No.64

連絡船・・・
今年は青函連絡船の就航100年ですね。

私がはじめて乗ったのは小学校の修学旅行の時でした。
当時は、5時間ちかくかかったと思いますが、ちっとも退屈しませんでした。
貨車を飲み込むその巨体に驚き、
白波をたてて突き進む迫力に目を見張り、、
初めて見たイルカとの競争に歓声をあげていました。

しかしその翌年15号台風のため、洞爺丸をはじめ4隻が沈没し、
1400名に及ぶ死者、行方不明者を出したのです。
弘前の私の家の庭でも、クルミの木が根こそぎ倒れてしまいました。

その後海底トンネルの話が急速に再浮上し、
1988年、津軽海峡線の営業にともなって、80年の歴史に幕をおろしました。

その間、歌が何十もできました。
「津軽海峡冬景色」は有名ですね。
台風の時は「ああ青函連絡船」、
八甲田丸による終航のときは「さよなら青函連絡船」でした。

やはり歌は、その時々の出来事から生まれるのですね。
逆にいえば、歌によって、
個人的なことも含めての、
いろいろな思い出が呼び覚まされるのですね。

名前がフェリーにかわっても、いやスペースシャトルになっても、
歌はわたしたちの記憶の鍵になることでしょう。

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