NO 221

戦い

15

同じ頃、同じ画像をGOO編集部の恂子たちも見ていた。
いや、この時間に電源が入っている、
あらゆるテレビやラジオを通して同じ画像が伝達されていた。

「悪のない世界、苦しみや悲しみのない世界、
誰もが平等で、幸福な世界・・・」
テレビの男は続ける。
編集部内の面々は、石になったように目をスクリーンに釘付けにしていた。
「我がネオムー帝国は、全人類の幸福のために、
全世界の平和のために、ここに”世界理想郷宣言”をするものである。
志を同じくする者は、各地のネオムー総大使館に集結されたし。
我々みんなの手で理想の世界を築き上げようではないか・・・」

恂子はテレビの男の顔や体型に、かすかな記憶があった。
(誰だったかしら・・・)
阿井と大沢の他には、特に教団のなかで知った男はいないはずだが。
(いや・・・そうだわ)
あの男に違いない。
恂子が階段で転がりかけ、阿井に助けられた時に、一緒にいた男である。
1000円札を拾ってくれた男だ。
恂子は脳裏にスイッチがはいったかのように、次々と思い出していった。
(そうだわ、東京ドームで、
代打者の大内が骨折した時、観客をかき分けて
去って行った男、あれも彼だわ)
フィルムが逆回転するように、
恂子は大内の骨折の原因までも悟っていた。

「全アジアの国々は我々の宣言に賛同し、
同盟国として、世界平和のために協力されることを心から願っている」

編集部の面々は
一様に深い感銘を受けたような表情で、男の言葉に聞き入っている。
恂子の目が岡田のほうへいった。
彼はイボイボの健康器を踏みながら、
紫煙をたなびかせて顔を隠している。
テレビの音は聞こえているのだろうが、画面は見ていない。
しかし、恂子には、岡田は音さえも聴いていないように思われた。

16

そう、岡田は健康器をあるパターンによって踏んでいた。
微妙にツボが刺激され、
必要とするに十分な細胞だけが、徐々に目覚めていく。

岡田遥之はほとんど睡眠を必要としない人間であった。
1日に平均すれば、15、6分も眠るであろうか。
まったく眠らない日が何週間も続くこともあった。

この現象は大学に入学したころから始まった。
「君はGOOの血をひいているのだ」
眠れぬ日々に悩んでいた時、彼の耳元でささやいた男がいた。
満員電車の中である。
40歳くらいであろうか。
髭そり跡が青々とした四角い顔の男が、
岡田の耳に口を近づけて続けた。
「君は日本にただ一人の人間なのだ」
「そうさ、俺は俺、ただ一人に決まってるじゃないか」
岡田は大声でやりかえした。
周囲の乗客がびっくりして二人を見る。
だが、男はまったく動じた風もなく、
こんどは岡田の目をのぞき込んだ。
「君は眠れないんだろう。それはGOOの血によるものなのだよ」
小声なのに、周りの騒音の中でもはっきり聞こえた。
「今はまだ序幕にすぎない。
これからいろんな現象が起こるはずだ」
電車が止まった。
新宿である。
人の波が動き出した。
「何時でも相談にのるからね。連絡先はここだよ」
絶句している岡田のシャツのポケットに紙片をねじ込んで、
男はさっさと下りていった。
ドアが閉じる。
(俺が眠れないことを、どうして知っているんだろう)
岡田は自分も、ここで下りるはずなのを忘れていた。

最初は睡眠時間が少なくても体調が崩れないことに
喜びさへ感じていた。
だが、一日の睡眠が3時間から2時間になり、
1時間を割るようになると、さすがに気になり始めた。
不眠状態が2週間続いても、まったく眠くないのである。
これといった原因も思いつかないまま、
彼は、次第に夜をもてあましていった。
盛り場をうろつくようになり、不規則な生活が続いていた。
あの男に連絡を取るべきかどうか、3日悩んだ。
さらに1週間。
岡田は男の電話番号をまわしていた。

(戦い17~18へ続く) 

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