NO 223

戦い

19

翌2月24日。
水道橋のネオムー帝国アジア総大使館前では、
長蛇の列を作った群衆が、ビルを何重にも取り巻いていた。
朝夕新聞と一部の地方紙を除くほとんどが、
帝国の”世界理想郷宣言”に賛同の意を表し、
テレビはその意気をあおり立てるように、
ビルを取り囲んだ人々の輪を上空から生中継していた。

人々の頭上に、ちらほらと白いものが舞い始める。
(何時になったら春がくるのかしら)
恂子は窓の向こうに見える灰色の空を眺める。
岡田と心のコミュニケーションがてれるようになった彼女は、
”GOO”について、ある程度の知識を得ていた。

“Great Old Ones”
”GOO”はその頭文字をとったものである。
このソル系第3惑星が形成された時、
その魂として内部に宿った原初の自然霊。
それは5億年以上にわたって瞑想を続けた結果、
人間を創造した。
何らかの形態をとることを忌避し、
一にして多数、別個の魂は持たず、
しかし、意志は別個であるという。

”大いなる古き者たち”

今の恂子にはまだ、ほとんど分からないが、
最初に創造した人間の子孫が、
”GOO”の血を現在に伝えているという。
ここ1万年ほど眠っていた”GOO”の血が、
ほぼ一世紀ほど前から、
世界各地で生まれた子どもたちに色濃く表れ始め、
あたかもネオムー帝国の成立を予期していたかのように、
この時期大きく開花したのである。
「グレイト」とか「オールド」とかいう言葉は、そこから発生し、
「大」とか「古」などのつく物質や現象の呼称は、
無意識のうちに起こる
”GOO”に対する人間の畏怖から生じたもので、
語源をすべてそこに遡ることが出来るのである。

20

現在日本では、
”GOO”の血に目覚めた者は、未だ50人にも達していない。
だが、ひとたび必要な時が来れば、
”GOO”の名をその語源にもつ、
すべての個人、団体が、無意識のうちに同じ血族の為に結集し、
団結して事に当たるのである。
槙原恂子は、
岡田や社長の榊原、モカの由美たちと同じ仲間であるという。

(さあ、もうひと頑張りだわ)
恂子はさっと髪をかき上げ、鉛筆を取りあげる。
窓の外では雪が激しさを増していた。
「おい、ニュースだぞ」
上階から下りてきた山崎が、
その日の夕刊を埋め尽くすはずの記事を伝えた。
政府民友党が、突然党総裁の交代を発表したのである。

新総裁に就任した太田黒源一郎は、
翌日には電光石火の内閣改造を行い、
あっという間に太田黒政権が誕生した。
ネオムー帝国の独立宣言以来、
太田黒が多数派工作を行ってきたのは、
国民も周知のことではあったが、
今や、民友党国会議員の2/3を自派閥で占めているというのだ。

太田黒の俊敏な動きは、
その後の8日間のうちに、ネオムー帝国の独立承認をはじめ、
各種の施策を、帝国の意に沿うような形で一括議決させていった。
何故か野党は、
太田黒の傍若無人ともいえる強引さに、
反対の立場をとらなかったのである。

(戦い21~22へ続く)

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