NO 177

兆候

16

3月28日。
連続して起こった海底火山の噴火によって、
日本の漁船団が被害を受けた。
救助にむかうはずの、気象庁特別海洋観測船”いるかⅡ号”は、
別の海底火山の噴火にあったもようで、
乗組員全員が船もろとも行方不明になっていた。
特に南硫黄島の南、北緯23度統計142度の噴火は、
二日後の現在も10秒から5分に1回の割合で、噴火を繰り返して、
煙の切れ目から、新島が誕生したことが確認されていた。

(曲先生だけ助かったのね)

恂子は鉛筆を動かしながら考えていた。
急を有するデータ解析のために空路東京へ向かった
T大海洋研の曲助教授だけが難を免れていた。
そういえば、だいぶ前に、日本のジャンボ機が堕ちた時、
奇跡的に助かった人がいた。
それとは逆に自らすすんで、死を選ぶ人もいる。
現在日本では20分に一人の割合で自殺者がでているという。
原因はいろいろあるが、十代においては、家庭や学校の悩み、
二、三十代では、アルコール依存症、精神障害、
四、五十代になると、借金や倒産、
そして六十代では、病苦ということになる。
どの年代においても男性が圧倒的に多いのが特徴である。

(今起こっている集団自殺は、いったいどんな原因があるのかしら)
いつの間にか鉛筆が止まっていた。

昼過ぎ、室戸へ出かけていた3人が編集部に顔をだした。
いずれもさえない顔だ。
いつものように小山がキャップ役をつとめて、デスクの山崎に報告している。
風邪でもひいたのか、時々フンフンと鼻から息を抜いていて、
声もかすれている。
「まあ、メシでも食ってこいよ」
山崎がポンと小山の肩をたたいた。
それが聞こえるとすぐに大川が立ち上がって言った。
「あたしゃ最近腹が減ってしょうがない。一緒に行かないか」
目が恂子の方を向いていた。
山崎が目で、一緒に行けといっている。
恂子が立ち上がるのを見て、良ちゃんもゆらりと腰をあげた。
小山が後ろに従う。どうやら何か食う時は、大川がリーダーになるらしい。

17

地下街のラーメン専門店”海流ラーメン”で、
大川は”黒潮”と”親潮”の2杯をたいらげたあげく、
「黒潮に乗って”モカ”へ流れ込もうぜ」
「ウム、賛成」
小山がしかつめらしい顔で言った。
「でも編集長がいるわよ」
「かまうこたあネェだろう。俺たちは仕事をしてきたんだからな」
「そうだ、今日はボスの付けにしてやれ」
大川が言うと、もう立ち上がっていた。

モカをのぞくと、編集長の岡田の姿は見えない。
カウンターに二人と、ドアの前のボックスに一人客がいた。
恂子たち4人は、何時も岡田がいる奥の席に陣取った。
「いらっしゃいませ」
ママの由美が笑顔で近寄ってきた。
コーヒーをたのむと、小山が口を開いた。
先ほどとは打って変わって真面目な調子だ。
「佐多岬、足摺岬、潮岬とくれば、次は御前崎か、石廊崎ですね」
「そうだ、北の方は金華山と犬吠埼だな」
みんなは当然のことながら、そのことが気になっていた。
誰かが切り出すのを待っていたのだ。

コーヒーが来た。
早いなあと言う良ちゃんに由美がにこにこしながら、
「もう来る頃だから、コーヒーを落としておけって言われましたので・・・
それから、これは岡田さんのチケットで前払いにしていきましたわ」
「えっ!」
由美がくすくす笑いながら去っていく。

(どうも、あのお方は普通ではないわ。
たしか、前にもこんなことがあった。
いつも先を読んでいる。ひょっとしたら・・・)
恂子は頭に浮かんだことを自分自身で否定した。

兆候18~19へ続く)
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