NO 211 New

序破急計画

24

扉を押して入ってきた岡田を見て、由美は胸が熱くなってくる。
彼が現れる数分前から、由美は彼の波動をとらえていたが、
その数分間が、何とも言えず待ち遠しい。
すでに火にかけておいたサイフォンに、特製のコーヒーを入れ、
カウンターの前を通っていく岡田に、はずんだ声をかける。
「いらっしゃいませ」
ここ半月以上、岡田は由美の部屋を訪れていなかった。
教団の”破の舞”について詳しく調べる必要があるのだと言っていた。
「コーヒーでしょうか」
コーヒーなのは分かっている。
他の客の手前訊いている。

岡田は頷きながら由美の頭の中に、
扉のそばのボックスにいる客について尋ねている。
その客は、これまで2,3度店に来ている。
週刊誌を読みながら、ひっそりとコーヒーを飲んで帰っていく客である。
その客に注意するようにと、岡田から由美に無言の指示があった。

前に逢った時、岡田は忙しくて寝る暇もないと言っていた。
それは彼の場合、文字道理眠っていないことだった。
由美の部屋で一夜を過ごした時でさえ、
添い寝してくれただけだったような気がする。
(いったいいつ何処で眠っているのかしら・・・)
由美は、岡田によって覚醒されてから、5年近くにになるのに、
彼の動向については、ほとんど分からない。
それをいっこうに不満に思わない自分も、不思議であった。

岡田専用の豆の香りが、あたりに広がる。
温めたカップに、心を込めたコーヒーを注ぐ由美は、
それだけで、幸せで、満たされていた。

25

「ママ、何を考えてんだ」
カウンターにいた二人の男のうち一人が上目遣いに由美を見た。
「別に何も・・・」
「いい人のことだとさ」
別の一人が言った。
「ホウ、好きな人がいるのか」
「ええ、たくさんいるわよ」
由美は微笑みながら
コーヒーとミルクを載せたトレイを岡田の席へ運んでいく。
「ママはいつだって冷たいんだから・・・帰ろうか」
カウンターの一人が、もう一人を促して立ち上がった。
扉側のボックスの客も後を追うように出て行く。
客が岡田だけになって、”モカ”には、音楽と香りの時間が流れる。

26

岡田がカウンターに移ってきた。
「結論がでたよ」
「えっ、なんですの」
「ムーの復活だ」
「ムーの・・・」
「天の羽衣教団は、ムーの血を受け継いだ、超能力者の集団だ。
彼らは同じ血を受け継ぐ者を集め、
12000年前に太平洋に没した国土を、復活させようとしているのだ」

岡田は胸のポケットに手を入れて由美を見る。
素早く察した由美は引き出しから紫色の小箱を差し出して渡し、
マッチを擦る。
しばらくの沈黙の後、岡田が話題を変えた。
「恂子が覚醒した。天の羽衣教団の導師、阿井真舜がそうさせたのだ」
「どうして彼女が教団の・・・」
「いや、恂子はまだ自分を、ほんとうには知らない。問題は阿井だ。
何故GOOの血を引く我々サイドの者と知っていて、覚醒させたのだろう」
「なぜでしょうか・・・」
「彼女は彼にとっても必要な存在なのだろうか・・・
そんなことを超えて、真の意味で愛し合っているのかもしれないが・・・」
「きっと、そうですわ」
由美は我が意を得たりというように、
しかし、控えめな声で言った。
(愛はすべてを超えるのですわ。私がそうだから・・・)
一瞬二人の目が合った。

27

岡田は由美の大きく見開いた瞳の中に、
恂子と阿井の、愛の秘密をみたような気がした。
恂子に対して、大切にしなければいけないと思っていた理由も、
朧気に分かりかけていた。
(二人が愛し合うことが、人類にとって必要なのかも知れないな)
岡田の思いに紫煙が揺れる。

どうやら予言の刻で語られてことは当たっているようだ。
ムーの血を引く者として、今世界中を混乱させている教団の計画と、
それを回避しようとしているGOOの仲間たちとが、対立しているのだった。

「羽衣をみたことがあるか」
岡田がまた話題を変えた。
「羽衣・・・ですか」
「そうだ」
「三保の松原の伝説なら・・・でもお能には行ったことがありませんわ」
「教団は羽衣を探しているのだ」
それがこの半月で得た、岡田の第二の結論であった。

(序破急計画28~30へ続く)

 

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NO210 New

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第2回東京タワー文化フェスティバル
拙作「時の哀歌」~チューバとマリンバのための~収録中。
今週いっぱい東京タワーテレビで、インターネット発信。

弘前市合唱連盟60周年記念演奏会
11月5日、無事成功裡に終えることができました。
お運びいただいた皆様、ご協力をいただいた皆様に
心から感謝し、お礼申し上げます。
今後また一歩ずつ進んでまいりますので、
ご指導のほど宜しくお願い申し上げます。

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縮小_60周年記事

 

序破急計画

21

槙原恂子と、星野美雪は、
現地から送られてくる情報をまとめるのに忙しい。
他の連中も、編集長の岡田と二人のデスク以外は、全員出払っていた。
「先輩、これでどうでしょうか」
美雪がグラビアのレイアウト案を見せた。
中心に海洋観測衛星”モモ1号”による現地写真が載っている。
青い海原に、はっきりと浅い白い部分が浮き出し、
左右に翅を広げた蝶が、
北西へ向かって飛翔しようとしている姿を彷彿させる。
「すばらしいわ、OKよ。デスクにまわして・・・」

言いながら恂子は、アマランサスの蝶の壁画を思い出していた。
最初にあの壁画を目にした時から、
彼女は蝶の群れに暗示的な強い印象を受けて、
忘れられないものになっていた。
手がペンダントに触れる。
目をつぶると幸福の光が身体を包んでいく。
阿井真舜の姿は現れない。
恂子は、目を閉じたまま、しばらくじっとしている。
心が鎮まってきて、
あの壁画が、
やはり、この隆起部分を象徴的に表現しているのだと分かってきた。
空からは、さんさんと太陽の光が降り注いでいるのだ。
(でもあの黒い扉は何かしら)

22

右手のドアが勢いよく開いて、
大山と小山のヤジキタコンビが飛び込んで来た。
彼らはたった今現地から戻ってきたところである。
「驚きました。予想以上です。
特にフィージー諸島の隆起は、とても信じられません。
地表面は3メートル以上持ち上がり、
近海の浅い部分は海上に姿を現しているんです」
「隆起の速度は」
小山の報告に、デスクの山崎が質問する。
「現地で六星海洋気象研究所の曲部長にインタビューできました。
彼によると、隆起の開始は7月1日の地震の時と推定され、
その速度は3000メートルの海底で、時速40センチ、
1000メートルで、その1/10、
300メートルの浅海では、さらにその1/10の、
0.4センチとなっているそうです」
「で、原因は?」
「トンガ海溝で急速にプレートが沈み込んでいる他は、
はっきりしたことは分からないのですが、
四方から海底が押し上げられて、その分周囲が沈降しているそうです」
「”しんかい6500”で潜ったんだろう」
「ええ、決死の調査だったそうです。
急激な隆起のため、問題水域の海底に長い亀裂が走り、
それに向かって
逆方向から崩れ現象が起こっているのが確認されました。
浮上しつつある部分の周囲がどんどん沈み込み、
それを埋めるように海底が移動しているのです」
「うーむ、で、住民の反応は」
「問題水域を囲む中央、東、南の各太平洋海盆は、特に沈降が激しく、
20メートル以上の水位上昇となり、住民は避難を始めています。
しかしフィージーをはじめ、一般的にはわりと冷静で、
彼らの話によれば、”神の怒り”だとのことでした」
小山の報告が続いている。

23

大山がどうも腹が減ってこまるなどといいながら、
恂子たちのほうへやって来た。
「すごかったぜ、あれこそが自然の芸術ってェやつだな。
あたしゃチャーター機から眺めて感動したよ」
一人で騒いでいる。
「太平洋に大きな蝶が舞いだしたって感じだな、ありゃー」

そうだ、まったく自然の創造した芸術としか言いようがなかった。
恂子たちも、たった今、
”モモ1号”からの映像に目をみはったところである。
現地の上空から見て回った大山たちは、
さぞかし驚いたことであろう。
「えつ、本当、すごいわねー」
美雪が相づちを打った。
(ウフフ・・・)
恂子は心の中で微笑む。
自席で、黙って山崎たちの話を聞いていた岡田が、ゆらりと立ち上がった。

(序破急計画24,25,26へ続く)
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NO 209 New

縮小_60周年記念
60周年を記念し、各団体の枠を超えて
女声、男声、混声のステージを組みました。
下記のプログラムです。
どうぞお運びください。
60周年プログラム

序破急計画

19

10月にはいり、あちこちで紅葉の声がきかれるようになってきた。
遠く離れた太平洋で、何が起ころうと、
いや、たとえ隣で殺人が行われたとしても
無関心を決め込む人たちが何と多いことだろう。
ここ東京でも、その無関心故の事件が毎日のように起こっていた。

「人口が増えすぎたのよ」
NO3が言う。

「その中で、ほんとうに生き甲斐を持っている者は、
どれくらいいるのかしら」
「それだけならいいのですが、
生きることが他にとって非常に悪である連中がたくさんいるのです」
NO4が真面目な顔で付け加える。
「ある意味では死にたがっている人も多いんじゃないの」
「教団の中だけではなく、一般の人たちでも、
そんな人には安楽死を与えてやるべきだと思います」
「一石二鳥ってわけね」
「そうです。食料やエネルギーのことを考えると
今でも世界の人口は多いくらいです」
「方法は別としても
世界平和のためとあらば、実行することになるだろうな」
NO1が締めくくり、コンピュータに破の舞の進行状態をたずねる。

20

「”破の舞”進行中。
メラネシア、ポリネシア、ミクロネシアとも現在予定の3/5を終了。
なお浮上中」

(12月になるな)
(そうです。いよいよ我々の国土の復活です)
「”破の舞”進行中。メラネシア第23ガスチェンバー破損」
(フム、そんなこともあるだろう)

教団の”破の舞”は中央太平洋の海底をハイスピードで押し上げている。
それは海底にある岩盤の空洞に、
火山性のガスを送り込むことからはじまった。
岩盤は膨張し上部を押し上げていく。
それと同時に基部は四方から押され、さらにスピードをあげる。

「”破の舞”進行中。トンガ海峡プレートの沈み込み順調」

中央太平洋の重力減少により、
ゆっくりと潜り込んでいたトンガ海溝のプレートが、
次第に速度を増し、フィージー諸島を中心に急激な隆起が起こっているのだ。
要所要所に教団が開発した強化オリハルコンが注入され、
それぞれのガスチェンバーの外壁に、
通常の何十倍もの粘着力と堅固さを与えていた。
問題の海域は、3000メートルの海底がすでに1800メートルまで隆起し、
海上部分においても、月に1メートルの速さで地盤が上昇を続けている。
現地には毎日のように報道陣や科学者グループが往き来し、
どんなに無関心を決め込んでいる人たちも、
ただ漠然と眺めているわけにはいかなくなっていた。

(序破急計画21~23へ続く)
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NO 208

序破急計画

15

曲立彦は緊張していた。
これから、初めて実際に海底へ潜るのだ。
だが、そのことばかりが緊張の原因ではない。
何か、途方もない現象に出会いそうな予感がする。

彼は、支えようとするクルーを制して、
直径2メートルはあると思われる耐圧室に滑り込んだ。
壁面は、器機で埋まっていて。
パイロットの小田桐と、コ・パイの白戸が、
表を見ながら最終チェックをしている。
曲は出航以来、もう顔なじみになっている二人に黙礼し、観測席につくと、
すでにシュミレーターによって練習済みの器機を確認していった。
やがて、海面下6500メートルまで潜水可能で潜水時間9時間という、
世界最高の自走式潜水調査船”しんかい6500”は、
その全長9.5メートル、重量25トンの巨体を静かに沈め始めた。

スピードは徐々にあがり、美しい南の海はゆっくりと暗黒に包まれていく。
「深度500,異常なし」
白戸が言うと、小田桐が曲のほうへ首を回した。
「先生、2000メートルまで、一気にいきますよ」
ニヤリと笑って白い歯を見せる。

一つを除けば打ち合わせどうりであった。
その一つというのは、この付近に海底が、
地図に示されているものより、約1000メートルも隆起していたことである。
前々日に潜った海洋科学技術センター側の話によると、
隆起面と海盆との間には、約60度の崖が形成され、
最深部では、逆に沈降していることがわかった。
昨日、再度の潜水により、
隆起速度は毎時40センチという信じられない数値を示し、
計器類を再チェックしたほどであった。

16

そして今日,
曲は3000メートルであったはずの2000メートルの海底に着底した。
「曲先生、ここが問題の海域の北の端にあたります。
もう50メートルほど北へ進むと、海盆へ滑り落ちる崖になります」
曲は、のぞき窓からライトに照らし出された海底に目をやる。
ゴロゴロした岩状のところに泥のようなものが被さり、
それが時々舞い上がっている。
(静かだ・・・)
この海底が超スピードで持ち上がっているとは、とても信じられなかった。

小田桐が母船へ現状を報告してから、あらためて指示を求めた。
「崖を降下しましょうか」
「お願いします」

崖にそって1000メートルほど降下する。
やや角度がゆるやかになり、
周囲には多数の卵形の岩がころがっている。
流れ出た溶岩が、
一瞬のうちに海水で冷却されるためにできる、枕状溶岩である。

「右方2時の方向に熱水噴出」
曲はライトの光のなかで、目を凝らした。
崖の斜面に12,3本のチムニーが出来て、
煙のようなものが噴出している。
「熱水温度260度。深海生物は見当たらない」
白戸が言った。

17

船はさらに下降、2800メートルの海底すれすれに崖を離れて行く。
2キロほど進んだであろうか。
海底に幅10メートルほどの細長い亀裂が見え始めた。
「あの縁まで言ってみてください」
曲が小田桐に指示した。

船は亀裂の上部まで来て静止する。
「おっ!」
亀裂の縁の小岩が動いた。
いや、その中に転がり込んでいるのだ。
それは、ハイスピードカメラで捉えられたように、
最初はゆっくり、
やがてゴロゴロと回転して暗い奈落へ吸い込まれていった。
白戸がマニピュレーターをを操作して岩石の採集にかかる。

突然船が後方へ大きく飛ばされた。
上下の感覚が何度も逆転する。
曲は必死にシートにしがみつく。
だが、小田桐は、
巧みに両横のプロペラを操作して舟を安定させた。
「マニピュレーター、操作不能。主推進器異常なし」
白戸の声を聞きながら、
小田桐は自分でも器機をチェックし、母船に報告している。
「亀裂の沿って崩れたのですね」
「そうです。手元の計算によっると、
長さ600メートル、幅30メートルほどが、斜めに削り取られたようです」
「それにしても驚きました」
「まあ、このくらいはよくあることですよ」
小田桐が白い歯を見せた。

18

初めての潜水を無事終えた、曲立彦は、
今、正に水平線に沈み込もうとしている真っ赤な夕日を見ていた。
百万の宝石をちりばめた、光の帯が眼下まで続いている。
それは、これからやってくる闇を想像するには、
あまりにも華やかで、美しく儚い。
まるで、もう明日はないとでもいうように、
すべてをこの一瞬に燃焼しつくして、激しく切なく訴えかけてくる。
太陽がそして海が主張していた。
<自然は自然にあるべきだ>・・・と。

(序破急計画19~20へ続く)

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NO 207

東京TW2表
チラシ2版

今回、上記のように、
東京タワー文化フェスⅡに出品する仕儀に至りました。
お時間がありましたら、お運びくだされば、幸いに存じます。

序破急計画

13

「破の舞進行中。ガス移動順調。計画領域浮上予定どうり」
コンピュータの声が聞こえていた。
それは、誰のために語っていると言うわけではない。
定時の報告であろうか。
この部屋、教団ビル60階の紫色の霧の中には、人影はおろか気配さえない。

2階下、58階にもその声が流れていた。
ここも紫色の霧がたなびき、たくさんの書物らしいものが山積みにされている。
それは単に書物というだけではない。
石版、粘土板、金属板、竹筒をはじめ、
羊皮紙やパピルスなど、ありとあらゆる書物と言ったほうが良いかもしれない。
そしてそのほとんどは、触れればすぐに崩れてしまいそうな年代を感じさせる。
世界中のマニアが、
どんなことをしてでも手に入れたいと願っている、古文書であった。

霧がわずかに発光し、書物の山の中心に、長身の男の姿がにじみ出た。
阿井真舜である。
彼はすぐに、一つの石版を取りあげてじっと見つめ、
よし、というように次の石版に手を伸ばす。
彼は今、未来のムーのあるべき姿を創造しているのである。
古代ムー帝国は言うに及ばず、可能なかぎりの時を翔んで、古文書と照合し、
その事実に基づいて新しいムーを設計しているのである。
いや、ムーをふくむ全世界といったほうが良いかも知れない。
その中には、政治、経済、文化、科学、芸術、そして宗教に至るまで、
あらゆる分野の未来像が包含されていた。
その意味で彼は、神の領域にまで踏み込んでいるのである。
彼の思考が一瞬変化し、その手がすこし脇へそれれば、
世界は、まったくその様相を異にするであろう。
文字どうり、一瞬も気が抜けない作業であった。

14

「破の舞進行中。強化オリハルコン注入開始」
(始まったか)
阿井は作業を続けながら同時に思っていた。
遠い祖先の残した偉大な遺産。
”オリハルコン”
それは現在教団の科学力によって、真空中で量産され、
他との合金も可能になったことから、
教団ビルの外壁など、あらゆるものに応用されていた。
そして今、崩れたガスチェンバーを再生しながら浮上しようとしている、
岩盤の再生触媒および接着剤として、
ゾル状の強化オリハルコンが注入されたのだ。

その時、阿井の超感覚は別の波動を捉えていた。
槙原恂子の呼びかけである。
彼は未だ彼女との心の回路を開いていない。
アマランサスで彼女の体内に眠るマグマを感じた時、
阿井は瞬間に未来を観ていた。
それは、彼女が相対する側にいるという条件を超え、
阿井や教団だけに留まらず、人類全体にとって大切な存在であるとみえた。
だから恂子とは、個人的な感情と別の次元でも、
優しくしかも厳しく接していかなければならないと思った。
(彼女なら大丈夫だ)

槙原恂子に関して、
相対するはずの阿井と岡田にもかかわらず、
奇しくも同じ見方をしている。
しかし、その存在が何故大切なのか、
それは二人にも、まだはっきりと分かっていないのである。

(序破急計画15,16,17へ続く)

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NO206

序破急計画

11

編集部に入ると、槙原恂子は一番に岡田遥之の机に行って、
「昨日はご心配かけまして」と挨拶した。
明るい声である。
みんなが心配して声をかけてくれるのが、
心を読むまでもなく肌で感じる。
「自分が素直になった時には、技術は必要ない」
と言っていた、阿井真舜の言葉を思い出す。
席に着くと星野美雪に「昨日はごめんね」と言った。
美雪は「もういいんですか」と言って立ち上がり、お茶を淹れてくる。
二人はほほえみあって、お茶をすする。
色が付いただけのお湯でさえ、今朝は美味しく感じる。

恂子はすぐに昨日の仕事の続きにかかった。
最近は編集部の出社が早い。
中央太平洋で異常な隆起が始まってからというもの、
世界中が注目しているこの事件に、いかに対応するかが、
朝夕新聞を含めての課題になっている。
当然のことながら、政府もこの問題を重要視して、
科学技術庁をはじめ、各省庁の協力のもとに、
観測体制づくりに乗り出した。
それを受けた海洋科学技術センターは、
今年度の日仏共同海洋機構調査の中に、特別なスタッフを組み、
フィージー沖で潜水予定の
”しんかい6500”の乗組員として参加させることになっていた。

「曲先生も潜るんですね」
美雪が参加スタッフの名簿を見ながら言った。
彼女の机の上には、もう書き上げた原稿が4,5枚乗っている。
「ごくろうさん、だいぶ早くから頑張っていたみたいね」
自然にねぎらいの言葉がでていた。

12

(どうやら大丈夫のようだな)
窓からさす、やわらかい光を背に、岡田遥之が紫煙を吹き出している。
岡田には、槙原恂子が天の羽衣教団導師、阿井真舜に出会って、
覚醒したことは、すでに分かっていた。
それは、彼女の体内にまどろんでいる、
遠い昔から伝わる血のなせるわざである。
(しかし何故・・・)
それがどうして、これから相対するであろう、教団の中枢人物、
阿井真舜によって覚醒しなければならなかったのであろうか。
たしかに岡田は恂子を教団の取材に差し向け、
彼女は何度か阿井に会っていることも知っていたが、
しかし、彼女はもともとこちら側に人間であり、
我々サイドの者たちとして覚醒する確率が100倍も高いのだ。
岡田は長くなったタバコの灰を落とし、もう一度吸ってから灰皿にもみ消した。

彼には編集部にいる人間の動きをはじめとして、
ある程度の未来さへ見通すことが出来た。
それに月刊誌を隠れ蓑にする、世界的組織”GOO”の情報網を通じて、
地球上の動きはほとんどチェックしている。
それゆえに・・・だからこそ。
恂子の動向が気になった。
それが何であるかは分からないが、
恂子のなかに、これからの人類の流れを変えるようなことが
隠されている気がした。

彼女は最近自分の能力に酔っているようだ。
だが、今日は違う。
彼女の中に、また変化が起こり、軌道修正しつつあるではないか。
岡田は机の上から足を下ろし、
イボイボの健康器をあるパターンによって踏んでいった。
教団の”破の舞”は太平洋の海底を操作し、隆起と沈降を起こさせている。
いったい何の為にそんなことをしなければならないのか・・・。
(彼らの故郷”ムー大陸”を、再び浮上させようとしているにちがいない)
岡田がここ半月以上にわたって一睡もせず、
超古代からの遺跡や文献を調べて解析した結果得た、第一の結論であった。

(序破急計画13~14へ続く)

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NO205

復活

そして3日後の早朝。
曲立彦は、シドニー港を出港する
”しんかい6500”の母船”よこすかⅡ”の甲板にいた。
黎明の霧の中に、白々とした街並みが徐々に遠ざかっていく。
その中程に一際高く、”天の羽衣教団”の異様なビルが見えていた。
曲は”いるかⅡ号”の船上で、
教団ビルが、海中からしぶきを上げて躍り出る幻想にとりつかれ、
未来に不安を覚えたものだった。
(そして四倉を失った・・・)

彼は今回の新たな出発にあたって、
再びこのビルと相対することになった偶然に、
さらに不吉な思いを募らせないわけにはいかなかった。
前回のように異常かどうかを調べに行くのではない。
はっきりと異常を示している海に潜ろうというのだ。
曲はプレートテクトニクスの専門家ではないが、
どう考えても理論のみによって解決出来るようなものではない。
もっと異質の尋常ではない何かが、隠されているような気がした。
(しかし、そんなことはどうでもいい。
いかに危険であれ、この海に潜ることは願ってもないことだ)
曲はすっかりもとに戻ってしまったマドロスパイプをくわえ、
大きく吸い込んでむせ、はげしく咳き込んで涙がでた。

「部長、朝食の準備ができました」
同行した研究員が呼びにきた。
食欲がない。
考えてみると、昨日の夜から何も口に入れていない。
空はどんよりと曇り、まるで朝が来ることを拒否するように、
海は輝きを失っていた。
(俺は病んでいるのか・・・)
曲は、やおら船室のほうへ歩き始めた。

10

朝、出勤前。
槙原恂子は鏡にむかっていた。
均整のとれた白い卵形の顔がいつもの潤いを失っていた。

「阿井さん・・・」
かすかに動いた唇から吐息が漏れる。
化粧を終え、迷ったあげく、決心して胸のペンダントに触れる。
目を閉じる。
額の中心から光が広がり、身体全体を包み込む。
眠れない夜を過ごした疲労が、ゆっくりと引いていった。
しかし、阿井は現れない。
光の中の扉を開こうとしても、意のままにならない。

(しかたがないわ、私が悪かったのだから)
恂子は不思議なほど素直な気持ちになっていた。
鏡に向かってほほえみかける。
「でも、私の気持ちは変わらないわ、阿井さん」
声に出して言ったみる。
悲しみを超えたほほえみが返ってってきた。

(復活11~12へ続く)

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NO 204

復活

7 

所長室に飛び込みドアを閉めると、曲は大きくせき込んだ。
「まあ、かけたまえと」いう所長の前のテーブルには、
すでにブルーマウンテンが用意されている。

曲は、この研究所に対して疑問を持って以来、
所長の落ち着きはらった振る舞いまでが気にいらなかった。
早く要件を言えばいいものを。「まあかけたまえ」とくる。

曲の内心を知ってか知らずか、
所長はブルーマウンテンに、ゆっくりシュガーを入れてかきまぜ、
目を細めて飲んでいる。
「所長!」
たまりかねた曲は、声を荒げた。
最近のイライラは異常であった。
大学にいたころは温厚でとおっていた曲である。

「先ほど横須賀の海洋科学技術センターから電話があって、
君にぜひ協力してほしいというんだよ」
「はあ?」
「知ってのとおり、日仏海洋機構調査に参加している
”しんかい6500”なんだが・・・」
所長はコーヒーをすすり、上目づかいに曲の顔色を窺っている。
「プレートテクトニクスの
メカニズム解明のためだと聞いていますが・・・」
「そう、それが今度フィージー近海に潜水する予定だそうだ」
「えっ!」
曲はその位置をたった今スクリーンで目にしたばかりであった。
北フィージーは、その中で最も隆起の激しい海域である。
所長は相変わらず他人事のように続ける。
「今回は太平洋における隆起水域と、たまたま同じだというので、
そちらのほうも調査するらしい」
「・・・・・」
「それで、君にね」
「行きます」
所長の言葉が終わらないうちに、曲は立ち上がっていた。

「行かせてください」
曲はあらためて言った。
「まあ君そう興奮しないでかけたまえ」
「いつですか」
曲はたたみこんだ。
立ったままの曲に、
所長はあきれたように左手であごの下を撫でている。
これが部下ならば
「バカヤロウ」と怒鳴りだしそうに、赤くなっている曲の顔を、
所長は楽しんでいるのだ。

(ふざけやがって)
曲は両のこぶしを握りしめた。
所長は残ったコーヒーをゆっくりすすり上げ、
下に沈んだシュガーさえなめそうにしてから、おもむろに口を開いた。
「母船はもうシドニーに入っているそうだ。行ってみるかね」
語尾をひょいと跳ね上げ、またあごの下に手をやってニヤリと笑った。
「行かせていただきます」
「フム」
所長は鼻先で答えて立ち上がった。
もう帰れと言わんばかりの態度である。

(くそ、あんなにじらしておいて、決まった途端の態度はどうだ)
曲は、なぜ自分がこんなにイライラするのかわからないまま、
あの地震以来だと、
ほかに、その原因を求めながら、所長室を出ていった。

(復活9~10へ続く)

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NO 203

縮小_DSC_1295_00016 縮小_DSC_1297_00018 縮小_DSC_1299_00020 縮小_DSC_1302_00022 縮小_DSC_1309_00029
お陰様で無事終了しました。
おいでになってくれた皆さん、ありがとうございました。


復活

六星海洋気象研究所のコンピュータ解析室。
壁面の大スクリーンの前には、曲立彦と気象部長をはじめ、
20人ほどの研究員が座っていた。
「それでは映像を送ります」
声とともに部屋が暗くなり、
スクリーンに白黒の回転する球体が映し出された。
地球である。
白い雲に大陸が見え隠れしている。
海洋観測衛星”モモ1号”からの映像である。
球体は回転を止め、一部が拡大される。
太平洋である。

「緯度と経度、それに時間もいれたまえ」
気象部長の声がとぶ。
画面に縦横の細い線がはいり、数字が添えられる。
20度ずつの経度の上方に時計が付加される。
「着色します」
全体が青い海に、
茶褐色の島々が白い雲の間から見え隠れしている姿は、
いかにも平和そのものである。
「早く深度を色別にしたまえ」
曲がイライラしたように言った。
画面を何度も走査線が走り、
浅い所は白っぽく、深いところは濃い緑色になって、
500メートルごとに海の青さが変化していく。
「おっ!」
深度表示が完了しないうちに、
曲をはじめ、何人もの研究員が立ち上がった。
いままで記録されている太平洋の等深線と,
明らかに異なっている。
深度1000メートル以下の部分が異常に多い。
「もっと拡大しろ」
曲が怒鳴った。
スタッフが心得たように、
ちょうど赤道をはさんで白さを増している部分を拡大していく。
「これは・・・」
曲立彦はその縮れた髪の毛を突き出して絶句した。

北はマーシャル諸島から、南はフィージー諸島までが、
ほとんど1000メートル以下のごく薄い青色でつながっている。
また、東の方では、
ワシントン島から赤道をはさんでツアモツ諸島に至るラインが
薄青い色でつながり、
この二つの中間部、フェニックス島やサモア島のあたりでも、
はっきり白さを増している。
「ウーム」
曲は一つうめくと、ドサリと椅子に座り込んだ。
一呼吸してもう一度画面に目を向ける。
500メートル未満を示す白い部分が倍増している。
まるで太平洋の真ん中に、巨大な大陸棚が出来たようなものだ。
一方、その浅海を取り囲むようにしている、
東太平洋、中央太平洋、南太平洋の各海盆は、
それぞれブルーの濃さを増し、海底の沈降を示している。

スクリーンが消え、室内が明るくなった。
まだ立ったままの研究員から、一様に信じられないという声が聞こえる。
「これはプレートテクトニクスの分野だな」
気象部長が話しかけるのを無視して、曲は足早に部屋を出た。
自室の形状記憶ソfァーに潜り込むように座ると、
ここ半年間の禁煙を破った。
パイプから大量に吸い込んだ煙にむせてかがみ込む、
頭がクラクラした。

S字デスクの小引き出しが信号音をたてる。
所長からの呼び出しであった。

(復活7~8へ続く)

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NO 202

復活

恂子は化粧室に行って、
今はもうすっかり慣れてしまった方法で、阿井に呼びかけた。
何処にいるかも、何をしているかも分からないが、
恂子が強く念じると、額の中心の空間に彼の姿が浮かびあがる。
だが、現れた阿井は、今までにない厳しい顔をしていた。
(やみくもに人の心を探ってはいけない)
強烈な思念を残して、阿井の姿がかき消えた。
すぐに追い求めるが、もうその影さえ浮かんでこない。
額の前にあった光がスーと消滅した。
{阿井さん・・・」
恂子は思わず声に出して目を開いた。
鏡に映った顔が青ざめている。

席に戻って鉛筆を取りあげたが、何を書いているか分からない。
読み返してみると、まったく文章になっていなかった。
丸めてくずかごに捨てる。
全身に深い疲労感が襲ってきた。
頬のあたりの皮がつっぱり、
目をつぶってじっとしていると、部屋の物音が耳についてイライラしてくる。

「先輩どういたんですか。真っ青ですよ」
隣から美雪が心配そうに声をかけた。
「貧血ですか?」
「ほんとうに青いよ。今日は早くく帰ったらどうだい」
向かいの男が立ち上がって言った。
「えぇ・・・そうするわ」
恂子は、だいぶ前、理佳が早退した時のことを思い出していた。

 恂子はベッドの端に腰掛けていた。
アパートの自室である。
縦に長い部屋は、入り口を入るとキッチンとユニットバスがあり、
その奥に、下に引き出しがついた、ベッドがある。
そして一番奥の窓際に机と本棚があり、
上に小型のテレビと電話機がおかれている。
窓から入る光が陰って薄暗くなっていたが、 
恂子は点灯する気も起こらない。
社からどうして帰って来たかさえ、はっきりしなかった。

「阿井さん・・・」
小さな声をもらして、そのままベッドに打つ伏した。
やわらかい髪が、くの字になった腕に降りかかる。
全身の細胞が反逆を起こしたように活動を拒否し、
胃がシクシクと痛んだ。
いつの間にかベッドカバーを握りしめている。
(私はなんてばかなんだろう)

 自分は今まで、これといった失敗もなく生きてきたような気がする。
 それを当然のように思って甘えてきたのではないか。
 今度のように、何か今までとは違った力を与えられると、
 自分は普通の人間より、優れているのだと単純に喜び、錯覚していた。
 意識するしないは別として、
 心の中で、他の人たちを見下していなかったか。
 
 1年ほど前、林理佳と歌舞伎町を歩いていたとき、
 みんなが二人を振り返って見ていた。
 若い二人の幸福そうな姿に、人々は見とれていた。
 しかし、自分が輝いていることが、
 周りの人たちを傷つけることもあるとは、思いもしなかった。
 人より幸福だったり、優れた能力を持った者は、
 それ故にこそ、
 そうでない人たちのために働かなければならないのではないか。

(それなのに、興味本位で人の心をさぐるなんて・・・)
「ごめんなさい・・・」 
恂子は誰にともなくわびて、起き上がった。
ベッドカバーが涙で濡れていた。
電話が鳴る。
星野美雪の声が呼びかけている。
「先輩大丈夫ですか」という言葉に遠い記憶があった。
恂子自身が理佳にかけた電話の言葉である。
それと同じ、いたわりの気持ちが、
今、美雪から返ってきたのだった。

(復活5~6へ続く)
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