エピローグ
9
一時の喧噪が過ぎて、編集部には、つかの間の怠惰な時間が流れていた。
「なかなかいい出来やな」
大きな信楽の灰皿の、盛り上がった吸い殻の上に、
さらに灰を積み上げながら、
刷り上がったばかりの、
月間GOO特集号のページをめくっていた岡田が言った。
恂子と深雪、そして取材中のスポーツ娯楽担当記者をのぞいた全員が、
岡田のデスクの周りに集まってきた。
特に目を引くのは、蝶の形に浮かび上がった陸塊群と、
火柱を噴き上げて今正に沈み込もうとする、ネオムー帝国最期の姿である。
一方は優雅で美しく希望に満ち、
もう一方は凶暴な激しさの中に、言いようのない悲哀を漂わせていた。
「すごいわね、どうしてこんなアングルから写真が撮れるのかしら」
深雪が感動したように言った。
「それに、激しさのなかにも、心をうつ情感がにじみ出ているわ」
恂子が付け加える。
「藤守良にとっては、すべてが命をもっているのだ。
そのものの生の息吹をフィルムに感光させているのだ」
岡田が解説する。
「社をやめたら、もう良ちゃんには会えなくなりますね」
深雪がしみじみと言った。
「フフフ、お前は、きっと又、良に会うことになるだろうよ」
岡田にしては、珍しく饒舌である。
「あのネオムー帝国が、こうもあっさり滅びるとは考えもしませんでした」
「おごれる者は久しからずさ」
小山の言葉に大川がすぐに反応する。
「しかし、天の羽衣教団は、
苦しみからの解放と、人類の平和を、その教義にしていたんですよ」
「それぞれが良いと思ってしたことでも、悪を生むことがあるのだよ」
岡田の言葉が合図のように、
各自、自分の席に戻り始めた時、
扉が開いてスポーツ娯楽担当の連中が、ドヤドヤと入ってきた。
10
「おどろいたなぁ、ぶっちぎりだぜ」
「ほんとだ、青森の阿部が優勝するとは、まったく予想外だった」
相変わらず大きな声だ。
「雀聖戦決勝が終わったのね」
深雪が言った。
(阿部は覚醒したのだ)
岡田が机に両脚をあげながら、チラリと恂子を見た。
(良ちゃんもですね)
(そうだ、そして今に深雪もな)
(仲間が増えているのですね)
(そして皆お前に注目するだろう。
お前は人類の夢なのだ。新しい夜明けをつくるのだ)
「新しい夜明け・・・」
思わず恂子は声をだした。
手が腹部に触れていた。
電話が鳴る。
岡田は、やおら両脚を下ろし、受話器を取る。
「そうか、やはりな」
小さい声が聞こえた。
デスクの山崎を呼んで、何か指示を与えた後、大股に部屋を出て行く。
「仕事だ、仕事!」
突然山崎が怒鳴った。
「んもう、いやになっちゃうわ」
深雪がふくれる。
「リスボンとケープタウンで、
残されたネオムー帝国のビルが崩れ落ちたそうだ。
弥次喜多コンビは、すぐに現地に飛んでくれ」
二人は、はじかれたように立ち上がった。
編集部には再び騒然とした活気が戻り、
岡田のいない机の上で、閉じられた特集号の、水色の表紙が、
赤の題字を主張していた。
”ムーの幻影”
夏の強い陽射しの中であった。
・・・完
(22ヶ月にわたり、ご愛読くださいまして、誠にありがとうございました。
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