NO176 New

兆候

14

ホテルで休養をとり、下見をすませた大川、小山、良ちゃんの3人は、
新鮮な磯料理をたらふく詰め込んだ後、満を持して外に出た。
午後10時。
ずっと続いていた雨は、いつの間にか煙るような霧雨に変わっていた。
昼の内に検討しておいた”ビシャゴ岩”から、50メートルほど離れた岩陰に、
3人は陣取った。
美人の自殺伝説が残っているところである。
大川が高さ10メートル以上もあるような岩のところまで、
小走りに駆けて行って、
表面に100円球ほどの、高性能小型ワイヤレスマイクをセットする。
小山は戻ってきた大川に、イヤホーンを渡しながら、
「感度良好」と指で輪をつくって見せ、
自分はCIAでも使っているという、超高性能赤外線暗視鏡を取り出した。

静かに時が過ぎていった。
霧雨のなかを肩を抱いて相合い傘で歩いていたアベックの姿も
いつしか消えていた。
「寒いですね」
小山が暗視鏡を置き、ポケットに手を入れた。
「納沙布や尻屋はもっと寒かったろうな」
良ちゃんは、タバコに火をつけようとしてやめた。
3人は午前2時までねばって、ホテルに引き上げた。
念の為に残してきたレコーダーには、
ただむなしく波の音が繰り返されているのみであった。

そして、翌29日も、何も変化は見られなかった。
ビシャゴ岩だけではなく、地元の人間にもあたってみたが、
それらしい気配は感じとれなかった。
大川以外は気の乗らない朝食の後、部屋に戻った小山が、
社に一報しようとした時、電話が鳴った。

15

「ホイ、先に催促されたかな。ハイハイ、今出前がでたところですよ」
言葉とは裏腹に、小山は出した手を一度引っ込めてから、
慎重な手つきで、受話器を取った。
「あ、デスクですか、実は昨夜も収穫なしでした。
もう一夜、頑張って見ます」
努めて明るく言う。
「それがな、もういいんだよ」
山崎の声はちょっとすまなそうに、沈んでいた。
「すぐ引き払って帰ってきてくれ」
「そりゃあどういうことですか。
ひょっとしたら、今夜にでも朗報を送れるかもしれないんですよ」
一拍おいて聞こえた山崎の声は、いつもの調子に戻っていた。
「潮岬だよ」
「えっ!」
「今日の午前2時、潮岬で、例の集団自殺があったんだ。
俺たちは場所をとりちがえたんだよ」
「ヒェー、室戸岬はパスですか」
小山の聴いたこともない頓狂な声に、
ベッドに寝転がっていた良ちゃんが半身を起こした。
「はい、それじゃあ帰りますが、現地によらなくてもいいんですか。
一応あのあたりを訊き込んでいきましょうか」
「いいんだよ、一応の情報は入手したし、一般の目撃者はいない。
ともかく善後策を検討しなければならんから、すぐ帰って来てくれ」
電話は向こうから切れた。
「すぐ帰れとさ」
仕事となるとリーダーシップを発揮する小山が、
いつもの小さい声に戻っていた。

「冬の後に春が来ると決まった訳じゃネェ・・・か」
ベッッドに大の字になって、良ちゃんがぼそっと呟いた。

(兆候 16-17へ続く)

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NO 175 New

兆候

11

その2日前、3月25日。
特別観測船”いるかⅡ号”は、ゆっくりと港に入っていった。
グアムである。

 海面水温の平均偏差が5度に達し、
 大気の上昇域が、太平洋のほぼ中央部に移動している。
 東太平洋に大量の暖水が運ばれて、海面下の赤道潜流が消失し、
 ペルー沿岸とは逆に、西太平洋の北緯10度以南では、
 海面水温が3度から5度低下している。

「エルニーニョイベントだ」
曲立彦は声に出して言った。
こけた頬が日焼けして黒い。
しかしそれは健康な黒さとは異なるようだ。
今日は髭をあたり、背広を着込んでいる。

「先生、準備ができました」
助手の四倉が大きなトランクを持ってきた。
4ヶ月におよぶ、調査観測で得られた、
膨大なデータのコンピュータ解析のために、
曲は一人東京に飛ぶことになっていた。
「じゃぁ、一足先に行っているよ、また東京で会おう」
「はい、何かすごいことになりそうですね、先生」
「ウム、君はこれからも長旅だ。体調をくずさないように頼むよ」
曲はこの先、南鳥島から、小笠原諸島を経て、東京へ向かう助手のことを、
そして、それに続くであろう超多忙を案じていた。
「大丈夫ですよ、先生」
熱い目で見つめ返すこの若い研究者の、ひたむきさに押されるようにして、
曲は足早にタラップを下りていった。

12

3月28日。
船は再び太平洋上の進路を、北北東にとっていた。
「四倉さん」
クルーの一人が寄って来て、甲板で遠くを見ていた四倉に伝言した。
「本庁から連絡が入りまして、南硫黄島の南で海底火山が噴火したそうです。
本船は南鳥島には寄らずに、現地へ直行するとのことでした」
(3月の中旬にもマーシャル諸島で海底火山が噴火したはずだが)
四倉は海をわたる爽やかな風を受けながら、ふと心がかげっていくようだった。

同じ時、操舵室。
「船長、前方1キロの海面が変色しています」
望遠鏡をのぞいたクルーが言った。
「どれ」
船長がかわってレンズをのぞく。
1キロほど先の海面が
東方向へ約500メートル幅200メートツにわたって黄緑色に変色している。
近づくに従ってはっきりしてくる。
変色水域内の一部が、100メートルほど円形の白波をたてている。
「いかん!」
船長は、レンズから目を離すと、大声で叫んだ。
「面舵いっぱい!」
「面舵いっぱい!」
答えが返ってくる。
「全速離脱!」
船長の怒鳴り声が合図のように、左舷の海面が盛り上がった。
轟音と共に水しぶきが上がり、人の頭ほどもある、薄茶色の軽石が襲ってきた。
噴火は立て続けに起こった。
ほとんど2,3秒に1回の割合で、火柱が上がり、
黒茶色の噴煙は1000メートルの高さに達した。

13

室戸岬へ発った3人を見送って社に帰った恂子は、
室内にただよっている緊張感に気づいて、
「どうしたの」
理佳に小声で訊いた。
「火山だよ」
向かいの男から答えが返ってきた。
いつもこの男は余計な時に出しゃばる。
「南硫黄島近海で、海底火山の噴火があったのよ。
すぐそばを日本の漁船団が通過中で、被害があったらしいわ」
「例のエルニーニョと関係あるのかしら」
「そういえば、日本へ帰る途中の観測船ね、
ええと、そう、”いるかⅡ号”とか言うのが付近を航行中で、
救助のため現地に直行しているってことよ」
T大海洋研の曲助教授が乗っている船である。

「ところで、室戸のほうはどうかしらね」
「あの3人なら、必ず何かつかんでくるわよ」

恂子は、そう言いながらも、どこか、不安であった。
”天の羽衣教団と集団自殺が関係しているのなら、
きっと阿井にもつながっているにちがいない。
彼には3ヶ月近くも会っていない。
しかし、そのことには何の不満もなかった。
恂子にとって、現在会わないことのほうが、むしろ未来があることで、
それが心の支えであり、生活の張りになっていた。
(それに、このペンダントがあるわ)
胸のペンダントは、まるで彼そのものであるかのように、
恂子のなかに大きな存在を占めていた。
見つめたり、さわったりすると、気持ちが和んでくるのである。

(兆候14~15へ続く)

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NO174

兆候

3月28日。
晴れ。
羽田発11時55分の全日空563便は定刻に離陸した。
禁煙のサインが消えると、
大川、小山の二人組は、早速タバコに火をつけ、
昨日のお天気祭りの続きを始めた。
さすがに声をひそめながら
「昨日大いに飲んだから見ろよこの青空を。
しかし、なんでまた集団自殺なんかしなきゃなんねェのかな」
「教団が関係しているとなると、
当然宗教的な、つまり我々には分からないことになりますね」
「バッキャロー、そいつを見つけに行くんじゃねェか」
「分かってますよ」
「まあ、俺たちがお出ましになりゃあ、すぐに見つかるだろうよ」

「オイ、うるせぇぞ。俺は眠いんだ」
隣で良ちゃんがあくびをする。
「かってに寝てろよ」
「まあそう言わないで。ひょっとしたら今夜は徹夜になるかもしれません。
我々もすこし、寝ておくことにしましょう」
「んだな」
大川が小さい声の小山の言うことを素直に聞いている。
良ちゃんの寝息がきこえてきた。

 <こんなに墜落事故が頻発しているのに、
  客が減るのは一時期だけですね>
 <喉元過ぎれば何とやら言いますからね>
 <じっと目をつぶっていると、
  必ず目的地に着くと思い込んでいる>
 <冬が過ぎれば春が来るとは限らないのにね>
 <などと言っても始まりませんねKさん。
  このジェットは無事高知に着くのですから>

10

「おい、もう着くぞ」
今度は良ちゃんが二人を起こしている。
13時15分、563便は予定どうり高知空港に着陸した。

 歌に名高い”はりまや橋”や、坂本龍馬で有名な高知は、
 フェニックス並木と黒潮踊る太平洋をのぞむ南国の都市である。
 山内一豊が築城したという、
 3層6階、高さ18.5メートルの天守閣をはじめ、
 下屋敷跡や、山内神社など、山内家に関する史跡が多い。
 祭りには”よさこい祭り”のほかに、
 ”お城祭り”、”フェスティバル土佐鏡祭り”、などがあり、
 変わったところでは、
 早乙女姿の女性が男性の顔に泥(クリーム)を塗りつけるという、
 ”どろんこ祭り”も興味深い。

しかし今夜のために下見をしておかなければならない3人は、
軽い昼食の後、東京から手配してもらった車に乗り込み、
高知市内に入らずに、すぐ、国道55号線に出て、一路室戸岬へ向かった。
車の数が少なく、旅程は順調である。
宮津からスカイラインに入るころになって、雨がパラつき始めた。

「オイ、俺はジェットの中で夢をみたぜ」
良ちゃんにしては妙に迫力に欠けた声である。
「どうせ、麻雀牌の山にでも、つぶされた夢だろうよ」
「”予言の刻”に出てきた奴らが、ボソボソと何か言ってるんだ」
「”予言の刻”ってーと、あのKとかいう奴か」
大川が興味を引かれたように良ちゃんを見た。
小山は知らんふりでハンドルを握っている。
「うん、内容はほとんど忘れていまったが、
一つだけ憶えていることがある」
「どうせろくなことじゃーあるめぇよ」
大川はわざとそっぽを向く。
良ちゃんは、気を悪くしたふうもなく、
手に持ったカメラを、こころなし強く握っている。
「冬の次に必ず春がくるとはかぎらねェって、言ってたな」
どういう訳か、皆しばらく押し黙ったままであった。

本来なら左右、前方に太平洋が見渡せる、
すばらしいドライブになるはずだったのに、
雨は激しさを増し、フロントガラスに雨滴がぶつかる音と、
一定に揺れ動くワイパーの音だけが耳につく。
結局3人は展望所にも寄らずに岬の突端を廻り、
何かにせき立てられているように、
ホテル”にゅーむろと”にチェックインした。

(兆候 10~11へ続く)
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NO 173

兆候

会議室には超常現象担当の弥次喜多コンビ、大川と小山に、
カメラマンの良ちゃんが、すでに待機していた。

「最近自殺が多発しているな」
山崎が早速切り出した。
「統計によると日本における最近の自殺者は25000人前後となっているが、
この3月に入ってから、月平均からみて、急激に増えているんだ。
それが
どうも全国的レベルでの集団自殺によるものらしいという情報が入った」
「・・・・・・・」
「一般への影響を考慮して、マスコミ関係をはじめ、
政治的に箝口令がしかれているんだ。
内閣調査室で、極秘に調べとところによると、
集団自殺の場所は北海道の納沙布岬、青森県の尻屋崎、
大きくとんで、四国の足摺岬、九州の佐多岬だというんだ。
しかもどうやら自殺の場所は、南と北から東京に近づいてきているらしい」
山崎が言葉を切った。

「南と北からっつうと順番でもあるのかな」
「佐多岬、納沙布岬、足摺岬、尻屋崎の順らしい」
「何か自殺の周期でもあるんですか」
「確実とはいえないが、一週間前後だというんだ」
「んで、目撃者は」
大川が食い下がる。
「二人だ。これは足摺の場合だが、酔狂な夜釣りの帰りで、
午前1時を過ぎた頃だということだ」
「自殺だとすれば、止めるのが普通じゃねェのか」
良ちゃんが質問した。
「それがな、とても自殺などとは思えなかった。
何というか厳粛な儀式でもしているようで、
近づきがたいものを感じたというんだ」
「フーム。儀式ねェ」
「白い薄布を纏って一心に合掌し、
一列にならんで、岩の陰に消えていったらしい。
まさか、そんな真夜中に海へ飛び込むとは
思ってもみなかったというんだ」

3人はだいぶ興味をそそられたようであるが、
恂子はまだ、一度も口をはさんでいない。

「それでは集団自殺だという確証はないんじゃないですか」
わざと、なーんだという調子で小山が呟いた。
「ところが、室戸岬の沖合10キロほどのところで、
白い布に絡まった全裸の水死体が発見されたんだ」
「しかし・・・」
陰気な小山はめったに大きい声を出したことがない。
生きているのが億劫なような声しか出さない。
山崎はそんな小山の声を手で制して、
「いや、実は同様の水死体が、その前から何体も見つかっているんだ。
それに時を同じくするようにして、蒸発や行方不明が、
その地方を中心に多発している。
内閣調査室では、それらのデータ分析から、
何らかの意図をもった、集団自殺であると結論を下したんだ」
山崎は4人の顔を見渡しながら、やおら腕を組んだ。

「何か妙な予感がしますね」
「あやしの気配だ」
「つまり、面白いってことだぜ」
恂子をのぞく3人が顔をみあわせている。
「ところで、南北から東京に近づいて来るってのは何だろう」
「それに何故自殺の場所が海でなければならないんだ」
「そうだ。岬ばっかり、しかもみな太平洋側ってのはおかしいじゃねェか」
「いいぞ、その調子だ」
山崎がアジる。

「つまり、そのあたりを調べて見たいとは思わないか」
「みたい!」「聞きたい!」「調べたい!」
「よし、それじゃまず岬だ。それも太平洋側のやつだ」
「尻屋の南、足摺の北となると、
東京から南では、室戸岬、潮岬、御前崎そして伊豆の石廊崎ってとこかな」
「うん。北は金華山に犬吠埼ぐらいなもんだな」
「まあ、そんなとこだろう。だがまさか全部に出かけるわけにはいかない。
次は何処か予想をたててみてくれ」
山崎の問いに良ちゃんが吠えた。
「・・・・んなことは分かってるじゃねェか。
佐多岬、納沙布岬、足摺岬、尻屋崎と南と北から交互になってるんだろう。
次は南だ」
「ということは・・・・・」
「室戸岬!」
みんなが異口同音に叫んだ。

「よし、じゃあ日時についてはどうだ」
山崎がたたみこむ。
「たしか1週間前後の周期だといったな」
「ウム、しかし確認されているのは足摺の3月15日だけだ」
「つまり、尻屋崎が3月22日プラスマイナス1日として、
3月21日から23日となるわけですね」
「んじゃあ次は3月28日から30日だな」

「でも本当にその順序でいいのかしら」
恂子が初めて口を開いた。
「それは絶対確実とはいえない。だから面白いんだよ。
どうだ、その日室戸に賭けてみるか」
「28日といえば明日ですよ。かなり差し迫っていますね。
ところで”これ”はどうなんです」
小山が親指を立てて見せる。
「編集長は先刻承知だ。そればかりではないぞ。
この事件は例の教団と無関係ではあり得ない・・・といっていた」

恂子は会議室での話が始まった時からそんな気がしていた。
無意識のうちに聞き役にまわっていた。

「どうやら動き出したようですね」
「そういうことか。きっと何かあるな。尻尾の先をつかんでやるぜ」
「よし、じゃあ室戸にはお前たち3人で飛んでくれ。
恂子はは残って連絡と資料調べだ」
山崎が宣言して立ち上がった。
「徹マンなんかすんなよ」
山崎に肩を叩かれて、良ちゃんがニヤリと不適な笑いを見せた。
弥次喜多コンビは、お天気祭りでもやろうかと言って部屋を出て行く。

恂子はは自分の席にもどったが、落ち着かない。
岡田は天の羽衣教団の何を知っているのだろう。
教団と集団自殺とは、いったいどんな関係があるのだろう。
未知のものへの取材に挑戦する気持ちの高ぶりよりも、
不安のほうが勝っているようだ。
阿井舜真の姿が思い浮かんだ。
自然に手がペンダントにいく。

「恂子、近鉄へ行くよ!」
いつの間に帰って来たのか、隣の席から林理佳が明るい声で誘った。

(兆候9~10へ続く)

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NO172

兆候

編集部は相変わらず騒々しい。
槙原恂子はエルニーニョについて、その発生の謎と、
世界的異常気象とを関連づけながら、
不思議性を強調して鉛筆を走らせていた。
彼女は、正月の恒例行事として行われた
”予言の刻”の予言が気にかかっていた。
何か起こりそうな気がしてならなかった。
そんな時、気象庁の特別観測船から一報がはいったのである。

 ”エルニーニョ”はクリスマスの頃始まるので
 ”神の子”とも言われる異常現象である。
 平均20度という熱帯としては低い、
 エクアドルやペルー沿岸の海水温が、
 画期的に上昇することによって起こる。
 それは地元の漁業に被害を与えるに留まらず、
 世界的規模で異常気象をもたらすものである。

 にもかかわらず、発生の原因と思われる貿易風の弱まる理由をはじめ、
 その周期性についても、未だにはっきりと解明されていない。
 世界各国で毎年観測を続けているが、
 日本の気象庁でも、昨年の暮れから、通常の調査の他に、
 T大海洋研の、曲立彦助教授を中心としたメンバーに観測を依頼して、
 特別海洋観測船”いるかⅡ号(1600トン)”を出港させ、
 現場における長期的な観測を行っている。

(同助教授からの最新情報によると・・・)
恂子は原稿用紙に目を走らせながら頭の中で読んでいる。

岡田のデスクで電話がなった。
彼は机の上にのせていた両足を下ろして、やおら受話器を取る。
じっと電話に聞き入っていたが、
「フムフム」と頷き 「分かった」と受話器を置く。
下ろした足でイボイボの健康器を踏みながら新しいタバコに火をつけた。
相変わらず大きな信楽の灰皿をいっぱいにして、
周囲に煙幕を張っているが、
心なしか、この頃の岡田は顔につやがなく、
髪にも白いものが増えだしているようである。

「山ちゃんよ」
岡田は、くわえタバコのまま、デスクの山崎を呼び、
小声で何かささやいている。
二人を窺っている恂子には、
岡田の話を聞いている山崎の表情が、緊張しているように見えた。
(何の話かしら・・・)
そういえば、その後教団の方には、さしたる動きもないようだが・・・。

恂子の脳裏に阿井真舜の顔が浮かびあがる。
彼とはアマランサス以来会っていなかった。
恂子の手は自然に胸にいく。
あの夜の別れ際に阿井が握らせた金属片を、
ペンダントにして下げていた。
 
 それは直径2センチほどの円形で、コインのようにも見える。
 真ん中に小さな円が描かれ、
 その周りを六角形の星を思わせる図形が囲んでいる。
 その星はもう一つの円によって囲まれ、
 さらにその外側も星で、囲まれている。

表面を見つめると、柔らかい白光が安らぎを送って来る。
そっと触って目を閉じると、彼の顔がおぼろげに浮かんできた。
(阿井さん・・・)

「恂子、なにをぼんやりしてるんだ」
大声にびっくりして顔を上げた。
山崎が隣の会議室をさしている。、

(兆候7~8へ続く)

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NO171

兆候

風が鳴いていた。
一面に生える短い草の中の、
所々に露出した岩の間を、風は、まるで生き物のように吹き抜ける。

寒い。
もう3月も終わろうとしているのに、雪でも降りそうな気配だ。
波の音がする。
海が近いのだ。
風は波を、波は風を呼び、
二つの音が重なり合って近づいては又逃げていく。
飽くことを知らない自然のフーガだ。

暗い。
どんなに忘れようとしても、
ぬぐい去ることの出来ない心の傷に、
じわりとしみこんできて、人を狂わす魔的な闇だ。

しかし、救いがあった。
一定の周期で光が明滅している。
大地と海とは、その光の見える瞬間だけ、
生き返り、開放され、そして又死の淵に沈んでいく。
人類の歩みもまt明滅しながら、
永劫に繰り返されているのであろうか・・・この灯台のように・・・。

ふと風が止んだ。
霧が湧き、闇がいっそう、その重さを増す。
重さに耐えかねた闇が、一部を下へ落としてしまったかのように、 
雲間から月が見え始めた。

午前1時。
揺れ動く白い霧のなかに、何かもっと白いものが泳いでいる。
大きくなったり、小さくなったりして、フワリフワリと近づいてくる。
風に呼ばれて現れた物の怪であろうか。
いやそうではない。
どうやら人間のようである。
それも一人ではない。10人ほどが一列になって、ゆっくりと進んでくる。
身体には白い布を纏っている。
生地は薄く、下の素肌が透けて見える。

先頭が両腕を広げ、肩と水平に上げた。
みながそれにならう。
白い布はクジャクのように大きく広がり、周りの霧が驚いたように逃げる。
先頭は、そのままの姿勢から両腕を前に持っていき、目の高さで合掌する。
後ろがそれにならう。
羽は閉じられ、また白い塊になる。

彼らはまるでスローモーションカメラで撮られた映像のように、
ゆっくりとその動作を繰り返しながら前進してきた。
足の部分に霧がよどんでいるため、
歩いているというよりは、地面すれすれを滑るように浮遊して見える。

風が戻ってきた。
霧がちぎれるように飛んでいき、月がはっきりと顔をだす。

灯台の裏手の崖に、一行の姿があった。
そこは先端が海に突き出した平らな岩だ。
正面からの強い風を受けて、白布が鳴っている。
眼下50メートルは渦巻く太平洋だ。

全員がそろって合掌する。
何か低い声でつぶやいていた先頭が、両腕を大きく横に広げた。
灯台の光がその顔ををよぎる。
この寒さの中では信じられないような、柔和な表情を浮かべている。

一羽の白いクジャクが、眼下の太平洋に舞った。
次々と白い孔雀が舞っていった。
波の音が一段と強い。
青森県下北郡、尻屋崎。
光が明滅していた。

(兆候5,6へ続く)

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NO 170

兆候

1  

陽射しが強い。
きらきらと光る水だ。
風邪が強い。
どこまでも果てしなく広がる真っ青な海だ。
周囲2000キロには島らしい島はない。
ここは南緯5度、西経113度、太平洋のまっただ中だ。
船はシドニー・パナマ航路をクロスして、赤道に平行に西へ進路をとっている。

舳先に一人の男が立っていた。
先ほどから時を忘れたように海面を見つめたまま、
そのくぼんだ頬とちじれた髪の毛を風になぶらせている。
T大海洋研究所助教授、曲立彦(まがり・たつひこ)である。

ここ1年にわたる教授争い・・・。
彼は苦い思いに浸りながら
次期教授のポストを巡る学内の確執を振り返っていた。
土壇場になって、
彼がもっとも信頼していた数名が態度を翻したのだ。

(あれはいったいなんであったのだろうか)

広大な海原に身をおいてみると、
あんな争いの一切はまったく無意味だったことを知らされる。
いや、人間の存在そのものが、
限りなく無に等しいのではないか。
彼我の思惑がどうあろうと、陽は昇り、そして沈む。
誰が教授になったところで、
大陸が沈んだり、浮かびあがったり、するわけではあるまい。
自分はやはり、自然と共に生きよう。
自然をけっして嘘をつかない。
すでに結論はでている。
K大に移れという教授の指示を蹴って船にのった。
この仕事が片づいたら大学を去ろう。
そして自分の好きな海と共に暮らすのだ。
曲は頭を上げて水平線に目を移した。

「先生・・・」
若い男が声をかけた。
「先生!」
2度目に呼ばれて、曲はようやく気がつく。
「やはり、エルニーニョですね」
答えを待ちきれないような興奮気味の声は、
今回の調査に自ら志願してついてきた、助手の四倉(よつくら)である。
そうだ、すべてはその結論を得るためにやって来たのだ。
チリのサンチャゴに集結し、フンボルト海流にのってペルーへ、・
そして、ガラパゴス諸島を巻いてここに至っている。

長い旅であった。
もう2ケ月になる。
日本を出て来たのは、12月のはじめ、
さらにこれから2ケ月ほど、太平洋上を調査して廻ることになっている。

「貿易風は十分に弱まっています。赤道反流は活発で、
表面混合層の流れも逆転し、東西の水位の差が急激に縮まっています」
「そのようだね」
曲は答えながら
結論を並べ立てるような四倉の性急な話し方に思わず口元を緩めた。
「海面水温は2度上昇です。それにペルー沿岸のアンチョビーが・・・」
勢い込んで報告していた四倉は、
いつもと違う助教授の雰囲気に初めて気がついたように、語尾を飲み込んだ。

曲立彦は、自分でも変化が分かるほど穏やかな目になって、四倉を見た。
「これから忙しくなるよ。
おそらくペルー沿岸の海面水温は5度以上の上昇になるだろう。
これは、1982年以来のエルニーニョイベントだ。
海面からの水蒸気量をはじめ、データを集めて解析し、
各地への影響などを推計しなければならない。
急がないと干ばつ、熱波、そして洪水など、
さまざまな異常気象や、それから派生する現象に対処出来なくなるからね」
四倉の見つめ返す熱い視線を感じながら、
曲は何故か、今自分は幸福だと思った。
「いやもう北アメリカ西岸や、
オーストラリア北東岸では、影響が出ているかもしれない。
君!ひょっとしたら、ここ何年か後までの世界中の幸福が、
我々の手にかかっているかもしれないのだよ」
「はい!」
四倉はひとつ大きくうなずいて頭をさげ、小走りに船室むかっていく。

(俺もあんな時があったなぁ)

曲はまた海に視線を戻した。
心なしか波が高くなったようである。
白い波頭が牙をむいて、押し寄せt来る。
ふと、彼の脳裏を最初の集積地、サンチャゴの、
異様なビルの姿がかすめた。
同じようなビルを東京でも見たことがある。
窓のない真っ黒な壁のビルだ。

今一つの決断をしてすっきりしたはずの曲の胸中に
新たな不安が湧いてくる。
眼前の大海原の中から、
しぶきを上げて浮かびあがる真っ黒なビルの幻想にとりつかれながら、
近い未来に起こりそうな、不吉な予感を無理矢理おしつぶそうとして、
曲立彦は胴震いした。

陽射しが強い。
風邪が強い。
気象庁海洋気象部、特別海洋観測船”いるかⅡ号”である。

(兆候3~4へ続く)
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NO 169

出逢い(最終回)

13

「どうぞこちらへおいでください」
階段の下から、何処かの民族衣装を身につけた、
先ほどの女性が声をかけてきた。
カウンターに座ると、
バーテンが音もなく寄ってきてグラスに氷を入れ、
その上に赤い液体を注ぎ込む。
見ている間に氷が半分ほどに溶けていく。

「どうぞ。ここへおいでになった方は、
皆さんまずこれを召し上がりますのよ」
「ええ・・・」
隣に座った女性は、
恂子がグラスを持ち上げるのを待って奥へ去って行った。

 一口含むと、心地よい刺激がはしる。
 やがて頭の中で絃のトレモロが鳴り始めた。
 故郷へ帰ったような懐かしさが、こみ上げてくる。
 (なんという酒なんだろう。羽衣の紅茶の味に似ているわ)
 恂子は昔からここに来て、
 この赤い酒を飲んでいるような、くつろいだ気分になっていた。

軽く肩を叩かれた。
振り向くと男の胸があった。
緑色のタイピンが柔らかい光をはなっている。
身体が硬くなる。
そして、もう分かっているものを確認するかのように、
恂子はすこしずつ視線を上げていった。

「またお会いしましたね」
かすかに微笑んでいる顔は
この店のムードのせいか、
やさしさの中にも不思議な影を漂わせている。

阿井真舜であった。

「どうして・・・」
「大沢さんと別れた後、一人で飲みたくなって・・・ここへきたのです。
・・・で、あなたは?」
「・・・店の名前を見ているうちに、来てしまいました。
でも、会員制なのに、どうして入れたのかしら」
「ああ、それは最初のドアを開いた所にカメラがセットされているのです。
映っているのがあなただったものですから、
私がママにお入れするように言ったのです。
ええと、何を召し上がりますか?」
恂子はいまほどの赤い酒をたのみながら小首をかしげた。
「私どうかしているわ。
まったく知らない店に一人で飛び込むなんて・・・」
「きっと今日のあなたは、
昨日のあなたとはちがうあなたなのでしょう。
これからは、以前とは別のあなたになるかもしれませんよ」
「そんな・・・」

14

「私たちは、これまで3度出会いましたね。
偶然に2度、そして紹介されて1度です。
教団の階段の時は宿命的出会いです。
つまり、そのようになっていたのでしょう。
”予言の刻”の場合は普通の、
いわば昼の出会いとでもいいましょうか。
そして今、これは運命的出会いです。
二人が相手を意識することによって、運命が動いたのです。
あなたが知らないうちにこの店に入ってしまったのは、
遠い過去にその原因があるのかも知れませんよ」
恂子は阿井の瞳から(又会いましょう)と感じたり、
”アマランサス”という店名に軽い衝撃を受けたことを思い出した。

 広く明るいはずの店内で、
 ほとんど自分の周囲だけしか光が届かない。
 阿井がいる周辺だけが、ぼんやり明るく、
 その他は繰り返されるドローンの中に溶暗している。

「そのほかに夜の出会いがあり、
さらに第5の出会いがあるのです」
阿井は続ける。
「人は皆時間の刹那の点滅の中に生きているのです。
その都度生まれ、死に、
出会い、別れることを繰り返しているのです」

 いまや恂子は最高の聞き手になっていた。
 阿井の言葉のすべてを、いや、それ以上のことを吸収していた。
 宇宙からの微弱な電波をキャッチして逃さない
 高感度のパラボラアンテナのように・・・。
 時間の感覚が失われていた。

 ・・・・・

「さあ、今日はもう帰りましょう」
阿井に肩を軽く叩かれて、恂子は我に返った。
三つの扉を通り、地階から階段を上がって外に出る。
大通りまで歩いてタクシーをとめる。
送って来た阿井は自然な形で恂子の手を取って
何か堅い金属片のようなものを握らせ、
まだぼんやりしている恂子の耳元に
「おやすみ・・・」とささやいた。
タクシーは音をたててドアを閉め乱暴に発車する。
阿井の姿はたちまち人混みのなかに見えなくなった。
(送って来てくれないのね・・・)
新宿歌舞伎町24時であった。

3兆候 1~2へ続く)

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NO 168

出逢い

11

かなり長い階段を下りると、重厚な扉があった。
その表面には八方にトゲの出た円形を
アラベスクが取り囲んでいる図柄のレリーフがついている。
恂子は扉を押した。
「いらっしゃいませ」
黒服に蝶タイの若い男が丁寧に迎えた。
右側にクロークのような所があるだけの殺風景な部屋である。
入ってはきたものの、どうしていいか戸惑っているの恂子のそばに、
蝶タイの男が近づいてきた。
「どなたかのご紹介でございますか」
「いえ・・・」
蝶タイは恂子を下から上へ見上げるようにしながら、さらに慇懃に言った。
「申し訳ございません。ここは会員制になっておりますので・・・」
恂子は何か重大な罪を犯したような気持ちになって身体を縮めた。
頭を下げ、出口に向かおうとした時、
正面の壁が左右に割れて、女性の声がかかった。
「いいのよ、お通しして」
蝶タイの男がハッとしたように威儀を正した。
「失礼しました。どうぞあちらへお通りください」
言いながら、開いた壁の入り口へと先導した。

一歩踏み込むと広い通路を隔てて、
正面の壁いっぱいに絵がが描かれている。
 
 左右に広がる壁面は幅20メートル高さ5メートルもあろうか、
 端の方は薄明かりの中ではっきり見えない。
 最初は近すぎて分からなかったが、どうやら絵は蝶のようである。
 たくさんの蝶が翅を主体として、いろいろな状態に切断され、
 エコーするようにすこしずつ、づらして描かれている。
 中心の輝く太陽が全体を照らし出して、
 一枚一枚の翅は、あるいは明るく、あるいは暗く、
 ひらひら飛び交う蝶の羽ばたきそのままに、
 鮮やかな明度の差を見せている。
 
 左側の空間には、
 蝶の絵とはまったく無関係とでもいうように黒い扉が浮かんでいる。
 それはまぶしい太陽に対して、あまりにも黒く不吉ですらあった。

(地獄への扉みたいだわ)
 
 さらにその壁面の奇妙なところは、
 所々に意味不明の文字が書かれていることである。

(きっと、この文字の組み合わせによって、扉が開くんだわ)
そして、それらすべてが何重にも折り重なって無限の奥行きを感にさせる。
この壁面が何を表現しているのかは分からなかったが、
どこか心の深い部分に、
その構図や色彩の印象がしっかりと刻み込まれていった。

12

 壁面の左右には4メートルほどの広口通路が続いているが、
 次への出入り口のようなものは見当たらない。

(どっちに行けばいいのかしら)
迷っていると、後方の入り口が来たときと同様、唐突に閉じた。
恂子はそれに促されるように、左側へ歩き出した。
右手に壁面が続いている。歩きながら眺めると、
全体に散っている翅の断片だけが、
太陽や黒い扉の前から後ろへ飛び越して行くように見える。
(なんて不思議な絵なのかしら・・・)
神秘的な雰囲気に誘われながら10メートルほど進むと、
壁面の黒い扉の一つが音もなく開いた。

それは大きな紅い花であった。
 花芯に当たる中央部には輝く太い柱が高く伸びている。
 それを中心点として、
 全体の形をそのまま小さくしたような紅い花の形の豪華なボックスが
 十分なスペースをとって六角形に並べられ、
 それぞれ隣り合った二つと正三角形になるような外側にも
 一個ずつボックスが置かれている。
 その周囲には緩いカーブを繰り返したカウンターが、
 花の外側を形作るように、全体を取り囲んでいる。

 床には淡い緑色の厚い絨毯が敷き詰められ、
 ボックスの色と際だった対照を示しているのにもかかわらず、
 全体を包んでいる光はやわらかく、目を射るような強さを感じさせない。

 光源は中央の柱のほかに、カウンターの後部に六カ所あり、
 中央の柱はそれ自体が発光しているように見える。

 どのような仕掛けになっているのか、
 ドームのような天井には、ほんとうの夜を思わせる星がまたたき、
 柱の最上部が徐々に光りを失ってその夜空のなかに溶け込んでいる。
 柱の下部からは噴水が吹き上げ、水は光を受けて七色の虹となって、
 さわやかな音と共に、基底部にある池に降り注いでいる。

恂子の位置からは、10段ほどの階段を下りるようになっていて、
花のような内部が俯瞰出来る。
客の姿は、カウンターやボックスにちらほら見える程度で、
話し声らしいものは聞こえない。
何か得たいの知れないドローンのうえに
時々東洋的な断片がきこえるといったBGMが、水の音に融和している。
{すばらしいわ・・・)
恂子は気持ちとは裏腹に2,3歩後ずさっていた。

(出逢い13~14に続く)
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NO 167 出逢い

北欧風の調度でまとめられた部屋。
畳を敷けば12,3畳にもなろうか。
大きなソファーに男がゆったりとくつろいでいた。
小型のテーブルを挟んで、二つの椅子の左側に、女が脚を組んでいる。
髪を無造作に後ろに束ねた女は唇を堅く結び、
目を半眼にして男を見つめている。
フロアースタンドだけの柔らかい光が、女の顔から表情を奪って、
全く没個性的な人形のような感じを与える。

男の顔は見えない。
逆光になった後ろ姿が、黒々と浮かびあがり、
顔の中心から真っ直ぐに立ち上る紫煙が、
天井の薄闇の中に溶け込んでいる。
二人とも無言である。

やがて女の唇が動いた。

「天の羽衣教団ビルの外壁は、
何らかのエネルギー吸収装置であることが判明しております。
現在はもっぱら太陽エネルギーを吸収しているもようです」

「最上部からは時々強い電磁波を発しておりますが、
おそらくその時点での余剰エネルギーの放出ではないかと思われます」

「吸収されたエネルギーの使用については不明ですが、
10階から上へは、東京電力をはじめ、
いかなる電力会社からも電力の供給は行われておりません」

「上部にあるテラス状のところは、
ヘリコプターなどの発着施設ではないかと推察されますが、
そのようなことが行われた事実はありません」

女は一言ずつゆっくり言うと、指示を仰ぐように男の顔を見た。

(・・・・・)
「はい、ロサンゼルス、シドニー、サンチャゴでは、
それぞれ同種のビルがほぼ完成されており、
リスボン、ケープタウンにおいても外壁ができあがっております」
(・・・・・)
「はい、それらのビルの特色は、いずれも海に近いことと、
地球の緯度南北35度あたりに集中していることです」

どうやら女は男の質問に答えているらしいが、
さっきから男は一言も発していない。
男の質問は直接女の脳へ届けられているのだ。
女はそれを受信できても、自ら発信することが出来ない。
結果として女だけが話しているように見える。
男はよほど、ヘビースモーカーらしく、紫煙が切れることがない。
一度大きく吸い込んで、ゆっくりと前にはき出すと、
ピース独特の甘い香りが漂って、女の顔がかすみ、
その存在をうすくする。

 
10

(・・・・・)
「はい、おそらく南北35度の間で何かおころのではないてしょうか」
(・・・・・)
「はい、北半球では、人口密集地帯や重要都市があるということでは、
もっと高緯度にワシントン、モスクワ、ロンドン、パリなどがあり、
その意味で軍事上のことではないように思われますが・・・」
(・・・・・)
「はい、もしそれぞれのビルが南北35度に影響力をもつとすれば、
人間が居住しているほとんどの地域を網羅することになります」

男はじっと女の目をのぞいている。
いや、その目の奥、ずっと遠いところを窺っている。
しばらくの沈黙の後、質問が再会されたらしく女が口を開いた。

「はい、それぞれのビルの建築進捗状態に比例するように、
各地で信者の数が急増しております」
(・・・・・)
「はい、信者には年齢や男女差はなく、平均しており、
昨日の推計によりますと、
日本においては、すでに200万人に達しようとする勢いです」
(・・・・・)
「はい、財団の動きは一応把握しております。
相変わらず理事長の古谷はほとんど顔を見せません。
内事関係は専務の佐々木が、外事関係は常務の大沢がそれぞれ担当し、
財団内においては、特に宗教的雰囲気はありません」

ライターの鳴る音がして、一時途切れた紫煙が再び生命を取り戻す。

(・・・・・)
「はい、そのことですが、最近になって財団は富士山麓にある
”新生火山地震研究所”という民間の研究所に
援助していることが判明しております」
(・・・・・)
「はい、世界各地のビルも
それぞれの国において同種の援助施設をかかえている模様です」

(・・・・・)
「はい、わかりました」

女が束ねた髪をほどいた。
長い髪が肩にかかると、女の顔に徐々に表情が現れる。
目が潤いをおびて見開かれ、
形よく引き締まった唇から白い歯がこぼれる。
身構えているようだった肩が丸みをおび、
ゆっくりと組んでいた脚をほどくと、
清楚なブラウスの下で、膨らみが息づき始める。

そこには”モカ”の三枝由美がいた。
ここは由美の部屋である。
彼女は、今、男に教団についての報告を終えたところであった。
部屋の中がもやって、
男の黒いシルエットが立ち上がる紫煙と共に揺らいで見える。

(・・・)

由美は椅子から滑り降り、男の膝に頭をあずけた。
男の指が彼女の髪の中に入り、いとおしむように動き始める。

(出逢い11~12へ続く)

 

 

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