NO 181

覚醒

「先輩どうしたんですか」
恂子に言われて、理佳は現実に返った。
あの時の彼との光景を思い浮かべると、
理佳は、ほんのすこしだけれど、放心状態になるらしい。
「ごめん、何でもないのよ。
そんなわけで、あっという間に決まってしまったのよ」
「で、式はいつなの」
「6月だって」
「ジューンブライドね」
「普通と違って、彼の会社の方式でやるんだって。
だから全部まかせてくれって。
君は身一つで来ればいいって言うのよ」
「フーンいいなぁ」
恂子は心からそう思った。
「もう編集長には話してあるけど、5月いっぱいで社を辞めるわ」

いつの間にかマスターが寄ってきて二人にワインをついだ。
彼がこんなことをするのは初めてなので、びっくりする。
「聞きましたよ、おめでとう。編集部も寂しくなりますね」
いったん言葉を切ったマスターは、
真顔になって少し迷っているふうである。
二人にもう一度ワインをついで、
「月刊GOOでは、最近の社会異常についても、
取り扱ってるってことでしたが・・・実はうちの息子がね・・・
いやこれが親に似ず勉強の虫で、
今年T大とかってところに入っちまったんですがね・・・」
マスターの言葉がまた切れた。
「どしたのよ、マスター」
理佳が怪訝そうにうながした。
「ええ、実は行方不明になっちまったんですよ」
「えっ、うそでしょう」
「もう1週間になるんです」
「家出ですか・・・何かあったんでしょうけど、すぐに帰って来ますよ」
「そんならいいんですがね。最近若い者の蒸発が多いもんでね・・・
ああ、どうもすいません。せっかくの所をお邪魔しちゃって・・・」
マスターは語尾を残して奥へ引っ込んで行った。

恂子と理佳は顔を見合わせた。
たしかに若年層の蒸発や誘拐が多発していた。
月刊GOOでも、そのことについて特集を組んでいたし、
テレビや新聞にも、その種のニュースが絶えない。
「最近の誘拐事件では、まだ一人も戻ってきた人はいないわね」
いきおい声をひそめる。
「そうねェ」
「例の集団自殺にしたって、まだ続いているらしいし・・・」
恂子は途中で言葉を飲み込んだ。
理佳があまり乗り気でない風である。
せっかく結婚の話で盛り上がっていたのに、
腰を折られてしまったのだ。
「先輩、もう一軒行きましょうよ」
恂子は調子を変えて言ったが、理佳は首を振った。
「今日はこれで帰るわ」

以前にもこれと同じ場面があった。
あの時の理佳は、
今日は彼が来るかも知れないと言いながらも、
どこか、不安そうであった。
しかし今は違う。すっかり落ち着いている。
理佳が恂子を誘ったのは、
友人として、結婚のこと、退職のことを告げるためであったろう。
その目的が達成された今、
理佳は早く帰って彼を待ちたかったのかもしれない。
いや何処かで、待ち合わせる約束になっていたのかも知れない。

”近鉄”を出て一人になると、
恂子は、前に理佳に言われたことを思い出した。
ボーイフレンドなんか何人いたって、楽しいだけで幸福ではないと。
(楽しいと幸福は違うのね)
職場では、個人的な事情で流されるような理佳ではなかったが、
彼女はこの1年のうちに、大きく変わっている。
自分の生きる道を見つけたのだ。
それは、女性として目覚めたということだろうか。
結婚して子どもを産んで・・・
つまり、女性としての機能を全開できるようになって、
はじめて真の幸福を知るのであろうか。
恂子の脳裏に阿井の姿が浮かんで消えた。

神によって与えられ、本来誰でも持っている機能を、
人間はどれだけ活用しているであろう。
何の為にあるのかさえ分からないままに、
退化させてしまった器官が、たくさんあるのではないか。
石器に始まり、つねに道具を用いることによって発展してきた人間は、
望遠鏡を作り、電話を発明し、蒸気機関をつくって
時間と空間をどんどん縮めてきた。
自らの内なる器官を使うことなく、
種々の目的を、かなえることが出来るようになり、
今、宇宙へと一歩を踏み出そうとしている。

 <目が外へ外へと向かっていくのですね、Kさん>
 <ええ・・・>
 <もっと身近で、もっと大切なものが、どんどん失われていきます>
 <そんなものでしょう>
 <もっと人間自身をみつめなければいけませんね>
 <むずかしいでしょうね>
 <たしかに、根気強い努力が必要でしょうが、
   不可能ということはないでしょう>
 <そうですね>

不可能ではない。
なぜなら、かつて人間そのものを深く見つめ、
その機能を十分に活用出来た者たちちがいたからだ。
そこには、なまさかの機械など、まったく不要であった。
人間はそれぞれ”個”であり、同時にまた”全”であった。

”超能力・・・”
現代人は言う。
だが、かつてこのソル系第3惑星にやってきた種族にとっては、
ごく普通のことであった。
そして、”天の羽衣教団”をめぐる出来事には、
彼らが深く関係しているに違いないのである。

(覚醒7~8へ続く)

カテゴリー: 定期更新   パーマリンク

コメントは受け付けていません。