「賛成!」
大川がナポリタンをすすりながら言った。

22

同じ頃、帝国の周辺50海里ラインでは、
英、仏及びニュージーランドの艦隊が一列にならんで、
デモンストレーションに入っていた。
帝国内に点在する、彼らが領土と主張する島々への入港を拒否され、
グァムとウエリントンに集結していた艦隊は、
島民の救済という名目で、行動に出たのである。
しかし、帝国側は、あくまでも住民は、
その島々とともに帝国の傘下に入ったとして譲らず、
もし、領海内に入れば敵と見なすと通告してきた。

かくて翌3月6日、業をにやしたニュージーランドの巡洋艦が、
ネオムー帝国の領海に向けて威嚇射撃を敢行したのである。
ニュージーランド側は、これだけ、英、仏の艦隊がそろっている中では、
帝国も直接行動に出ることはあるまいと、高をくくっていた。
だが、突然真上から降下してきたVTOLが
レーダーに捉えられた時には、帝国のレーザー砲らしい熱戦が、
砲撃した巡洋艦の艦橋を、正確にないでいた。
たちまち急上昇したVTOLは、
ニュージーランド側の対空砲火が開始された時には、
すでに、射程距離を脱していたのである。

この事実によって、ネオムー帝国は戦いも辞さないということが確認され、
各国は一時沈黙した。
ニュージーランドは国家に対して、
人的、物質的に多大な損害を与えたとして、国連に提訴するともに、
その報復として、領海内の小島に艦砲射撃を行ったのである。

23

4日間、小競り合いが続いた。
世界理想郷宣言に賛同する国々は、
外交ルートを通じてニュージーランドを非難し、
それをバックアップする、英仏、ひいては米ソへの非難が広がっていった。
国連は両国の仲介を申し出、
最終的にはネオムー帝国の独立承認を各国に説得するという、
譲歩案を示したにもかかわらず、帝国側は一切耳を傾けなかった。

一方、毎日のようにデモや暴動が続いているアメリカ合衆国では、
ついにカリフォルニアなど、西部を中心に11州が合衆国から離れ、
帝国と同盟を結びたいという意向を明らかにし、
ハワイを含めた12州が、西アメリカ合衆国として独立し、
首都をロサンゼルスにおくと宣言した。
アメリカ政府としては、ただちにこれを認めたわけではなかったが、
武力による解決の決心もつかないまま、
形の上では、アメリカは東西に分裂した。

大統領は態度を硬化させ、
ネオムー帝国のすべての施策について、
非承認を全世界に呼びかけた。
NATOの諸国は即日賛同の意を表明し、
どのような工作が行われたのか、ソ連もそれに加わった。
東欧共産圏が追随するに至って、
事実上崩壊状態にあった国連を、ネオムー帝国に対抗する機関として、
新たな形で復活させ、
本部を引き続きニューヨークに置くことに決定したのである。

世界はこの国連側と、南北アメリカ太平洋岸、中国を除くアジア、
そしてアフリカに至る同盟国を有する帝国側の
2大勢力に色分けされていった。

24

「GOOの仲間が動いているのだ」
岡田が由美の髪を愛撫しながら言った。
由美は椅子に座った岡田のそばに横座りして、
彼の左膝に手を置きながら、顔を上げる。
「ネオムー帝国の世界理想郷宣言は、
彼らによる世界制覇の始まりに違いない。
新しい神になることを目指しているのだ」
「戦いになるでしょうか」
「通常の兵器による戦いは、小規模なものは別として、
直接世界の破壊につながる。
結局、我々との超能力戦になるだろう」
由美は岡田の膝に置いた手に頭を預けた。
そこからでさえ、一定にに動く岡田の鼓動が伝わって来る。

ゆっくりと髪をなぜていた岡田の手に力がこもる。
由美は頭上から強い視線を感じて再び顔を上げた。
二人の視線がからみあう。
「どうしてこんなに好きなのかしら」
由美は自分のほうから伸び上がって唇を求めた。
岡田の膝に自分のふたつの膨らみが触れ、
少しずつ上方に移動していく。
激しく唇が重なった。
由美の身体に衝撃が走り、思わず彼の首に両手を回す。
岡田の指がブラウスのボタンにかかるのを感じながら、
由美は後頭部から背中へと広がっていくしびれの中に身を委ねる。
「・・・・・」
由美は右側の白く丸い丘を突然きつく握られて、
男の口の中に小さな叫びをあげた。
しかし身体は逆に彼にしがみつくように密着させている。
長い口づけであった。
・・・・・・・
岡田が静かに身体を離した。
「どうやら出かけねばならんようだな」
他人事のように言って立ち上がった。

25

それより少し前。
午後11時。
恂子は阿井と向かい合っていた。
すでに”時の部屋”は再編成されて、機能をとりもどし、
何処とも知れない時空間をただよいながら、
誰にも邪魔されることのない、二人だけに密室を形成していた。

恂子は阿井と二人でいるだけで幸せであった。
彼の中に世界があり、
それを自分も共有している想いに満たされていた。
二人は無言で見つめ合う。
どんな言葉よりも美しく、
輝く愛の旋律が、やわらかいハーモニーにのって、
お互いの瞳の奥から奥へと伝わっていった。
それは、すべての語るべき言葉とともに、
光のスピードで、二人の体内を往復する。
恂子と阿井は、同じ想いを同時に感じ、表現しているのである。
「愛しています」
それでも恂子は口に出して言った。
(愛している)
阿井が無言で答える。
二人は立ち上がり、どちらからともなく歩み寄った。
恂子が彼の胸に顔を埋める。
静かな抱擁であった。
・・・・・・・
「私は行かなければなりません」
阿井が恂子の頭上でささやいた。

26

その日、3月13日。
日本時間午前2時。
ネオムー帝国は世界理想郷宣言に反対する平和の敵であるとして、
ニュージーランド北島のオークランドを空襲した。
恂子が出社すると、夜中にたたき起こされたらしい弥次喜多コンビが、
朝夕新聞の記者や、写真家の良ちゃんとともにシドニーに飛んでいた。
「とうとうやったか」
「日本はどう対応するのだろう」
周りの記者たちが語り合っている最中にも、
次々とニュースが入ってくる。
国連はニュージーランドに全面的な援助をするという立場を明確にし、
同国の要請によって、午前7時、
ネオムー帝国の西の端にあたる、
ポナペ島を含む帝国第3の大陸塊に、ミサイルによる攻撃をかけたのである。

27

国連と、ネオムー帝国による攻撃は、この1回ずつに終わり、2日が過ぎた。
中央太平洋からニュージーランドにかけては、一触即発の危機を孕み、
すべての国々が成り行きを見守って緊張していた。
日本は同盟国として「ネオムー帝国を擁護すべきである」という、
太田黒首相の強い姿勢があったものの、
いままでのいきさつから、アメリカとの必要以上の摩擦は、
北方におけるソ連の脅威とも関連して、避けるべきだとする、
党内長老をはじめ、多数の意見が根強く、
国家としての態度を一時留保していた。
帝国のアジア総大使館は、そんな政府の対応を生ぬるいと非難し、
連日のようにビルの周りに集まる群衆に対して、
さらに強く世界平和と人類の幸福をアピールしだした。

帝国擁護を叫ぶデモや集会は、全国各地へ広がり、
大きな集会のある場所には、必ずといってもいいほど、
スポークスマンの秋山が顔を出し、
彼の現れるところは、いつも大群衆が押しかけて、
いやがうえにも盛り上がっていた。

月刊GOOの編集部では、
編集長の岡田遥之が国際超常現象会議に出席のため、
ロンドンに出張しているので、デスクの山崎がスタッフを動かしていた。
シドニーへ行った3人の他に、超常現象担当から4人、
スポーツ娯楽担当から回してもらった3人、
それに恂子と美雪をいれた計12人が、
ネオムー帝国関係の取材に奔走していた。
恂子は次々と入って来る情報をもとに、
原稿用紙をうめながら、
あのとき阿井が「行かなければならない」と言った理由を考えていた。
(この戦いのためなんだわ)
そして、岡田もいない。

28

ロンドン・・・。
それはGOOの本部所在地である。
国際超常現象会議とは、何の目的で、どんな人たちが集まるのだろうか。
それは、表面上はともかく、世界的秘密結社GOOの会議であった。
岡田はその日本代表である。

会議はたった今、重要な決議がなされたばかりであった。
GOOの最高指導者グレート・ロンリー伯爵は、
83歳という高齢にもかかわらず、会議をよくリードし、
世界理想郷宣言の欺瞞性を指摘した後、
この状態を乗り切るためには、
”天の羽衣教団”の上層部との直接交渉が不可欠で、
場合によっては戦いも辞さないと語ったのである。

そして今、GOOの中心的メンーバーが会議の決議のもとに、
世界6ヶ所の帝国総大使館ビルへ向けて出発していった。
同じ頃、三枝由美もまた、
3日まえに岡田に強く握られた乳房の感覚を蘇らせながら、
彼のことを想っていた。

29

「うるさい奴らですね」
紫色の霧の中に映し出されている、
ネオムー帝国の上空を飛ぶ、各国の偵察機を見ながら
ヴァイオレットクラスNO4が言った。
(一つ力を見せてやりましょうよ)
(しかたがあるまいな)
NO1がアジア地区としての結論を下した。
瞬時に彼は、
現在帝国中央政府ビルにいる枢機卿、”白のお方”に、
その旨を送信した。