NO 197

縮小_陸奥
縮小_東奥

皆様、おかげさまで、メロスが無事走りました。
お運びいただいた皆様、応援してくださったみなさま
ありがとうございました。
そして、出演のみなさまと、実行委員の皆様おつかれさまでした。

序破急計画

19

編集部は、あの地震以来多忙をきわめて、
新米の美雪も、気を緩めることができなかった。
恂子が、さりげなくカバーしてくれるので、助かっているが、
たまには、夕食をかねて、
ムードのある店でちょっと飲みたい、と思ったばかりであった。
(この先輩は不思議だ)
「この地下に”近鉄”・・・じゃなくて、
バッファローズ新宿ってステーキ専門店があるんよ」
恂子は屈託がない。
(そういえば、初めて出社した時もそうだったわ)
喉が渇いてたまらなかった自分に、お茶を淹れてくれたことを思い出す。
「それにワインもいけますわよ」
恂子がおどけたように続ける。
「ええ、ステーキ、私も大好きなんです。ぜひお願いします」
「じゃぁ決まりね」

恂子は美雪の探るよう眼差しを気にする風もなく、
男言葉の理佳をまねたり、ちょと岡田のなまりをいれたり、
どれが自分だかかわからない言い方をする。
(編集長のことをあまり言えないわね)
恂子は再び鉛筆を動かしながら、ちらっと岡田のほうをうかがった。
岡田は上着を脱いで、ネクタイの胸もとをゆるめ、
両足を机の左側にあげている。
顔のあたりが紫煙にかすんでいるのではっきりしないが、
目を閉じて、ぼんやりしているように見える。

20

(また、しばらくは会えないでしょう。
でも、そのペンダントがあるかぎり、毎日会っているのと同じことなのです)
恂子の胸に阿井舜真の言葉が甦る。

 アマランサスの蝶の通路で、額に彼の唇を受けた時、
 自分の中に沸き上がってくる熱いものが吸い取られ、
 また、逆流して渦を巻いている感覚に襲われた。
 一瞬に失われ、次の一瞬に回復するエネルギーの急流であった。
 恂子は、ただそれに翻弄され、眩暈を感じるなかで、
 今後自分は、この人と共に行くのだと感じていた。
 
 ほとんど力が抜けてしまったようになって、
 阿井に支えられながらアパートの階段をあがった時、
 ふと、教団ビルの階段でのことを思い出していた。
 あの時の阿井の茫洋とした瞳が、
 すでに、現在の自分を決定していたのかもしれないと思った。
 阿井はアパートの前で恂子の顔を上に向け、
 じっと目を見つめながら言ったのだった。
 恂子は後ろ手にドアの取っ手をしっかり握りしめ、
 満足とも、そうでないともいえる、複雑な気持ちで、
 ゆっくりと階段を降りていく阿井の姿を見送っていた。

(毎日会っていると同じことだなんて・・・)
机上に鉛筆を置き、恂子は心の中で、
別れ際に言った阿井の言葉を繰り返していた。
ペンダントに手がいく。
目をつぶった。
阿井の唇を受けた額のあたりに、微笑みながら、うなずいている彼の姿が、
おぼろげに浮かび上がった。
恂子は、あの時以来自分の内側に起こる不思議な変化を、
ようやく分かりかけてきていた。

(序破急計画21~23へ続く)

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