NO 194

縮小_走れメロス音楽祭ビラ

月刊弘前2017/6月号巻頭言
初めての試みです。
お運びいただければ幸いに思います。


序破急計画

12

7月1日正午。
気象庁は気象資料総合システム”コスメッツ”により、
三陸から関東地方に津波警報をだし、
東京をはじめ、神奈川、千葉、静岡の各県に対しては、
内閣総理大臣による警戒宣言が発せられ、避難命令が出された。
しかし、伊豆の六星海洋気象研究所は、
震源地に近いにもかかわらず、地震による被害は皆無であった。
六星グループが開発したショックアブソーバーが
全国ネットのスーパーコンピュータと連動して即時に作動し、
最初の揺れが来た直後から、わずかにゆれている程度にしか感じなかった。
曲立彦は、震度5という報道に、むしろ驚いたくらいで、
六星グループの技術水準の高さに、あらためて舌を巻いていた。

「あと4時間か」
S字に曲がったデスクの端でテレタイプがカタカタと音を立てている。
また部屋が微かにゆれた。
曲は火の付いていないマドロスパイプをくわえ、
デスクの右端の小引き出しを開けて、コーヒーをたのむと、
形状記憶ソファーに座り込んだ。
外では大変が事態を迎えようとしているのに、
ここは、安全で心地よい。
考えて見れば人生とは不公平なものだ。
誰かが浮かべば誰かが沈む。
(みんなが幸せになるなんてことは、出来ない相談かも知れない)
曲は”いるかⅡ号”に乗って以来
なんだか自分が物思いにふける癖がついたような気がした。
(四倉はおしい男だった)
自分を見つめて指示を仰いでいた、四倉助手の熱い視線が思い浮かんだ。

13

ラボ助手がコーヒーを置いて出て行くのと入れ替わりに
主任研究員が走りこんで来た。
「部長、今の地震で日本側からも、津波が太平洋に向かっています」
「何!」
曲は手にしたブルーマウンテンを置くなり、スパコンの端末に向かった。
素早く動く指によって、次々と出てくる情報と、数字や図形を交えたデータを、
さらに重ねてインプットする。
ほとんど同時に結果がデジタルとアナログの両方式で、スクリーンを埋める。
「2時間後だな」
後ろに立っている部下に言った。
「チリ津波と日本津波がぶつかることになる」
「南鳥島と硫黄島の中間あたりです」
答えが彼のちじれた髪の毛に返ってきた。
「こんなことがあり得るのでしょうか」
「ウーム」
曲はもう一度せわしくキーを叩き、画面を凝視した。
「まちがいない」
曲は今まで息をしていなかったかのように、2,3度大きく深呼吸した。
そばにいる研究員のことなど眼中にない。
デスクの小引き出しを開けて所長に連絡し、足早に部屋を出て行く。
研究員は、部長の勢いにはじき出されたように、隣室に消えた。
無人の部屋にカタカタとテレタイプの音が響く。

14

所長室に入るやいなや、曲は身体に似合わない大きな声を出した。
「所長、どのように対処したらよろしいでしょうか」
所長は腕を組んで曲を迎える。
「緊急にメンバーを選りすぐって現地に飛びたいのですが」
「そう焦ることはあるまい。六星グループのチャーター機が、
もう現地に行ったいる。もうすぐ現場の映像が送られてくるはずだよ」
「しかし、自分の目でたしかめたいのです」
「まあ君、そう興奮せずにかけたまえ」
所長は自分のデスクから立ち上がって、
大きな応接セットに深々と身を沈めた。
テーブルの脇についているボタンを押して秘書を呼び、
顎の下をゆっくり撫でる。
「所長!」
曲は立ったままだった。
「お言葉ではありますが・・・」
隣室から秘書が現れた。
「君はたしかブルーマウンテンだったね」
所長は自分の分と二つ持ってくるように秘書に言いつけている。
曲はしかたなくソファに腰を下ろした。
「所長、この現象は単なる偶然ではないと思います。
原因に腑に落ちないところがあるのです」
秘書が王朝風のコーヒーセットを運んで来た。
「世の中にはまだまだ我々の知らないことがたくさんあるものだよ、君」
所長はカップを持ち上げ、別の手で顎を撫でながら、曲を眺めている。
「しかし所長・・・」
次を言おうとした曲を手で制して所長が断定した。
「行く必要はない。津波はじき収まる」

(序破急計画15~16へ続く)

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