No 255 New

今回から、巻頭言を再開します。

何事も一生懸命やっているうちに、いつの間にか時間がたっているものですね。
15回になりました。
皆様のご支援の賜と感謝しつつ頑張ります。

縮小_001
歌う会・・・懐かしい響きです。
楽しく歌って健康に・・・で順調に進んでいます。
おいでくださいね。

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NO 254 New

エピローグ

一時の喧噪が過ぎて、編集部には、つかの間の怠惰な時間が流れていた。
「なかなかいい出来やな」
大きな信楽の灰皿の、盛り上がった吸い殻の上に、
さらに灰を積み上げながら、
刷り上がったばかりの、
月間GOO特集号のページをめくっていた岡田が言った。
恂子と深雪、そして取材中のスポーツ娯楽担当記者をのぞいた全員が、
岡田のデスクの周りに集まってきた。
特に目を引くのは、蝶の形に浮かび上がった陸塊群と、
火柱を噴き上げて今正に沈み込もうとする、ネオムー帝国最期の姿である。
一方は優雅で美しく希望に満ち、
もう一方は凶暴な激しさの中に、言いようのない悲哀を漂わせていた。

「すごいわね、どうしてこんなアングルから写真が撮れるのかしら」
深雪が感動したように言った。
「それに、激しさのなかにも、心をうつ情感がにじみ出ているわ」
恂子が付け加える。
「藤守良にとっては、すべてが命をもっているのだ。
そのものの生の息吹をフィルムに感光させているのだ」
岡田が解説する。
「社をやめたら、もう良ちゃんには会えなくなりますね」
深雪がしみじみと言った。
「フフフ、お前は、きっと又、良に会うことになるだろうよ」
岡田にしては、珍しく饒舌である。
「あのネオムー帝国が、こうもあっさり滅びるとは考えもしませんでした」
「おごれる者は久しからずさ」
小山の言葉に大川がすぐに反応する。
「しかし、天の羽衣教団は、
苦しみからの解放と、人類の平和を、その教義にしていたんですよ」
「それぞれが良いと思ってしたことでも、悪を生むことがあるのだよ」
岡田の言葉が合図のように、
各自、自分の席に戻り始めた時、
扉が開いてスポーツ娯楽担当の連中が、ドヤドヤと入ってきた。

10

「おどろいたなぁ、ぶっちぎりだぜ」
「ほんとだ、青森の阿部が優勝するとは、まったく予想外だった」
相変わらず大きな声だ。
「雀聖戦決勝が終わったのね」
深雪が言った。
(阿部は覚醒したのだ)
岡田が机に両脚をあげながら、チラリと恂子を見た。
(良ちゃんもですね)
(そうだ、そして今に深雪もな)
(仲間が増えているのですね)
(そして皆お前に注目するだろう。
お前は人類の夢なのだ。新しい夜明けをつくるのだ)
「新しい夜明け・・・」
思わず恂子は声をだした。
手が腹部に触れていた。

電話が鳴る。
岡田は、やおら両脚を下ろし、受話器を取る。
「そうか、やはりな」
小さい声が聞こえた。
デスクの山崎を呼んで、何か指示を与えた後、大股に部屋を出て行く。
「仕事だ、仕事!」
突然山崎が怒鳴った。
「んもう、いやになっちゃうわ」
深雪がふくれる。
「リスボンとケープタウンで、
残されたネオムー帝国のビルが崩れ落ちたそうだ。
弥次喜多コンビは、すぐに現地に飛んでくれ」
二人は、はじかれたように立ち上がった。

編集部には再び騒然とした活気が戻り、
岡田のいない机の上で、閉じられた特集号の、水色の表紙が、
赤の題字を主張していた。
”ムーの幻影”
夏の強い陽射しの中であった。

・・・完

(22ヶ月にわたり、ご愛読くださいまして、誠にありがとうございました。
感想などいただければ幸いに思います。
尚、最初から続けてご覧になる場合は、
上部、SF小説「ムーの幻影」をクリックしてください。)

 

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NO 253

エピローグ

”予言の刻”を終えて帰ってきた槙原恂子は、
郵便受けに入っていた封書を見て、思わず声をあげた。
「良ちゃんからだわ}
裏に、シドニーにて、良と書いてある。
部屋に入って封を切った。
写真が入っている。
振り袖を着た恂子の後ろ姿であった。
(おの時のだわ)
前回の予言の刻の会場で、
後ろから閃いたストロボの光を思い出す。
添えられた1枚の便箋にただ1行、
「いつぞやの写真が出来ました」とだけ、
太い大きな文字で書かれている。
だがその余白には、万感の思いが封じ込められていた。
彼はずっと自分の胸に、その写真を持っていたのだ。
恂子の後ろ姿を・・・
恂子はその時、藤守良がそうであったように、
彼のあるべき姿を悟っていた。

写真をしまって机上に目を移す。
そこにも写真があった。
ネオムー帝国の旅立ち以来、
恂子が大切に飾ってきた阿井の姿である。
気がつかないうちに撮られたのか、別の方向を向いている。
いや別のことを考えているのだ。
恂子は、それが何となく自分のことを考えているようで、せつない。
「阿井さん・・・」
想いが宇宙に至り、ひとりでに言葉が出た。
お湯を沸かし紅茶を淹れて、
戸棚にとっておいた手作りのクッキーを添える。
「どうぞ」
恂子は阿井の写真にニッコリ笑って椅子に腰をおろした。

髪の毛がかすかに揺れた。

まるで本当に阿井がいるかのように振る舞っている恂子には、
その時部屋が微妙にゆがんだのに気づくはずもない。
紅茶を一口含むと、初めて”羽衣”で飲んだ懐かしい味がした。
頭の中で弱音の弦がトレモロする。
(どうして・・・)
自然に阿井の写真に目がいった。
「あつ!」
たったいままでそこにあった写真がない。

「久しぶりの味でしょう」
愛しい人の声がささやきかけ、目の前にその姿がにじみ出た。
「・・・」
瞳を大きく見開いて、
目の前の阿井の姿を見つめている恂子は、声もでない。
そんな彼女の目を、やさしくのぞき込んで、
阿井はゆっくりと、自分のためにテーブルに置かれたカップを取りあげる。
「私たちは今、太陽系を離脱しようとしています。
もうすぐスバルへの第1小ワープに入ります。
そうなれば私の時間移動の限界を超えてしまうのです」
「・・・」
恂子は目を見開いているばかりで、まだ声が出ない。

ふと気がついて壁のカレンダーに視線がいく。
5月になっていた。
写真がないのは当然であった。
時間が2ヶ月以上戻っている。
この部屋は彼ら二人と必要な者をのぞいて過去へ転位していたのである。
「最後のお別れに来たのです。もうあまり時間がありません」
阿井は半分ほど飲んだカップを置いた。
二人はどちらからともなく立ち上がっていた。
「・・・ずっとあなとのことを想っていました・・・そしてこれからもずっと・・・」
恂子ははじめて声が出た。
限りなく素直な気持ちの表現であった。
「愛している」
阿井はしっかりと恂子を抱きしめ、
言い尽くすことのできない言葉をくりかえした。
恂子も思いのたけを込めて、阿井の胸にすがった。
その腕がいつの間にか阿井の身体を通り抜けて、
彼女自身の胸を抱いていた。
気がついて机の上を見た。
写真のなかに阿井がいる。
(やっぱりこの時、ほんとうに私のことを想っていたんだわ)
恂子は確信した。
同時に彼女は自分の腹部に新しい生命の鼓動を感じて、
一瞬とまどい、そして自らを強く抱きしめた。

岡田が頭をあげて由美の顔を覗いた。
「どうしたの」
「やはり恂子は、GOOとムーの架け橋になって、
人類を新しく変えることになるようだ」
彼は肩をさすりながら、再び由美の膝の上にに頭をあずけた。
「まだ痛むの」
「ウム、絶対零度の攻撃はきつかったからな・・・」
岡田をまた肩をさすった。

(次回はいよいよ最終回、エピローグ9~10です)

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NO 252

エピローグ

同じ頃。
リスボンのネオムー帝国ヨーロッパ総大使館ビルは、
赤い屋根と白い壁の続く坂道の行き止まりに、一際高くそびえていた。
ビルの周囲には観光客が群がっている。
この帝国遺産は、各国の研究対象となっていたが、
18階の壁はダイナマイトや、レーザーなど、
可能な限りあらゆる手段をもってしても破壊できなかった。
ヘリコプターでテラスに降り立った研究者たちも、
内部へ入る手段を発見することができないまま、
その表壁やビルの構造などについては、未だ解明されていなかった。

18階にある羽衣の壁の前で、藤守良がカメラを構えていた。
何度かシャッターを切った後、抜けられないはずの壁に吸い込まれる。
27階までを自由に行き来し、無人の通路にシャッター音が響く。
(恂子、俺はようやく分かったぜ。
俺自身が何者であり、何故お前に惹かれるのかを・・・)
良は窓のない壁面から遥か遠い日本の方を眺めた。
「お前は人類にとって希望の星だ。
俺はその光を遮ろうとする者から、お前を守らねばならない。
これからは何時いかなる時でもお前を守ってやるぜ」
自信に満ちた力強い言葉が、良の口をついて出た。

はるか冥王星の軌道を横切って、太陽から遠ざかっていく物体があった。
二つの重合された小さな白銀球と、
四つの細長い漆黒の飛行物体である。
(いよいよ太陽系ともお別れね)
No3の波動が伝わる。
極寒と無重力の中を行く、
ネオムー帝国アジア総大使館ビルの内部60階には、
東京にあった時と寸分違わない世界があり、
紫色の霧が流れている。
「第1回小ワープ開始60分前」
コンピュータの声が流れる。

阿井真舜は58階の自室に佇み、
自分の理想を具現すべく作成した、
ネオムー帝国の縮小模型を眺めていた。
何故か彼には計画挫折の悲哀はなく、
むしろ、自分は与えられた運命に従って生きたのだという、
満足感さえ芽生えていた。
槙原恂子の顔が浮かんだ。
指先に、手に腕に胸にと彼女の肌の感覚が甦ってくる。
やがて彼の姿は霧の中に揺らいで消えた。

(エピローグ7~8へ続く)

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NO 251

明けましておめでとうございます。

昨年は、
私の喜寿記念コンサートと祝賀会を開いて頂き、
たいへんありがとうございました。
本年も相変わりませず、ご指導のほど、
宜しくお願い申し上げます。
そして、
ことしは皆様にとって、発展の年でありますよう願っております。

さて、12月から、陸奥新報紙に週一回、
SF、スーパーラブロッマン「青の幻想」の連載が始まりました。
ご覧いただければ幸いです。

本欄で連載しております「ムーの幻影」もエピローグにはいり、
もう少しで終わりです。
最後の一歩、頑張ります。


エピローグ

国会議員の2/3を占めていた民友党の太田黒首相は、
ネオムー帝国の崩壊後、目に見えて人数を減らしはじめ、
太田黒自身も生気を欠いて、各委員会や本会議での失言が多発した。
同じ人間とは思えないほどの凋落ぶりである。
「もともとネオムー帝国あっての太田黒だったのだ。
今はただの人になってしまった」
「立場やバックにいる者の力によって、勢いを得ている者は、
それが失われると、かわいそうなものですわね」
岡田の言葉に由美が応える。
「でもそんなことに気がつかない人がなんと多いことでしょう」
向かいの席で恂子が言った。

3人は、ほかに客のいないモカの席で、向かい合っている。
恂子は目の前に並んで座っている岡田と由美に一種の憧れを抱いていた。
初めて会った時からそうであったが、
こうして向かい合っていても、二人には男と女という感じはない。
しかし、そこはかとなく漂う雰囲気に、深く愛し合っていることがわかる。
恂子自身が、今、愛の中にいるからこそ分かるのかも知れない。
(私たち二人の愛については、どう思っているのかしら)
恂子はつい考えてしまう。

店内には、もう恂子もおなじみになってしまった
岡田専用のコーヒーの香りが漂っている。
「”GOO”はどうなるのでしょうか」
由美が静かに訊いた。
「大勢のメンバーが失われたのでしょう・・・」
「うむ、伯爵の令息が、国際超常現象会議の後を継ぐことになっている。
それに伴って若い芽が少しずつ覚醒することになるだろう」
岡田が時計をのぞいた。
「世代が移り変わるのですね」
恂子が岡田の意図を知って立ちあがった。
「いってらっしゃい」
由美が控えめな声で見送った。

1時間後、岡田と由美は京王プラザホテルの中宴会場にいた。
復活させた”予言の刻”の会場である。
アイドル歌手、東野京子が物怖じしない態度で時間錠を開放した。
「Sさんの予言です」
彼女は一旦言葉を切って会場を見回す。
「水の底から新しい国が誕生する」
場内にどよめきがおこった。
昨年の新年と同じ風景である。
Sというのは誰だとか、Kとの関係はどうなのかとか、
招待客のあいだで、賑やかな会話が交わされて、会が進行していく。

(エピローグ5~6へ続く)

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NO 250

エピローグ

2ヶ月後、再び統一がなったアメリカ合衆国をはじめ、
世界の国々は、ようやくネオムー帝国の呪縛から解放されていた。
この一年のうちに3億人が死亡し、
中央太平洋の島々や、オーストラリア、パプアニューギニア、
インドネシアなどの地形は大きく変わってしまった。
カリフォルニァ半島とパナマは水没から復活したが、
ミシシッピ川とアマゾン川では、水が引いた後でも、
多くの塩湖が取り残され、長江や黄河でも同様であった。

ずっと春の来なかった東京は、5月末に梅と桜が同時開花したのを機に、
一気に夏に向かって進んでいった。
ネオムーアジア総大使館ビルの飛び立った跡には、
直径150メートルにも及ぶ大きな窪地が、
まるで切り取られたような、鋭角的斜面を見せていた。
まわりには、当局によって柵が立てられ、係官がついているが、
時と共に人々が集まるようになり、
7月になった現在では、ちょっとした東京の新名所になっていた。

「ケープタウンやリスボンに残されたビルにも、
観光客がつめかけているそうですよ」
小山が言った。
「そういえば、良ちゃんがそっちに廻っているようだな」
大川がカメラを向けるまねをする。
オーストラリアから太平洋の島々を巡り、
リスボンとケープタウンに向かったはずの藤守良は、
ネオムー帝国関係の撮影を最後に、
社を辞めてフリーになるのだと聞いていた。
「なんで辞める気になったのでしょうね」
「そりゃーお前、いろいろあるだろうよ」
「そういえば、憑かれたように撮りまくっていましたね」
弥次喜多コンビの会話が続いている。

槙原恂子は、ネオムー帝国の独立宣言以来、
良ちゃんとは、ほとんど会っていない。
この若い優秀なカメラマンが、
いつも自分につかず離れず協力し、援護してくれていたことを思い出す。
(彼はお前に心をよせていた)
(ええ・・・)
他の者には聴き取れない、岡田と恂子の交信である。
「良ちゃんは、きっとフリーで成功するわ」
恂子は、口の中で、小さくささやいた。

ネオムー帝国の特集号は、藤守良から送ってくるはずの、
リスボンとケープタウンの写真を組み入れて、
コメントを加えれば完成というところまでこぎつけ、
編集部は、次に”予言の刻”の復活を検討していた。
このイベントはその性格上、
1年見送るわけにはいかないという論が大半を占めている。
臨時体制を組んでいた、スポーツ娯楽担当も、本来の仕事に戻った。
開幕を3ヶ月遅らせたプロ野球をはじめ、
各種のスポーツが、再び人々の目を楽しませるようになっていた。
「やはり雀聖戦も、決勝だけ残しておくわけにはいきませんよ」
スポーツ娯楽担当デスクの斉藤が、岡田に進言している。
電話が鳴った。
斉藤がとって、岡田に渡す。
岡田は短くうなずいて、すぐに受話器を置く。
「太田黒が失脚した」
岡田はタバコに火をつけながら、独り言のように言った。

(エピローグ2へ続く)

 

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NO 249

出発(たびだち)

33

5月16日。
夜明け前の冷気のなかに、
ネオムー帝国アジア総大使館ビルが、孤独な黒い影をみせていた。
ビルから20メートルほど離れた周囲に張られたロープと、
昼夜を問わず目を光らせている制服の警官が、
むしろ滑稽に写るほど寂とした趣がある。

ロープを守っていた一人が、
一日中耳にしている風の音のなかに、何か異質な響きを聴いた。
「おい、何fだこの音は」
10メートルほど離れている同僚に声をかけた。
「えっ、何だって」
聞き取れずに問い返した同僚は、
足下に衝撃を感じて思わず足を踏ん張った。
不気味な音と共に、
目の前から7,8,メートル先の地面に亀裂が生じた。
それは円形に走ってたちまちビルを取り囲んでいく。
警官たちがようやく事態に気づいた時には、
亀裂に沿って内部が5メートルほど持ち上がっていた。
自分たちが張ったロープにつかまりながら、
次第に遠ざかる地面を見下ろす警官たちの目には、
狂気を通り越して諦観が宿った。

ネオムー帝国アジア総大使館ビルは、
その周囲30メートルほどの土地とともに、
音もなく垂直に上昇していた。

34

「”急の舞”進行中。”羽衣”作動順調」
ビルの60階。
コンピュータの声に重ねるように NO3が言った。
「行くのですね・・・」
「帰るのだよ、我々の祖先の星へな」
NO1の声に感動がこもる。

ビルの最上部64階。
”白のお方”が結跏趺坐していた。
部屋の中央には、直径10メートルちかい白銀色の球体が浮いていて、
絶え間なく青い光を明滅させながら、ゆるやかに回転していた。

”羽衣”である。

”羽衣”とは反重力発生装置であった。
それは、ネオムー帝国の大陸塊を復活させた
エネルギーのほんの一部を使って、このビルを浮上させていた。

女王の故国スバル系では、この装置によって自らの星のなかを飛び回り、
王家の者たちは、
その血筋に受け継がれてきた、強力な霊波との融合によって、
超空間を翔び、銀河の果てまでも移動していたのである。
その羽衣が失われ帰る手段を無くした女王は、
故国の繁栄を夢見て、
2度にわたって、この地球に自分たちの理想郷を築こうとして、
惑星そのものに拒絶されてしまった。
だが今、羽衣は再び彼女のもとに戻り、
多くの子孫達と共に、なつかしの故郷へ旅立とうとしているのである。

すでにビルは高度500メートルに達していた。
そして、ロサンゼルス、シドニー、サンチャゴにおいても、
それぞれのビルが上昇を開始した。
ほとんどの人たちがまだ眠っている時刻である。
だが、一人だけ、ビルの上昇をじっと見つめている女性がいた。
槙原恂子であった。
アマランサスで、阿井の残留思念から、今朝の別れを知った恂子は、
そのままここに来て一夜を明かした。
(・・・・・・・)
一晩中、空中でしっかりと抱擁し会っていた阿井と恂子の想いが、
やがて少しずつ離れ始めた。
顔が、胸が、腕がそして指先が・・・。
徐々に速度を増しながら限りなく上昇するビルの影は、
2ヶ月ぶりに見る日の出の中で、きらめく光に露となって消えていった。

(出発、終わり、エピローグへ続く)

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NO 248

出発(たびだち)

31

夜10時。
天上の高みから4個の白銀球が、大気圏に突入した。
それは、太平洋上で四方に分散し、ひとつが東京へ向かった。

「あっ、流れ星!」
食事をたんのうして、恂子と二人、地上に出てきた深雪が、
2,3歩走り出して空を仰いだ。
流れ星は、大勢の人たちが見上げている上空を通過し、
ふと、闇に消えた。
だが、恂子には、
それが闇よりも暗くそびえる、
ネオムー帝国アジア総大使館の中に、吸い込まれていったのが分かった。
言いようのない不安が彼女の全身を襲う。
「急用を思い出したわ。今日はこれでね・・・」
恂子が手を上げた。
深雪が、驚いて振り返った時には、
恂子はすでに止まったタクシーに半分身体を入れていた。
「歌舞伎町」
深雪には、走り出す車の中で恂子が、そう言ったように見えた。

「羽衣収納。”急の舞”開始7時間前」
無人の60階に、コンピュータのうつろな声が響く。
そして同じ意味の音声が
ロサンゼルス、シドニー、サンチャゴのビル内にもこだましていた。

32

”アマランサス”は無人であった。
ここしばらく使用されていないことを物語る、空虚さがただよっている。
恂子は壁画の通路に入った。
心なしか壁一面の蝶も色あせてみえる。
ちょうど目の高さに描かれた、謎の黒い扉の上に、
ぼんやりとした光の塊がよどんでいる。
「阿井さん」
恂子はその光に呼びかけた。
「出発(たびだち)の時がきたのですね」
声にすべての情感がこもっていた。
(私はいつもあなたの内にいるのです)
阿井の残留思念が伝わってきた。

光が一瞬またたいて消えると、
蝶の壁画はただの白い壁に還元していた。

(出発最終回、33,34へ続く)

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NO 247

出発(たびだち)

29

三枝由美は、岡田遥之の後ろに回って背広を脱がせる。
岡田は,ほどいたネクタイを由美にわたし、ソファーに深々と座った。
由美はテーブルにグラスを二つ置く。
ビールを取り出し、岡田のグラスになみなみと、
自分のそれには、半分ほど注いだ。

「ご無事で・・・」
由美が小声で言って、二人はグラスを合わせる。
「阿井が恂子を救うために、一瞬にせよ力をゆるめなければ、
おそらく無事では戻れなかっただろう」
岡田は一気にグラスを干した。
「阿井と恂子が愛し合っていたからこそ、
俺もウイリアムズも、
ネオムー枢機卿の強力なPKから逃れることができたのだ」
「伯爵は亡くなられたそうですね」
「壮絶な最期だった。
なにしる地下600キロに隠されていた”羽衣”を移動させたパワーだからな」
「”羽衣”とは本当は何だったのでしょうか」
「彼らは遠い昔、遙かな星からやって来た一族なのだ」
岡田を直接の答えを避けるように、話の方向を変え、タバコに点火した。
「スバルですね」
「そうだ。
一族の女王が、この地球に理想を求めて築いたムー大陸が沈んだ時、
”羽衣”は地下深くに埋もれてしまったのだ」
「彼女はその”羽衣”を12000年の間探し続けていたのですね」
「だから世界各地に羽衣伝説、説話が生まれた。
西欧では、”白鳥処女説話”と言われているが、
その定型は、天女が羽衣を脱いで沐浴している間に、
漁師がそれを盗んで隠す。
帰れなくなった天女は、漁師と結婚して何人かの子女を生む。
子どもたちが2,3歳になった時、”羽衣”を発見して昇天するというものだ」

30

「残された天女の子どもたちは、どうなるのですか」
由美は興味を引かれたように先を促した。
「それぞれの民族の祖となる。
つまり天女は新しい民族を生むために、重要な存在だったのだ」
「天の羽衣教団は、天女の子どもたちの末裔だったのですね」
「そうだ。そして天女は、とうとう羽衣を見つけた。
いや、我々”GOO”の創造者が、返してやったにちがいない」
「何故今になって・・・」
由美は残りのビールを注ぎながら、次の疑問を投げかける。
「説話が示しているように、おそらく彼女の役目は終わったのだろう。
だとすれば、彼女は彼女の世界に生きるのが一番いいのだ。
この地球上に彼女の平安はない」
紫煙がゆれ、独特の甘い香りの満ちた部屋に、岡田の声が溶け込む。
ややあって、由美がポツンといった。
「帰るのですね・・・」
岡田はグラスを空けると、ある情感と共に口を開いた。
「そうだ、帰るのだ、彼らの故郷へ・・・”羽衣”に乗ってな」

ビールを取りに立ち上がった由美は、
何かに引き寄せられるように岡田の膝に崩れた。
たちまち彼の腕に捕らえられ、身体の中心を深々と貫かれていた。
「あぁ・・・」
由美の声が尾を引く。
自分であって自分でない生き物が目覚め、叫んでいた。
1時間が瞬く間に過ぎ、岡田はまだ由美の中にいた。
「好きよ・・・ああ・・・あなたすごいわ・・・」
由美は岡田の首に腕を回して引き寄せる。
唇が重なる。
由美は自分の中で自分が変化していくのを意識していた。
より新しいものへ、より高次なものへと、心が、そして身体が変わっていく。
その時、頂点だと思っても、もっと先があり、そしてさらに先の予感があった。
また1時間が過ぎる。
いま由美の中に宇宙があった。
そのなかで、彼女は人を超えて進化し、一転して獣になり再び人に戻る。
何処までも続く連鎖であった。
進化は循環し、循環しながら、
超える度にまた現れる頂点へと上りつめていった。

(出発31-32へ続く)

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NO 246

出発(たびだち)

26

ここ1ケ月というもの、晴れたことのなかった雲間から、
時々こぼれてくる陽光は、人々に、新たな希望を与えるかのように、
あたたかく爽やかであった。
ゼロメートル地帯をはじめ、
下町全体を襲った海水も今はすっかり引いて、
灰色にくすんだ街には、力強い復興の槌音がきこえていた。
新宿は大部分が冠水をまぬがれ、
GOO編集部では、
通常のスラッフにスポーツ娯楽担当も加わって、
ネオムー帝国の浮上から沈没に至るまでのドラマを、
特集号にまとめる作業が、急ピッチで進められていた。

星野深雪は、もう一人前の記者兼編集者として、
恂子と二人、まだオーストラリアから帰れないでいる、
弥次喜多コンビの穴を埋めるべく飛び回っている。
追跡調査のため水道橋にやって来た二人は、思わず足を止めた。

ネオムー帝国アジア総大使館が、ひっそりとたっている。
ビルを吹き抜ける風の音だけがむなしくきこえてくる。
近づいて行くと、ビルの周りにはロープが張られ、
10メートル間隔に制服の警官がついている。
朝夕新聞の身分証明書をだして、入れてもらう。
点灯されず、薄くらい1階のロビーには、
都の係官や、刑事らしい男にまじって、
各紙の記者の姿も見える。
撮影は禁止らしく、テレビカメラはなかった。

「自由に歩き回ってもいいでしょうか」
深雪が係官に訊いた。
「2階までは自由。その上は立ち入り禁止です」
「それで、帝国側の誰かと会えるのでしょうか」
「誰もいませんよ」
はき出すような言い方にも深雪は頭を下げる。
羽のように広がっている階段を上がると、
灯の消えた”羽衣”の看板が目につく。
扉は堅く閉じられ人の気配はない。
(阿井さんはこの上にいるんだわ)
恂子の想いが上昇する。
誰もいないのではなく、誰も上へは行けないのだ。
阿井は既に恂子が下に来ていることを察知して、想いを下降させる。
それは、愛する者どうしの指向波であった。
他の者にはキャッチできない二人の想いが、
ビルの中間点で出逢っていた。

27

「何故、こうならなければいけなかったのかしら」
紫色の霧の中にNO3の沈んだトーンがこもる。
「すでに女王陛下は決断されたのですね」
「前から予感があったらしい」
”白のお方”枢機卿NO1は、
ネオムー帝国中央政府ビルでの会見を甦らせた。
「”急の舞”開始準備中」
いつものように、無感動なコンピュータの声が流れている。

28

社に帰った恂子と深雪は、机に向かう。
人っ子一人いないビルの不気味さを前面に出して、
都の係官や、警察の見解を交えた原稿を書き終えた。
張り切って出かけた深雪だが、
当事者に会うことができず、すこしがっかりしている様子が分かる。
「”近鉄”へいこうか」
恂子が誘う。
 
 彼女は今満たされていた。
 そばにはいなくても、一定の所まで近づけば、
 何時でも阿井と想いを通わせることができるのだ。

「イクイク」
深雪がすぐに乗ってくる。
深雪には、ネオムー帝国が沈む前日から、
5日ほど社を休んでいた槙原恂子が、
戻ってくると、ひとまわり大きくなったような気がした。
恂子の何気ない動作や言葉遣いのうちにも、
単なる優しさだけではなく、
生きる喜びと自信があふれているように感じる。
最近深雪は、恂子を本当の姉のように慕っている自分に驚き、
同時にそれを喜んでいた。
心の奥底でしっかりと結びついた、
絆のようなものを感じるのである。

(出発29~30へ続く)

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