NO 208 New

序破急計画

15

曲立彦は緊張していた。
これから、初めて実際に海底へ潜るのだ。
だが、そのことばかりが緊張の原因ではない。
何か、途方もない現象に出会いそうな予感がする。

彼は、支えようとするクルーを制して、
直径2メートルはあると思われる耐圧室に滑り込んだ。
壁面は、器機で埋まっていて。
パイロットの小田桐と、コ・パイの白戸が、
表を見ながら最終チェックをしている。
曲は出航以来、もう顔なじみになっている二人に黙礼し、観測席につくと、
すでにシュミレーターによって練習済みの器機を確認していった。
やがて、海面下6500メートルまで潜水可能で潜水時間9時間という、
世界最高の自走式潜水調査船”しんかい6500”は、
その全長9.5メートル、重量25トンの巨体を静かに沈め始めた。

スピードは徐々にあがり、美しい南の海はゆっくりと暗黒に包まれていく。
「深度500,異常なし」
白戸が言うと、小田桐が曲のほうへ首を回した。
「先生、2000メートルまで、一気にいきますよ」
ニヤリと笑って白い歯を見せる。

一つを除けば打ち合わせどうりであった。
その一つというのは、この付近に海底が、
地図に示されているものより、約1000メートルも隆起していたことである。
前々日に潜った海洋科学技術センター側の話によると、
隆起面と海盆との間には、約60度の崖が形成され、
最深部では、逆に沈降していることがわかった。
昨日、再度の潜水により、
隆起速度は毎時40センチという信じられない数値を示し、
計器類を再チェックしたほどであった。

16

そして今日,
曲は3000メートルであったはずの2000メートルの海底に着底した。
「曲先生、ここが問題の海域の北の端にあたります。
もう50メートルほど北へ進むと、海盆へ滑り落ちる崖になります」
曲は、のぞき窓からライトに照らし出された海底に目をやる。
ゴロゴロした岩状のところに泥のようなものが被さり、
それが時々舞い上がっている。
(静かだ・・・)
この海底が超スピードで持ち上がっているとは、とても信じられなかった。

小田桐が母船へ現状を報告してから、あらためて指示を求めた。
「崖を降下しましょうか」
「お願いします」

崖にそって1000メートルほど降下する。
やや角度がゆるやかになり、
周囲には多数の卵形の岩がころがっている。
流れ出た溶岩が、
一瞬のうちに海水で冷却されるためにできる、枕状溶岩である。

「右方2時の方向に熱水噴出」
曲はライトの光のなかで、目を凝らした。
崖の斜面に12,3本のチムニーが出来て、
煙のようなものが噴出している。
「熱水温度260度。深海生物は見当たらない」
白戸が言った。

17

船はさらに下降、2800メートルの海底すれすれに崖を離れて行く。
2キロほど進んだであろうか。
海底に幅10メートルほどの細長い亀裂が見え始めた。
「あの縁まで言ってみてください」
曲が小田桐に指示した。

船は亀裂の上部まで来て静止する。
「おっ!」
亀裂の縁の小岩が動いた。
いや、その中に転がり込んでいるのだ。
それは、ハイスピードカメラで捉えられたように、
最初はゆっくり、
やがてゴロゴロと回転して暗い奈落へ吸い込まれていった。
白戸がマニピュレーターをを操作して岩石の採集にかかる。

突然船が後方へ大きく飛ばされた。
上下の感覚が何度も逆転する。
曲は必死にシートにしがみつく。
だが、小田桐は、
巧みに両横のプロペラを操作して舟を安定させた。
「マニピュレーター、操作不能。主推進器異常なし」
白戸の声を聞きながら、
小田桐は自分でも器機をチェックし、母船に報告している。
「亀裂の沿って崩れたのですね」
「そうです。手元の計算によっると、
長さ600メートル、幅30メートルほどが、斜めに削り取られたようです」
「それにしても驚きました」
「まあ、このくらいはよくあることですよ」
小田桐が白い歯を見せた。

18

初めての潜水を無事終えた、曲立彦は、
今、正に水平線に沈み込もうとしている真っ赤な夕日を見ていた。
百万の宝石をちりばめた、光の帯が眼下まで続いている。
それは、これからやってくる闇を想像するには、
あまりにも華やかで、美しく儚い。
まるで、もう明日はないとでもいうように、
すべてをこの一瞬に燃焼しつくして、激しく切なく訴えかけてくる。
太陽がそして海が主張していた。
<自然は自然にあるべきだ>・・・と。

(序破急計画19~20へ続く)

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NO 207 New

東京TW2表
チラシ2版

今回、上記のように、
東京タワー文化フェスⅡに出品する仕儀に至りました。
お時間がありましたら、お運びくだされば、幸いに存じます。

序破急計画

13

「破の舞進行中。ガス移動順調。計画領域浮上予定どうり」
コンピュータの声が聞こえていた。
それは、誰のために語っていると言うわけではない。
定時の報告であろうか。
この部屋、教団ビル60階の紫色の霧の中には、人影はおろか気配さえない。

2階下、58階にもその声が流れていた。
ここも紫色の霧がたなびき、たくさんの書物らしいものが山積みにされている。
それは単に書物というだけではない。
石版、粘土板、金属板、竹筒をはじめ、
羊皮紙やパピルスなど、ありとあらゆる書物と言ったほうが良いかもしれない。
そしてそのほとんどは、触れればすぐに崩れてしまいそうな年代を感じさせる。
世界中のマニアが、
どんなことをしてでも手に入れたいと願っている、古文書であった。

霧がわずかに発光し、書物の山の中心に、長身の男の姿がにじみ出た。
阿井真舜である。
彼はすぐに、一つの石版を取りあげてじっと見つめ、
よし、というように次の石版に手を伸ばす。
彼は今、未来のムーのあるべき姿を創造しているのである。
古代ムー帝国は言うに及ばず、可能なかぎりの時を翔んで、古文書と照合し、
その事実に基づいて新しいムーを設計しているのである。
いや、ムーをふくむ全世界といったほうが良いかも知れない。
その中には、政治、経済、文化、科学、芸術、そして宗教に至るまで、
あらゆる分野の未来像が包含されていた。
その意味で彼は、神の領域にまで踏み込んでいるのである。
彼の思考が一瞬変化し、その手がすこし脇へそれれば、
世界は、まったくその様相を異にするであろう。
文字どうり、一瞬も気が抜けない作業であった。

14

「破の舞進行中。強化オリハルコン注入開始」
(始まったか)
阿井は作業を続けながら同時に思っていた。
遠い祖先の残した偉大な遺産。
”オリハルコン”
それは現在教団の科学力によって、真空中で量産され、
他との合金も可能になったことから、
教団ビルの外壁など、あらゆるものに応用されていた。
そして今、崩れたガスチェンバーを再生しながら浮上しようとしている、
岩盤の再生触媒および接着剤として、
ゾル状の強化オリハルコンが注入されたのだ。

その時、阿井の超感覚は別の波動を捉えていた。
槙原恂子の呼びかけである。
彼は未だ彼女との心の回路を開いていない。
アマランサスで彼女の体内に眠るマグマを感じた時、
阿井は瞬間に未来を観ていた。
それは、彼女が相対する側にいるという条件を超え、
阿井や教団だけに留まらず、人類全体にとって大切な存在であるとみえた。
だから恂子とは、個人的な感情と別の次元でも、
優しくしかも厳しく接していかなければならないと思った。
(彼女なら大丈夫だ)

槙原恂子に関して、
相対するはずの阿井と岡田にもかかわらず、
奇しくも同じ見方をしている。
しかし、その存在が何故大切なのか、
それは二人にも、まだはっきりと分かっていないのである。

(序破急計画15,16,17へ続く)

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NO206 New

序破急計画

11

編集部に入ると、槙原恂子は一番に岡田遥之の机に行って、
「昨日はご心配かけまして」と挨拶した。
明るい声である。
みんなが心配して声をかけてくれるのが、
心を読むまでもなく肌で感じる。
「自分が素直になった時には、技術は必要ない」
と言っていた、阿井真舜の言葉を思い出す。
席に着くと星野美雪に「昨日はごめんね」と言った。
美雪は「もういいんですか」と言って立ち上がり、お茶を淹れてくる。
二人はほほえみあって、お茶をすする。
色が付いただけのお湯でさえ、今朝は美味しく感じる。

恂子はすぐに昨日の仕事の続きにかかった。
最近は編集部の出社が早い。
中央太平洋で異常な隆起が始まってからというもの、
世界中が注目しているこの事件に、いかに対応するかが、
朝夕新聞を含めての課題になっている。
当然のことながら、政府もこの問題を重要視して、
科学技術庁をはじめ、各省庁の協力のもとに、
観測体制づくりに乗り出した。
それを受けた海洋科学技術センターは、
今年度の日仏共同海洋機構調査の中に、特別なスタッフを組み、
フィージー沖で潜水予定の
”しんかい6500”の乗組員として参加させることになっていた。

「曲先生も潜るんですね」
美雪が参加スタッフの名簿を見ながら言った。
彼女の机の上には、もう書き上げた原稿が4,5枚乗っている。
「ごくろうさん、だいぶ早くから頑張っていたみたいね」
自然にねぎらいの言葉がでていた。

12

(どうやら大丈夫のようだな)
窓からさす、やわらかい光を背に、岡田遥之が紫煙を吹き出している。
岡田には、槙原恂子が天の羽衣教団導師、阿井真舜に出会って、
覚醒したことは、すでに分かっていた。
それは、彼女の体内にまどろんでいる、
遠い昔から伝わる血のなせるわざである。
(しかし何故・・・)
それがどうして、これから相対するであろう、教団の中枢人物、
阿井真舜によって覚醒しなければならなかったのであろうか。
たしかに岡田は恂子を教団の取材に差し向け、
彼女は何度か阿井に会っていることも知っていたが、
しかし、彼女はもともとこちら側に人間であり、
我々サイドの者たちとして覚醒する確率が100倍も高いのだ。
岡田は長くなったタバコの灰を落とし、もう一度吸ってから灰皿にもみ消した。

彼には編集部にいる人間の動きをはじめとして、
ある程度の未来さへ見通すことが出来た。
それに月刊誌を隠れ蓑にする、世界的組織”GOO”の情報網を通じて、
地球上の動きはほとんどチェックしている。
それゆえに・・・だからこそ。
恂子の動向が気になった。
それが何であるかは分からないが、
恂子のなかに、これからの人類の流れを変えるようなことが
隠されている気がした。

彼女は最近自分の能力に酔っているようだ。
だが、今日は違う。
彼女の中に、また変化が起こり、軌道修正しつつあるではないか。
岡田は机の上から足を下ろし、
イボイボの健康器をあるパターンによって踏んでいった。
教団の”破の舞”は太平洋の海底を操作し、隆起と沈降を起こさせている。
いったい何の為にそんなことをしなければならないのか・・・。
(彼らの故郷”ムー大陸”を、再び浮上させようとしているにちがいない)
岡田がここ半月以上にわたって一睡もせず、
超古代からの遺跡や文献を調べて解析した結果得た、第一の結論であった。

(序破急計画13~14へ続く)

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NO205

復活

そして3日後の早朝。
曲立彦は、シドニー港を出港する
”しんかい6500”の母船”よこすかⅡ”の甲板にいた。
黎明の霧の中に、白々とした街並みが徐々に遠ざかっていく。
その中程に一際高く、”天の羽衣教団”の異様なビルが見えていた。
曲は”いるかⅡ号”の船上で、
教団ビルが、海中からしぶきを上げて躍り出る幻想にとりつかれ、
未来に不安を覚えたものだった。
(そして四倉を失った・・・)

彼は今回の新たな出発にあたって、
再びこのビルと相対することになった偶然に、
さらに不吉な思いを募らせないわけにはいかなかった。
前回のように異常かどうかを調べに行くのではない。
はっきりと異常を示している海に潜ろうというのだ。
曲はプレートテクトニクスの専門家ではないが、
どう考えても理論のみによって解決出来るようなものではない。
もっと異質の尋常ではない何かが、隠されているような気がした。
(しかし、そんなことはどうでもいい。
いかに危険であれ、この海に潜ることは願ってもないことだ)
曲はすっかりもとに戻ってしまったマドロスパイプをくわえ、
大きく吸い込んでむせ、はげしく咳き込んで涙がでた。

「部長、朝食の準備ができました」
同行した研究員が呼びにきた。
食欲がない。
考えてみると、昨日の夜から何も口に入れていない。
空はどんよりと曇り、まるで朝が来ることを拒否するように、
海は輝きを失っていた。
(俺は病んでいるのか・・・)
曲は、やおら船室のほうへ歩き始めた。

10

朝、出勤前。
槙原恂子は鏡にむかっていた。
均整のとれた白い卵形の顔がいつもの潤いを失っていた。

「阿井さん・・・」
かすかに動いた唇から吐息が漏れる。
化粧を終え、迷ったあげく、決心して胸のペンダントに触れる。
目を閉じる。
額の中心から光が広がり、身体全体を包み込む。
眠れない夜を過ごした疲労が、ゆっくりと引いていった。
しかし、阿井は現れない。
光の中の扉を開こうとしても、意のままにならない。

(しかたがないわ、私が悪かったのだから)
恂子は不思議なほど素直な気持ちになっていた。
鏡に向かってほほえみかける。
「でも、私の気持ちは変わらないわ、阿井さん」
声に出して言ったみる。
悲しみを超えたほほえみが返ってってきた。

(復活11~12へ続く)

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NO 204

復活

7 

所長室に飛び込みドアを閉めると、曲は大きくせき込んだ。
「まあ、かけたまえと」いう所長の前のテーブルには、
すでにブルーマウンテンが用意されている。

曲は、この研究所に対して疑問を持って以来、
所長の落ち着きはらった振る舞いまでが気にいらなかった。
早く要件を言えばいいものを。「まあかけたまえ」とくる。

曲の内心を知ってか知らずか、
所長はブルーマウンテンに、ゆっくりシュガーを入れてかきまぜ、
目を細めて飲んでいる。
「所長!」
たまりかねた曲は、声を荒げた。
最近のイライラは異常であった。
大学にいたころは温厚でとおっていた曲である。

「先ほど横須賀の海洋科学技術センターから電話があって、
君にぜひ協力してほしいというんだよ」
「はあ?」
「知ってのとおり、日仏海洋機構調査に参加している
”しんかい6500”なんだが・・・」
所長はコーヒーをすすり、上目づかいに曲の顔色を窺っている。
「プレートテクトニクスの
メカニズム解明のためだと聞いていますが・・・」
「そう、それが今度フィージー近海に潜水する予定だそうだ」
「えっ!」
曲はその位置をたった今スクリーンで目にしたばかりであった。
北フィージーは、その中で最も隆起の激しい海域である。
所長は相変わらず他人事のように続ける。
「今回は太平洋における隆起水域と、たまたま同じだというので、
そちらのほうも調査するらしい」
「・・・・・」
「それで、君にね」
「行きます」
所長の言葉が終わらないうちに、曲は立ち上がっていた。

「行かせてください」
曲はあらためて言った。
「まあ君そう興奮しないでかけたまえ」
「いつですか」
曲はたたみこんだ。
立ったままの曲に、
所長はあきれたように左手であごの下を撫でている。
これが部下ならば
「バカヤロウ」と怒鳴りだしそうに、赤くなっている曲の顔を、
所長は楽しんでいるのだ。

(ふざけやがって)
曲は両のこぶしを握りしめた。
所長は残ったコーヒーをゆっくりすすり上げ、
下に沈んだシュガーさえなめそうにしてから、おもむろに口を開いた。
「母船はもうシドニーに入っているそうだ。行ってみるかね」
語尾をひょいと跳ね上げ、またあごの下に手をやってニヤリと笑った。
「行かせていただきます」
「フム」
所長は鼻先で答えて立ち上がった。
もう帰れと言わんばかりの態度である。

(くそ、あんなにじらしておいて、決まった途端の態度はどうだ)
曲は、なぜ自分がこんなにイライラするのかわからないまま、
あの地震以来だと、
ほかに、その原因を求めながら、所長室を出ていった。

(復活9~10へ続く)

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NO 203

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お陰様で無事終了しました。
おいでになってくれた皆さん、ありがとうございました。


復活

六星海洋気象研究所のコンピュータ解析室。
壁面の大スクリーンの前には、曲立彦と気象部長をはじめ、
20人ほどの研究員が座っていた。
「それでは映像を送ります」
声とともに部屋が暗くなり、
スクリーンに白黒の回転する球体が映し出された。
地球である。
白い雲に大陸が見え隠れしている。
海洋観測衛星”モモ1号”からの映像である。
球体は回転を止め、一部が拡大される。
太平洋である。

「緯度と経度、それに時間もいれたまえ」
気象部長の声がとぶ。
画面に縦横の細い線がはいり、数字が添えられる。
20度ずつの経度の上方に時計が付加される。
「着色します」
全体が青い海に、
茶褐色の島々が白い雲の間から見え隠れしている姿は、
いかにも平和そのものである。
「早く深度を色別にしたまえ」
曲がイライラしたように言った。
画面を何度も走査線が走り、
浅い所は白っぽく、深いところは濃い緑色になって、
500メートルごとに海の青さが変化していく。
「おっ!」
深度表示が完了しないうちに、
曲をはじめ、何人もの研究員が立ち上がった。
いままで記録されている太平洋の等深線と,
明らかに異なっている。
深度1000メートル以下の部分が異常に多い。
「もっと拡大しろ」
曲が怒鳴った。
スタッフが心得たように、
ちょうど赤道をはさんで白さを増している部分を拡大していく。
「これは・・・」
曲立彦はその縮れた髪の毛を突き出して絶句した。

北はマーシャル諸島から、南はフィージー諸島までが、
ほとんど1000メートル以下のごく薄い青色でつながっている。
また、東の方では、
ワシントン島から赤道をはさんでツアモツ諸島に至るラインが
薄青い色でつながり、
この二つの中間部、フェニックス島やサモア島のあたりでも、
はっきり白さを増している。
「ウーム」
曲は一つうめくと、ドサリと椅子に座り込んだ。
一呼吸してもう一度画面に目を向ける。
500メートル未満を示す白い部分が倍増している。
まるで太平洋の真ん中に、巨大な大陸棚が出来たようなものだ。
一方、その浅海を取り囲むようにしている、
東太平洋、中央太平洋、南太平洋の各海盆は、
それぞれブルーの濃さを増し、海底の沈降を示している。

スクリーンが消え、室内が明るくなった。
まだ立ったままの研究員から、一様に信じられないという声が聞こえる。
「これはプレートテクトニクスの分野だな」
気象部長が話しかけるのを無視して、曲は足早に部屋を出た。
自室の形状記憶ソfァーに潜り込むように座ると、
ここ半年間の禁煙を破った。
パイプから大量に吸い込んだ煙にむせてかがみ込む、
頭がクラクラした。

S字デスクの小引き出しが信号音をたてる。
所長からの呼び出しであった。

(復活7~8へ続く)

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NO 202

復活

恂子は化粧室に行って、
今はもうすっかり慣れてしまった方法で、阿井に呼びかけた。
何処にいるかも、何をしているかも分からないが、
恂子が強く念じると、額の中心の空間に彼の姿が浮かびあがる。
だが、現れた阿井は、今までにない厳しい顔をしていた。
(やみくもに人の心を探ってはいけない)
強烈な思念を残して、阿井の姿がかき消えた。
すぐに追い求めるが、もうその影さえ浮かんでこない。
額の前にあった光がスーと消滅した。
{阿井さん・・・」
恂子は思わず声に出して目を開いた。
鏡に映った顔が青ざめている。

席に戻って鉛筆を取りあげたが、何を書いているか分からない。
読み返してみると、まったく文章になっていなかった。
丸めてくずかごに捨てる。
全身に深い疲労感が襲ってきた。
頬のあたりの皮がつっぱり、
目をつぶってじっとしていると、部屋の物音が耳についてイライラしてくる。

「先輩どういたんですか。真っ青ですよ」
隣から美雪が心配そうに声をかけた。
「貧血ですか?」
「ほんとうに青いよ。今日は早くく帰ったらどうだい」
向かいの男が立ち上がって言った。
「えぇ・・・そうするわ」
恂子は、だいぶ前、理佳が早退した時のことを思い出していた。

 恂子はベッドの端に腰掛けていた。
アパートの自室である。
縦に長い部屋は、入り口を入るとキッチンとユニットバスがあり、
その奥に、下に引き出しがついた、ベッドがある。
そして一番奥の窓際に机と本棚があり、
上に小型のテレビと電話機がおかれている。
窓から入る光が陰って薄暗くなっていたが、 
恂子は点灯する気も起こらない。
社からどうして帰って来たかさえ、はっきりしなかった。

「阿井さん・・・」
小さな声をもらして、そのままベッドに打つ伏した。
やわらかい髪が、くの字になった腕に降りかかる。
全身の細胞が反逆を起こしたように活動を拒否し、
胃がシクシクと痛んだ。
いつの間にかベッドカバーを握りしめている。
(私はなんてばかなんだろう)

 自分は今まで、これといった失敗もなく生きてきたような気がする。
 それを当然のように思って甘えてきたのではないか。
 今度のように、何か今までとは違った力を与えられると、
 自分は普通の人間より、優れているのだと単純に喜び、錯覚していた。
 意識するしないは別として、
 心の中で、他の人たちを見下していなかったか。
 
 1年ほど前、林理佳と歌舞伎町を歩いていたとき、
 みんなが二人を振り返って見ていた。
 若い二人の幸福そうな姿に、人々は見とれていた。
 しかし、自分が輝いていることが、
 周りの人たちを傷つけることもあるとは、思いもしなかった。
 人より幸福だったり、優れた能力を持った者は、
 それ故にこそ、
 そうでない人たちのために働かなければならないのではないか。

(それなのに、興味本位で人の心をさぐるなんて・・・)
「ごめんなさい・・・」 
恂子は誰にともなくわびて、起き上がった。
ベッドカバーが涙で濡れていた。
電話が鳴る。
星野美雪の声が呼びかけている。
「先輩大丈夫ですか」という言葉に遠い記憶があった。
恂子自身が理佳にかけた電話の言葉である。
それと同じ、いたわりの気持ちが、
今、美雪から返ってきたのだった。

(復活5~6へ続く)
上部SF小説「ムーの幻影」のボタンをクリックすると、
最初からご覧になれます。

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NO 201

復活

9月中旬を過ぎると、毎日のように起こっているという無感の地震は、
日本ではニュースにならなくなっていたが、
中央太平洋では、相変わらず、微震が続いていた。
今まで洪水騒ぎを起こしていたワシントン島、ファニング島では、
逆に地盤の隆起がはじまって、
9月末日までに全海洋線とも、はぼ1メートル上昇した。
それに歩調を合わせるように、
ポリネシア、メラネシア、ミクロネシアの島々が
軒並み30センチから60センチ隆起し、
特にフィージー諸島では、7月から9月の9ヶ月間に
2メートル13センチという異常な数値を示していた。

関係国はもちろん世界各国でも、
それぞれの立場から必死に対処しようとしていたが、
そのスピードの異常な早さから、データ分析が追いつかず、
ただ口を開けて見守っている観があった。

槙原恂子は、先ほど曲立彦から届いた
「エルニーニョに関する報告書第7」の要旨に目を通していた。
海面水温は例年より8度の上昇になっている。
アラスカでは、氷河が後退し、
あまつさえ南極の氷が緩みだして、一部が割れ、漂流を初めている。
今や、各国はその主義主張を超えて協力し、
真剣に対処していかなければならないと結んでいた。

右手のドアが開いて、スポーツ娯楽担当の連中が、ドヤドヤと入ってきた。
「工藤と森下は順当なところだろう」
「ええ、それに日系3世の王も学生ながら、
たびたびこの方面の紙上を賑わしていますから、分かるとして、
阿部というのは聞いたことがありません」
「青森県出身50歳とあるが、・・・まったくの未知数だ」
相も変わらず大きな声だ。
今日は雀聖戦の準決勝があり、上位4人が決定している。
世界中が動揺し、島々が沈みかねないというのに、
麻雀に命を賭けている人もいる。
7月の地震の時、室内のことはさておき、
取材に行けと怒鳴った山崎のことを思い出す。
人はその立場立場で、
ともかく、当面やらなければならないことを、やっているのだ。
(きっと彼らにとって、麻雀が今やるべきことなんだわ)

ペンダントに手がいく。
最近は、、毎日の練習によって、
10メートルほどの範囲なら、これはと思う人に集中できるようになり、
恂子はちょっと得意になっていた。
今日も近い人から探っていく。
大川の気持ちが一番強い。
大声で腹が減ったと叫んでいるようなものだ。
デスクの山崎を越えて、編集長の岡田遥之の方へ意識を進めていった。
(わからないわ・・・)

今日だけではなかった。
岡田の心だけは、どうしてもつかめない。
ぼんやりとした、
灰色のスクリーンのようなものを感じるばかりである。
(何故かしら・・・)

恂子は目を開いて岡田の方を窺った。
相変わらず机の左側に足を上げ、茫洋とした顔は紫煙にかすんでいる。

(やはり、そうなのかも知れないわ)
岡田はいつも自分たちの先を行っている。
アイスコーヒーが飲みたいと思っていると、岡田から電話がくる。
みんなでモカへ押しかけると、コーヒーが待っている。
それは今、自分が美雪にしていることと同じではないか。
(きっとそうだわ)
岡田には自分と同じ力(パワー)があるにちがいない。
有頂天気味になっていた恂子は、ゾクリと身体をふるわせた。

どうしても岡田の心は読めない。
そうしてみると、岡田はいつもみんなと一緒にいるようで、
どこか遊離しているところがある。
いや、自分からそれを求めているようにさえ見える。
(自分のパワーをコントロールしているんだわ)
恂子は岡田に対して、
前にも増して畏敬の念が沸き上がってくるのを感じる。
とすれば、自分にこの力を与えてくれた阿井真舜も、
岡田と同族ということだろうか。

(復活3~4へ続く) 

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NO 200

縮小_現代音楽展
5回目の東京出品です。
時間がありましたら、お運びください。

序破急計画

26

「風早の三保の浦曲をこぐ舟の、浦人騒ぐ波路かな・・・・・」
 朗々とした声が響き渡る。
 最初は眼下に小さく見えていた建物が、
 ゆっくり回転しながら目の前に迫ってくる。
 正面に白州があり、階を通して本舞台が見渡せる。
「われ三保の松原により、浦の景色を眺むるところに、
虚空に花降り音楽きこえ霊香四方に薫ず・・・・・」
 ワキが松の立木にかけてある長絹をとって脇座へ行きかける。
「なうその衣は、こなたのにて候。何しに召され候ぞ」
 シテの天人がワキに呼びかけて登場する。
 増に天冠縫箔腰巻である。

<羽衣ですね>
男の丸みのある波動が伝わって来た。
<あの松は森田さんです>
<なるほど、国立能楽堂ですか>
 
 どのような光源になっているのか、舞台の周りだけが明るく、
 白州の手前をはじめ、一の松から斜め後方や、地裏、
 そして、屋根をふくめて切り取ったような闇に包まれている。
 もちろん本物の国立能楽堂だはない。
 だが、それと寸分違わない迫力と重量感を備えている。
 3次元ホログラフィーである。

「悲しや羽衣なくては飛行の道も絶え、天上に帰らんこともかなふまじ・・・・・」
<羽衣は彼らの手に戻るでしょうか>
<結局そうなるでしょう>
 どうやらこの真っ暗な空間に二人の男がいるらしい。
 どことも知れない所から二つの知性が、穏やかに滲んでいた。

27

 いくばくかの時が流れ、舞台は物着になる。
 シテが後見座で長絹をつけている。
<まあそれが彼らにとって一番幸福なのかもしれませんね。Kさん>
<・・・・・>

「君が代は天の羽衣稀に来て」
「撫づるも尽きぬ巌ぞと・・・・・」
「南無帰命月天子、本地大勢至」
 地謡になり、シテは常座にいって舞い始める。

<さすがですね>
<藤田さんです>
 太鼓入り序の舞である。
<ところで”序の舞”はどうなりました?>
<完了したようですね>

「東遊びの数々に、その名も月の色人は・・・・・」
 地謡が続くなか、シテは舞いながら大正前をまわり、
 招き扇をして正面先へ出てくると、左へ廻って常座につく。

<破の舞いですね>
<そう、現在進行中のようです>
<どうしてもやるんでしょうか>
<序の舞に続くものですからね>
<そうなれば、φが出ますか>
 人間には発音不可能な何かを表現した時、
 一人の穏やかな波動にかすかな脅えが混じっていた。
<それは破の舞の美しさ次第でしょう>
<かなり混乱しますか>
<・・・・・>

「時移りて、天の羽衣浦風にたなびく・・・
天の御空の霞に紛れて、失せにけり」
 シテは扇をかざして小さく廻り、左袖を返して留拍子を踏む。

<”急の舞”もありますか>
<φが出ればそうなるでしょうね>

能楽堂はみるみる縮んで、一点に消える。
二人の波動も徐々に薄れていく。
ただ真に闇の空間だけがひっそりと存在していた。

(序破急計画」終了)
「復活」1,2,3へ続く

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NO 199

序破急計画

24

7月以来太平洋で連続していた、海底火山の噴火が嘘のように鎮まり、
9月の声をきく頃には太平洋岸の陸上火山も鳴りをひそめ始めた。
地震は相変わらず続いていたが、有感のものは、ほとんどなくなっている。
そして、国会でも問題となった、
誘拐や失踪事件はマスコミの話題にのぼらなくなっていた。

槙原恂子は鉛筆を置き、ある意図をもってペンダントにふれた。
目をつぶる。
原稿のまとめに苦労している美雪の気持ちが伝わってきた。
向かいの男の魂胆も分かった。
帰りに美雪を誘おうと思っているのだ。
そのうちに室内の何人もの思いがゴチャゴチャになって飛び込んできた。
恂子は頭が痛くなってペンダントから手をを離すと、
いつものにぎやかな部屋にもどっている。

阿井のことを想った。
再びペンダントに手がいく。
(だから、毎日会っていると同じだといったでしょう・・・)
頭の中で声がこだました。
「あっ」
恂子は思わず声をあげ、あわてて口を押さえた。
反射的に立ち上がって化粧室へ行く。
あらためて阿井のことを強く想い、ペンダントにふれながら目をつぶった。

暗闇の中に光点が生じた。
それはみるみる広がり、全身が光に包まれているように感じた時、
その中心が円形に割れた。
阿井がほほえんでいる。
恂子は感動のあまり、足がふらつき洗面セットに手をついた。
阿井の映像が消える。
目を開くと鏡に映る自分の顔がある。
気のせいか瞳の中心が暗緑色に輝き、
あふれ出した涙が両側の頬をつたわっていた。

25

曲立彦はエルニーニョに関する報告書第6を書き終え、
一つ大きく背伸びした。

9月にはいっても、エルニーニョの影響は衰えをみせず、
世界的に起こっている異常気象は各国の政治経済をはじめとして、
多大な被害をもたらしていた。
なかでも、農、漁業における落ち込みは大きく、
アメリカ、ソ連、中国などの穀倉地帯だけではなく、
ヨーロッパ各国、オーストラリアにおいても、
軒並み30から50%の収穫減となっている。

日本においては、黒潮が潮岬沖に大きな冷水域を残し、
伊豆半島南から太平洋に曲りこんで、
関東地方に暖水塊を残すこともなかった。
それに呼応するように、親潮の下降により、
東北地方に留まらず、関東地方においても、
東よりの風が強く、ヤマセ現象が活発化している。
東北地方太平洋岸では、作況指数が60を割り、
なかにはゼロの地域も出ると予想されている。

(たんにエルニーニョイベントだけのこととは思えない)
この部屋は快適だが、東京でも、真夏日が例年の5分の1を割り、
当然のことながら自分の仕事は多忙をきわめていた。
(しかし・・・何か一つ釈然としない)
勇躍仕事に乗り切れない何かがあるのだ。

かなりの被害がでると思われた地震も以外に軽く、
津波にいたっては、大被害になると予想されていたのに、
あっけなく消えてしまった。
現地に行きたいと申し入れた時、
所長は、この津波はすぐに収まると断定した。
(所長には分かっていたのだろうか)

曲は最近この部屋で毎日同じようなことを、
意味もなくやらされtいるような気がした。
たしかに自分は研究さえ出来れば良いと思っている。
だがこの研究所は、
特に企業のためにやっているという雰囲気はまったくない。
(とにかくここは、ちょっと普通ではない)
破格の厚遇で迎えられた曲は、
今まで、何か見失っていたのではないか。
その欠落した感じに、気づきつつあった。
火の付いていないマドロスパイプをくわえた彼の姿は、
うすれていく夕日のなかで逆光になり、黒ずんだまま動かない。

S字形デスクで、電話がなる。
「部長、月刊GOOからお電話でございます}
交換嬢の声が告げた。
彼女も又、ここの内容など分からぬまま、ただ線と線を繋いでいるのだ。
(人は、自分がほんとうは何をやっているのか、
分かっていないのかも知れない)
曲はGOOからの電話に、
依頼原稿を明日中に送ると答えて、無愛想に受話器を置いた。

(序破急計画最終章、26~27へ続く)

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