NO 167 出逢い New

北欧風の調度でまとめられた部屋。
畳を敷けば12,3畳にもなろうか。
大きなソファーに男がゆったりとくつろいでいた。
小型のテーブルを挟んで、二つの椅子の左側に、女が脚を組んでいる。
髪を無造作に後ろに束ねた女は唇を堅く結び、
目を半眼にして男を見つめている。
フロアースタンドだけの柔らかい光が、女の顔から表情を奪って、
全く没個性的な人形のような感じを与える。

男の顔は見えない。
逆光になった後ろ姿が、黒々と浮かびあがり、
顔の中心から真っ直ぐに立ち上る紫煙が、
天井の薄闇の中に溶け込んでいる。
二人とも無言である。

やがて女の唇が動いた。

「天の羽衣教団ビルの外壁は、
何らかのエネルギー吸収装置であることが判明しております。
現在はもっぱら太陽エネルギーを吸収しているもようです」

「最上部からは時々強い電磁波を発しておりますが、
おそらくその時点での余剰エネルギーの放出ではないかと思われます」

「吸収されたエネルギーの使用については不明ですが、
10階から上へは、東京電力をはじめ、
いかなる電力会社からも電力の供給は行われておりません」

「上部にあるテラス状のところは、
ヘリコプターなどの発着施設ではないかと推察されますが、
そのようなことが行われた事実はありません」

女は一言ずつゆっくり言うと、指示を仰ぐように男の顔を見た。

(・・・・・)
「はい、ロサンゼルス、シドニー、サンチャゴでは、
それぞれ同種のビルがほぼ完成されており、
リスボン、ケープタウンにおいても外壁ができあがっております」
(・・・・・)
「はい、それらのビルの特色は、いずれも海に近いことと、
地球の緯度南北35度あたりに集中していることです」

どうやら女は男の質問に答えているらしいが、
さっきから男は一言も発していない。
男の質問は直接女の脳へ届けられているのだ。
女はそれを受信できても、自ら発信することが出来ない。
結果として女だけが話しているように見える。
男はよほど、ヘビースモーカーらしく、紫煙が切れることがない。
一度大きく吸い込んで、ゆっくりと前にはき出すと、
ピース独特の甘い香りが漂って、女の顔がかすみ、
その存在をうすくする。

 
10

(・・・・・)
「はい、おそらく南北35度の間で何かおころのではないてしょうか」
(・・・・・)
「はい、北半球では、人口密集地帯や重要都市があるということでは、
もっと高緯度にワシントン、モスクワ、ロンドン、パリなどがあり、
その意味で軍事上のことではないように思われますが・・・」
(・・・・・)
「はい、もしそれぞれのビルが南北35度に影響力をもつとすれば、
人間が居住しているほとんどの地域を網羅することになります」

男はじっと女の目をのぞいている。
いや、その目の奥、ずっと遠いところを窺っている。
しばらくの沈黙の後、質問が再会されたらしく女が口を開いた。

「はい、それぞれのビルの建築進捗状態に比例するように、
各地で信者の数が急増しております」
(・・・・・)
「はい、信者には年齢や男女差はなく、平均しており、
昨日の推計によりますと、
日本においては、すでに200万人に達しようとする勢いです」
(・・・・・)
「はい、財団の動きは一応把握しております。
相変わらず理事長の古谷はほとんど顔を見せません。
内事関係は専務の佐々木が、外事関係は常務の大沢がそれぞれ担当し、
財団内においては、特に宗教的雰囲気はありません」

ライターの鳴る音がして、一時途切れた紫煙が再び生命を取り戻す。

(・・・・・)
「はい、そのことですが、最近になって財団は富士山麓にある
”新生火山地震研究所”という民間の研究所に
援助していることが判明しております」
(・・・・・)
「はい、世界各地のビルも
それぞれの国において同種の援助施設をかかえている模様です」

(・・・・・)
「はい、わかりました」

女が束ねた髪をほどいた。
長い髪が肩にかかると、女の顔に徐々に表情が現れる。
目が潤いをおびて見開かれ、
形よく引き締まった唇から白い歯がこぼれる。
身構えているようだった肩が丸みをおび、
ゆっくりと組んでいた脚をほどくと、
清楚なブラウスの下で、膨らみが息づき始める。

そこには”モカ”の三枝由美がいた。
ここは由美の部屋である。
彼女は、今、男に教団についての報告を終えたところであった。
部屋の中がもやって、
男の黒いシルエットが立ち上がる紫煙と共に揺らいで見える。

(・・・)

由美は椅子から滑り降り、男の膝に頭をあずけた。
男の指が彼女の髪の中に入り、いとおしむように動き始める。

(出逢い11~12へ続く)
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NO 166 New

出逢い7~8

 7

「槙原さん」
帰る客に挨拶していた恂子の横から、大沢が声をかけた。
顔を上げるとニコニコしている大沢の後ろに、あの男が立っていた。
大沢よりちょうど頭一つ背が高い。
そして彼の目は、今はっきりと恂子を見ていた。
「実は紹介したい人がいるのです」
大沢が言った時、恂子は、はっとした。
教団ビルの階段で、転がりかけた時の記憶が鮮明に蘇っていた。
(あの時の・・・)
「思い出されましたか、阿井と申します」
彼が名刺を出した。
細い指の大きな手だ。
「アイ・・・」
つぶやきながら、恂子は手渡された厚めの紙片に目を落とした。
”天の羽衣教団導師 阿井真舜”
横書きにされた名刺には住所も電話番号も記されていない。
「おや、お知り合いでしたか」
棒立ちになっている恂子に大沢が言った。
「ええ・・・ハイ。あのう、私、月刊GOOの槙原恂子と申します。
いつぞやは、あぶないところを、どうもありがとうございました」
「ほほう。その調子では、改めて紹介するまでもないようですな」
頭を下げた恂子に、阿井も軽く会釈を返した。
無言ではあるが、
何故か、阿井は(また、会いましょう)と伝えているような気がした。
「それじゃあ失礼します」
阿井と大沢は1階へのエスカレーターの方へ歩き出した。
二人を見送る恂子は、手にした名刺に目を落とした。
(アイ シンシュン・・・)
一つ一つの文字が、恂子の頭の中に刻み込まれるように固定した。

 8

恂子は、打ち上げの途中で、二次会を断って外に出た。
みんなが楽しい気分でいる時、
自分一人が遊離したところを漂っているように感じていた。
入社して2年、今までこんな気分になったことは一度もなかった。
自分から積極的に働きかけて行くわけではなかったが、
いつもみんなと一緒にいるだけで楽しかったし、学ぶことも多かった。
(どうもこの頃変だわ)
自分ながらそう思った。
パーティー会場でも同じことを考えていたことに気がついて、
恂子は苦笑した。

街は人の波である。
本格的な新宿の夜が始まろうとしていた。
 
 こんなに多くの人がいるというのに、
 自分だけが一人ぼっちのような気がした。
 いや、この人たちも、それぞれひとりぼっちなのかも知れない。
 どんなに大勢の人たちと一緒にいても、
 自分の存在を認められなければ、人は孤独である。
 打ち上げに顔を出して、恂子より先に席を立った編集長の岡田は、
 あれから何処へ行ったのだろう。
 やはり一人で何処かを歩いているのだろうか。
 (阿井さんは・・・)
 茫洋とした深い瞳のなかに、
 かすかに風波がたっているような阿井を思い出す。
 (また会いましょう)
 彼の瞳は確かにそう伝えていた。
 みんなと別れては来たものの、今日はこのまま帰りたくなかった。
 もう一軒、もう一時間、何処か寄り道をしていこう。

陽気な若者たちが、彼女に視線をむけてくる。
気安く話しかけようとする者もいた。
だが、恂子のそばまで来ると、何故か声をかけそびれている。
何気なく通りを右折した恂子は、
不意に見知らぬ世界に迷い込んだような気がした。
その小路は、
まるで昔の行燈のようなしずもりの中に、揺らめいて見えた。
中程にあるビルの前に、何語かは分からないが、
小さな文字で”アマランサス”と読める道標が出ている。
恂子は言葉の意味も分からないまま、首筋に小さな衝撃を感じて、
足が自然に地下への階段を下り始めていた。

(出逢い9~10へ続く)

 

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NO 165 New

出逢い4~6

 4

(いったい誰なんだろう・・・Kって)
恂子は首をかしげた。
艶やかな友振り袖が彼女の都会的な顔立ちと溶け合い、
少女らしさを残した面影のなかに、成熟した女性の貌をのぞかせている。
もちろん恂子にとって”予言の刻”は初めてではなかった。
ただ、昨年までは社の恒例行事の一つだと軽く見ていた。
が、何故か今年は気にかかる。
”天の羽衣教団”の取材以来
恂子の興味は摩訶不思議なものに引きずられているのかもしれない。

恂子には、今日の会の始めから妙に気になる客がいた。
別に変わった服装をしているわけではなく、
目立つような行動をしているわけでもない。
他と異なる点といえば、その背の高さであろう。
ほとんどの客の頭の上から彼の目がのぞいている。
先ほども、何となく後ろを振り向いて目が合い、恂子はどぎまぎした。
何処かで、見たことがあるような気がしている。

 アルコールがまわった会場には、客たちの会話が声高に交わされている。
 ”K”は最近インドから帰国したばかりだとか、
 政治の中枢にまで食い込んでいるらしいとかという声が聞こえてくる。

(もう一回りしてこようか)
歩きかけた恂子のうしろで、白光がひらめいた。
びっくりして振り返ると、カメラをちょっと上にあげて、藤森良が声をかけてきた。
「美女の後ろ姿ってーのは、何時だって絵になるぜ」
(フーンだ、何が後ろ姿よ、横顔はもっといいんだぞ)
「遊んでないで仕事しなさいよ」
「何を言うか、さっきからぼんやりしてたのは誰だよ」
最後のほうは背を向けて、良ちゃんは客のなかに紛れ込んでいく。
(ずっと私を見てとのかしら)
頬を赤らめた恂子が、良ちゃんの後ろ姿を追っていくと、知った顔にぶつかった。
(教団の大沢さんだわ、何時来たのかしら)

”天の羽衣教団”常務理事、大沢正は、
紺のスーツをビシッと決めて2,3人の男たちと親しそうに談笑している。
(一丁挨拶してくるか)
恂子は急いで足を運ぼうとして、つまずきそうになる。
無意識に周囲を窺った。なれない和服である。
(誰も気づいていないな)

 5

「月刊GOOの槙原でございます。昨年は大変お世話になりました。
本年もどうぞ、よろしくお願い致します」
型どおりの挨拶に、大沢はにこやかに
「やあ、槙原恂子さんでしたね。どうですか最近、お仕事のほうは」
「おかげさまで、何とかやっております。
あっ、お邪魔ではなかったでしょうか」
「いやいや、みなT大の同期でしてね。
頑固でうるさいが気のいい奴ばかりですから」
「こらっ、頑固はお前じゃないか。いや失礼私はこういう者です」
隣にいた大きな腹の男が名刺を出す。
「おいおい、美人と見るとすぐに触手を動かすんだから・・・」
大沢は名刺の男をからかい、恂子に訊いてきた。
「羽衣の紅茶はいかがでしたか」
「ええ、あまり美味しかったものですから、
後で、もう一度出かけて行ったくらいだすわ」
「ほー、やはりね。あなたにはあの味が分かると思っていましたよ」
「オイ、お前の方こそ触手をのばしているんじゃないか」
「いいんだよ、このお嬢さんとは、お前より先に出会っているんだから。
先手必勝というだろう」
周りが大声で笑った。
それぞれの道を確信を持って生きている男たちなのだろう。
自信に溢れていながら、エリート意識などおくびにも出さない。
他愛ない笑顔である。

 編集長の岡田遥之も同類のような気がする。
 ひょうきんな態度の中に、秘められた強靱な意志とでもいうか、
 恂子は彼に得たいの知れない実力を感じる。

大沢たちのグループを離れると、
恂子の目は自然にあの背の高い男の姿を探している。
(何処にいるのだろう・・・)
もう帰ったのだろうか。そんなはずはない。
これからもう一つショウがあるのだ。
(あっ、いた!)
隅の方の椅子に座って二人の女性と話している。
それが癖なのか、グラスを口に運ぶ前に、わずかに振っている。
何気ない動作だが、
少しずつ溶けていく氷の音を、密かに楽しんでいるように見える。

 6

「それでは皆様、最後に今年もまた5人の方に予言をお願いいたしましょう」
 ステージ上に五つの小型テーブルがあって、濃いブルーのガウンを纏い、
 目の部分だけに穴をあけて顔を覆った人間が座っている。
 照明が徐々にブルーの変化する中で、
 左手の一つの座にスポットがあたった。
「今年の概況についてSさんにお願い致します」
司会の言葉で、Sなる人物が徐に立ち上がり、語り始めた。

「今年は動の年となるでしょう。自然界では、地震や火山の活動が活発になり、
 寒暖の差が激しく異常気象となります。
 政治経済面では首長や幹部の交代が相次ぎ、
 科学や芸術の分野では、天才が現れて、
 新しい発明発見が見られるようになるでしょう。
 具体的には、これから封じられる紙片にしるすことにしますが、
 国民の生活は一連の動きに翻弄され、
 破壊活動は全世界規模のものへと広がって行きます。
 しかし、そんななかにあっても、さらに動じない人たちの手によって、
 できるだけ破壊を阻止しようとする動きがすでに始まっているようです」

Sが静かに着席した。
5人の予言者の手元にスポットがあたる。
それぞれが紙に書き込み、封をした封筒を
アシスタントの女の子に渡す。
三田村慶子が受け取って例の透明な函に入れ、
横蓋を閉じて時刻をセットする。
顔の前に持って行ってカチカチという音を確かめてから、
開放ボタンの上をテープで封印すると、
あらためて函を持ち上げ、会場に示した。

「開放時刻は来年の1月5日午後7時30分にセットされました。
中の予言はこの函を壊さないかぎり取り出すことは出来ません。
皆様また来年の”予言の刻”でお会いいたしましょう」
司会の声と共にBGMが音量をあげ、
ステージが暗転して会場が明るくなった。

(出逢い7~8へ続く)
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NO 164 第2章 出逢い1~3

第2章 出逢い

 1

豪華なシャンデリアがきらめく光を降らせて
シンセサイザーのものらしい、情感をくすぐるようなBGMが、
しぼったボリュームで流れている。
200人ほどの客の中を、
スケスケの白いブラウスに
きっちりとした黒のタイトスカートのコンパニオンたちが、
水を得た魚のように泳ぎ回っていた。

ここは、京王プラザホテル中宴会場。
月刊GOO主催、新年恒例の”予言の刻(とき)”の会場である。

 GOOは、6年前、親会社の朝夕新聞をバックに創刊された。
 内容としては、特に超能力、世の不思議な現象、神秘的なものの追求記事と、
 スポーツ、各種ゲームを中心とする、娯楽的なものの2本柱からなっていて、
 世相に合ったのか着実に読者を増やしている月刊誌である。

会場には何と言ってもジャーナリズム関係の客が多いが、
政財界をはじめ、各界の大物の姿も見える。
「俺はあんな球を見たことがないよ。
清藤は新しい魔球を開発したにちがいない」
「そうだ。スローで見るといったん外角下へいってから
内角上へねじれ上がっているんだ」
真ん中のテーブルを囲んで、
スポーツ関係の記者たちが陽気にまくし立てている。
「大内は再起不能だってことだぜ」
「そんなことはあるまい。あれだけ鋭い読みをもっている奴だからな」
「それがな、球団フロントの話では、骨折は完治したんだが、
何か精神的にまいっているって話だぜ」
「うん、なんでも母親に死なれて、がっくりしたままだと聞いたような気がするな」

 2

ステージの光が増して司会の言葉が聞こえてきた。
「それでは、時刻になりましたので、昨年この場で封印されました、
予言の開封をすることにいたしましょう。
今年の開封者は三田村慶子さんです、どうぞ!」
短いファンファーレの後、最近人気実力NO1とされる、
美人女優の三田村が紹介されると、会場から大きな拍手があこった。
黒いロングドレスに、白い華やかな笑顔がよく映えて、
ホール全体が明るくなったように見えた。
下手からアシスタントの女の子が、
透明なプラスチックの函をもって現れる。
三田村はそれを受け取り、2,3歩前に出て演壇の上に置いた。

「これは昨年の1月5日、5人の方々によって予言されたものでございます。
すでに、皆様方には1年間に何が起こったか、
お分かりになっていることではございますが、
予言は、それをどこまで、見通していることでしょうか」
司会の言葉と共に三田村が開放ボタンの封印を切った。
「時間錠解放時刻まで、あと30秒でございます」

BGMがフェードアウトしていく。場内は静まりかえり、客だけではなく、
コンパニオンや黒服のホテルマンまでが、身体を硬くして、固唾をのんでいる。
プラスチックの函がカチカチと秒をきざんでいる音が聴こえてくる。
照明が濃いブルーに変わり、中央の一点にピンの光が収束する。
三田村慶子の優雅な指先が透明な函の上部に付いているボタンの触れた。

カタッ!

函の両側の相対する二面が同時に開いた。
客たちは皆声にならない声を発して演壇を注目している。
三田村の白い指が函の中で、
どれにしようかと迷っているように、2,3度往復した。
強い光を受けたダイヤの指輪が、ハレーションをおこし、
やっと目的のものを見つけたとでもいうように、
一通のやや小型の封筒を取り出した。

 3

三田村は微笑して口もとを開いた。
「それではまず、Kさんのい予言です」
アシスタントが挟みを入れた封筒を、再び三田村に渡す。
彼女は封筒の中の紙片をつまみ出し、
目の高さまで持ち上げて客に示した。
光束の中心が彼女の手元に移動する。

一瞬、三田村慶子の笑顔が硬直した。
目を大きく開いたまま絶句している。
やがて気を取り直したように半歩前へ進み
「Kさんの予言です」
声にかすかな震えが残っている。
「一つ、東海地方に大地震あり」
場内に、ざわめきが起こった。
昨年10月、
御前崎を大きく隆起させる地震が起こったばかりであった。
今年で5回を数える”予言の刻”であったが、
これほで、的確に言い当てたものは、かってなかった。
司会が努めて冷静な声で静粛を呼びかける。

「二つ、この予言は必ず最初に読まれる」
「三つ、これ以外のものは取るに足らず」

三田村は次々と残り4通を読み上げた。
それらは、実際最初の予言にあったとおり、
何の具体的現象を示すものではなかった。

(出逢い4,5へ続く)

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NO163 謎の教団16~18

16

土曜日。
槙原恂子と林理佳は、巨人ヤクルト観戦のため、水道橋に下りた。
”天の羽衣教団”ビルは今日も光と闇のコントラストを見せて、
左手の東京ドームに対して、ひときわ高く周りを睥睨している。

試合開始にはまだ時間があったので、恂子は理佳を教団ビルに誘った。
「すごく豪華って感じね」
初めての理佳は
吹き抜けの高い天井からつり下げられた
シャンデリアと噴水に見とれている。

1段ずつゆっくりカーブした階段を上りきると、奥に喫茶「羽衣」がある。
二重の自動ドアで区切られて、外から内部は見えない。
中に入って二人はしゃれた籐の椅子にくつろいだ。
小柄な愛くるしい顔のウェィトレスが近寄ってきて注文を訊く。
「野菜サンドと紅茶を」
恂子が言うと理佳が指を2本立てる。
「紅茶を何になさいますか」
「そう、羽衣を」
「かしこまりました」
膝を少し曲げ、にっこりと頭を下げて愛くるしさが去っていく。
(思わず言っていまったけど、たしかメニューには、
紅茶としかなかったはずだわ。
レモンかミルクかということだったのかしら。
でも、羽衣と言ったら、ちゃんと話が通じた・・・)

運ばれてきた紅茶を一口含むと、
懐かしい、しびれるような感覚が蘇った。
あの日3階で出されたものと同じ味であった。
理佳も気に入ったらしく、これから見に行く試合の予想や、
代打率10割の新人大内の話で弾んだ一時が過ぎていく。

”羽衣”を出ると、目の前を二人の男が通り過ぎていった。
「恂子の分900円・・・」
理佳が手を出した。
恂子は歩きながら千円札を取り出して理佳に渡そうと振り返った時。
「あっ!」小さく叫んでいた。
下への階段に気づかず、一段踏み外したのである。
膝に鈍い衝撃を感じた。
同時に身体が前方に飛び出して、持っていた千円札が宙に舞った。

「大丈夫ですか?」
気がつくと恂子は男の腕の中にいた。
どうやらこの男に支えられて大事には至らなかったようである。
男はゆっくり恂子を立たせ、顔を覗いて
「おけがは・・・」
 
 一瞬恂子は男の黒い瞳の中に吸い込まれるのではないかと思った。
 その瞳は茫洋として、どこまでも奥が深く、無限の広がりを感じさせた。
 それはまるで海を思わせた。エメラルドグリーンの南の海である。
 そして恂子は、その瞳の中に白い風波がたつのを見た。

「すみませんでした。なんともありませんわ」
やっと小さな声が出た。
もう一人の男が下に落ちた千円札を拾って手渡すと、
二人は足早に階段をおりていった。
恂子をささえてくれた男は、やせ形で背丈があり、
もう一人は中背のやや肥満体であった。
「恂子、大丈夫?」
理佳に言われて、恂子は我に返ったように大きく息をはき出した。

 17

素振りを終えてベンチへの通路に出てきた大内は、
病の床にある母のことを思っていた。
「せいぜい3ヶ月です」と医者に宣告されたとき、
残されたその期間だけでも、
いままで出来なかった親孝行をしてやらねばと決めていた。
自分がしていることは、戒律違反にちがいない。
しかし母のためには、
たとえどんな制裁を受けようと、打たねばならない。
母が安らかな時を迎えるまでは、やめるわけにはいかないのだ。

 大内は片手にバットをきつく握りしめて、ベンチへの扉を開いた。
 歓声が耳に飛び込む。一塁に草水をおいて、
 1番木谷がレフトフェンスをワンバウンドで越える
 エンタイトル・ツウベースを放ったのである。
 「大内、出番だ、いけ!」
 監督が怒鳴った。

「9回表ヤクルト最後の攻撃得点2対1.巨人1点リード。
2アウトながらランナー2,3累であります。
「イヤー、江畑さん出てきましたよ大内が。ここで、敬遠ということはありますか」
「次が池田、弘沼となれば、それはないでしょう」
「もし今日打ちますと、
15打席14安打1、四球の代打率十割をキープすることになります大内。
ゆっくりと右バッターボックスに入りました。
心なしか青ざめているようにみえますね。江畑さん」
アナも興奮気味である。

スタンドで観戦しながら、
小型ラジオで実況放送をきいている恂子と理佳にも
その興奮が伝わってくる。
「恂子。あれが今話題の大内よ」
「フーンかっこいいわね。打つかしら」
「もちろん打つわよ」

ピッチャー清藤、第1珠、外角の速球、ストライク。
第2球、同じ所へストーンと落ちるカーブで、2ストライク。
「清藤、キャッチャー田村のサインにうなずいて第3球、投げました。
外角高めのボールであります」
アナの早口がきこえてくる。
大内はバーッターボックスに根が生えたように動かない。
一球一球に観客のため息がきこえる。
清藤、第4球、外角のカーブ、はずれてツウツウ。
大内は一度ボックスをはずして、やおら入り直した。
「今度は内角ね」
「打つかしら」
「きっと打つわよ」
清藤、第5球。セットポジションからサードへ緩い牽制球。
あらためてサインにうなずく。

 18

 大内には分かっていた。
 今のサインは外角低めの速球である。
 そればかりか、ライト前に落とすのが一番力のいらない方法であり、
 そのためには、どんな角度でバットを出せばよいのかに至るまで、
 頭の中に、はっきりと描かれていた。

清藤、ゆっくりとセットポジション。
「投げました!」
アナが叫んだ。

 球が妙にゆっくりした感じで来た。思ったとおりの軌道である。
 大内は左足を軽くステップして、右にひねり、なめらかにバットを出す。
 次の瞬間彼の顔は驚愕にゆがんだ。
 外角低めに来たはずのボールが、
 ホームベース直前で、シュートすると同時にホップして、
 右を狙って捻った大内の左上腕部を襲った。
 さける余裕はない。
 「・・・・・」
 大内は自分だけにしか分からない、
 骨の折れる音と、望みの絶たれる音を同時に聴いた。

ドーム内は水を打ったように静まりかえった。
バッターボックスには右手にバットを持ったまま、
左手をだらりと下げた大内が立っている。
足下に落ちている、ボールの白さがやけに目に付く。
代走が告げられ、
大内は何人かに囲まれるようにしてベンチの奥へ消えていった。

「大事なければいいにですが。
えーその後の情報は後ほどお伝えすることにしまして、
満塁になりましたね、江畑さん」
アナが続行するゲームのほうに戻った。
観客は大内のことが気になりながらも
当面2アウト満塁の方に心を引きつけられていった。

恂子はもう一度大内の消えて行ったベンチのほうへ目を向けた。
ちょうでその時、ベンチの屋根の3,4段後ろの席から
男が一人立ち上がるのが見え、特に目立った。
男はグラウンドに注目している観客をかき分けるようにして、
通路に出ると、足早に出口へ向かって行く。
遠くてはっきりしなかったが、
恂子は、その太った体型の男を、何処かで見たような気がした。

 結局大内は左上腕部骨折、
 全治三ヶ月の重傷で、一軍登録を抹消された。
 そのためばかりではないだろうが、
 ヤクルトはずるずると調子を崩し、念願のAクラス入りはならなかった。
 一時はあれほど騒がれ、
 毎日のように新聞紙上を賑わした大内の存在もまた、
 いつしか忘れ去られていった。

”天の羽衣教団”は、ビルの完成後、
着々と信者を増やしているようだったが、
表面的にはまったく沈黙を守っていた。

恂子は相変わらず理佳と二人、
ワインとステーキで話に花を咲かせ、
GOOの編集部も、
日常の繰り返しの中で、すっかり埋没してしまったかのようにみえた。
そして年は暮れていった。

(2,出逢い 1~2へ続く)

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162 謎の教団13~15

13

少しずつ立ちこめてくる紫色の霧の中に、四つの人影があった。
朧に映る人影の一人は、その体つきから女のようである。
やがて霧が薄れはじめ、それぞれの輪郭がはっきりしてくる。
紫色に染まった男三人は、
身体にぴったり張り付いたウエットスーツのようなものを着ている。
女はその豊かな肢体を誇示するように、
いや、わざと強調するかのように、
その胸と腰部のほかは何もつけていない。
彼女がゆっくりと歩き回ると、周りの紫色がいちだんと光沢をおびる。
だが、三人の男たちは、そんのことにはまるで関心かないように、
歩いていたり、寝そべっていたり、
自由なポーズで、勝手な方向を向き、
それぞれ、何か物思いにふけっているように見える。

 「エネルギー吸収壁、稼働率70%、
 充填エネルギー120%、余剰エネルギー蓄電中」
 どこからともなく、コンピュータのものらしい無機質な声が流れてくる。
 「ロサンゼルス、シドニー、サンチャゴ教団ビル建築中。
 現在外壁完了。全体完成予定翌年三月」

(順調のようだな)
誰かの思念が言った。
 「リスボン、ケープタウン9月建設開始予定」
(いずれにしても、来年中にはすべて完成というわけだ)
 「第2階梯壁通過者7名」
(ほう、一人だめだったか。たしか8人挑戦したはずだが)
(報告によると力量は十分なのだが、雑念が多すぎるとのことでした)
(雑念ねぇ、恋は盲目というが)
(相手はGOO(グー)とかいう月刊誌の女性記者だそうです)
(教導部がたるんでるんじゃないの。最近のデータを出してちょうだい)
 「最近3ヶ月、第2階梯壁通過者19名、脱落者7名」
(ほらごらんなさい)
(まぁ、そう言うな。特に彼の場合はかなり良い素質を持っているようだから、
きびしく、そして優しく育てるように指示しておいてくれ)

紫色の霧の中に、ぼんやりと白く縦長の崩れた楕円形が見え始める。
4人の顔に始めて表情らしいものが浮かび、
一種共通した緊張感が身体をよぎる。
楕円が密度を増し、形をとりはじめると、
そこには、他のものより、年長らしく見える男が立っている。
紫色の霧の中にあっても、なお真っ白で、
ゆるやかな服装に身を包んだその男が、
ちょうど生き物のようにせり上がってきた床の一部分に、
いとも自然に腰をおろすと、
めいめい勝手な位置にいた4人がその周りに集まってくる。

 14

「それでは始めようか」
どうやら5人は、これから何かの話し合いをするらしい。
四つの顔が年長の男の方へ集注する。
「諸君も知ってのとおり、教団はこのビルを建てるにあたって
X,Y,Zの三つの計画を企画し、
最初にX,Yの二つを実行に移すことを目的としている。
今、この東京ビルが完成するに及んで、まずX計画を実行しなければならない」
「精神的、心理的下準備はすでにできております。
あとは具体的に詰めていくことになります」
紫の男の一人が、自信にみちた声で言った。

「では、まず実施時期について」
「太平洋側の4都市のビル完成を待って、来年3月からにしてはいかがでしょうか。
やはり各地とも歩調を揃えて行うのが良策だと思います」
「いや、それは目立ちすぎます。多少時期をずらして行うべきではないでしょうか」
「しかし、この種のビルが建っただけでも目立っているのだし、
特にこだわることはないと思います」
「他に異議がなければ、X計画は来年3月から実施することにする」
白の男はいったん言葉を切って、次をうながした。

「・・・では方法について」
「各地方に4人の赤(レッド)クラスをつけた緑(グリーン)クラスを派遣して、、、」
いつの間にか5人の会議から言葉というものが失われていた。
静かに瞑想している姿からは、一切の感情変化はみられない。
白の男を除いた4人の身体をつつんでいる紫色の霧が
時々光を増すのがわかる。

白の男が立ち上がる。
今まで彼が腰掛けていた椅子が自然に下に吸い込まれ、
平坦な床の一部と化す。
現れた時と同様、彼の姿は、
見ている間に霧の中に溶け込んでいった。

 15

 「戒律違反者橙(オレンジ)クラスNO63、行動追跡中」
 コンピュータの声がうつろに響く。
「やはり手を打ちましょう」
瞬間一人の思念が飛んだ。
(大げさにしなくてもいいだろう。たかがゲームじゃないか)
「しかし、ちょpっと派手すぎます。このままだと疑惑を呼ぶことは必定でしょう。
現にマスコミが動きはじめました」
(馬鹿なやつだ、ちょっとした力に増長して、それを金のために使うとは)
「実際貧しいのよ。GNP第1位だなんて言ってるけど、
庶民には何の潤いもプラスされないじゃない。
それどころか、生活は苦しくなる一方ときてるんだから」
(まあ、判事にしろ教師にしろ、自分の生活が苦しくては、
心から人のことを考える余裕も出てこないだろうな)

 彼らの話し合いは、一般の人たちにはどう映るであろうか。
 声に出したり、沈黙したりして、
 交わされている内容はまったくつかめないに違いない。
 今テレパシーを交えて会話している彼らには、
 いったいどのような力が秘められているのであろう。

”天の羽衣教団”アジア支部、
導師、紫(ヴァイオレット)クラスNO1,2,3,4である。

 「戒律違反者橙クラスNO63、今週土曜日東京ドームで、代打予定」
(やはり、黙っているわけにはいくまい)
「消すか!」
(そこまでやる必要もあるまいよ)
「自然な形で、引退させるようにすればいいのよ、で、誰がやるの?」
「わたしがやりましょう」
しばらくの沈黙の後、4人は、それぞれ恣意の動きに戻り始める。
一段と濃度を増した霧の中に彼らの影が煙っている。
 
 「戒律違反者橙(オレンジ)クラスNO63、追跡調査終了」
 コンピュータの声も心なしか、煙ってきこえる。

東京教団ビル60階、午後4時であった。

(16~17へ続く)

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NO161 謎の教団11~12

11

 5番山田、レフトポール際にホームラン性の大ファウル。
 ピッチャー梶、ちょうと苦笑い。
 ツウスリーの後アウトコースのボールになるカーブ、空振りで三振。
 阪神タイガースこの回も無得点。
 「どうしても一発が出ませんね、川原さん」
 「そうですね。こういう時監督は胃が痛むんですね。
 ああ、そういえば、この番組のスポンサーは上杉薬品でしたね」
 アナと二人で笑っている。

(私も胃腸薬でも飲もうかしら)
 5回の裏、ヤクルトの攻撃がはじまる。
(こんなに待っているのに連絡もしないで・・・嫌い!)
(そうよ、嫌いよ大嫌い)
(ヤクルトも嫌い、いつも下のぽうにいるなんていや)
 気持ちがだんだん拗ねていく。
(いいわよ、フン。もう会ってやんないから)

突然電話のベルがなった。

思わず飛びついて「あな・・・」
「えっ、あっ先輩でしょ」
「なんだ恂子か」
「何だはないでしょう先輩。せっかく心配して電話したのに」
「あぁ、ごめん、ごめん」
「今日は一言も口をきいてくれなかったわよ。
黙って早退したりして・・・風邪ですか?」
「うん、ちょっとね」
「熱があるとか聞いたけど」
「また、お向かいさんが言ったのね。まったく口だけは達者なんだから」
「でもなんだか気になったもんだから」
「心配ご無用。何でもないんだから。それより例の教団の取材はどうだった」
理佳は明るい声で言う。
今の自分の心の動揺を気取られたくはなかった。

「あまりパッとしなかったわ。
あっ、先輩野球みてるんでしょう。
音が聴こえるわ。
実はね、今度の土曜の東京ドーム、巨人、ヤクルトよ。
内野席が2枚手に入ったの、行かない?一緒に」
「うーん、たまには女同士の野球見物も悪くはないわね」
「じゃぁ行きましょうよ。明日は出てこられそう?」
「うん、大丈夫」
「じゃぁその時ね」
先輩後輩の間であっても、お互いに相手のことを考えながらの会話である。

彼からの電話では、なかったけれど、
それでも、だいぶ落ち込みがとれたような気がした。

 12

 ひときわ大きなどよめきが起こった。
 0対0のまま9回の裏、ヤクルトの攻撃。
 2アウトながらランナー3塁。
 「13打席12安打1四球という、
 驚異的代打率十割を誇るヤクルトの新人、大内の登場であります。
 川原さんどうでしょうか」
 「まったく信じられないことが起こるから、野球はおもしろいんですね」
 ピッチャー後藤、ランナーを横目で見ながらセットポジション。

理佳は思わず身を乗り出した。
ヤクルトファンの彼と共に、最近はもっぱら大内に熱をあげている。
投げた。
打った。
「やったー」
大きな声が出る。
ボールはピッチャーの頭を越えてセンター前に転々としている。
ヤクルトのサヨナラ勝ちであった。

彼がいれば、当然二人で乾杯していることだろう。
時計に眼がいく。8時50分、早い終了である。
そして今日もまた彼は来なかった。
(いいわ、怒らないで待ってあげる。でもきっと来てね)
それが何処であろうと、
まず、弱いチームのファンだと言っていた彼の顔が思い浮かんだ。

(謎の教団 13~14へ続く)

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160 謎の教団9~10

編集部に戻ると、理佳の席が空席になっている。
机の上がきちんと整理され、
その上を風呂敷でカバーしてあるのが、理佳の帰った証拠である。
恂子が帰って来たのをみて、訊きももしないのに、向かいの男が言った。
「風邪だってさ、お人形さんはウイルスに弱いんだって」
(理佳と何か言い合ったんだな。女性が何かすると、すぐ口をだすんだから)
「熱、あるって・・・?」
「高温多湿だってさ。
アマゾンじゃあるまいし、熱の出るようなことでもしたんじゃないのか」
「女性はデリケートなんです」
「理佳がねぇ・・・ところで帰りにメシでもどうだい」
(フーンだ。どさくさに紛れて誘うんだから・・・
その目的で正式に誘ってみたらいかが・・・どうせ断るけど)
「今日は用事がありますから」
きつい感じに向かいの彼が鼻白む。

恂子はそのまま原稿の書き直しにかかった。
(編集長の読んでいた細長い紙片は何だったのかしら)
右手をせっせと動かしながら、ときどき別なことを考える。
(理佳先輩はどうしているかしら)
恂子は手を止めて
「帰ったら電話しようかな」
ささやいた。
「えっ、」
向かいの彼が身を乗り出す。
(あんたじゃないの!)
恂子は苦笑してマスコット人形の鼻をつつく。
 
10

「もう5日めだわ・・・」
林理佳はふと夕食の手を止めてひとりごちた。
新しい就職について今は何も訊かないでほしいと言っていた彼の顔が浮かぶ。
仕事に就く前にかなりきつい研修があると言っていた。
(どんな研修だろう)
「しばらく会えないけど・・・時々電話するよ」
そう言った彼に、
ほんとに声だけでもきかせてねと言ってあるのに・・・。

知り合って半年あまり、彼とはほとんど毎日のように会っていた。
今ではそれが当然のことで、
彼は理佳の生活から切り離せない存在になっていた。
(たった5日なのに)
会えなくなってみると、
自分の中に大きな穴があいたようで、
何をしても心の隙間を埋めることが出来ない。

今日は水曜日、仕事の都合で近くまで来るからと言って、
いつも彼が立ち寄ってくれる日である。
今日こそは来てくれるのではないかしら。
彼が来ると、理佳は彼の好物のスキヤキをつくり、
二人でつつきながらグラスを傾け、ナイターの中継を見た。
一球一球に大声をあげたり、
ひっくり返ったりする彼の仕草が子供じみて面白く、
理佳はつい口元をほころばせる。
彼のそばにいるだけで飽きることは無かった。

プロ野球のことはほとんど知らなかった理佳だが、
ヤクルトのファンで、中継が少ないとぼやいている彼と試合を見ているうちに、
最近では選手の名前はもちろん、
個々の打率や投手成績に至るまで、覚え込み、
いっぱしの評論家にでもなったように、
各プレーヤーについて、彼とやりあったりしていた。

もう、ナイター中継の時間である。自然に手がリモコンに伸びる。
今日は神宮球場のヤクルト阪神戦。きっとどこかで、彼も見ているに違いない。
 
 4回まで、両チーム無得点。
 「タイガースはどうしたんでしょうね。毎回のようにランナーをだしているのに、
 決定打がでません。お客様が怒りますよ」
 解説の川原がいっている。

それにしてもどうして5日も連絡してこないのだろうか。
(電話するって言ったくせに)
彼のアパートの電話は呼び出しである。
管理人のおかみさんの、ものの言い方が妙に底意地が悪く、
いやそんなことではなく、こちらから電話するのは、なんとなくしゃくに障るし、
来れないのなら、必ず彼の方から電話があるはずだ。

 「わあー」
 歓声ががあがる。
 1番真矢が左中間に2塁打をはなったのだ。

電話してみよう。
手を伸ばす。数字を5つまでプッシュしてやめる。
今夜はきっと連絡がある。
私がこうして待っていることは彼がいちばんよく知っているはずなのだ。
理佳は思い直して箸をとったが、食欲がわかなかった。
胃がせり上がってくるようで、食べ物を受け付けない。
毎日のように会っていて、
あんなに愛していると言ったのに、あんなに強く抱き合ったのに・・・。
理佳は、たった5日間連絡がとれないだけで、
もう半分彼の心が信じられなくなっている。
(二人の仲はこんなものだったのかしら。
こんなに脆いものだったのかしら・・・)

 5回の表、タイガースの攻撃。
 1アウト、ランナー2塁に真矢。
 しかし、ホメリーがバックスクリーンぎりぎりのセンターフライで、2アウト。

ひょっとしたら病気で寝ているのではないかしら。
来たくても熱が高くて動けないのかもしれない。
やっぱり電話してみよう。
理佳はもうすっかり覚えてしまった8桁をプッシュした。
呼び出し音が鳴る。
3回、4回、5回・・・8回まで数えて受話器を耳から離し、
それでもきこえる音をさらに3回聴いて、4回目が鳴ると同時に切る。
(管理人はいないのだろうか)

(謎の教団11~12へ続く)

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NO159 謎の教団7~8(153から連載しています)

社に戻ると、恂子は勢いよく編集部のドアを開いた。
「ただいま!」
「早かったね、うまくいったの」
デスクの山崎が訊いてくる。
「それが、全然だめでした。言えない見せない行かせないの3拍子に加えて、
写真もだめときちゃあ、お手上げですわ・・・」
最後のほうはブツブツと独り言になっている。

こんな時、いつもお疲れ様と声をかけてくれる理佳が
今日は何が面白くないのか、ブスッと机に向かっている。
例によって岡田の姿は見えない。

向こう側の席でスポーツ関係担当者たちが、
最近出てきた、代打率10割という新人の話題に花を咲かせている。
「必ず打ちますって言ったそうだよ」
「へー、しかし13打席12安打1四球とはまたすごいことをやってくれましたねェ」
「8月になって突然出てきた新人で、テスト生でもないってことだよ」
「ほー、幻の新人か。最近ヤクルトもやるね、で、何てェ名だい」
「大内とかいったな」
「なるほど、そいじゃァ打つわけだ」
大きな笑いが起こり、
最近のお前にしてはヒットだとか、いや2塁打だとか言い合っている。
(なんて暇な人たちなんだろう。ウルサイ!)

電話が鳴った。
右手で原稿を書きながら、左手で受話器をとる。
「恂子か、原稿書けたかいな」
岡田の大声が飛び込んで来た。
(んーもういやになっちゃう、どうして帰ったのがわかったのかしら。
それに全然期待してないような言い方じゃないの。こっちはクサってんだぞ。
冷たいビールでも飲みたいところなんだから)
「おい、何をボケっとしとるんや。
ビールとまではいかないが、アイスコーヒーでもどうや。原稿忘れるなよ」
ガチャンという音で恂子は我に返り、思わずマスコット人形の鼻をつつく。
「いやなお方・・・」

なんだかいままでの疲れがスーと引いていくような気がした。
残りを手早く書き終えて立ち上がる。
隣の理佳が雑用紙の上に書いた文字を、何度もなぞって太らせている。
(おかしいぞ、何かあったな。きっと彼のことにちがいない)
恂子は何となく声をかけそびれて、そのまま部屋を出た。
左脇に原稿の入った紙袋を抱え、内容の乏しい割には足取りが軽い。

 8

自走ベルトの上から覗いて見ると、”モカ”はすいていた。
ママの三枝由美がサイフォンに上がってきたコーヒーをかき混ぜている。
ゆるくカーブしたカウンターの奥が岡田の定席である。
ここからは死角になって見えないが、
紫煙が立ち上がっているのが、彼のいる証拠である。

”モカ”のドアを開いた恂子は、
ほほえんでくる由美のほうへ、シィーと唇に指をあてて、
岡田のほうへ忍び足で近づいていった。
岡田は恂子がそばまで行っても顔を上げず、
何かレジスターで打たれたような細長い紙をじっと見つめている。
恂子は向かいの席にわざとドスンと座った。
「オッ!何時来たんや」
(フーンだ、知ってたくせに、何時だってとぼけてるんだから)
「ハイこれ、例の原稿です」
恂子はそれでもちゃんと原稿を取り出し、
彼の方から読めるように回して、テーブルの上に置いた。

「いらっしゃい」
由美の声と共にアイスコーヒーが来る。
(さては、今つくっていたのがこれだな。
さっきの電話といい、なんてタイミングがいいんだろう)
「いただきまーす」
 
 シロップを十分に入れてかき混ぜ、
 氷の下に入り込まないようにミルクを浮かす。
 コーヒーとミルクの境目のあたりにストローヲ差し込んで吸う。
 二つの微妙な混じり具合と、氷とコーヒーの温度差が魅力で、
 これが、恂子式アイスコーヒーの飲み方である。

原稿に目を通していた岡田は、新しいタバコの火をつけてニヤニヤしている。
「こりゃ、アカンコのマリモやなぁ」
「えっ!」
「天然記念物。欲しくてももってこれない。つまりどうしようもないってことや」
「自分でもそう思います。ほんの輪郭だけしか分からなかったんですもの・・・」
恂子はついしおれる。
岡田の前では何故か素直になれるようだ。
「うん、どうせ宗教上の秘密っていうやつやろう・・・
よっしゃ、ほんなら逆に、謎また謎の羽衣教団つーのでいくべぇ」
恂子は思わず吹き出して、あわてて口を押さえた。
まったくこのお方の言葉ときたら何が飛び出すかわかったものではない。
でも、その時その時の雰囲気に合っているというか、
彼が言うと、おかしさはあっても、違和感がない。
「そんな感じを強調してまとめてんか」

岡田は恂子に原稿を返して、またあの細長い紙を取り出して眺め始めた。
裏側から見ると数字の列が並んでいるのが分かる。
もう恂子のことなど眼中にないような岡田の態度が、
ちょっとしゃくに障るが、彼ならば仕方がないと思い直して
アイスコーヒーをすすり、原稿のまとめを考える。

「オイ、まだいたんか。アホ、仕事や仕事」
頭を上げた岡田が言う。
(フーンだ。自分で来いって言ったくせに、まったく!)
恂子ははじかれたように席を立ち一気に店の外に出た。
原稿のまとめも頭が痛いが、
ふと、ブスッとしていた理佳のことが気になってきた。

(謎の教団9~10へ続く)

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NO 158 謎の教団5~6

 5

エレベーターで3階にもどると、最後に出てきた大沢が微笑しながら言った。
「そろそろ時間ですので、次の会議に出なければなりません。
1,2階はパブリックスペースとなっておりますので、ご自由にご覧ください」
恂子が何か割り切れない気持ちで2階への階段を下りかけたところで、
後ろから大沢の声がかかった。
「羽衣の紅茶はいかがでしたか。2階の喫茶でもお出ししておりますよ・・・
ではまたおいでください」

2階に下りる。なるほど左手に純喫茶”羽衣”の看板がでている。
「良ちゃん、ちょっと寄っていかない?」
「いや、俺は次の仕事があるんでね」
「フーン売れっ子はご多忙というわけね」

外に出ると午後の日射しがまぶしい。
教団ビルを中心に吹き付ける風が、髪を飛ばしそうに激しい。
良ちゃんが大きく背伸びをしている。
30歳前にして報道写真では、業界1,2といわれている彼も、
ほとんど撮影禁止とあっては、借りてきた猫のようなものであった。

恂子にしても取材というものではなかった。
何も聞き出せないうちに、うまくかわされてしまったような気がする。
(また、おいでくださいとは、どういう了見だろう。
そんなに何度も行くと思ってんのか。こっちは忙しいんだぞ)
恂子は赤になった信号で止まり、何となく後ろを振り返った。
来たときは車で乗り付けたので気がつかなかったが、
教団ビルは左手に東京ドームを見下ろして、
道路をはさんだ右手奥に独特な威容を誇っている。

 6

 八角形だという教団ビルは、
 ここから見るとその第四面をわずかにのぞかせている。
 上から1/5位の高さのところで、
 八方にテラス状に突き出した部分が、
 ビルの高さに対して直角に見え、
 徐々に尖っていく頭頂部分と相まって、
 昔あったという、宝蔵院の十文字槍のような形をしている。

 下から1/3くらいの所から上には、一切窓らしいものがない。、
 どのような構造になっているのか、
 十文字から下の窓のない壁面は、
 午後の強い陽射しを受けても漆黒のままである。
 それに対して上部の少しずつ尖っていく面は、
 七色に明滅し、陽炎のように揺らいで、
 ビルの頭部をおおっている。
 それはまるで仏像の光背を思わせた。

「良ちゃん、2,3枚撮っておいて」
2,3,枚どころか、良ちゃんのかなりの数のシャター音を聴きながら、
恂子の目はビルの方に引き寄せられてしまう。
気がつくと通行人たちもみな、一度はビルを見上げている。
どの顔にも一様に、たんなる驚きばかりではない、
何か超自然的なものを目の当たりにしたような、
畏怖の表情が浮かんでいる。
「ナムアミダブツ・・・」
一人の老婆がビルに向かって両手を合わせている。
良ちゃんのシャッター音が続く。

何度か信号が変わって二人はE電駅のほうへ歩き出した。
二人とも無言である。
肩をふれあうように流れる人の波も、何となく色あせて見えた。
恂子は麻雀牌をつまむ手つきをしながら、
「良ちゃん今夜もこれ?」
努めて明るく言う。
「まあね。ところで俺は見たぜ。
紅茶がテーブルの中から出てくるのをさ。
あれにパイでも付いてくりゃ、もっといいのにさ」
(たまには洒落も言うのね。
でも、ほんとアップルパイでも一緒にでてきてくれるとよかったのに。
それにあの紅茶の味・・・)
思い出しただけで、頭の中がくすぐられるような感覚が蘇ってくる。

(NO 159、謎教団7~8へ続く)

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