復活
1
9月中旬を過ぎると、毎日のように起こっているという無感の地震は、
日本ではニュースにならなくなっていたが、
中央太平洋では、相変わらず、微震が続いていた。
今まで洪水騒ぎを起こしていたワシントン島、ファニング島では、
逆に地盤の隆起がはじまって、
9月末日までに全海洋線とも、はぼ1メートル上昇した。
それに歩調を合わせるように、
ポリネシア、メラネシア、ミクロネシアの島々が
軒並み30センチから60センチ隆起し、
特にフィージー諸島では、7月から9月の9ヶ月間に
2メートル13センチという異常な数値を示していた。
関係国はもちろん世界各国でも、
それぞれの立場から必死に対処しようとしていたが、
そのスピードの異常な早さから、データ分析が追いつかず、
ただ口を開けて見守っている観があった。
槙原恂子は、先ほど曲立彦から届いた
「エルニーニョに関する報告書第7」の要旨に目を通していた。
海面水温は例年より8度の上昇になっている。
アラスカでは、氷河が後退し、
あまつさえ南極の氷が緩みだして、一部が割れ、漂流を初めている。
今や、各国はその主義主張を超えて協力し、
真剣に対処していかなければならないと結んでいた。
右手のドアが開いて、スポーツ娯楽担当の連中が、ドヤドヤと入ってきた。
「工藤と森下は順当なところだろう」
「ええ、それに日系3世の王も学生ながら、
たびたびこの方面の紙上を賑わしていますから、分かるとして、
阿部というのは聞いたことがありません」
「青森県出身50歳とあるが、・・・まったくの未知数だ」
相も変わらず大きな声だ。
今日は雀聖戦の準決勝があり、上位4人が決定している。
世界中が動揺し、島々が沈みかねないというのに、
麻雀に命を賭けている人もいる。
7月の地震の時、室内のことはさておき、
取材に行けと怒鳴った山崎のことを思い出す。
人はその立場立場で、
ともかく、当面やらなければならないことを、やっているのだ。
(きっと彼らにとって、麻雀が今やるべきことなんだわ)
2
ペンダントに手がいく。
最近は、、毎日の練習によって、
10メートルほどの範囲なら、これはと思う人に集中できるようになり、
恂子はちょっと得意になっていた。
今日も近い人から探っていく。
大川の気持ちが一番強い。
大声で腹が減ったと叫んでいるようなものだ。
デスクの山崎を越えて、編集長の岡田遥之の方へ意識を進めていった。
(わからないわ・・・)
今日だけではなかった。
岡田の心だけは、どうしてもつかめない。
ぼんやりとした、
灰色のスクリーンのようなものを感じるばかりである。
(何故かしら・・・)
恂子は目を開いて岡田の方を窺った。
相変わらず机の左側に足を上げ、茫洋とした顔は紫煙にかすんでいる。
(やはり、そうなのかも知れないわ)
岡田はいつも自分たちの先を行っている。
アイスコーヒーが飲みたいと思っていると、岡田から電話がくる。
みんなでモカへ押しかけると、コーヒーが待っている。
それは今、自分が美雪にしていることと同じではないか。
(きっとそうだわ)
岡田には自分と同じ力(パワー)があるにちがいない。
有頂天気味になっていた恂子は、ゾクリと身体をふるわせた。
どうしても岡田の心は読めない。
そうしてみると、岡田はいつもみんなと一緒にいるようで、
どこか遊離しているところがある。
いや、自分からそれを求めているようにさえ見える。
(自分のパワーをコントロールしているんだわ)
恂子は岡田に対して、
前にも増して畏敬の念が沸き上がってくるのを感じる。
とすれば、自分にこの力を与えてくれた阿井真舜も、
岡田と同族ということだろうか。
(復活3~4へ続く)