NO 180

覚醒

4月に入って、曲助教授の予想したとうり、海底火山の噴火が続いた。
1日には、ニュージーランド北方のケルマディック諸島で2ヶ所、
1日おいて、3日には、ハワイ島南方で2ヶ所、
それぞれ数時間の間隔で噴火した。
時を同じくするように、東太平洋の島々に大雨が降り続け、
ワシントン島、ファニング島、クリスマス島では、
海面水位の上昇と相まって浸水騒ぎが起こった。

一方、集団自殺はその後も跡を絶たず、
金華山、石廊崎で、数十人のぼる投身者がでたという情報がはいっていた。
もちろん、その情報は政治的に封鎖されており、
一般の間ではまだ問題になっていないが、
この3月から4月にかけて世界的な規模で行われているという。
それらはすべて太平洋側の国々であり、
自殺のスタイルも酷似しているということであった。

また、3月下旬頃から、ローティーンの誘拐事件が頻発し、
4月に入ってすでに9人を数えていた。
幼児ではないのだから、
ただ、甘い言葉や、美味しいもので連れ去られる訳ではないだろうし、
9人が9人とも帰ってこないというのも、今までに例をみないことであった。

そして槙原恂子の勤める月刊GOOの編集部にも変化が起きていた。
林理佳が社を辞めるという。
彼女は3月に3日ほど休暇をとって、彼と旅行してきたはずだった。
(南紀とかいったわね)
彼女が辞めるとすれば、彼との結婚にちがいない。
1年待ってくれ、といわれていると、話していたのを思い出す。
話が順調に進んで予定より早くなったのだろう。
理佳は今朝からずっと外回りに出ている。
出際に恂子に「今日帰ったら付き合ってね」と言っていた。
(結婚の話にちがいないわ)
よし、今日は彼のことを全部白状させてやる。
特に3月の南紀旅行のことは、詳しく訊きだしてやる。
恂子はそんなことを考えながら書きかけの原稿にとりかかった。

 後ろのドアが勢いよく開いて、
 会議室からスポーツ娯楽担当のスタッフがドヤドヤと出てきた。
 「オイ、お前も出てみたらどうだい」
 「バカ、企画するほうがそんなことをしたら、1回目からお流れだよ」
 「んでも、お前が出れば、優勝賞金100万円も夢じゃあないぜ」
 どうやら今年から開始される、月刊GOO主催の”雀聖戦”の話らしい。
 「しかし、第1次予選を、横浜に停泊中のクイーンエリザベス号に、
 雀卓をならべてやろうってアイディアは、ちょっとしたもんだな」
 「最初は大きく花火をあげなきゃね。
 話題になって人が集まりゃしめたもんよ」
 相変わらず辺りをはばからない大声である。

ようやく強さを増してきた午後の陽射しを背に、
編集長の岡田は沈思黙考の態で、
紫煙だけが、彼の思考にうなずくように左右にゆれている。

2時間後、恂子は理佳と二人”近鉄”にいた。
ワインがくると、理佳が小声で言った。
「私のために乾杯してね」
「「乾杯!」
二人の合わせたグラスが澄んだ音をだした。
一つ目は(おめでとう)二つ目は(ありがとう)
なんにも言わないのに二人には分かっていた。
心が通じ合っているという充実感に胸が膨らむ。

「それで、彼なんていったの」
「ん?・・・」
「プロポーズの言葉よ」
理佳は乾杯で残ったワインを一息で飲み干して
「最初、私のことを考えると仕事がうまくいかなかったって。
でも、今は逆に力がわき上がってくるって」
「フーン」
「私が必要だって言ったわ」
理佳の上気した頬は、ワインのせいばかりではない。
恂子は、理佳の、こんな女らしい表情を見たことがなかった。
(女って変わるのね・・・)
「すばらしいわ」
「1年待ってくれって言ったけど、
もう彼は十分私を幸せにできる男になったからって言うのよ。
どうゆう意味かしらね」
ウフフ・・・と理佳が口元をほころばせる。

いつものスーパーミディアムがきた。
一口手をつけたものの、二人とも胸がいっぱいで、
すぐにフォークを置いた。
「3月の旅行の時でしょう」
「そう、串本から大島へ渡ったわ。目の前は太平洋よ。
薄明かりの中に突然光の矢が飛んだわ」
「えっ?」
「そしてそれは、無数の光の流れとなって氾濫し、
私たちをとらえ、満たしたわ」
「ああ、日の出ね」
「彼は片手で私の肩を抱きながら、太陽を指して言ったのよ」
「結婚してくれって!」
「うううん、ボクはあそこへ行くんだって」
「フーン」
「ボクの故郷へ行くんだって」
「故郷?」
「長い間、心の片隅に追いやられ、忘れ去られていた故郷へ、
光に満ち、悪の影さえない国へ、君と一緒に行きたいって・・・」
いつの間仁か、理佳の言い方が直接話法になっていた。

 彼にそう言われたとき、
 理佳は、彼の体内から以前には感じたことのない
 強いエネルギーの放出を受け、
 ほとんど倒れそうになって、彼の胸にしがみついた。
 「一緒にきてくれるね」
 「ええ・・・」
 返事の後半は彼によって唇をふさがれていた。

二人の姿は輝く光を受けて、
新鮮な払暁の大気のフィルムに一点となって定着した。

(覚醒4~6へ続く)
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