復活
7
所長室に飛び込みドアを閉めると、曲は大きくせき込んだ。
「まあ、かけたまえと」いう所長の前のテーブルには、
すでにブルーマウンテンが用意されている。
曲は、この研究所に対して疑問を持って以来、
所長の落ち着きはらった振る舞いまでが気にいらなかった。
早く要件を言えばいいものを。「まあかけたまえ」とくる。
曲の内心を知ってか知らずか、
所長はブルーマウンテンに、ゆっくりシュガーを入れてかきまぜ、
目を細めて飲んでいる。
「所長!」
たまりかねた曲は、声を荒げた。
最近のイライラは異常であった。
大学にいたころは温厚でとおっていた曲である。
「先ほど横須賀の海洋科学技術センターから電話があって、
君にぜひ協力してほしいというんだよ」
「はあ?」
「知ってのとおり、日仏海洋機構調査に参加している
”しんかい6500”なんだが・・・」
所長はコーヒーをすすり、上目づかいに曲の顔色を窺っている。
「プレートテクトニクスの
メカニズム解明のためだと聞いていますが・・・」
「そう、それが今度フィージー近海に潜水する予定だそうだ」
「えっ!」
曲はその位置をたった今スクリーンで目にしたばかりであった。
北フィージーは、その中で最も隆起の激しい海域である。
所長は相変わらず他人事のように続ける。
「今回は太平洋における隆起水域と、たまたま同じだというので、
そちらのほうも調査するらしい」
「・・・・・」
「それで、君にね」
「行きます」
所長の言葉が終わらないうちに、曲は立ち上がっていた。
8
「行かせてください」
曲はあらためて言った。
「まあ君そう興奮しないでかけたまえ」
「いつですか」
曲はたたみこんだ。
立ったままの曲に、
所長はあきれたように左手であごの下を撫でている。
これが部下ならば
「バカヤロウ」と怒鳴りだしそうに、赤くなっている曲の顔を、
所長は楽しんでいるのだ。
(ふざけやがって)
曲は両のこぶしを握りしめた。
所長は残ったコーヒーをゆっくりすすり上げ、
下に沈んだシュガーさえなめそうにしてから、おもむろに口を開いた。
「母船はもうシドニーに入っているそうだ。行ってみるかね」
語尾をひょいと跳ね上げ、またあごの下に手をやってニヤリと笑った。
「行かせていただきます」
「フム」
所長は鼻先で答えて立ち上がった。
もう帰れと言わんばかりの態度である。
(くそ、あんなにじらしておいて、決まった途端の態度はどうだ)
曲は、なぜ自分がこんなにイライラするのかわからないまま、
あの地震以来だと、
ほかに、その原因を求めながら、所長室を出ていった。
(復活9~10へ続く)