NO191

縮小_第20回記念未来コンサート

記念コンサートが、無事成功裡に終わりました。
お運びくださいましたみなさん、ありがとうございました。

ご支援いただいた、弘前市をはじめ、
たくさんの方々に、心から感謝しお礼申し上げます。

詳細は上部「主催イベント」の
未来コンサートと作曲コンクールのところをご覧ください。


序破急計画

教団ビル60階。
ゆったりと立ちこめている紫色の霧が、時々光を増減させ、脈動している。
「X計画進行中。太平洋入水者、各国合計848名」
コンピュータの声が聞こえる。
「日本での入水希望者全員終了」

(予定どうりだな)
どこからともなく思念が伝わってきた。
(一般への影響については、配慮してあるのですか。
内閣調査室が動いているということですが)
(それは、民友党の太田黒を通じて、すべて押さえてあります)
(家族や関係者のほうは?)
(全員にサイココントロールがなされ、
表面にでることのないように、十分に手は打ってあります)

 彼らはいったい何者なのだろう。
 その影さえも見えない。
 思念が飛ぶ時だけ、紫色の霧が脈動する。

「あの男、秋山とか言ったわね。だいぶやるって話じゃないの」
女が初めて声を出した。
同時にそのあたりの霧が後退し、
身体に2,3枚の布きれしかつけていない女の姿が現れる。
濃厚な色気が発散されると、
一度後退した霧が集まってきて、彼女の身体に触れ光を明滅させる。

「ウム。最初の赤(レッド)クラスで失敗したものの、
その後の発達はめざましいものがある。
この短期間に緑(グリーン)クラスまで上がるとは異例のスピードぶりだ」
「3月下旬にX計画に参加させて潮岬にやりましたが、
最初にしては上出来でしょう」
「かなりの潜在力があると聞いていましたが、
さすが、お目が高いですね。得意とするものは何ですか」
「まだ十分とは言えませんが、集団催眠に優れたものをもっています」

みんなが肉声で話し始めると、霧が後退し、
やがて4人は一カ所に集まってきた。

「で、例の彼女とはどうなんだ?」
「それが、結婚したんです」
「ほう。なにもこの時期に結婚しなくてもいいだろうに・・・」
「緑(グリーン)クラスともなれば、
今後のことが、うすうす見えていたはずだよねぇ」
「恋は盲目というからなぁ」
「その言葉は、いつか聞いたことがありましたね」

(ところで、人材発掘のほうは、どうなっているのか、データをだしてくれ)
NO1が無言で指示した。
「X計画進行中。有能な人材19名発見、13名獲得」
コンピュータが答える。
(フム、まあまあか)
(緑(グリーン)クラス以上に上がれるような人材は、
そんなにたくさんいるわけがありません)
(秋山が第1号ってわけね)
(いや、彼はその前に私が偶然見つけたんだ。
彼なら青(ブルー)クラスもクリアーするだろう)

 どうやら教団のX計画は2段階になっているらしい。
 第1が集団自殺、第2が若年層を中心とした誘拐だ。
 それは、彼らにとって必要な人材の芽を集めるのが目的である。
 単に能力があるということだけではなく、
 彼らと血を同じくするものを探しているのだ。
 彼ら同士には、おのずから同族であることがわかり、
 自分たちの故郷へ行くために、進んで集まってくるのだ。

(みんな故郷を求めているのです)
(光と水の国だわ)
(理想の世界です)
(祖国”ムー”の復活だ)
4人の思念が同時に発せられ、一点で渦巻いた。

(そのために、団結しなければならないのだ)
「白のおかた!」
4人がさっと緊張する。
紫色の霧が四散し、純白の寛衣の男が現れる。
床の一部がせり上がって男がそれの腰を下ろすと、
4人はその周りを取り囲むように坐る。

「X計画は順調に進行しております」
一人が報告調に言う。
「分かっている。
われわれは、いよいよ次の計画にとりかからなければならない」
男は、たいして口を開いているようにも見えない。
しかし、部屋全体に声がエコーする。
「多少のトラブルはありましたが、準備は完了しております」
「海底火山の噴火を、もう少し押さえられないのかしら。
ちょっと目立ちすぎだと思いますけど」
女は先ほどとは打って変わって改まった言い方である。
「あれが限度です。これ以上押さえると、
エネルギーが中央部に集中して計画全体が崩壊してしまうでしょう」
「エルニーニョはどうなのかね」
「あれは自然発生したもので、こちらとは関係ありません。
しかしY計画の準備段階と、相乗効果を示していることは明らかです」

 エルニーニョは別として、
 海底火山の噴火も、彼らの意図するところであるらしい。
 つまり、世界中を混乱させている、ほとんどの現象に、
 彼ら”天の羽衣教団”が関係しているのだ。

「特に問題はないようだな。
それでは、本日からY計画を実施する。
以後極東におけるXYZのコードネームは”序破急の舞”と名付ける。
では、具体的な内容に移ろう・・・」
(・・・・・)
(・・・・・・・)
紫色の霧が勢いを増し。
再び、5人から言葉が失われていった。

(序破急計画8~10へ続く)

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NO190

序破急計画

今日の編集部は朝から騒々しい。
「参加者が200人を超えるとは、驚いたな」
「やはり豪華客船の上ってのが効いたのさ」
「北海道から沖縄までだぜ。世の中には暇な奴もいるもんだな」
「バッカヤロウ。お前ら誰のおかげでオマンマ食わしてもらってんだよ」
スポーツ娯楽担当デスクの齋藤が怒鳴る。

(そうか、今日は雀聖戦の1次予選があるんだっけ)

自分が好きでやっている仕事くらいよいものはない。
満たされながら、収入になり、ストレスもたまらない。
槙原恂子は、憧れてこの世界に入り、
たくさんの人たちに出会い、いろんな経験ができて幸せだと思う。

(理佳はどうしているかしら)
結婚式の案内状が来るのを心待ちにしていたのに、
その後、林理佳からは、何の音沙汰もない。
今、恂子は理佳がいた席に座っている。
前の自分の席がさびしそうに見える。

(7月には新人が来るっていってたけど・・・)

恂子は5月から引き続き、エルニーニョを担当していた。
T大を辞めて六星海洋気象研究所にいる曲立彦とは、
その後も連絡を取りながら協力してもらっている。
5月は、エルニーニョの説明とその不思議性についてふれていたが、
6月は、実際にその影響とみられる,様々な異常気象が起こっていて、
誌面も倍増してもらっていた。

ヨーロッパでは、低温の長雨が続き、
特にスイスでは、現在15日間、雨の日が続いている。
一方アメリカでは、6月に入って熱波が襲い、
テキサスなどの中央部では、38度以上の高温の日が続いていて、
熱射病などの死者も出はじめている。
日本では大規模な黒潮の蛇行が始まり、
5月、6月と低温の日々が続いていた。

(フーン、とうとう来た。予言のとおりだわ)

せっせと鉛筆を動かしながら、
恂子は何故か、
予言が当たることを望んでいるかのような錯覚に陥っていた。

世界的に発生していた集団自殺は、どうやらおさまりつつあるようだが、
年少者を中心とした誘拐、行方不明は、依然として続いていた。

5月に入ってから、なりをひそめていた海底火山が
再びあちこちで噴火をはじめ、
くわえて環太平洋火山帯に沿うようにして起こっていた、
小型の群発地震が、人々の心を逆なでしていた。
異常現象担当は取材に忙しく、
連絡係の恂子をのぞいて、全員が出払っている。

(でも、編集長はきっとモカにいるわね)
ふと思った恂子は、理佳がいないので、顔を見合わせる事も出来ず、
一人、マスコット人形の鼻をつついた。

(序破急計画5~7へ続く)

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NO 189

お知らせ 
20階になりました。
皆様のご来場をお待ちしております。

第20回記念未来コンサート

2017年4月29日(土・祝)
14時開演
於:弘前文化会館(0172-33ー6571)

縮小_チラシ

 

第1部、第3部
 西沢澄博 オーボエリサイタル
第2部
 第15回弘前桜の園作曲コンクール表彰式と1位作品演奏

ゲスト出演 西沢澄博

縮小_西沢2cid_159671ca293fd7a2a231                                 

 

1979年,  青森県弘前市出身。弘前市立第五中学校の吹奏楽部でオーボエをはじめる。
1998年、東京音楽大学へ入学。
2000年、京都国際音楽学生フェスティバルに参加。室内楽とオーケストラの公演に参加した。
2002年、東京文化会館新進音楽家デビューオーディションに合格(ソロ・室内楽の2部門)。
      東京文化会館大ホールで行われた合格者によるガラ・コンサートに出演。
2002年、東京音楽大学卒業。卒業直前に受けたオーディションに合格し卒業と同時に
       仙台フィルハーモニー管弦楽団に入団。
             小澤征爾氏とチェロのロストロポーヴィチ氏が行った「キャラバン2002」のメンバーに
       選ばれ東北各地で演奏を行った。

オーケストラ以外にソロや室内楽活動も盛んに行い「仙台クラシックフェスティバル2008」ではオーボエのソロコンサートを、2012年には仙台フィルの262回定期演奏会においてR.シュトラウスのオーボエ協奏曲のソリストとして登場した。また仙台フィルが劇中の音楽を担当した映画「剱岳・点の記」では独奏曲を担当した。

これまでにオーボエを宮本文昭、安原理喜の両氏に師事。また、アフィニス夏の音楽祭においてV.シュトルツェンベルガー、K.クリユスの各氏の指導を受ける。

現在、仙台フィルハーモニー管弦楽団首席オーボエ奏者。また、仙台ジュニアオーケストラ講師、宮城学院女子大学音楽科非常勤講師も務める。

演奏曲目
 ・オーボエソナタ ニ長調 作品166・・・サン=サーンス作曲
 ・ソナタ  ヘ長調 K370・・・モーツァルト作曲(原曲 オーボエ四重奏曲)
                                       他

ピアニスト 藤井 朋美

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宮城県石巻市出身。山形大学教育学部音楽科卒業後、
2007年より、フランクフルト音楽大学にてキャサリン・ヴィッカーズ氏に師事。
2009年、フランクフルトに てドイツ学術交流会(DAAD)コンクール第二位受賞。
2010年、同大学を優秀な成績で卒業、大学院ソリスト科に進学。
2011年、フランクフルト音楽大学より特に優秀な外国人学生1名を対象とした
       DAAD賞を授与される。
2013年3月、大学院修了と同時に国家演奏家資格を取得し帰国。

第49回全東北ピアノコンクール第一位及び文部科学大臣奨励賞受賞。
第21回JPTAピアノオーディション本選入賞、入賞者演奏会に出演。
ユーディ・メニューイン財団「Live Music Now」、Frankfurter BachKonzerte 奨学生 。
 現代音楽フェスティバル「Piano+」(ドイツ・カールスルーエ)、「Vor Echo」(ドイツ・フライブルク)に出演。ヘッセン放送(HR)より演奏が放送される。ドイツ各地のほか、スイス、ポーランドの各国でも演奏。

草津国際音楽アカデミー、クールシュベール国際音楽アカデミー(フランス)、ローザンヌ国際室内楽アカデミー(スイス)、ハイリゲンベルク城国際室内楽アカ デミー(ドイツ)にてアントニー・シピリ、ピエール・アモイヤル、ブルーノ・カニーノ、小林秀子の各氏に指導を受ける。またフランクフルトにて、ベルント・グレムザー、マルコム・ビルソン、フェレンツ・ラドシュ各氏のマスタークラスを受講。

これまでにピアノを故・菊池有恒、小笠原浩子、中川賢一、伊達華子の各氏に師事。ピアノ独奏に加え、デュオ、ピアノトリオ等アンサンブルでの演奏活動も活発に行っている。
ピアノテック仙台講師、石巻市にてピアノ教室を主宰。

 

序破急計画

曲立彦は、先ほど主任研究員が持ってきた、
”エルニーニョに関するデータ分析と推計の報告書4”の
最終校正に目を通し終え、
ひとつ大きく背伸びをして、新しい自分の部屋を見回した。
相対する2面の壁一杯の書棚をはさんで、
広くS字にカーブしたデスクが置かれ、
その右側には、
全国にネットワークを持つ、
スーパーコンピュータに連動する端末器をはじめ、
テレタイプやファクシミリなど、種々の機器が設置されている。
デスクの後方は全体がガラス張りで、
その向こうはるか下では、
明るい太平洋が波を打ち寄せて、
眼下の岩に音のない白いしぶきをあげていた。
昨年開設されたばかりの、六星グループ海洋気象研究所である。

曲は机の右側の小引き出しを開けてその中に小声で何か言うと、
S字デスクの左延長上にある、形状記憶ソファーに座り込んだ。
「お呼びですか」
隣の研究室から出てきた主任研究員が頭を下げた。
「この報告書を所長にまわして・・・
それからコーヒーを頼むと言ってくれたまえ」
「わかりました」
主任研究員は、
机に置かれた200ページは超すであろう冊子を取りあげ、
足早に出て行く。
曲は火のついていない大型のマドロスパイプをくわえ、
ゆっくりと足を組む。
こけた頬と縮れた髪の小柄な彼には、パイプが重たげに見えた。

海底火山の噴火から一人だけ逃れた彼は、
それを機に潔く大学を辞した。
自分の人生について、
じっくりと腰を据えて考えてみようとしていた矢先に、
六星グループからの誘いがあった。
あの噴火から幸運にも命拾いした彼にとって、
これもまた何かの縁であろうかと、
特に条件も訊かずに承諾してみると、
研究所は伊豆の海の見える、すばらしい環境に建っていた。
フレックスタイム、最先端の設備と優れた部下、報酬も倍増していた。
そのうえ、所長の話によると、
必要とあれば、研究費はいくらでもだすという。
そして今、曲立彦はここにいる。

「お待たせ致しました」
ラボ助手の女性が、ブルーマウンテンの香りと共に現れた。
「ああ、そこに置いてくれたまえ」
ストレートの時はブラックで飲むのを知っている助手は
「ハイ」と答えてテーブルにセットを置き、一礼して去っていく。
彼は左手でパイプをとり、右手でカップを持ち上げる。

数ヶ月前までの学内生活が夢のように遠くにあった。
(今頃、田丸は何をしているだろう)
曲と教授を争った男の名である。
ここは別世界のように明るく、清潔で居心地がよい。
曲はカップを口に運び、香りを楽しみながら、徐に飲み始める。

「それにしても、予想以上だ」
思わず口に出たのは報告書のことであった。
5月にはいってから、ペルー沖の海面水温は6度の上昇のまま、
1ヶ月以上も居座っている。
上昇気流が激しく、中央太平洋では、はなはだしく水位が上がって、
洪水の恐怖にさらされていた。
データの解析が出来た時には、すべてがもう現実のものとなっている。
間に合わないのだ。

(序破急計画3~4へ続く)

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NO 188

覚醒

19

ドローンにまじって水の音がきこえていた。
気がつくと店内に他の客の姿はない。
「送っていきましょう」
阿井が立ち上がった。
恂子はストゥールから下りたものの、
まだぼんやりしていて、足下がおぼつかない。
自然に阿井の腕にすがっていた。
壁面の通路への階段を上がりながら、
耳の奥で大きく響く自分の鼓動をきいていた。
第三の扉が開く。
理佳と一緒の時、開くことを拒否していた”未完成”の扉が頭をかすめた。
今は阿井と二人だから開いたんだわ、と唐突に思った。

 恂子は幼い頃から、
 自分の前に、いくつかの扉が立てられているような気がしていた。
 どの扉の向こうにも魅力的な世界があるようで、
 胸がおどり、迷いながら、
 時間に追われるようにして一つを選んだと思うと
 すぐ次の扉がいくつか見えてくる。
 だから、確実だと思って行動しても、それは常に不確実なものになる。
 しかし選ばないわけにはいかない。
 いや、選ばないと思った時、すでに選んでいるのである。

(運命やな・・・)
理佳の口調を思い出す。
そして今、心からそう思った。

恂子と阿井の二人は、まるで、この紅い花の世界から巣立って、
仲間のいる、壁面の世界へと羽ばたく蝶のように、
一歩を踏み出した。
阿井は右腕に、恂子の若い重みを感じている。
信頼しきった片方のふくらみが、わきに押しつけられていた。

20

(やはり流れは変えられなかった)
阿井は思った。
自分はいつでも、彼女の心をのぞくことが出来たのに、
大切に思う心が強く、今までそうしなかった。
しかし、自分はたった今、彼女に言ったばかりではないか。
ただ大切にするとか、やみくもに突き進めばよいというものではない。
そんなことを考えること自体、すでに拘っているのだ。
自分に委ねきっている彼女は何のこだわりもない。
自由で澄んだ心をしているではないか。

瞬時に阿井の心は透明に変容した。
静かに恂子の心の中に自我の一端が転位する。

マグマであった。
それは深層から徐々に明度を増しながら、ふくれあがり、
何点かで表層にはじけ飛んでいた。

阿井は自我の一端を残したまま、
捉えられている右腕を彼女の背にまわして、正面を向かせた。
ちょうど彼の胸のあたりで、潤んだ瞳が静かに閉じる。
頬の両側をかるくはさんで、上を向かせ、
恂子の額の中心に唇をあてた。

マグマが沸騰した。
額の接点から阿井の体内に流れ込んでくる。
二人の身体は、その目に見えないマグマで、しっかりと結ばれる。
瞬間、阿井は二人の未来を垣間見た。
壁面の蝶が入ってきた時と同じように、
ヒラヒラと楽しげに飛んでいた。

(「覚醒」終わり。「序破急計画」1~2へ続く)

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NO187

覚醒

17

阿井の手元を見つめながら、
恂子はさっき別れたばかりの、理佳との話を思い出した。

「自分が本当の好きだったら、
相手がどう思っていようと、かまわないのでしょうか」
突然の質問にも、阿井は驚いた風もなく、

「相手がどう思っていようと、ということには、2種類あります。
自分が好きであれば、どんどんそれを表現していくタイプと、
まったく表面に出さないタイプです。
前者は自分勝手になりがちで、
知らず知らずのうちに押しつけになっていきます。
後者は、どこまでも自分のインナースペースを広げていき、
その膨張に耐えきれず破滅していく人と、
それを別のエネルギーに転換していく人とに分かれるでしょう」

「でも、ほんとうに相手のことを考えるなら、
一方的に自己表現するのは行き過ぎだといい、
逆に表現をしないのは非現実的で、本当の愛ではないとも言います。
それに、愛は与えるものだという人と、奪うものだという人がいるのです。
最近はそのどちらにも当てはまらないような気がして、
ほんとうに分からなくなってしまいます」

恂子は、日常のなかで、なんとなく疑問に思っていながら、
そのまま忘れてしまっているような事を口にしていた。

「迷うことはありません。
それぞれの人がそれぞれの経験から愛の形を語っているのですから、
みんなが違うのが当然ですし、
あなたが、そのうちの、どれにも当てはまらなくてもいいのです。
いや、それこそが、すばらしいことなのです・・・」
「そんな心になって、初めて真の愛の形を観ることができるようになり、
同じような人たちと巡り会えるようになるのです」
阿井は正面を向いたまま淡々と語った。

「ほんとうの愛の形というのはどんなものなのでしょうか」
いつの間にか恂子は、何の気負いもなく、彼に質問していた。

「愛には一定の形がないのです。
その意味でいろいろな人たちが語る愛の形は、
すべて正しいと言えるでしょう。
しかし、その不定形であり、どんな形にもなり得るということが、
不幸の始まりにもなるのです」
「不幸の始まり・・・」
「つまり、ある人のある時点の場合のことなのに、
それこそが愛の形だと決めてしまい、
さらに、それが、すべての人に共通するものだと思い込んでしまうのです」
「たしかに、そんな人は多いですわ。
でも、だからといって彼らは不幸だと言えるのでしょうか」
「その人はそれで十分幸福なのです。
自分の生きてきた道を肯定しようとする自衛本能がはたらいて、
自然に美化していく力がプラスされるからです」

18

「井の中の蛙でしょうか」
「そう、でも大海を知ることが単純に幸福とはいえないのです。
それだけ波も荒く風も強くなるからです。
だから、その人は大海に乗り出してもすぐには沈まないような、
大きな船を造っておかなければなりません。
より多くのことを知るということは、
それだけ多くの苦しみも知ることになるのです」
「・・・もっとすばらしい愛の形があることを知らずに、
一生を終わった人たちのほうが、かえって幸せなのかもしれませんわ・・・」

阿井はまた二、三度グラスを振った。
氷のふれあう、かすかな音と共に淡い緑色の液体が光を反射し、
彼は初めて恂子の方を向いた。

「無限にきらめき変化していく愛を、そのまま感じることが大切です。
何かにこだわってはいけません。ただあるがままに観るのです。
そのためには、今のあなたのように、自然な心になることが大切です。
愛のための技術は障害になるばかりでしょう」

恂子もストゥールを阿井の方に向けていた。
彼はそんな彼女の瞳をのぞき込むようにして続ける。
「普通の場合の愛の形が三角であっても、四角や円であっても、
それはすべて同じじだということが、やがて分かってくるでしょう。
そんな見方の出来る人同士が愛に目覚めた時、
二人の愛は完全に重なり融合していくのです」

恂子は阿井の瞳の中に再び、エメラルドグリーンの海を見ていた。
風波がたち、渦を巻き始めると、いつの間にかその中に巻き込まれていった。
そこには、荒れ狂う嵐と、油を流したような凪が同居していて、
彼女はそのどちらにも属していた。
やがて嵐と凪は交互に襲ってきた。
二つの交代する時間が徐々に速度を増し、一瞬のうちに無限に変化した。
恂子は自分の身体がばらばらになるのを感じながら、
声のない悲鳴をあげて自失した。

どのくらいの時が流れたであろうか。
二つの交代が一点に収束した。
恂子は、その一点に再編成されていく自分を、
おぼろげのうちに自覚していた。

覚醒、最終部19~20へ続く)

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NO 186

覚醒

15

扉が開いて阿井真舜の長身が階段を下りてきた。
恂子は思わず立ち上がっている。
どうゆうわけか、阿井の姿が光の中ににじんでいた。

「やはりここにいましたね」
「・・・・・」
何も言えない。
阿井は、恂子の肩にかるく手を置いてカウンターに座らせ、
自分は彼女の右側に腰を下ろした。
バーテンがひっそりと寄ってきて、赤い酒を出す。
阿井は恂子のグラスに、おかわりを頼む。

 恂子は阿井が自分の胸を見ているのを意識していた。
 いや、正確には胸のペンダントを見ている。
 見つめられると、その一点から身体が熱くなっていく。
 ほてりは恂子の全身に広がり、彼のそばで次第に鎮まってくるようだった。
 今まで会えなくて悩んだことも、仕事がうまく行かなかったことも、
 多忙で体調を崩していたことも、
 すべてが同時に吹き抜けていった。
 全身が、心の中までも、きれいに洗われていくように感じていた。

恂子はただそこにいた。
赤子のような無垢な気持ちで、座っていた。
阿井が無言でグラスを上げ、恂子がそれにならう。
二つのグラスが恥ずかしそうな小さな音をたてた。
ママの洋子はもういない。
阿井が現れた時から静かに鳴っていた、ギターのトレモロが、
さざ波のように耳朶をくすぐる。
「あれをごらんなさい」
恂子は阿井の指先を追った。夜空に星が輝いている。
阿井の指が一点を指した。
どうゆうわけか、そのあたりだけがズームし、拡大される。
そこには、何個かの星が、重なり合うように固まっている。
恂子も知っている、有名な星である。
「スバッル・・・」
素直に声がでた。
「そうです。アトラスの娘たちの星です」
阿井は静かに赤い酒を飲み干して続けた。
「今日から六日間は”スバルの日”。この店にとっても大切な日なのです。
もう、常連がだいぶ集まっています。
私をふくめて
彼らはどんなに遠くにいても必ず一度は”スバルの日”にやってくるのです。
「スバルの日・・・でもどうして・・・」
「それは今にわかりますよ」
阿井はバーテンが出してきた黒いボトルから淡い緑色の液体をついで、
いたわるように恂子”を見た。

16

「ほら、今入ってきたのが、民友党の次期総裁候補といわれている、太田黒源一郎です。
あっちのボックスで話し込んでいるのは、六星グループの総師と経団連の大者たちです。
カウンターの一番奥で、空を見ては何か手帳に書き込んでいる人、ご存知でしょう。
今売り出し中の易者で小説家の夢道人です」
店内には、そのほかに学者や芸術家、有名タレントに混じって、
みすぼらしい服装の得体の知れない連中もいる。
それぞれの人たちは、店に入って来ると、必ずカウンターにいる阿井に会釈して通る。
みな無言ではあるが、親愛の情がにじみ出ている。
白服のボーイが忙しそうに動き回り、
どこからともなく南国の民族衣装を身につけた女性たちが現れる。

ギターのトレモロが止み、店内が急速に暗くなっていった。
スバルが光を増しながら近づいて、6個の大きな青白い光と、
それを取り囲むように散っている10数個のかすんだ光がドーム一杯に広がった。
みんなじっと見上げている。
口を開く者はいない。
恂子にはそれが、スバルへ向かって願い事をしているように思われた。
1分ほども過ぎたであろうか。
全店をおおっていた星団は徐々に後退し、やがて星々のなかの一つになってしまう。
店内に明かりがもどり、東洋的な断片のBGMが流れ始める。
入って来た時は、一様に疲れた表情をしていた客たちが
今は生き生きと甦っているように見える。
「皆さん、星を仰いで何をなさっていたのでしょう」
「別に何もしていませんよ。ただ、あそこへ行きたいと願っているのです」
「スバルへ・・・」
唐突で、非現実的な言葉にも恂子は疑問を挟まない。
阿井がそう言うのなら、そうなのだろう。
それが、この人たちの集まってくる理由なのだろう。

「何か話したいことがあったのではありませんか」
阿井は正面の棚に置かれた世界各国のボトルの方に目を向けたまま、、
手に持ったグラスを軽く振った。

(覚醒17~18へ続く)

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NO 185

覚醒

13

広く美しい内海であった。
大小の島々が浮かび、
それぞれが、様々な彫刻を施した石製の橋で繋がれていた。
岸から離れて壮麗な神殿が建ち、
そこまでは、広い水路とその両側に並行する石の道が続いていた。
高い6角の石柱のむこうに見える拝殿には、
壁面にたくさんの図形が描かれ、脇からは、人工の滝が落ちて、
参拝者の小舟が往き来する水路にきらめきを与えていた。
神殿の左右には網の目のように小さな水路が掘られ、
岸辺には、貴金属から日用品にいたるまでの商店が並んで、
おびただしい人々が往来していた。 

”ムー”の首都。
水の都、ヒラニプラであった。

緑の丘をぬって流れる川の澱みには、
蓮が白い花を咲かせ、遠くに神殿が煙っていた。

男が一人佇んで内海を見つめている。
あたり一面に花々が咲き乱れ、色とりどりの大型の蝶が舞っている。

彼は今想っていた。
はるか6000キロの彼方を。
1万3000年の時を超えて出会うであろう女性(ひと)のことを。

 (これでいいのだろうか・・・)
 
 これから相対しなければならないグループの中にいる彼女。
 まだ何も描かれていない、白いカンバスのような彼女。
 自分は初めて会った時から、すでに彼女との運命を朧に観ていた。
 しかし彼女にとって、自分と共に行くことが、
 はたして幸福なのであろうか。
 現在のなかで恋をし、結婚して母になることのほうが、
 彼女にはずっと幸福なのかも知れない。

 (だが、もうスターオリハルコンを渡していまった)
 彼女はきっと”アマランサス”に来るだろう。
 その時はすでに引き返すことができないのだ。

無数の蝶が、男の周辺を舞っている。
男は遠い目で神殿を見ている。
 
 (しかし、自分がどう動こうと、もはや、流れを変えることはできまい)
 とすれば、その流れの中で、どのように生きるかが問題である。
 これから真っ白なカンバスに二人で描いていく絵は、
 お互いにとって最高のものでなければならない。
 いや、そうなるはずである。

男は自分に納得させるように、
大きく息を吸い込み、川に向かって歩き出した。
蝶がそれに反応して複雑な軌跡を描く。
やがて男の姿は、明るい陽光のなかに、ぼやけはじめ、消滅した。
どこかでギターのトレモロが聴こえていた。

14

一面に色とりどりの蝶が氾濫していた。
赤、青、黄色。何千、何万、何億、何兆。
無数の蝶が、地の底から螺旋を描いて天上の高みに吹き上げる。
それぞれ、方向の異なる無数の集団となってねじれ合い、渦を巻く。
そして、その色の竜巻は、一気に一点に収斂し、
その瞬間に無限に拡散して、そのたびに位相を変化させる。

男は今、一頭の蝶になって、流れに身を任せていた。
回転する自我が、ある時点時点で位相の異なる流れに転位していく。

やがて渦がゆるやかになり、次第に蝶の数が減少してついに静止した。
壁画の黒い扉の一つがかすかに発光し、
”アマランサス”の通路に、おぼろげな男の姿が実体化した。

(覚醒12~16へ続く)
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NO 184

覚醒

11

槙原恂子は東口をぬけて、ゆっくり歌舞伎町へ向かっていた。
相変わらず、人また人である。
信号を渡って新宿コマのほうへ、、
人波に押し流されるようにして歩いて行く。
(理佳は彼と逢ってるかな)
(良ちゃんはどうして早く帰ったのかしら)
(編集長は挨拶で、何を言いたかったのだろう)
思考の断片が頭をよぎる。
(阿井さんは、どうしているかしら)
いつの間にか
心のの中に住みついてしまった人のことに思いが至って、
恂子の思考が停止した。

何度か会いたいと思ったが、
何故か、彼に悪いような気がして、
教団に連絡する気にはなれなかった。
それにどんなに気持ちが沈んでいる時でも、
ペンダントに触れると落ち着いてくるのだった。
だが、今日はちがう。
「好きなひとができたんだろう」と良ちゃんや理佳に見抜かれ、
また、これからホテルのロビーで逢うという、
二人のことも、刺激になっていた。
(会いたい!)
恂子は心からそう思った。
右手の指でペンダントをはさむ。
胸の中心が熱くなり、塊となってせり上がってくる。

 まっすぐ前を見て歩いている恂子は気がつかなかったが、
 ペンダントの金属片がかすかに発光して、
 その光は彼女の指先をやわらかく包んでいた。
 道行く人たちが、不思議そうに彼女の胸元に視線を送っている。

恂子は熱い胸をかかえ、人波からはずれて、大通りを右へ曲がった。
”アマランサス”と書いてあるはずの、暗くぼんやりとした看板が出ている。
恂子は、ためらわず階段を下りて扉を押した。

「いらっしゃませ」
黒服が寄ってきて頭を下げる。
会釈を返し、なにかに誘われるようにして、 奥へ進んでいく。
正面の壁が音もなく左右に開いた。
蝶の壁画が迫ってくる。
壁画の蝶が恂子を迎えて喜こび、
彼女の後ろについてくるような感じがした。

12

第3の扉が開いた。
懐かしい赤い花の世界が広がっている。
中央の発光する柱の光が噴水に溶け込み、
上部の夜空には、今夜も星が輝いていた。
かなりの客がボックスにいる。
この前流れていた、東洋的なBGMはきこえない。
カウンターに座ると、例の赤い酒がでてきた。
飲む前から、頭の中に、
弱音の弦のトレモロがきこえるような気がする。

「いらっさいませ」
先日の女性が近づいてきて声をかけた。
「この店をあずかっている洋子でございます。
もうすぐ阿井さんもみえますわよ」
隣に座って恂子の顔をのぞき込んだ。
「何を考えていらっしゃるの」
「ええ、前とちがって、あまりにもスムーズに入れたものですから・・・」
「きっとそれのせいですわ」
洋子は微笑みながらの恂子の胸を指した。
「えっ、これですか」
「阿井さんがわたしたのでしょう」
洋子はいたずらっぽい目になる。
「ええ・・・」
「このペンダントは、ここの会員証のマークをふくんでいるんです。
それにこの金属は・・・」
あとは何を言っているのか恂子には分からなかったが、
洋子は一人で納得しているようだった。
「このペンダントに、特別な仕掛けでもあるのでしょうか」
「そうよ、それに反応して扉が開いたのです。
阿井さんは、あなたがおいでの時に入れるように、
心をくばっておいたのでしょう」
阿井は、恂子がまた来ることを予測していたのだ。
どんなに長い間離れていても、
きっとまたここで、恂子と会えることを確信していたに違いない。

 恂子は、あらためてペンダントを持ち上げてみた。
 そういえば、入り口の扉についていた、
 太陽のレリーフに似ている。
 じっと見つめていると図形がぼやけ、
 想念のような、あいまいなものを感じる。

いつの間にか店内には、ギターのトレモロが流れていた。
「あら、お見えになったみたいよ」
洋子が立ち上がった。

(覚醒13~14へ続く)

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NO 183

覚醒

怐子は、ようやく理佳の前へ行って、ビールを持ち上げた。
「終わったらコーヒーでも飲もうか」
目の前にある満杯の2つのグラスに、
手で蓋をするようにして、理佳が誘った。

終わりに理佳の謝辞があり、締めの乾杯がそれに続いた。
いつも間にか良ちゃんの姿が見えなくなっている。
岡田が理佳に一言二言声をかけて席を立った。
理佳は怐子に軽くウインクしてから、
元気でなとか、幸せになれよとか言われながら
みんなに見送られて出て行った。

怐子は、何人かに誘われたのを断って、理佳のあとを追う。
地上に出て20メートルほど先をゆっくり歩いている理佳に並んだ。
「”未完成”にいこう」
理佳が言った。
「今日は彼と逢わないの?」
「センチュリー・ハイアットのロビーよ」
「フーン、いいなぁ」
「怐子、お前だって好きな人ができたんだろう」
理佳が突然男言葉で、良ちゃんと同じことを言った。
「はっきり、わかんないのよ」
「はじめはみんなそうさ。
気がついた時には、もうまっただ中なんだから」
「でも先輩、まだ相手が、どう思っているかわかんないんだもの」
怐子は、理佳の腕にぶらさがるようにしてあまえる。
「いいのよそれで、自分が好きだったら・・・
そう、女には二つのタイプがあるみたいね。
自分が好きにならないと絶対ダメというのと、
そんなに好きというわけではないけど、
押しに押されると、ついほだされてしまうタイプよ」

(阿井さんなら、何と言うかしら・・・)
たしか彼は、
人は刹那刹那の時間の点滅のなかに生きていると言っていた。
その度ごとに生まれ、死んでいると言っていた。
(愛もそうかしら・・・)
次第に思いが阿井のほうへ傾いていく。
理佳もまた、これから逢う男のことを考えている。
二人は今、それぞれ異なることを考えていながら、
互いに連帯感の中にいた。

10

「あれっ、休みだわ」
「定休日じゃなかったはずよね」
純喫茶”未完成”の扉は、
この二人が一緒では入れませんよ、とでもいうように、
しっかり閉じていた。
「運命やなあ」
岡田のまねが出る。
「そうやなあ」
思わず怐子も返していた。
「じゃぁ怐子、あまり時間がないから、
センチュリー・ハイアットへ行こうか」
「でも彼が来るんでしょう」
「うん、この機会に紹介するわ」
「でも・・・」
「”未完成”が閉まっていたのも運命や。
だから、紹介することになるのも、運命やで」
怐子は何故か理佳の彼に会いたくなかった。
「二人のお邪魔はしたくないし、・・・
それに少し一人で歩いてみたいから・・・
先輩、今日はこれで失礼します」

怐子は身をひるがえしながら、
いつも理佳にこうされていたっけ、と思った。
今日は自分の方から別れてきた。
理佳と一緒の時間を、あと5分、10分と引き延ばしても
どうなるものでもないような気がしていた。
怐子は最近その時々の感情の振幅が激しくなっていた。
自分を取り巻く様々なことに、敏感になっているからかも知れない。
心の支えらしきものが見えてきたのに、
それが安定したものにならない動揺からであろうか。

 彼女の様々な感情の動きを示す棒グラフが
 激しく伸び縮みしている。
 グラフの下方には、その時点時点で変化する、
 棒グラフ全体の面積がデジタル表示されている。

 <どうなりますかね、Kさん>
 <・・・・・・・>
 <覚醒への灯火がともりますか>
 <近いようですね>

(覚醒11~12へ続く)

 

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NO182

覚醒

世界的規模で発生していた集団自殺も、ようやく下火になり、
一時あれほどテレビを賑わした海底火山の話題も
忘れかけようとしている頃、
編集部では、5月いっぱいで退職する理佳のために、
送別会と結婚を祝う会を兼ねて行うことになった。
恂子は定刻少し前に地下街の会場に着いた。
早々に来た連中は、もうジョッキを傾けている。
理佳がアイボリーホワイトのワンピースに、
左手の薬指の輝きを隠すようにしながら上座についた。
幹事の挨拶の後、岡田が立ち上がった。

「会うことは別れの始まりというが、
それは、別れることによってはじめて
新しい出会いが生まれるということである。
我々はかつてたくさんの出会いと別れを繰り返してきた。
それは、人間の歴史といってもよいであろう。
だがそれは、一つの過程にすぎないような気がするのだ。
いずれ我々は、今までの常識を超えた
新しい出会いと別れを経験することになるのではないか・・・」

岡田の話が続く。
理佳はすこし俯いて聞いている。
日頃うるさい連中も、かしこまって聞いている。
恂子の心に岡田の言葉が、細かい粒子となって降り積もっていった。

「・・・そして我々は再び理佳に出会うことになるだろう。
その時も、今と同じ気持ちで、
その新しい出会いに臨めるようにしたいものである」

いつになく長い岡田の話が終わった。
記念品贈呈の後、デスクの山崎の音頭で乾杯があり、
あとは、お定まりの宴が進んでいく。
反対側の末席で良ちゃんがむっつり飲んでいる。
恂子の前にスポーツ関係担当の二人がやってきて、話しかけてきた。
「恂子、お前はまだか」
「早く見つけろよ」
「なんなら世話しようか」
「それとも、誰かいるのか」
さらに、いつも向かいの席から誘いをかけてくる男が割り込んできて、
恋愛論から結婚論へと発展していく。
それぞれが自説を述べ、
そのたびに恂子はどう思うかと問われるのが、
だんだん苦痛になってきて席をはずした。

時間をつぶして戻っても、
恂子のいない席を囲んで、まだ議論が続いている。
恂子は、さっきから気になっていた良ちゃんの席へ行く。
彼の周囲はまるで、壁でもできているかのように、
人を寄せ付けない雰囲気があった。

「どうしたの」
ビールを注ぐ。
良ちゃんは、それを一気に飲み干して、ポツリと言った。
「恂子、お前好きな人ができたな」

恂子は自分で自分の気持ちを計りかねていた。
たしかに阿井に激しく会いたいと思ったりもするが、
会って何をしたいというわけではない。
しかし、こうして良ちゃんに言われてみると、
やっぱり彼を好きなのかと納得するところがある。

恂子は空になった良ちゃんのグラスにもう一杯つぎながら言った。
「良ちゃんはどうなの」

今までの恂子なら、
良ちゃんの疑問に直接答えるようなことを言ったかも知れない。
だが、今日はその答えを別な方向にずらしている。
もちろん自分の気持ちがはっきりしないせいでもあるが、
物事は、そう短絡的にはいかないことに気づき始めている。

(これからは、以前と違ったあなたになるかもしれませんよ)
阿井の言葉が甦った。
この頃は、何かあるごとに阿井の言葉を思い出す。
それが、不思議なほど生活の中でぶつかることと関連していて、
恂子は、自然に阿井への思いにふけってしまうのだった。
そんなの気持ちが顔や姿に表れて、
プロのカメラマンの目には分かってしまうのかも知れない。

良ちゃんは二杯目も一息に飲み干し、
もう一杯注げというように、グラスを突き出しながら言った。
「いいんだよ、無理に言わなくたって」
良ちゃんは悟ったような言い方で、じっと恂子の目を見る。
「ようよう、お二人さん。
見つめ合ったりしちゃってさ、妬けるじゃないか」
一人が割り込んできて、
たちまち見つめ合い方第1条、第2条と語り始めた。
良ちゃんが露骨にいやな顔をする。

酒席というものは
どんな理由で開かれたにしても、
やがて、本来の目的から遠ざかっていくものなのである。

(覚醒9~10へ続く)

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