NO 214

復活

33

”時の部屋”
阿井真舜が創造した空間である。
そこは、はぼ1万年の過去から現在に至る、
あらゆる時空間に通じていた。
未だ彼以外誰一人として足を踏み入れたことのない、
いや、踏み入れることの出来なかった場所・・・。
しかし、恂子はやって来た。

「愛の力だ」
阿井は片隅の寝台に近づきながら独りごちた。
そこには、時の壁を超えた衝撃に失神した恂子が横たわっていた。
やわらかく目をつぶっている白い顔は、安らかで気品に満ち、
その両側からシーツに落ちている黒髪とのあいだに、
ある種、情感の対立が感じられた。
見下ろす阿井の瞳に風波がたった。
彼はゆっくりとかがみ、
わずかに白い歯がみえる恂子の唇に、
静かに自分のそれを重ねていく。
恂子は阿井の新鮮な生の息吹を受けて目を開いた。

(阿井さん・・・)
胸の中で、阿井の息吹が発火した。
それは、みるみる燃え広がり、
深紅の炎となって全身を駆け巡ると、唇の接点から逆流していく。
阿井は彼女の体内からあふれ出る、灼熱の流れを感じていた。
あとからあとから、つきることを知らない愛の炎であった。
それは彼の体内を隅々まで満たし、さらに激しく押し寄せて来る。
(・・・・・)
阿井は声にならない叫びを発した。

突然部屋がゆがむ。
室内にあるものが次々と消滅していく。
机が椅子が書棚が寝台が、
そして彼らの身につけている衣服までが・・・。
今、阿井真舜は、自らの手で、
自らが創造した空間を崩壊させたのである。

(・・・・・)
恂子も、心の中で叫んでいた。
彼ら二人以外のすべてのものが消滅していく中で、
恂子と阿井は宙に浮いていた。
全裸でしっかりと抱き合い、ゆっくりと水平に回転していた。
二人の愛は二人だけの空間を創造し、満たしていた。
感覚器官が独立性を失い、目も耳も鼻も、舌も
すべてが二人の接点に集中していった。
・・・・・・・

34

虚空に蝶が舞い始める。
赤、青、黄色、何千、何万、何億、何兆。
色とりどりの蝶が、二人の周りに氾濫していた。
恂子はその時、
自分の中心から再び逆流して、刻々と自分を満たしつつある、
愛の潮に翻弄されながら、
夢のように展開する絵巻物に見とれていた。

 さんさんと降り注ぐ太陽。
 美しく広い内海、白い六角の石柱、壮麗な神殿、
 網の目のような水路、きらめく人工の滝・・・。
 そして河畔に佇む男。

眩暈をを感じる中で、すべてが眼前を通過していく。
恂子は、それがムーの首都、水の都ヒラニプラであり、
阿井真舜が時の旅人であることを肌で悟っていた。

二人の周りを乱れ飛ぶ蝶が、徐々に速度をましてきた。
恂子は自分を余すところなく満たし尽くしたものが、
一気に飛翔する時の予感に緊張する。
刹那、
恂子の体内からあふれ出した愛の潮は、
唇の接点から、津波となって阿井の体内に流れ込んだ。
一瞬遅れて彼の内奥からも、灼熱のマグマが噴出する。
二つの流れは合体して彼らを繋ぎ、
二人のあいだを高速で回転した。
宙に浮いた身体も回転する。
億万の蝶も回転する。
三重の螺旋は、今やすべての色彩を脱して、
真っ白な閃光を放ちながら、
10000年におよぶ時空間に飛散した。

35

同じ頃、曲立彦は六星グループの新型観測機のなかから、
きらめく中央太平洋の海水が、大きく盛り上がるのを見ていた。
それはかつて彼がこの洋上で見た幻のように、
どんな力にも屈しない強い意志を持って、
四方八方に海水を押し分け、ちぎり飛ばし、
しぶきを上げて一気にはねあがった。

「長径290キロ、高さ最高670メートル、
面積約6万平方キロの大陸塊です」
機内の電子器機を操作していた観測員が大声をあげた。
だが曲はその声をまったく聞いてはいなかった。
眼下に飛び出した大陸塊だけではない。
大小数え切れないほどの陸塊が、次々と浮上しはじめたのだ。
その度に海水は盛り上がり、泡立ち、
沸騰して白い牙をむき出しながら、
手当たり次第に近くの陸塊群に襲いかかり、
跳ね返り、先を争って十方に突進していった。

(こんなことがあるものだろうか。
いや、あっていいものだろうか。
すべてが自然に逆らっているではないか)
”しんかい6500”の母船から見た真っ赤な夕陽を思い出す。
(自然は自然のままであるべきだと、訴えかけていたではないか)
曲は自分の内奥から、あの夕陽よりもさらに赤く、
激しい怒りがこみ上げてくるのを感じ、
「先生」と呼びかけてくた四倉助手の声を聞いたような気がした。

そんな彼をよそに、機内では即時に通信衛星による専用波が、
六星グループのスーパーコンピュータと連動され、
観測員が次々とデータを送り込んでいる。
結果が来る。
眼下に広がる一面の陸塊群は、
日付変更線をはさんで、
東西約6000キロ、南北約4500キロにおよぶ範囲に隆起し、
最大のものは、フィージー諸島を飲み込んで浮上した、
面積30万平方キロの大陸塊であった。

(「復活終わり、「戦い」1~2へ続く)

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