SF小説「ムーの幻影」1

ムーの幻影

これは1987年12月から1988年5月まで
の半年間、地元の陸奥新報紙に連載し、
その後出版されたSF小説です。

 覚醒のときは
 ムー帝国野望
 大いなる者たちが立ちはだかるとき
 人類未来しいページをひらく

(多少手直しをし、随時更新します)

 

目次

  1,承前
  2,プロローグ
  3、謎の教団
  4,出逢い
  5,兆候
  6,覚醒
  7,序破急計画
  8,復活
  9、戦い
 10、出発(たびだち)
 11,エピローグ

1,承前

 1

大地が鳴動した。

緑の沃野に亀裂が走り、それに沿って次々と火柱が上がった。
近くの内海から水路を通じて逆流してきた海水が裂け目になだれ込み、
瞬間に沸騰して水蒸気を吹き上げた。
島々を結んでいた石製の橋は引きちぎられ、
整然とした街並みは、たちまち亀裂に飲み込まれた。
黒煙は大空に広がり、急速に陽光が奪われていった。

水路に沿った商店街に集まっていた人々の大半は、
声をあげる間もなく地底に落下した。
やっとの思いで逃れた人々は、
髪や衣服を焼かれながら、
高台にある壮麗な神殿にたどりつこうと必死に走った。

神殿はすでに、あちこちから集まってきた何万という群衆に取り囲まれていた。
人々はみな、両腕を高く頭上に突き出して口々に叫んだ。
「ラ・ムー、ラ・ムー!」

いくばくかの時が流れ、
神殿の堅牢な石壁の上に、白い寛衣を纏った男が立った。
男は叫び続ける群衆に比べると桁違いに大きく、
身長は優に2メートル50は超えているであろう。
がっしりした上半身の量感が遠くからでもはっきりとわかった。

「ラ・ムー、ラ・ムー!」
群衆の叫び声は、いまやその頂点に達していた。
男はしばらく大群衆を見下ろしていたが、
つと一歩前に出ると、片手を上げて叫びを制した。

「これはすでに予言されていたはずだ。もう誰にも止めることはできないのだ」

その声は、吹き上げる火柱の轟音のなかにもかかわらず、
静まりかえった群衆の頭上に荘厳に響きわたった。
だが叫びが静まったのはその一瞬だけであった。
再びわき上がったラ・ムーコールは、
前にも増して大きく激しく、神殿の壁にこだました。

その言霊に呼ばれたかのように、神殿の中央部からも火柱が上がった。
栄華を極めた壮麗な石造建築は、
高い壁の上に立つ、白い寛衣の男と共に、ゆっくりと崩れ落ちていった。
「ラ・ムー、ラ・ムー」
群衆の大合唱も無数に吹き上げる火柱の中に消えていった。

 2

(なぜ邪魔をなさるのですか)
清冽な思念が走った。
(お前はここに、自分たちの星にとって理想の世界を創ろうとした・・・)
太い荒縄のようないらえがあった。
(だがこのソル系第3惑星では、それが受け入れられなかったのだ)

(それならば、今度は人類と共にある繁栄を意図いたしましょう)
(理想というものは、それが達成されようとしたとき、もはや理想ではなくなる。
お前たちは自分の星で、何度もそれを繰り返してきたではないか)
(だからこそこうして、新天地を求めてやってきたのです)
(ならばやってみるがいい。だが、お前がこの第3惑星にいるということは、
それなりの意味があるのだということを、忘いれてはならない)
(私の存在理由ですか・・・)
清らかな波動が一瞬揺らいだ。

(教えてください)
(それは自分で悟らねばならないのだ)
(どうしても理想が達成できないというのであれば、私は故郷へ帰ろうと思います)
(お前の存在がこの惑星上で意味があるとすれば・・・
お前の意志にかかわらず帰ることはできまい。
やがてここもお前たちの星と同様に、進化の袋小路に入ろうとしているのだ)

白光がほとばしった。
それは大気圏で6体に分割され、いま正に崩れ落ちんとする太平洋中央大陸に、
とどめをさすかのように、火の玉となって激突した。
白光のすさまじさに、すべては光を失った。
陸地は砕け散り逆巻く怒濤のなかに消えていった。

(返してください・・・)
はじめて女性の様相を具現した思念が、輝く月面に反射した。
(羽衣を返してください・・・)
幾重にも織り重ねられた和音が地球へと向かい、
むなしく真空のなかに吸収されていった。

プロローグ

一時の喧噪が過ぎて、編集部にはつかの間の怠惰な時間が流れていた。
大きな灰皿の盛り上がった吸い殻の上に、さらに灰を積み上げながら、
「恂子、例の教団のほうはどうや」
編集長の岡田遥之(おかだのぶゆき)が、
最近かけ始めたメガネのフレームの上から、キラッと目を光らせた。
「ええ、明後日、財団のほうの常務理事という方にアポをとってありますが・・・
話を聞いてみないとなんとも言えません。出たとこ勝負だと思っています。
それにしても私たちのような弱小月刊誌の取材に、よく応じたものですね」
「アホ!弱小とはなんや。大きければいいってもんやないでェ・・・
まあ敵さんには敵さんの理由があるんだろうよ」

”天の羽衣教団”
 すでに50万の信者を集めているというこの教団は、
 8年前、水道橋に2万5千平方メートルの土地を取得してマスコミを賑わし、
 2年前からその土地に、
 地上64階のビルの建築を始めて再び話題になっていた。

「まあ、あまりキバリーナよ」
岡田はまた新しいタバコに点火する。
机の前半分で原稿を書き、左に新聞の切り抜きを、右に雑多なメモ類を並べ、、
正面奥には何かの本を2,3冊広げて、目は忙しくそれらを往復しながら、
一方机の下では靴を脱いだ足が、
イボイボの健康器の上を不規則に動いている。

まあ言ってみればこのお方は、同時に何種類かをこなすのが趣味なのだろう。
あんなことを言っているくせに、頭の中では別のことを考えているに違いない。
大学を卒業して、もう2年一緒に仕事をしているのに、
恂子は岡田が何を考えているのか未だにわからない。
同時にいろいろやっているが、ほんとうは何をやっているのかもわからない。
不思議な人もいるものだ。

「なんだかんだ考えてネェで、仕事しィよ」
(・・・もぅ、いやになっちゃう。今やっと一息ついたところなのに・・・)
恂子は机の上のマスコット人形の鼻をつつくと、
先ほど持ち出してきた紳士録のページをめくり始めた。
半袖のブラウスからスラリとした二の腕が伸び、
指先が目的の氏名を求めて移動する。やがてその澄んだ瞳が固定した。

大沢正
 193X年東京都生まれ。宗教財団”天の羽衣”常務理事。
 T大法卒。195X年大蔵省入省、通産省、内閣官房を経て再び大蔵省に戻り、
 198X年主計局次長で勇退。

(フーン、一応エリートってとこね、でもどうして宗教団体なんかに移ったのかしら)
(55歳か。きっとメガネをかけて紺のスーツがよく似合う・・・
奥さんはいるのかな。バカねェいろに決まってるじゃないの・・・
なんでまたこんなことを考えなきゃならないの)
恂子は苦笑する。

槙原恂子(まきはらじゅんこ)。
 明るく自主的で、ちょっと意地っ張り、そのくせ泣き虫なところもある。
 ボーイフレンドもほどほどにあり、仕事も快調で、
 人生楽しくてしかたがないという感じの24歳である。

 2

「あっ、思い出し笑いしてる、誰のこと考えてんの」
隣の席から林理佳が肩をつついた。
「あら、そっちこそ、さっきからぼんやりしてたくせに」
「ウフフ・・・」
理佳はそれが癖の含み笑いをすると、二人は顔を見合わせて頷き合う。
「いい加減にしろよ」
向かい側から声がかかる。

「”モカ”へ言ってるぞ」
岡田が立ち上がった。
”モカ”はこのビルの地下街にある喫茶店で、
岡田は日に何度も通う常連である。
(いつものことだ。またママの由美と、悪い冗談でも語りに行くのだろう)

 岡田は両切りのタバコしかすわない。フィルター付きしか無いときは、
 わざわざそれを切り取ってすう。
 ほとんど常に煙を上げているので、別名”えんとつ”という。

(あれで、よく言葉を言う暇があるものね)
言葉といえば、あのナマリは何だ。
関西弁が多いが、仙台弁や津軽弁まで飛び出す。
何処かへ出張して帰って来ると、一週間はその土地のナマリが出る。
まったく何から何まで変なお方だ。

いろいろ考えているうちに、周囲の音がだんだん遠のいていき、
恂子は仕事に集中してくる。
”天の羽衣財団”訪問の段取りが、一通りついた頃には、
もう退社してもいい時間になっていた。

上の階から下りてきたデスクの山崎が、
右手の親指を立てて、「・・・は?」と言うと、誰かが人差し指を下にむけている。
岡田は”モカ”だと知らせているのだ。
向こうの席では、
「今夜一丁やっか」
「ほう、挑戦する気か」
「バカ、酒だよ酒」
と言っているのが聞こえる。

「恂子、オレたちもメシでも食いに行っか」
理佳がまた肩をつついた。
この時間になると突然男言葉になるのが、彼女のこわいところだ。
最近彼ができたというので、何かと恂子に語りたがる。
その話がおもしろいのと、食事代がただになったりするのが魅力で、
恂子はよく理佳について出かけていた。
「先に着替えてるから」
理佳は、恂子がついてくるのは当然だというように、返事も待たずに出て行った。
恂子は、入れ違いに汗を拭きながら入ってきた
カメラマンの良ちゃんこと、藤守良に、明後日の同行を確認して理佳の後を追う。

岡田は結局最後まで帰ってこない。
残っている連中も少しずつ夜の顔へと変化を見せながら散っていく。
月刊”GOO”(グウー)編集部、夏の暑い一日であった。

ロッカー室に行くと、理佳が扉の鏡で髪をなおしながら訊いてきた。
「何をいく?」
「もち、近鉄のステーキ」
恂子ははじけるように答えた。
二人はエレベーターで地下に降りる。
ガラスの扉を押すと三方に広がるショッピングタウンだ。
理佳は中央右手にある自走ベルトの上を、さらに自分の足で歩く。
恂子は”モカ”の前を通るとき、窓越しにちょっと中をのぞく。
店内に知った顔はいないようだ。

ベルトが切れたところを右に曲がって3軒目が”バッファロウズ新宿”である。
「この”ズ”とつくところがね都内に24軒のチェーン店をもっている証拠でしてね。
実は近鉄とはライバルの会社がやっているんですよ。
まあ、敵を大切にしてるっていうやつですかね」
マスターを語る。
40代前半であろうか、白く高い帽子をかぶってリズミカルに肉を焼く。
「いつもの!」
分かっていますよと言うようにマスターは頷き、
奥からこの店で一番安いロゼのワインがでてくる。

恂子と理佳はなんとなくグラスを上げて、
「何のために?」
二人同時に言った。
「理佳先輩の彼の為に!」
恂子はすかさずゴマをする。
このあたりの呼吸がワインがタダになるかどうかの瀬戸際で、心得たものである。
理佳は満足そうにほほえみ、余裕たっぷりに
「あわせて恂子の未来のために!」
片目で軽くウインクしてグラスを上げた。

「ちょっと恂子、彼ったら、一緒に旅行に行かないか、なんて言うのよ」
(行きたきゃいけ)「えっ、どこどこ」
思ったことと同時に別の言葉がでるのが、恂子の特技である。
しかし、ほんとは興味津々で、身を乗り出している。
「南紀あたりはどうかって。彼ったら話ながらね、
ここは串本向かいは大島なんて歌い出したと思うと、あたしと自分をさしてね、
仲を取り持つ巡航船なんて言いながら、コーヒーカップを取り替えちゃうのよ」
(ええ、そうでしょうよ)「なんだか今日はバカに暑いわね」
恂子がわざとらしくハンカチを取り出した時、いつものスーパーミディアムが来た。
なんで、スーパーがつくのかわからないが、
とにかく、ここでは、一番気に入っている。

「で、彼はプロポーズしたの?」
「それがね、彼、今度仕事をかえたんだって」
「フーン、で、どんなしごと?」
「今は秘密だって言うのよ。みんなの為になる仕事だって・・・
これからは、日本中を飛び回ることになる。それは、重要な仕事なんだって」
「フーン」
「やっと自分に合った仕事が見つかって張り切っているみたい。
30にして立つなんていうんだもの」
(フーンだ、立てばいいってもんじゃないわよ)「それで?」
「1年待ってくれっていうのよ」
理佳はちょっと間を取るように口もとにグラスを持って行き、
そのまま飲まずに続けた。
「そのかわり、誰にも負けない強い男になって私を幸せにするって」
「幸せね・・・」
恂子は思わずグラスを上げて
「すごいわね、先輩の彼って男らしいわ・・・」
ワインも肉も口になじんだものであり、理佳の話にあてられながらも、
それが適当な刺激とって心がはずみ、
女同士のたわいのない一時が過ぎていった。

 4

地上に出てくるとすっかりくれていて、強めの風が頬に心地よい。
「すこし歩こうか」
どちらからともなく言って肩を並べる。
「ねえ、編集長”モカ”にいなかったわね」
恂子は自分も気になっていたことを、突然理佳に言われてびっくりした。
「何時だって神出鬼没なんだから、あのお方は・・・」
恂子は前から来た二人ずれの男にぶつかりそうになるのをかわしながら続ける。
「でも、あれだ仕事がちゃんと出来ているんだから不思議ね」
「そりゃ俺たちが頑張ってるからさ」
彼の話が終わるとまた男言葉になっている。
「でも、あのイボイボの健康器だけは、やめてほしいわ。かっこわるいもん」
「そんなの見てるのはお前だけだよ。
それより最近ちょって老け込んだ感じだなあ」
「それにあの怒鳴り方、すこしは傍目も考えてほしいわ」
「メガネをかけたせいばかりではないようだな」
「でも、変だからいいのね。普通だったらおもしろくないわ」
途中から話が食い違ってきた。
それでもその矛盾にあえて触れようとはしない。
二人とも、ワインやステーキのせいばかりであhなく、
それぞれ満ち足りた気分になっている。

「ところで恂子、お前最近どうなんヤ」
岡田の口まねである。
「どないもこないもあらへんわ」
恂子がやりかえす。
「なあ恂子、ボーイフレンドなんか何人いたって楽しいだけで、幸せではないぞ」
理佳は真顔である。
「幸せ・・・」
「そう、幸せよ。
たとえ100人いやだと言ってもいい。一人が心から好きだといってくれることよ」
いつの間にか二人は立ち止まっていた。

行き交う人々の姿がみな新鮮で、
街のイルミネーションが、飛び出してくるように輝いている。
しかし今一番輝いているのは、
彼女たち自身であることに気がつかない二人には、
明後日の”天の羽衣財団”訪問がプロローグとなって、
周囲のすべてが、
思いも寄らないドラマへと展開していくであろうことなど知るよしもない。

「恂子、悪いけど帰るわ」
理佳がポツリと言った。
「えっ、どうして」
「なんだか今夜ね。彼が尋ねて来そうな気がするのよ」
理佳は手を上げて、
止まったタクシーにさっさと乗り込み、じゃあね、とウインクした。
(フーンだ、もう1軒ぐらい行こうと思っていたのに・・・)
気のせいか周囲に人が多くなっていた。新宿の夜はこれから始まる。
恂子の頭の中で、乾杯の時の理佳の言葉がこだましていた。
「私の未来か・・・」
そして彼女も都会の夜の中に溶け込んでいった。

( 謎の教団へ続く)