NO176

兆候

14

ホテルで休養をとり、下見をすませた大川、小山、良ちゃんの3人は、
新鮮な磯料理をたらふく詰め込んだ後、満を持して外に出た。
午後10時。
ずっと続いていた雨は、いつの間にか煙るような霧雨に変わっていた。
昼の内に検討しておいた”ビシャゴ岩”から、50メートルほど離れた岩陰に、
3人は陣取った。
美人の自殺伝説が残っているところである。
大川が高さ10メートル以上もあるような岩のところまで、
小走りに駆けて行って、
表面に100円球ほどの、高性能小型ワイヤレスマイクをセットする。
小山は戻ってきた大川に、イヤホーンを渡しながら、
「感度良好」と指で輪をつくって見せ、
自分はCIAでも使っているという、超高性能赤外線暗視鏡を取り出した。

静かに時が過ぎていった。
霧雨のなかを肩を抱いて相合い傘で歩いていたアベックの姿も
いつしか消えていた。
「寒いですね」
小山が暗視鏡を置き、ポケットに手を入れた。
「納沙布や尻屋はもっと寒かったろうな」
良ちゃんは、タバコに火をつけようとしてやめた。
3人は午前2時までねばって、ホテルに引き上げた。
念の為に残してきたレコーダーには、
ただむなしく波の音が繰り返されているのみであった。

そして、翌29日も、何も変化は見られなかった。
ビシャゴ岩だけではなく、地元の人間にもあたってみたが、
それらしい気配は感じとれなかった。
大川以外は気の乗らない朝食の後、部屋に戻った小山が、
社に一報しようとした時、電話が鳴った。

15

「ホイ、先に催促されたかな。ハイハイ、今出前がでたところですよ」
言葉とは裏腹に、小山は出した手を一度引っ込めてから、
慎重な手つきで、受話器を取った。
「あ、デスクですか、実は昨夜も収穫なしでした。
もう一夜、頑張って見ます」
努めて明るく言う。
「それがな、もういいんだよ」
山崎の声はちょっとすまなそうに、沈んでいた。
「すぐ引き払って帰ってきてくれ」
「そりゃあどういうことですか。
ひょっとしたら、今夜にでも朗報を送れるかもしれないんですよ」
一拍おいて聞こえた山崎の声は、いつもの調子に戻っていた。
「潮岬だよ」
「えっ!」
「今日の午前2時、潮岬で、例の集団自殺があったんだ。
俺たちは場所をとりちがえたんだよ」
「ヒェー、室戸岬はパスですか」
小山の聴いたこともない頓狂な声に、
ベッドに寝転がっていた良ちゃんが半身を起こした。
「はい、それじゃあ帰りますが、現地によらなくてもいいんですか。
一応あのあたりを訊き込んでいきましょうか」
「いいんだよ、一応の情報は入手したし、一般の目撃者はいない。
ともかく善後策を検討しなければならんから、すぐ帰って来てくれ」
電話は向こうから切れた。
「すぐ帰れとさ」
仕事となるとリーダーシップを発揮する小山が、
いつもの小さい声に戻っていた。

「冬の後に春が来ると決まった訳じゃネェ・・・か」
ベッッドに大の字になって、良ちゃんがぼそっと呟いた。

(兆候 16-17へ続く)

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