NO 249 New

出発(たびだち)

33

5月16日。
夜明け前の冷気のなかに、
ネオムー帝国アジア総大使館ビルが、孤独な黒い影をみせていた。
ビルから20メートルほど離れた周囲に張られたロープと、
昼夜を問わず目を光らせている制服の警官が、
むしろ滑稽に写るほど寂とした趣がある。

ロープを守っていた一人が、
一日中耳にしている風の音のなかに、何か異質な響きを聴いた。
「おい、何fだこの音は」
10メートルほど離れている同僚に声をかけた。
「えっ、何だって」
聞き取れずに問い返した同僚は、
足下に衝撃を感じて思わず足を踏ん張った。
不気味な音と共に、
目の前から7,8,メートル先の地面に亀裂が生じた。
それは円形に走ってたちまちビルを取り囲んでいく。
警官たちがようやく事態に気づいた時には、
亀裂に沿って内部が5メートルほど持ち上がっていた。
自分たちが張ったロープにつかまりながら、
次第に遠ざかる地面を見下ろす警官たちの目には、
狂気を通り越して諦観が宿った。

ネオムー帝国アジア総大使館ビルは、
その周囲30メートルほどの土地とともに、
音もなく垂直に上昇していた。

34

「”急の舞”進行中。”羽衣”作動順調」
ビルの60階。
コンピュータの声に重ねるように NO3が言った。
「行くのですね・・・」
「帰るのだよ、我々の祖先の星へな」
NO1の声に感動がこもる。

ビルの最上部64階。
”白のお方”が結跏趺坐していた。
部屋の中央には、直径10メートルちかい白銀色の球体が浮いていて、
絶え間なく青い光を明滅させながら、ゆるやかに回転していた。

”羽衣”である。

”羽衣”とは反重力発生装置であった。
それは、ネオムー帝国の大陸塊を復活させた
エネルギーのほんの一部を使って、このビルを浮上させていた。

女王の故国スバル系では、この装置によって自らの星のなかを飛び回り、
王家の者たちは、
その血筋に受け継がれてきた、強力な霊波との融合によって、
超空間を翔び、銀河の果てまでも移動していたのである。
その羽衣が失われ帰る手段を無くした女王は、
故国の繁栄を夢見て、
2度にわたって、この地球に自分たちの理想郷を築こうとして、
惑星そのものに拒絶されてしまった。
だが今、羽衣は再び彼女のもとに戻り、
多くの子孫達と共に、なつかしの故郷へ旅立とうとしているのである。

すでにビルは高度500メートルに達していた。
そして、ロサンゼルス、シドニー、サンチャゴにおいても、
それぞれのビルが上昇を開始した。
ほとんどの人たちがまだ眠っている時刻である。
だが、一人だけ、ビルの上昇をじっと見つめている女性がいた。
槙原恂子であった。
アマランサスで、阿井の残留思念から、今朝の別れを知った恂子は、
そのままここに来て一夜を明かした。
(・・・・・・・)
一晩中、空中でしっかりと抱擁し会っていた阿井と恂子の想いが、
やがて少しずつ離れ始めた。
顔が、胸が、腕がそして指先が・・・。
徐々に速度を増しながら限りなく上昇するビルの影は、
2ヶ月ぶりに見る日の出の中で、きらめく光に露となって消えていった。

(出発、終わり、エピローグへ続く)

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NO 248 New

出発(たびだち)

31

夜10時。
天上の高みから4個の白銀球が、大気圏に突入した。
それは、太平洋上で四方に分散し、ひとつが東京へ向かった。

「あっ、流れ星!」
食事をたんのうして、恂子と二人、地上に出てきた深雪が、
2,3歩走り出して空を仰いだ。
流れ星は、大勢の人たちが見上げている上空を通過し、
ふと、闇に消えた。
だが、恂子には、
それが闇よりも暗くそびえる、
ネオムー帝国アジア総大使館の中に、吸い込まれていったのが分かった。
言いようのない不安が彼女の全身を襲う。
「急用を思い出したわ。今日はこれでね・・・」
恂子が手を上げた。
深雪が、驚いて振り返った時には、
恂子はすでに止まったタクシーに半分身体を入れていた。
「歌舞伎町」
深雪には、走り出す車の中で恂子が、そう言ったように見えた。

「羽衣収納。”急の舞”開始7時間前」
無人の60階に、コンピュータのうつろな声が響く。
そして同じ意味の音声が
ロサンゼルス、シドニー、サンチャゴのビル内にもこだましていた。

32

”アマランサス”は無人であった。
ここしばらく使用されていないことを物語る、空虚さがただよっている。
恂子は壁画の通路に入った。
心なしか壁一面の蝶も色あせてみえる。
ちょうど目の高さに描かれた、謎の黒い扉の上に、
ぼんやりとした光の塊がよどんでいる。
「阿井さん」
恂子はその光に呼びかけた。
「出発(たびだち)の時がきたのですね」
声にすべての情感がこもっていた。
(私はいつもあなたの内にいるのです)
阿井の残留思念が伝わってきた。

光が一瞬またたいて消えると、
蝶の壁画はただの白い壁に還元していた。

(出発最終回、33,34へ続く)

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NO 247 New

出発(たびだち)

29

三枝由美は、岡田遥之の後ろに回って背広を脱がせる。
岡田は,ほどいたネクタイを由美にわたし、ソファーに深々と座った。
由美はテーブルにグラスを二つ置く。
ビールを取り出し、岡田のグラスになみなみと、
自分のそれには、半分ほど注いだ。

「ご無事で・・・」
由美が小声で言って、二人はグラスを合わせる。
「阿井が恂子を救うために、一瞬にせよ力をゆるめなければ、
おそらく無事では戻れなかっただろう」
岡田は一気にグラスを干した。
「阿井と恂子が愛し合っていたからこそ、
俺もウイリアムズも、
ネオムー枢機卿の強力なPKから逃れることができたのだ」
「伯爵は亡くなられたそうですね」
「壮絶な最期だった。
なにしる地下600キロに隠されていた”羽衣”を移動させたパワーだからな」
「”羽衣”とは本当は何だったのでしょうか」
「彼らは遠い昔、遙かな星からやって来た一族なのだ」
岡田を直接の答えを避けるように、話の方向を変え、タバコに点火した。
「スバルですね」
「そうだ。
一族の女王が、この地球に理想を求めて築いたムー大陸が沈んだ時、
”羽衣”は地下深くに埋もれてしまったのだ」
「彼女はその”羽衣”を12000年の間探し続けていたのですね」
「だから世界各地に羽衣伝説、説話が生まれた。
西欧では、”白鳥処女説話”と言われているが、
その定型は、天女が羽衣を脱いで沐浴している間に、
漁師がそれを盗んで隠す。
帰れなくなった天女は、漁師と結婚して何人かの子女を生む。
子どもたちが2,3歳になった時、”羽衣”を発見して昇天するというものだ」

30

「残された天女の子どもたちは、どうなるのですか」
由美は興味を引かれたように先を促した。
「それぞれの民族の祖となる。
つまり天女は新しい民族を生むために、重要な存在だったのだ」
「天の羽衣教団は、天女の子どもたちの末裔だったのですね」
「そうだ。そして天女は、とうとう羽衣を見つけた。
いや、我々”GOO”の創造者が、返してやったにちがいない」
「何故今になって・・・」
由美は残りのビールを注ぎながら、次の疑問を投げかける。
「説話が示しているように、おそらく彼女の役目は終わったのだろう。
だとすれば、彼女は彼女の世界に生きるのが一番いいのだ。
この地球上に彼女の平安はない」
紫煙がゆれ、独特の甘い香りの満ちた部屋に、岡田の声が溶け込む。
ややあって、由美がポツンといった。
「帰るのですね・・・」
岡田はグラスを空けると、ある情感と共に口を開いた。
「そうだ、帰るのだ、彼らの故郷へ・・・”羽衣”に乗ってな」

ビールを取りに立ち上がった由美は、
何かに引き寄せられるように岡田の膝に崩れた。
たちまち彼の腕に捕らえられ、身体の中心を深々と貫かれていた。
「あぁ・・・」
由美の声が尾を引く。
自分であって自分でない生き物が目覚め、叫んでいた。
1時間が瞬く間に過ぎ、岡田はまだ由美の中にいた。
「好きよ・・・ああ・・・あなたすごいわ・・・」
由美は岡田の首に腕を回して引き寄せる。
唇が重なる。
由美は自分の中で自分が変化していくのを意識していた。
より新しいものへ、より高次なものへと、心が、そして身体が変わっていく。
その時、頂点だと思っても、もっと先があり、そしてさらに先の予感があった。
また1時間が過ぎる。
いま由美の中に宇宙があった。
そのなかで、彼女は人を超えて進化し、一転して獣になり再び人に戻る。
何処までも続く連鎖であった。
進化は循環し、循環しながら、
超える度にまた現れる頂点へと上りつめていった。

(出発31-32へ続く)

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NO 246

出発(たびだち)

26

ここ1ケ月というもの、晴れたことのなかった雲間から、
時々こぼれてくる陽光は、人々に、新たな希望を与えるかのように、
あたたかく爽やかであった。
ゼロメートル地帯をはじめ、
下町全体を襲った海水も今はすっかり引いて、
灰色にくすんだ街には、力強い復興の槌音がきこえていた。
新宿は大部分が冠水をまぬがれ、
GOO編集部では、
通常のスラッフにスポーツ娯楽担当も加わって、
ネオムー帝国の浮上から沈没に至るまでのドラマを、
特集号にまとめる作業が、急ピッチで進められていた。

星野深雪は、もう一人前の記者兼編集者として、
恂子と二人、まだオーストラリアから帰れないでいる、
弥次喜多コンビの穴を埋めるべく飛び回っている。
追跡調査のため水道橋にやって来た二人は、思わず足を止めた。

ネオムー帝国アジア総大使館が、ひっそりとたっている。
ビルを吹き抜ける風の音だけがむなしくきこえてくる。
近づいて行くと、ビルの周りにはロープが張られ、
10メートル間隔に制服の警官がついている。
朝夕新聞の身分証明書をだして、入れてもらう。
点灯されず、薄くらい1階のロビーには、
都の係官や、刑事らしい男にまじって、
各紙の記者の姿も見える。
撮影は禁止らしく、テレビカメラはなかった。

「自由に歩き回ってもいいでしょうか」
深雪が係官に訊いた。
「2階までは自由。その上は立ち入り禁止です」
「それで、帝国側の誰かと会えるのでしょうか」
「誰もいませんよ」
はき出すような言い方にも深雪は頭を下げる。
羽のように広がっている階段を上がると、
灯の消えた”羽衣”の看板が目につく。
扉は堅く閉じられ人の気配はない。
(阿井さんはこの上にいるんだわ)
恂子の想いが上昇する。
誰もいないのではなく、誰も上へは行けないのだ。
阿井は既に恂子が下に来ていることを察知して、想いを下降させる。
それは、愛する者どうしの指向波であった。
他の者にはキャッチできない二人の想いが、
ビルの中間点で出逢っていた。

27

「何故、こうならなければいけなかったのかしら」
紫色の霧の中にNO3の沈んだトーンがこもる。
「すでに女王陛下は決断されたのですね」
「前から予感があったらしい」
”白のお方”枢機卿NO1は、
ネオムー帝国中央政府ビルでの会見を甦らせた。
「”急の舞”開始準備中」
いつものように、無感動なコンピュータの声が流れている。

28

社に帰った恂子と深雪は、机に向かう。
人っ子一人いないビルの不気味さを前面に出して、
都の係官や、警察の見解を交えた原稿を書き終えた。
張り切って出かけた深雪だが、
当事者に会うことができず、すこしがっかりしている様子が分かる。
「”近鉄”へいこうか」
恂子が誘う。
 
 彼女は今満たされていた。
 そばにはいなくても、一定の所まで近づけば、
 何時でも阿井と想いを通わせることができるのだ。

「イクイク」
深雪がすぐに乗ってくる。
深雪には、ネオムー帝国が沈む前日から、
5日ほど社を休んでいた槙原恂子が、
戻ってくると、ひとまわり大きくなったような気がした。
恂子の何気ない動作や言葉遣いのうちにも、
単なる優しさだけではなく、
生きる喜びと自信があふれているように感じる。
最近深雪は、恂子を本当の姉のように慕っている自分に驚き、
同時にそれを喜んでいた。
心の奥底でしっかりと結びついた、
絆のようなものを感じるのである。

(出発29~30へ続く)

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NO 245

出発(たびだち)

 

24

槙原恂子は、自分が3日3晩眠っていたことを、
そしてその間に何が起こったかを知った。
「ネオムー帝国は沈んだのですか・・・」

この部屋の周囲に展開されていた光景は、
すでに静けさを取り戻し、
存在を誇示していた、中央政府ビルはその影さえもなく、
あれほどの勢いで浮上してきた大陸塊は、そのかけらも見えない。
暗い空に浮かぶ、弓のようにそげ落ちた月の光のなかに、
未曾有の出来事が終焉した余韻にしては、
あまりにも小さな白波がたっているばかりであった。

恂子は起き上がろうとして、
身体に何もつけていないことに気がつき、
頬を染めて、再び毛布の下に白い裸身を隠した。
身体の節々に痛みを覚える。
阿井によって心は開放されたとはいえ、
瞬時に”時の部屋”に連れ込まれた衝撃に、筋肉が凝り固まっていた。
「もうしばらく休んでいたほうがよい」
阿井の右手がそれとは分からないほど、かすかに恂子の頬に触れ、
彼女は目を閉じた。

どのくらい眠っていたであろうか。
恂子はまどろみながら、左のまぶたに熱いものを感じていた。
それはもう片方に移り、頬を伝わって耳のあたりを彷徨い出す。
「・・・・・」
阿井が何か言っている。
同じ言葉を何度も繰り返していた。
「・・・・・」
恂子は、ふいにその言葉の意味が分かって、彼の肩に手を回した。
(私も愛しています)
恂子は心の中でささやく。
きつく抱きしめられた。
「あっ!」
恂子は小さな叫びを漏らし、思わず目を開く。
いつの間にか隣に阿井の身体が並んでいた。
「愛している」
今度ははっきり声に出して言った。

25

熱いものが耳朶から首筋に移動し、恂子は再び目を閉じた。
阿井の唇は肩から二の腕へと下降する。
だがそれは恂子の身体に直接触れてはいない。
小指一本の幅くらい離れているのだが、
じかに触れられる以上に熱く感じる。
恂子の肌がピンク色に染まっていく。
やがて阿井の唇は、
彼女の、まろやかな丸い双丘を∞の字を描くように行き来しだした。
(・・・・・・・)
阿井の心がささやいている。
彼の唇が移動するたびに、
その部分部分で同じささやきを繰り返している。
恂子も、阿井のささやきを感じるたびに、
その部分の肌が、同じ言葉で答えている。
凝り固まっていた彼女の血が全身を巡り、
身体全体がイキイキと輝き始めた。

時が流れる。
恂子は阿井が、
自分の全身に愛の入れ墨をし終えたのを知って、息を止める。
静かに阿井が入ってきた。
いったん拡散した血が一点に集中する。
(・・・・・)
二人の愛の接点から、また同じ阿井のささやきを感じたと時、
恂子は既に忘我の空間を浮遊していた。

(出発26~27へ続く)

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NO 244

出発(たびだち)

22

ネオムー帝国の爆発は3日3晩続き、陸塊は次々と崩れていった。
津波が放射状に広がって、カリフォルニア半島を水没させ、
パナマにおいて、太平洋と大西洋が手をつないだ。
アマゾン川とミシシッピ川は、それぞれ河口から1000キロと、
400キロにおよぶ、楕円形の塩湖を形成した。
ベーリング海峡から流れ込んだ大量の暖水は、
北極海で、渦を巻き、氷水が逆流した。
一方南極ロス海の棚氷は大きく崩れ、
南米南端をはじめとする海域には、
大氷塊が浮遊して、あちこちの港に打ち寄せていた。
日本では東京をはじめ、太平洋側の大都市が、
なすすべもなく津波に蹂躙され、
中国、東南アジア、オーストラリアなどでも同様であった。

今、ムーは再び海に沈もうとしていた。
阿井真舜は
中央太平洋に出現した彼の空間”時の部屋”の中にいる。
彼は静かに、
自分の計画したネオムー帝国の崩壊を見つめながら
考えていた。
アマランサスで恂子の身体から熱いマグマを観じた時、
阿井は自分たち二人の未来を垣間見ていた。
マグマによって築き上げられたものが、
マグマによって、滅びるのに、何の不思議があろう。
ただ一人、大きく時を翔ぶことの出来る彼にとっては、
それも又一時の夢にすぎないことを
予感していたのかも知れない。
部屋の周囲、全体の空間には荒れ狂う海水のなかに、
今、正に飲み込まれようとしている、ネオムー帝国の陸塊群が、
最後のあがきのように、
上空の月に向かって咆哮する姿が展開されていた。

すべては、悠久の時の中に、埋没して行くのであろうか。

23

阿井は片隅の寝台の方へ歩み寄った。
そこには、静かに目を閉じた槙原恂子の姿があった。
彼女は地下から受けたGOOのエネルギーによって、
枢機卿の攻撃に耐えたのである。
わずか百万分の1秒・・・。
だが、阿井にとっては十分な時間であった。
彼は岡田たちを押さえていた”時の川”をゆがませ、
”時の部屋”を創造して、恂子をそこに封じ込めたのである。
そして彼の意図とは別に、”時の川”の一瞬のゆがみが、
間接的に、岡田とサー・ウイリアムズを
救う結果にもなったのである。

(やはり、そういう流れになっていたのだ)
阿井は身をかがめ、そっと恂子に口づけした。
1秒、2秒、3秒・・・。
恂子の頬に血の気がさし、
阿井が離した唇から、微かな吐息がもれた。
恂子は目を開いて、ふと微笑む。
どうして生きているのか、どうしてここににいるのか、
と聞くこともない。
まるで当然の成り行きのように、
信頼しきった澄んだ瞳が、阿井を見上げている。
そのままじっと見つめ合う・・・。

(出発24~25へ続く)

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NO 243

出発(たびだち)

20

画像を中継しているもっと上、
いや、もはや上という表現はあたらない。
地球と月の引力が釣り合うところ・・・。
白銀色の6コの球体が浮かんでいた。
2コが重合され、それを取り巻くように、
他の4コが散開している。
遠くに青い水の惑星がひっそりと、その美しい姿を見せ、
今その上で起こっている、
阿鼻叫喚などまったく夢のような、静謐さが漂っていた。

(あなたは、また邪魔なさったのですね)
朝日に輝く露のような思念が、はるか地球へ向かった。
(12000年前、私の領土を沈め、羽衣を奪ったあなた。
真の世界平和を目指す、私の心を踏みにじった、あなた)
(それはちがう)
闇が鳴動した。
(おまえたちのいう平和は、
私の創造したものたちを破壊したにすぎない。
おまえたちは、この星にやって来て以来、
ずっと私の細胞を破壊し続けて来たではないか)
(それは、あなたの創った細胞の一つ一つが
あまりにも戦闘的なものに、成長しすぎたからです。
それはあなた自身をさへ、脅かすに至っているではありませんか)
遠い星からやって来たネオムーの女王は
暗い空間に天女の姿を具現した。
(私はわたし、この第3惑星そのものである。
私は、かつて創造したものたちに何もしはしない。
そのように仕向けたのは誰なのだ。
自分の存在する意味を問うことなく、
一度は、自分たちだけに住みよい世界を創りあげようとし、
今又、未開発の者たちを、ただ盲目的に機械文明へと駆り立てて、
二度にわたって失敗を繰り返した)
(この度は、彼らにとってより善であり、
より幸福であると信じたからなのです)
(神と呼ばれることに増長したのだ。
神の上に神あり、神の下に神あり。
その連鎖をわきまえずに行動したのだ)
(苦は幸福の妨げになり、悪は平和の敵ではありませんか)
天空に輝く大きな月輪のなかに、天女の黒髪が舞った。

21

(天才を集め、無為なるものたちを抹殺すれば、
よい種子ばかりが生まれるものではない。
悪をことごとく追放すれば、善になるものでもない。
すべての対極にある観念を捨て去ることは、
逆にこちら側にあるはずの観念の存在を、
薄めることになるのだ)

この超自然的会話は、その内容にもかかわらず、
両者には感情の高ぶりが感じられない。
天女は冴え冴えとした月光を背に、
あくまでも気高く美しく、地球は静かに回転していた。

(私は彼らに平安を与えようとしたのです)
(平安は不必要だと思うもの、
反対するものを認めるところから生まれ、
対極にある心理こそ、同一であると観じるるところから、
大いなる平安が生まれるのだ)
数瞬、真の沈黙が続いた。

(羽衣は返していただけるのですか)
(おまえはそれを、あれほど望んでいたではないか。
結局悟ることが出来なかったようだが、
おまえの存在には、大きな意味があったのだ)
(私の存在理由ですか)
(また、12000年前と同じ問いをするのか。
おまえは使命を果たし、
やがてこの星に訪れる進化の袋小路は打開された。
還るがよい。
おまえは、おまえの平安を求めて故郷へ還るがよい)

また数瞬が過ぎていった。
すでに”おおいなる古き者たち”は沈黙し、天女の影もない。
二つの天体の光を受けて、
6コの球体だけが、白銀色の光を帯びていた。

(出発22~23へ続く)

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NO 242

出発たびだち)

18

槙原恂子は、近づいてくる2人の枢機卿を見ても、
どうすることもできなかった。
どういうわけか、両足がしっかりと岩に食い込んで離れない。
だが、大きく見開いた恂子の瞳は緑色をおびて限りなく澄み、
気力は決して萎えてはいない、
それどころか、
岩に食い込んだ足の先から、エネルギーが沸々と沸き上がってくる。
枢機卿の一人が両腕を上げる。
一気にGOOの全員を葬ろうという構えだ。
(阿井さん!)
恂子の心が叫んだ。
一瞬阿井の”時の川”に乱れが生じた。
岡田が翔ぶ、ウイリアムズが翔ぶ。
それを追ってテラスにいた二人の枢機卿が翔ぶ。
阿井を含めた5人の姿は超空間に消えた。
同時に岩上の枢機卿が放った殺人霊波が恂子たちを包む。
海底下600キロで”羽衣”を移動させた、彼らの念動波に、
すべては粉々になって飛び散った。

19

刹那・・・。
轟音とともにに眼前のフェニックス陸塊が火柱を噴き上げた。
背後にも危険を感じて、上空へテレポートした二人の枢機卿は、
放射能汚染をようやくぬぐい去り、
緑の楽園になるはずのフィージー大陸塊が、
あちこちから火柱を噴き上げるのは目のあたりにして、思わず叫んだ。
「女王陛下!」
岡田たちを追って超空間に消えた、残り二人の枢機卿もまた、
北方3000キロの上空に実体化して、
ワシントン陸塊と、マーシャル陸塊が火を噴くのを目にした。
それに呼応して、すべての陸塊が同じように火を噴き上げ、
ネオムー帝国は一転、火の国となって鳴動した。

4人の枢機卿はいったん中央政府ビルに戻った。
「第7,第8、16、23、37、40ガスチェンバー破損」
コンピュータが淡々と恐ろしい事実を伝える。
「第9,17,24,25,38、39ガスチェンバー破損、
自動修復システム作動せず」
ビルが大きく揺れる。

(・・・・・・・)
どこからともなく伝わって来た温かい波動に4人の顔が輝いた。
「女王陛下!・・・」
(・・・・・)
「はい、離脱します」
四方へ飛んだ彼らは、
それぞれの大使館ビルに向けて超空間に入る一瞬に、
ゆっくりと傾き、大きな地殻の割れ目に倒れ込んでいく、
ネオムー帝国中央政府ビルの影を見た。

世界中の人たちが衛星放送による同じ映像に釘付けになっていた。
大きな蝶が燃えていた。
体表から火を噴き、翅が黒煙に包まれて燃えていた。
世界の平和と人類の幸福を求めて
空間を超え、時間を超えて成立したネオムー帝国が
・・・今燃えていた。

(出発20~21へ続く)

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NO 241

出発

15

周りの海原が一変した。
香しい匂いが漂い、一面に花が咲き乱れている。
蝶が飛び交い、遠くから、牧童の吹く笛の音がきこえてくる。

「油断するな!」
岡田の叱咤が飛んだ時には、
GOOのメンバーが岩石ごと氷結していた。
ヴァイオレットクラスの攻撃である。
さらに何人かが、氷塊と化した。

恂子はこの場にいる自分が
どうして生きていられるのか不思議であった。
レーザーの高熱ばかりではなく、
絶対零度に近い超低温にも耐えているのだ。
気がつくと足が岩の中に食い込んでいて、
身体が動かない。

メンバーの数は半減している。
だが、その時にはもう、帝国のヴァイオレットクラスも消滅していた。
岡田が東京アジア総大使館において、
既に同種の攻撃を経験していたことが幸いしたのである。
一瞬それを察知した岡田は、敵の背後に実体化して、
彼らを超空間に葬り去ったのである。

16

中央政府ビルのテラスに、4人の枢機卿が出現した。
彼らはじっと岡田たちを見つめる。
岡田と、サー・ウリリアムズの顔から脂汗がにじみ出る。
今二人は、自分の身体の中で
限りなく膨れあがろうとする心臓と戦っているのだ。
後方にいた老人が静かに歩み寄り、二人の肩に手を置いた。
苦痛が遠のく。
間髪を入れず、二人ともビルのテラスに立っていた。
(すこしでも触れることが出来れば勝てるかもしれない)
岡田は念じた。
だが、すぐに、自分の考えが甘かったことに気づいた。
岡田たちの前方に阿井の姿が出現したのである。
阿井は特に何をしていると言うわけではない。
だが、彼の前には不可視の”時の川”が流れていた。
阿井の姿は存在感に乏しく、
事実、そこにいるが、そこにいないのである。
岡田とウイリアムズが、いかにテレポートしても、
”時の川”に触れた途端に時間が元に戻っていまう。
それは何度繰り返しても同じであった。

17

そして、又岡田たちの心臓が鷲づかみにされる。
二人はその防御にエネルギーを使うことで、
自分たちの能力を封じられてしまった。

ネオムーの二人の枢機卿が、
GOOのメンバーがいる、大岩石の上にテレポートした。
老人、グレートロンリー伯爵は、
ゆっくりと両腕を広げ、他の者たちを守る姿勢をとる。
睨み合いが続いた。
二人の枢機卿の力と伯爵の力が、
テラス上の3対2の力と同様拮抗して、
目にみえない火花を散らしていた。

恂子たち他のメンバーは、黙って見守るしかない。
力の差が歴然としていて、
身体を動かすことさへ出来ないのである。

海が吠える、波が逆巻く。

大岩石をふくむ空間が徐々にゆがみ始めた。
「ウーム」
グレートロンリー伯爵が、顔面を蒼白にして膝をついた。
83歳という高齢が、ねじ曲がった空間に、
即時に対応し切れなかったのである。
「降伏せよ、今なら命に別状はない」
枢機卿NO1の唇が動いた。
伯爵はゆっくりと首を横に振る。
瞬時に彼の身体は四散していた。

(出発18~19へ続く)

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NO 240

出発

13

「どうしたのだ」
「海底が泡だっているようだ」
二人の枢機卿がそれぞれの自国語で言った。
ネオムー帝国中央政府ビルが、海鳴りの音に合わせるように振動した。
「おっ!」
世界中の火山活動をモニターしていたもう一人の枢機卿が、
おそらく彼らにとって初めての驚きの声をあげた。
地球上、所狭しと荒れ狂っていた火山噴火が、
極東から南北アメリカ、ヨーロッパからアフリカへと、
瞬く間に収まり、
それぞれの山の上空に噴煙の塊を残したまま沈黙してしまった。
自分たちの計画に絶対の自信をもっていた、
4人の枢機卿が、思わず顔を見合わせる。
もう一方のモニターには、
海面から吹き上がっていた岩石群が
徐々に勢いを失って沈んでいくのが映っていた。

・・・と、
今まで無数の岩石群に隠れて見えなかった海上に、
忽然と現れた直径100メートル近い大岩石の上に、
30人ほどの人影が浮かび上がった。

14

「GOOだ!」
枢機卿NO1,”白のお方”が即座に指令を発した。
戦うためにだけ存在している、
藍(インディゴブルー)クラスのVTOLが八方に飛んだ。
熱線がほとばしり、岩石上の何人かが一瞬に炭化した。
同時にGOO側の念波にパイロットの頭をやられたVTOLが
逆巻く波に突っ込む。
だが瞬時に飛び出した、16人の藍クラスは、
岩石上のGOOに向けて殺意の塊を集中させる。
また何人かが崩れ落ちた。

メンバーの中から2人の男が進み出る。
岡田遥之と、サー・ウイリアムズである。
たちまち彼らを藍クラスの殺人霊波が襲った、
が、ほとんど同時に16人の藍クラスは空中浮揚を失い、
海に落下していった。
彼らは自分たちの放った殺人霊波によって滅びたのである。
彼らのパワーが強大であることが、
そしてそれが自分たちに反射するなど
思いも寄らなかったことが、彼ら自身の不幸であった。

(出発15~16へ続く)

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