戦い
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テレビなどに反応がないのは当然であった。
それは、中央政府ビルをはじめ、帝国のビルに関連する場所にしか、
カメラがセットされていなかったからであった。
轟音とともにアイスランドのヘクラ山が火を吹いた。
それは次々と噴火を繰り返し、
長さ30キロにわたる、数十カ所の割れ目噴火となった。
近くのラーキ山、ツルツェイ島も誘発されて火柱を上げ、
噴煙は25000メートルに達した。
耳をつんざく噴火音に、失神する者さへでて、
アイスランドはその名にふさわしくない火の島と化した。
また、レイキャビク沖8キロでは、
水蒸気爆発をともなって、海底火山が噴火し、
噴石と灰は首都を死の街に変えた。
連続する噴火は、まるで前日からレイキャビクで、秘密に会談していた、
米ソの外相を狙ったような爆発で、
事実二人は命に別状はなかったものの、
それから一週間の間、
会談の場になったホテルに、孤立させられたのである。
ほぼ同時に世界各地でも同様な噴火が起こっていた。
アラスカのカトマイ、カムチャツカのクリュチェフ、フィリピンのタール、
イランのダマバンド、それにイタリアのベスビオである。
イギリスのスノードン、フランスのモンドール、
アメリカ東部のミッチェルなど、
活動していなかった山までが、火を噴いた。
それはすべて国連側の国々にある山であり、
世界最大の火山地帯であるはずの、
ネオムー帝国同盟国の活火山は沈静していた。
各火山の噴煙は成層圏で合体し、
前日の放射能雲のチリを巻き込みながら、地球を取り囲んでいった。
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「これはほんの小手調べにすぎない。
国連をすぐに滅びる。御前にひざまずき、伏して救いを求める者にのみ、
神は手をさしのべるであろう」
アジア総大使館のスポークスマン秋山登は、
神の裁きの前に救いを求めて集まってきた何万という群衆に向かって、
ビルの10階から自動的にせり出した、バルコニーの上から語った。
八角形のビルの壁面が、強力なスピーカーの役目をはたし、
取り囲んだ群衆に秋山の声が響き渡った。
「もはや一刻の猶予も許されない。
日本は直ちに帝国の傘下に入り、神に救いを求めなければならない」
群衆の間からどよめきの声があがり、
やがてそれが一つの意味のある言葉に収束した。
「ネオムー、ネオムー!」
秋山は脇から女性が手渡した、帝国の国旗を、
両手で高々と振りあげ、自らも大きな声で叫んだ。
「ネオムー、ネオムー!」
中継のテレビがその姿をアップにする。
「オイ、ありゃ理佳じゃねェか」
編集部でテレビを見ていた一人が言った。
秋山の陰に一歩下がって控えている女性を、カメラの端が捉えている。
「ほんとだ、理佳だぞ」
恂子も画面に見入った。
そのすらりとした上背はまさしく理佳であった。
(あの人が彼だったのね)
恂子は、岡田が理佳の送別会で、
俺たちはまた出会うことになるだろうと、言った言葉を甦らせていた。
理佳が彼に紹介するからと誘った時、
素直についていけなかった気持ちと、
楽しみにしていた結婚式の案内状が来なかった理由を、
恂子は同時に悟っていた。
理佳はネオムー帝国側の人間として、
バルコニーに立っているのである。
(戦い42~43へ続く)