NO134

3,弘前公園の門

今残っているのは、5棟。

その日私は北門(亀甲門)から入った。
左手にグラウンドを見ながら進み小山坂をあがる。
左手に見えてくる丑寅櫓を過ぎ、二宮金次郎の像のある鯉の池で遊んだ後、
東内門に入り、直進して、東門を抜ける。
正面に初代藩主為信の銅像があり、バックに弘前文化センターが見える。

そこを外堀に沿って右折、裁判所を見てさらに右折してしばらく行くと
左手に弘前市役所があり、右手に追手門が現れる。
そこを抜けて正面の木々の間に辰巳櫓をみて左折し、
朱色の杉の大橋を渡ると、南内門だ。

そのあと、下乗橋を渡って、本丸を巡り、
しばらく天守破風と、未申と戌亥櫓
そして岩木山の秀麗な姿を楽しだ後、
北の郭から急な石段を下る。
春陽橋の上で鯉と鴨、そして雀と戯れ帰途についた。
約4500歩の道のりである。

高札によると、
追手門は1611年、2代藩主信枚(のぶひら)によって
弘前城完成とともに建てられたもので、
素木造りで、高さ11.7メートルだという。
北門は12.7メートルでさらに高く、
柱には唯一戦闘による矢傷が残っているという。

歩測であるが、これらの中で、
北門が一番奥行きがあり、7メートルほどだ。
他はみなわずかにそれに足りない。

全部で10棟あったと書いてあるが、
下乗橋本丸側に武者屯(むしゃだまり)跡、
工業高校口に(うずみ)跡があった。

では、あとの3棟は何処なのだろうか。
謎が残った

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