5
エレベーターで3階にもどると、最後に出てきた大沢が微笑しながら言った。
「そろそろ時間ですので、次の会議に出なければなりません。
1,2階はパブリックスペースとなっておりますので、ご自由にご覧ください」
恂子が何か割り切れない気持ちで2階への階段を下りかけたところで、
後ろから大沢の声がかかった。
「羽衣の紅茶はいかがでしたか。2階の喫茶でもお出ししておりますよ・・・
ではまたおいでください」
2階に下りる。なるほど左手に純喫茶”羽衣”の看板がでている。
「良ちゃん、ちょっと寄っていかない?」
「いや、俺は次の仕事があるんでね」
「フーン売れっ子はご多忙というわけね」
外に出ると午後の日射しがまぶしい。
教団ビルを中心に吹き付ける風が、髪を飛ばしそうに激しい。
良ちゃんが大きく背伸びをしている。
30歳前にして報道写真では、業界1,2といわれている彼も、
ほとんど撮影禁止とあっては、借りてきた猫のようなものであった。
恂子にしても取材というものではなかった。
何も聞き出せないうちに、うまくかわされてしまったような気がする。
(また、おいでくださいとは、どういう了見だろう。
そんなに何度も行くと思ってんのか。こっちは忙しいんだぞ)
恂子は赤になった信号で止まり、何となく後ろを振り返った。
来たときは車で乗り付けたので気がつかなかったが、
教団ビルは左手に東京ドームを見下ろして、
道路をはさんだ右手奥に独特な威容を誇っている。
6
八角形だという教団ビルは、
ここから見るとその第四面をわずかにのぞかせている。
上から1/5位の高さのところで、
八方にテラス状に突き出した部分が、
ビルの高さに対して直角に見え、
徐々に尖っていく頭頂部分と相まって、
昔あったという、宝蔵院の十文字槍のような形をしている。
下から1/3くらいの所から上には、一切窓らしいものがない。、
どのような構造になっているのか、
十文字から下の窓のない壁面は、
午後の強い陽射しを受けても漆黒のままである。
それに対して上部の少しずつ尖っていく面は、
七色に明滅し、陽炎のように揺らいで、
ビルの頭部をおおっている。
それはまるで仏像の光背を思わせた。
「良ちゃん、2,3枚撮っておいて」
2,3,枚どころか、良ちゃんのかなりの数のシャター音を聴きながら、
恂子の目はビルの方に引き寄せられてしまう。
気がつくと通行人たちもみな、一度はビルを見上げている。
どの顔にも一様に、たんなる驚きばかりではない、
何か超自然的なものを目の当たりにしたような、
畏怖の表情が浮かんでいる。
「ナムアミダブツ・・・」
一人の老婆がビルに向かって両手を合わせている。
良ちゃんのシャッター音が続く。
何度か信号が変わって二人はE電駅のほうへ歩き出した。
二人とも無言である。
肩をふれあうように流れる人の波も、何となく色あせて見えた。
恂子は麻雀牌をつまむ手つきをしながら、
「良ちゃん今夜もこれ?」
努めて明るく言う。
「まあね。ところで俺は見たぜ。
紅茶がテーブルの中から出てくるのをさ。
あれにパイでも付いてくりゃ、もっといいのにさ」
(たまには洒落も言うのね。
でも、ほんとアップルパイでも一緒にでてきてくれるとよかったのに。
それにあの紅茶の味・・・)
思い出しただけで、頭の中がくすぐられるような感覚が蘇ってくる。
(NO 159、謎教団7~8へ続く)