NO 185

覚醒

13

広く美しい内海であった。
大小の島々が浮かび、
それぞれが、様々な彫刻を施した石製の橋で繋がれていた。
岸から離れて壮麗な神殿が建ち、
そこまでは、広い水路とその両側に並行する石の道が続いていた。
高い6角の石柱のむこうに見える拝殿には、
壁面にたくさんの図形が描かれ、脇からは、人工の滝が落ちて、
参拝者の小舟が往き来する水路にきらめきを与えていた。
神殿の左右には網の目のように小さな水路が掘られ、
岸辺には、貴金属から日用品にいたるまでの商店が並んで、
おびただしい人々が往来していた。 

”ムー”の首都。
水の都、ヒラニプラであった。

緑の丘をぬって流れる川の澱みには、
蓮が白い花を咲かせ、遠くに神殿が煙っていた。

男が一人佇んで内海を見つめている。
あたり一面に花々が咲き乱れ、色とりどりの大型の蝶が舞っている。

彼は今想っていた。
はるか6000キロの彼方を。
1万3000年の時を超えて出会うであろう女性(ひと)のことを。

 (これでいいのだろうか・・・)
 
 これから相対しなければならないグループの中にいる彼女。
 まだ何も描かれていない、白いカンバスのような彼女。
 自分は初めて会った時から、すでに彼女との運命を朧に観ていた。
 しかし彼女にとって、自分と共に行くことが、
 はたして幸福なのであろうか。
 現在のなかで恋をし、結婚して母になることのほうが、
 彼女にはずっと幸福なのかも知れない。

 (だが、もうスターオリハルコンを渡していまった)
 彼女はきっと”アマランサス”に来るだろう。
 その時はすでに引き返すことができないのだ。

無数の蝶が、男の周辺を舞っている。
男は遠い目で神殿を見ている。
 
 (しかし、自分がどう動こうと、もはや、流れを変えることはできまい)
 とすれば、その流れの中で、どのように生きるかが問題である。
 これから真っ白なカンバスに二人で描いていく絵は、
 お互いにとって最高のものでなければならない。
 いや、そうなるはずである。

男は自分に納得させるように、
大きく息を吸い込み、川に向かって歩き出した。
蝶がそれに反応して複雑な軌跡を描く。
やがて男の姿は、明るい陽光のなかに、ぼやけはじめ、消滅した。
どこかでギターのトレモロが聴こえていた。

14

一面に色とりどりの蝶が氾濫していた。
赤、青、黄色。何千、何万、何億、何兆。
無数の蝶が、地の底から螺旋を描いて天上の高みに吹き上げる。
それぞれ、方向の異なる無数の集団となってねじれ合い、渦を巻く。
そして、その色の竜巻は、一気に一点に収斂し、
その瞬間に無限に拡散して、そのたびに位相を変化させる。

男は今、一頭の蝶になって、流れに身を任せていた。
回転する自我が、ある時点時点で位相の異なる流れに転位していく。

やがて渦がゆるやかになり、次第に蝶の数が減少してついに静止した。
壁画の黒い扉の一つがかすかに発光し、
”アマランサス”の通路に、おぼろげな男の姿が実体化した。

(覚醒12~16へ続く)
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NO 184

覚醒

11

槙原恂子は東口をぬけて、ゆっくり歌舞伎町へ向かっていた。
相変わらず、人また人である。
信号を渡って新宿コマのほうへ、、
人波に押し流されるようにして歩いて行く。
(理佳は彼と逢ってるかな)
(良ちゃんはどうして早く帰ったのかしら)
(編集長は挨拶で、何を言いたかったのだろう)
思考の断片が頭をよぎる。
(阿井さんは、どうしているかしら)
いつの間にか
心のの中に住みついてしまった人のことに思いが至って、
恂子の思考が停止した。

何度か会いたいと思ったが、
何故か、彼に悪いような気がして、
教団に連絡する気にはなれなかった。
それにどんなに気持ちが沈んでいる時でも、
ペンダントに触れると落ち着いてくるのだった。
だが、今日はちがう。
「好きなひとができたんだろう」と良ちゃんや理佳に見抜かれ、
また、これからホテルのロビーで逢うという、
二人のことも、刺激になっていた。
(会いたい!)
恂子は心からそう思った。
右手の指でペンダントをはさむ。
胸の中心が熱くなり、塊となってせり上がってくる。

 まっすぐ前を見て歩いている恂子は気がつかなかったが、
 ペンダントの金属片がかすかに発光して、
 その光は彼女の指先をやわらかく包んでいた。
 道行く人たちが、不思議そうに彼女の胸元に視線を送っている。

恂子は熱い胸をかかえ、人波からはずれて、大通りを右へ曲がった。
”アマランサス”と書いてあるはずの、暗くぼんやりとした看板が出ている。
恂子は、ためらわず階段を下りて扉を押した。

「いらっしゃませ」
黒服が寄ってきて頭を下げる。
会釈を返し、なにかに誘われるようにして、 奥へ進んでいく。
正面の壁が音もなく左右に開いた。
蝶の壁画が迫ってくる。
壁画の蝶が恂子を迎えて喜こび、
彼女の後ろについてくるような感じがした。

12

第3の扉が開いた。
懐かしい赤い花の世界が広がっている。
中央の発光する柱の光が噴水に溶け込み、
上部の夜空には、今夜も星が輝いていた。
かなりの客がボックスにいる。
この前流れていた、東洋的なBGMはきこえない。
カウンターに座ると、例の赤い酒がでてきた。
飲む前から、頭の中に、
弱音の弦のトレモロがきこえるような気がする。

「いらっさいませ」
先日の女性が近づいてきて声をかけた。
「この店をあずかっている洋子でございます。
もうすぐ阿井さんもみえますわよ」
隣に座って恂子の顔をのぞき込んだ。
「何を考えていらっしゃるの」
「ええ、前とちがって、あまりにもスムーズに入れたものですから・・・」
「きっとそれのせいですわ」
洋子は微笑みながらの恂子の胸を指した。
「えっ、これですか」
「阿井さんがわたしたのでしょう」
洋子はいたずらっぽい目になる。
「ええ・・・」
「このペンダントは、ここの会員証のマークをふくんでいるんです。
それにこの金属は・・・」
あとは何を言っているのか恂子には分からなかったが、
洋子は一人で納得しているようだった。
「このペンダントに、特別な仕掛けでもあるのでしょうか」
「そうよ、それに反応して扉が開いたのです。
阿井さんは、あなたがおいでの時に入れるように、
心をくばっておいたのでしょう」
阿井は、恂子がまた来ることを予測していたのだ。
どんなに長い間離れていても、
きっとまたここで、恂子と会えることを確信していたに違いない。

 恂子は、あらためてペンダントを持ち上げてみた。
 そういえば、入り口の扉についていた、
 太陽のレリーフに似ている。
 じっと見つめていると図形がぼやけ、
 想念のような、あいまいなものを感じる。

いつの間にか店内には、ギターのトレモロが流れていた。
「あら、お見えになったみたいよ」
洋子が立ち上がった。

(覚醒13~14へ続く)

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NO 183

覚醒

怐子は、ようやく理佳の前へ行って、ビールを持ち上げた。
「終わったらコーヒーでも飲もうか」
目の前にある満杯の2つのグラスに、
手で蓋をするようにして、理佳が誘った。

終わりに理佳の謝辞があり、締めの乾杯がそれに続いた。
いつも間にか良ちゃんの姿が見えなくなっている。
岡田が理佳に一言二言声をかけて席を立った。
理佳は怐子に軽くウインクしてから、
元気でなとか、幸せになれよとか言われながら
みんなに見送られて出て行った。

怐子は、何人かに誘われたのを断って、理佳のあとを追う。
地上に出て20メートルほど先をゆっくり歩いている理佳に並んだ。
「”未完成”にいこう」
理佳が言った。
「今日は彼と逢わないの?」
「センチュリー・ハイアットのロビーよ」
「フーン、いいなぁ」
「怐子、お前だって好きな人ができたんだろう」
理佳が突然男言葉で、良ちゃんと同じことを言った。
「はっきり、わかんないのよ」
「はじめはみんなそうさ。
気がついた時には、もうまっただ中なんだから」
「でも先輩、まだ相手が、どう思っているかわかんないんだもの」
怐子は、理佳の腕にぶらさがるようにしてあまえる。
「いいのよそれで、自分が好きだったら・・・
そう、女には二つのタイプがあるみたいね。
自分が好きにならないと絶対ダメというのと、
そんなに好きというわけではないけど、
押しに押されると、ついほだされてしまうタイプよ」

(阿井さんなら、何と言うかしら・・・)
たしか彼は、
人は刹那刹那の時間の点滅のなかに生きていると言っていた。
その度ごとに生まれ、死んでいると言っていた。
(愛もそうかしら・・・)
次第に思いが阿井のほうへ傾いていく。
理佳もまた、これから逢う男のことを考えている。
二人は今、それぞれ異なることを考えていながら、
互いに連帯感の中にいた。

10

「あれっ、休みだわ」
「定休日じゃなかったはずよね」
純喫茶”未完成”の扉は、
この二人が一緒では入れませんよ、とでもいうように、
しっかり閉じていた。
「運命やなあ」
岡田のまねが出る。
「そうやなあ」
思わず怐子も返していた。
「じゃぁ怐子、あまり時間がないから、
センチュリー・ハイアットへ行こうか」
「でも彼が来るんでしょう」
「うん、この機会に紹介するわ」
「でも・・・」
「”未完成”が閉まっていたのも運命や。
だから、紹介することになるのも、運命やで」
怐子は何故か理佳の彼に会いたくなかった。
「二人のお邪魔はしたくないし、・・・
それに少し一人で歩いてみたいから・・・
先輩、今日はこれで失礼します」

怐子は身をひるがえしながら、
いつも理佳にこうされていたっけ、と思った。
今日は自分の方から別れてきた。
理佳と一緒の時間を、あと5分、10分と引き延ばしても
どうなるものでもないような気がしていた。
怐子は最近その時々の感情の振幅が激しくなっていた。
自分を取り巻く様々なことに、敏感になっているからかも知れない。
心の支えらしきものが見えてきたのに、
それが安定したものにならない動揺からであろうか。

 彼女の様々な感情の動きを示す棒グラフが
 激しく伸び縮みしている。
 グラフの下方には、その時点時点で変化する、
 棒グラフ全体の面積がデジタル表示されている。

 <どうなりますかね、Kさん>
 <・・・・・・・>
 <覚醒への灯火がともりますか>
 <近いようですね>

(覚醒11~12へ続く)

 

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NO182

覚醒

世界的規模で発生していた集団自殺も、ようやく下火になり、
一時あれほどテレビを賑わした海底火山の話題も
忘れかけようとしている頃、
編集部では、5月いっぱいで退職する理佳のために、
送別会と結婚を祝う会を兼ねて行うことになった。
恂子は定刻少し前に地下街の会場に着いた。
早々に来た連中は、もうジョッキを傾けている。
理佳がアイボリーホワイトのワンピースに、
左手の薬指の輝きを隠すようにしながら上座についた。
幹事の挨拶の後、岡田が立ち上がった。

「会うことは別れの始まりというが、
それは、別れることによってはじめて
新しい出会いが生まれるということである。
我々はかつてたくさんの出会いと別れを繰り返してきた。
それは、人間の歴史といってもよいであろう。
だがそれは、一つの過程にすぎないような気がするのだ。
いずれ我々は、今までの常識を超えた
新しい出会いと別れを経験することになるのではないか・・・」

岡田の話が続く。
理佳はすこし俯いて聞いている。
日頃うるさい連中も、かしこまって聞いている。
恂子の心に岡田の言葉が、細かい粒子となって降り積もっていった。

「・・・そして我々は再び理佳に出会うことになるだろう。
その時も、今と同じ気持ちで、
その新しい出会いに臨めるようにしたいものである」

いつになく長い岡田の話が終わった。
記念品贈呈の後、デスクの山崎の音頭で乾杯があり、
あとは、お定まりの宴が進んでいく。
反対側の末席で良ちゃんがむっつり飲んでいる。
恂子の前にスポーツ関係担当の二人がやってきて、話しかけてきた。
「恂子、お前はまだか」
「早く見つけろよ」
「なんなら世話しようか」
「それとも、誰かいるのか」
さらに、いつも向かいの席から誘いをかけてくる男が割り込んできて、
恋愛論から結婚論へと発展していく。
それぞれが自説を述べ、
そのたびに恂子はどう思うかと問われるのが、
だんだん苦痛になってきて席をはずした。

時間をつぶして戻っても、
恂子のいない席を囲んで、まだ議論が続いている。
恂子は、さっきから気になっていた良ちゃんの席へ行く。
彼の周囲はまるで、壁でもできているかのように、
人を寄せ付けない雰囲気があった。

「どうしたの」
ビールを注ぐ。
良ちゃんは、それを一気に飲み干して、ポツリと言った。
「恂子、お前好きな人ができたな」

恂子は自分で自分の気持ちを計りかねていた。
たしかに阿井に激しく会いたいと思ったりもするが、
会って何をしたいというわけではない。
しかし、こうして良ちゃんに言われてみると、
やっぱり彼を好きなのかと納得するところがある。

恂子は空になった良ちゃんのグラスにもう一杯つぎながら言った。
「良ちゃんはどうなの」

今までの恂子なら、
良ちゃんの疑問に直接答えるようなことを言ったかも知れない。
だが、今日はその答えを別な方向にずらしている。
もちろん自分の気持ちがはっきりしないせいでもあるが、
物事は、そう短絡的にはいかないことに気づき始めている。

(これからは、以前と違ったあなたになるかもしれませんよ)
阿井の言葉が甦った。
この頃は、何かあるごとに阿井の言葉を思い出す。
それが、不思議なほど生活の中でぶつかることと関連していて、
恂子は、自然に阿井への思いにふけってしまうのだった。
そんなの気持ちが顔や姿に表れて、
プロのカメラマンの目には分かってしまうのかも知れない。

良ちゃんは二杯目も一息に飲み干し、
もう一杯注げというように、グラスを突き出しながら言った。
「いいんだよ、無理に言わなくたって」
良ちゃんは悟ったような言い方で、じっと恂子の目を見る。
「ようよう、お二人さん。
見つめ合ったりしちゃってさ、妬けるじゃないか」
一人が割り込んできて、
たちまち見つめ合い方第1条、第2条と語り始めた。
良ちゃんが露骨にいやな顔をする。

酒席というものは
どんな理由で開かれたにしても、
やがて、本来の目的から遠ざかっていくものなのである。

(覚醒9~10へ続く)

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NO 181

覚醒

「先輩どうしたんですか」
恂子に言われて、理佳は現実に返った。
あの時の彼との光景を思い浮かべると、
理佳は、ほんのすこしだけれど、放心状態になるらしい。
「ごめん、何でもないのよ。
そんなわけで、あっという間に決まってしまったのよ」
「で、式はいつなの」
「6月だって」
「ジューンブライドね」
「普通と違って、彼の会社の方式でやるんだって。
だから全部まかせてくれって。
君は身一つで来ればいいって言うのよ」
「フーンいいなぁ」
恂子は心からそう思った。
「もう編集長には話してあるけど、5月いっぱいで社を辞めるわ」

いつの間にかマスターが寄ってきて二人にワインをついだ。
彼がこんなことをするのは初めてなので、びっくりする。
「聞きましたよ、おめでとう。編集部も寂しくなりますね」
いったん言葉を切ったマスターは、
真顔になって少し迷っているふうである。
二人にもう一度ワインをついで、
「月刊GOOでは、最近の社会異常についても、
取り扱ってるってことでしたが・・・実はうちの息子がね・・・
いやこれが親に似ず勉強の虫で、
今年T大とかってところに入っちまったんですがね・・・」
マスターの言葉がまた切れた。
「どしたのよ、マスター」
理佳が怪訝そうにうながした。
「ええ、実は行方不明になっちまったんですよ」
「えっ、うそでしょう」
「もう1週間になるんです」
「家出ですか・・・何かあったんでしょうけど、すぐに帰って来ますよ」
「そんならいいんですがね。最近若い者の蒸発が多いもんでね・・・
ああ、どうもすいません。せっかくの所をお邪魔しちゃって・・・」
マスターは語尾を残して奥へ引っ込んで行った。

恂子と理佳は顔を見合わせた。
たしかに若年層の蒸発や誘拐が多発していた。
月刊GOOでも、そのことについて特集を組んでいたし、
テレビや新聞にも、その種のニュースが絶えない。
「最近の誘拐事件では、まだ一人も戻ってきた人はいないわね」
いきおい声をひそめる。
「そうねェ」
「例の集団自殺にしたって、まだ続いているらしいし・・・」
恂子は途中で言葉を飲み込んだ。
理佳があまり乗り気でない風である。
せっかく結婚の話で盛り上がっていたのに、
腰を折られてしまったのだ。
「先輩、もう一軒行きましょうよ」
恂子は調子を変えて言ったが、理佳は首を振った。
「今日はこれで帰るわ」

以前にもこれと同じ場面があった。
あの時の理佳は、
今日は彼が来るかも知れないと言いながらも、
どこか、不安そうであった。
しかし今は違う。すっかり落ち着いている。
理佳が恂子を誘ったのは、
友人として、結婚のこと、退職のことを告げるためであったろう。
その目的が達成された今、
理佳は早く帰って彼を待ちたかったのかもしれない。
いや何処かで、待ち合わせる約束になっていたのかも知れない。

”近鉄”を出て一人になると、
恂子は、前に理佳に言われたことを思い出した。
ボーイフレンドなんか何人いたって、楽しいだけで幸福ではないと。
(楽しいと幸福は違うのね)
職場では、個人的な事情で流されるような理佳ではなかったが、
彼女はこの1年のうちに、大きく変わっている。
自分の生きる道を見つけたのだ。
それは、女性として目覚めたということだろうか。
結婚して子どもを産んで・・・
つまり、女性としての機能を全開できるようになって、
はじめて真の幸福を知るのであろうか。
恂子の脳裏に阿井の姿が浮かんで消えた。

神によって与えられ、本来誰でも持っている機能を、
人間はどれだけ活用しているであろう。
何の為にあるのかさえ分からないままに、
退化させてしまった器官が、たくさんあるのではないか。
石器に始まり、つねに道具を用いることによって発展してきた人間は、
望遠鏡を作り、電話を発明し、蒸気機関をつくって
時間と空間をどんどん縮めてきた。
自らの内なる器官を使うことなく、
種々の目的を、かなえることが出来るようになり、
今、宇宙へと一歩を踏み出そうとしている。

 <目が外へ外へと向かっていくのですね、Kさん>
 <ええ・・・>
 <もっと身近で、もっと大切なものが、どんどん失われていきます>
 <そんなものでしょう>
 <もっと人間自身をみつめなければいけませんね>
 <むずかしいでしょうね>
 <たしかに、根気強い努力が必要でしょうが、
   不可能ということはないでしょう>
 <そうですね>

不可能ではない。
なぜなら、かつて人間そのものを深く見つめ、
その機能を十分に活用出来た者たちちがいたからだ。
そこには、なまさかの機械など、まったく不要であった。
人間はそれぞれ”個”であり、同時にまた”全”であった。

”超能力・・・”
現代人は言う。
だが、かつてこのソル系第3惑星にやってきた種族にとっては、
ごく普通のことであった。
そして、”天の羽衣教団”をめぐる出来事には、
彼らが深く関係しているに違いないのである。

(覚醒7~8へ続く)

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NO 180

覚醒

4月に入って、曲助教授の予想したとうり、海底火山の噴火が続いた。
1日には、ニュージーランド北方のケルマディック諸島で2ヶ所、
1日おいて、3日には、ハワイ島南方で2ヶ所、
それぞれ数時間の間隔で噴火した。
時を同じくするように、東太平洋の島々に大雨が降り続け、
ワシントン島、ファニング島、クリスマス島では、
海面水位の上昇と相まって浸水騒ぎが起こった。

一方、集団自殺はその後も跡を絶たず、
金華山、石廊崎で、数十人のぼる投身者がでたという情報がはいっていた。
もちろん、その情報は政治的に封鎖されており、
一般の間ではまだ問題になっていないが、
この3月から4月にかけて世界的な規模で行われているという。
それらはすべて太平洋側の国々であり、
自殺のスタイルも酷似しているということであった。

また、3月下旬頃から、ローティーンの誘拐事件が頻発し、
4月に入ってすでに9人を数えていた。
幼児ではないのだから、
ただ、甘い言葉や、美味しいもので連れ去られる訳ではないだろうし、
9人が9人とも帰ってこないというのも、今までに例をみないことであった。

そして槙原恂子の勤める月刊GOOの編集部にも変化が起きていた。
林理佳が社を辞めるという。
彼女は3月に3日ほど休暇をとって、彼と旅行してきたはずだった。
(南紀とかいったわね)
彼女が辞めるとすれば、彼との結婚にちがいない。
1年待ってくれ、といわれていると、話していたのを思い出す。
話が順調に進んで予定より早くなったのだろう。
理佳は今朝からずっと外回りに出ている。
出際に恂子に「今日帰ったら付き合ってね」と言っていた。
(結婚の話にちがいないわ)
よし、今日は彼のことを全部白状させてやる。
特に3月の南紀旅行のことは、詳しく訊きだしてやる。
恂子はそんなことを考えながら書きかけの原稿にとりかかった。

 後ろのドアが勢いよく開いて、
 会議室からスポーツ娯楽担当のスタッフがドヤドヤと出てきた。
 「オイ、お前も出てみたらどうだい」
 「バカ、企画するほうがそんなことをしたら、1回目からお流れだよ」
 「んでも、お前が出れば、優勝賞金100万円も夢じゃあないぜ」
 どうやら今年から開始される、月刊GOO主催の”雀聖戦”の話らしい。
 「しかし、第1次予選を、横浜に停泊中のクイーンエリザベス号に、
 雀卓をならべてやろうってアイディアは、ちょっとしたもんだな」
 「最初は大きく花火をあげなきゃね。
 話題になって人が集まりゃしめたもんよ」
 相変わらず辺りをはばからない大声である。

ようやく強さを増してきた午後の陽射しを背に、
編集長の岡田は沈思黙考の態で、
紫煙だけが、彼の思考にうなずくように左右にゆれている。

2時間後、恂子は理佳と二人”近鉄”にいた。
ワインがくると、理佳が小声で言った。
「私のために乾杯してね」
「「乾杯!」
二人の合わせたグラスが澄んだ音をだした。
一つ目は(おめでとう)二つ目は(ありがとう)
なんにも言わないのに二人には分かっていた。
心が通じ合っているという充実感に胸が膨らむ。

「それで、彼なんていったの」
「ん?・・・」
「プロポーズの言葉よ」
理佳は乾杯で残ったワインを一息で飲み干して
「最初、私のことを考えると仕事がうまくいかなかったって。
でも、今は逆に力がわき上がってくるって」
「フーン」
「私が必要だって言ったわ」
理佳の上気した頬は、ワインのせいばかりではない。
恂子は、理佳の、こんな女らしい表情を見たことがなかった。
(女って変わるのね・・・)
「すばらしいわ」
「1年待ってくれって言ったけど、
もう彼は十分私を幸せにできる男になったからって言うのよ。
どうゆう意味かしらね」
ウフフ・・・と理佳が口元をほころばせる。

いつものスーパーミディアムがきた。
一口手をつけたものの、二人とも胸がいっぱいで、
すぐにフォークを置いた。
「3月の旅行の時でしょう」
「そう、串本から大島へ渡ったわ。目の前は太平洋よ。
薄明かりの中に突然光の矢が飛んだわ」
「えっ?」
「そしてそれは、無数の光の流れとなって氾濫し、
私たちをとらえ、満たしたわ」
「ああ、日の出ね」
「彼は片手で私の肩を抱きながら、太陽を指して言ったのよ」
「結婚してくれって!」
「うううん、ボクはあそこへ行くんだって」
「フーン」
「ボクの故郷へ行くんだって」
「故郷?」
「長い間、心の片隅に追いやられ、忘れ去られていた故郷へ、
光に満ち、悪の影さえない国へ、君と一緒に行きたいって・・・」
いつの間仁か、理佳の言い方が直接話法になっていた。

 彼にそう言われたとき、
 理佳は、彼の体内から以前には感じたことのない
 強いエネルギーの放出を受け、
 ほとんど倒れそうになって、彼の胸にしがみついた。
 「一緒にきてくれるね」
 「ええ・・・」
 返事の後半は彼によって唇をふさがれていた。

二人の姿は輝く光を受けて、
新鮮な払暁の大気のフィルムに一点となって定着した。

(覚醒4~6へ続く)
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NO 179

震災復興応援 008-1
皆様、

明けましておめでとうございます。
旧年中は、公私ともにお世話になり、
たいへんありがとうございました。
本年もご指導のほど、
宜しく、お願い申し上げます。

さて、
今年は、弘前市合唱連盟が創立60周年を迎えます。

この記念すべき年に、
奇しくも、「弘前市顕彰・ゴールド卍賞」を受賞致しました。

これまで、60年間、合唱音楽の向上と普及に寄与された、
100を超える合唱団に敬意を表しつつ、
現在、ここに立ち会えたことを喜び、
応援してくださったたくさんの方々に、
心より感謝し、お礼申し上げます。


2017年元旦

弘前市合唱連盟会長 川村」昇一郎

 


(SF小説「ムーの幻影」を、引き続きお楽しみください)

兆候(最終回)

20

「話が決まったら、あたしゃ急に腹がへってきたよ」
「どうなってんだよ、お宅の胃袋は」
山崎が立ち上がってドアの近くにある電話コーナーに行く。
怐子は、自分が”天の羽衣教団”の取材を始めた時から、
なんだか急に、今までとはちがった事件が、
立て続けに起こり始めたように思う。

特にこの集団自殺、そして海底火山の噴火。
人間の世界と自然界の両方にまたがる現象は普通ではない。
これが、”天の羽衣教団”と無関係でないとすれば、
苦しみからの解放と、人類の平和を目的とするという、
教団理念に矛盾するのではないか。
それにくわえて
今年は歴史的エルニーニョイベントになるといわれているのだ。
やはり今年は大変な年になりそうだ。
そしてその中心になるのが、”天の羽衣教団”ではないだろうか。

たしか、”予言の刻”では
それに対応するグループも動き出していると語られたが、
それは、どんな人たちなのだろう。

どうしても阿井のことが頭から離れない。
彼もまた、この一連の事件に深く関わっているのだろうか。
今までは会えなくても不安を感じたことがなかったが、いまは違う。
会って聞きたいことがたくさんあるような気がする。
怐子は、自分の中に今までにない、強い欲求が芽生えているのを感じ、
思わずペンダントを握りしめていた。

21

「そりゃーないでしょう」
山崎の大きな声に、みんなが電話コーナーを見る。
山崎はすぐに意識的に小声になり、しばらくして、席に戻ってきた。
みんなの視線が彼に集中する。
しかし山崎は冷静な声で、
海底火山の噴火から一人生き残った
曲助教授の談話がはいっていることを伝えた。

曲は今でも信じられないと語っている。
特に同乗のの四倉助手とは、4ヶ月も同じ現場で行動を共にしてきた。
こうしていても、まだ、彼がすぐそばにいるような気がすると語ったという。

「それから最後にな」
山崎は声をおとした。
「これは個人的な見解だとことわってな、
この海底火山噴火は、今後もつずくのではないかと言ったそうだ」
(曲っていう人は、すごく運ののいい人ね。
なんだかその予想も当たるような気がするわ)
怐子の不安は募るばかりであった。

「ところでな」
山崎が写真をポケットにしまいながらみんなの顔を見た。
「ドクターストップだ」
「えっ、なんだって」
「せっかく苦労してもらって悪いんだが、
集団自殺の件は、これ以上追わないことになった」

その時、
ドアのそばのボックスで週刊誌を読んでいた客が腰を上げた。

(兆候終わり。次回、覚醒1~2へ続く)

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NO178

兆候

18

ドアが開いて山崎が入ってきた。
「あれ、デスク、どうしたんですか」
「お前らね、コレがね」と山崎が親指を立てる。
「タダでコーヒーチケットを切るとでも思ってんのか。
会議室がふさがってるんで、ここで、やれとよ」
「やっぱりネェ。そんなことだろうと思ったよ」
みんは明るく笑う。

山崎は席に着くなり、
時間がもったいないとばかりに、しゃべりだした。

「さて室戸は飛ばされたが、
定期的に集団自殺が行われているということが確実になった。
ボスの所に入った情報によると、今回は20人を越える人数だそうだ。
まず、これを見てくれ」
山崎は、ポケトから取り出した封筒を卓上に置いた。
一拍おいて小山が手を出し、中から2枚の写真を取り出す。

1枚は、ぼんやりとだが、白布を纏った何人かが、
岩の上に立っている姿が映っている。
もう1枚は一人のアップで、顔の表情まではっきり分かる。
穏やかな表情であった。
いや、むしろ恍惚としている。
とてもこれから自殺する者の顔ではない。

恂子は廻ってきたアップの写真を一目見るなり言った。
「神の御許にまいりますって顔だわ」
「そう、それだよ、
これは彼らにとって自殺ではなく、至福の世界への出発なんだ」
「そうか、見えてきたぜ。やはり例の教団が関係しているな」
「しかし、信者がみな自殺するのはおかしいぜ」
「特定の奴らが自殺するんじゃネェのか。つまり、神に召されてよ」
「ウム、これは教団に誰か先導する奴がいますね」
いつものブレーンストーミングが続く。
デスクの山崎は、運ばれてきたコーヒーをブラックですすっていたが、
いいかげん、4人に吐かせたあとで、徐に口を開いた。

19

「ボスの情報によると、当日の1週間ほど前から、
南紀地方を”アキヤマ”という男が徘徊していて、
何か関係がありそうだが、当日、現地には現れていない」
「んで、自殺者の身元は?」
「現段階ではまだ分からない」
「鋭意捜索中ってやつだな」
「まあ、今回は人数も多いし、
家族とか、関係者から、何らかの反応があるだろう。
ところで、今後のことだが、
知っての通り海底火山の噴火で、手が足りないんで、
当分は、このスタッフでいくことになるが・・・」
「あたしゃ、依存はないよ」
大川が言うのに、みんながうなずいた。

「それより次はどこの岬かを話し合っていたんですよ」
小山が先をうながした。
「うん、北は金華山と犬吠埼、
南は御前崎、石廊崎あたりだろうってことになったところだぜ」
良ちゃんが付け加える。
「ということは、金華山、御前崎、犬吠埼、石廊崎の順になるな」
「おい、ちょっと待てよ。そんなに簡単に決めていいのか」
室戸でこりたらしい良ちゃんが続けた。
「いやね。北が納沙布、尻屋、金華山、犬吠埼で、
南が佐多岬、足摺岬、潮岬、御前崎、石廊崎ってことになると、
4対5になるからさ」
「なるほど、室戸が飛ばされたのは、そのあたりの理由かもしれないな」
「4対4になるとしたら南はどこを飛ばすかだが・・・」
結局結論はでずに、その問題はまだ時間があるので、
保留することにして、ともかく次は金華山だろうということになった。

「やろうじゃないの。今度こそ特ダネをいただきだぜ」
良ちゃんが吠えた。

(兆候、最終章20~21へ続く)

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NO 177

兆候

16

3月28日。
連続して起こった海底火山の噴火によって、
日本の漁船団が被害を受けた。
救助にむかうはずの、気象庁特別海洋観測船”いるかⅡ号”は、
別の海底火山の噴火にあったもようで、
乗組員全員が船もろとも行方不明になっていた。
特に南硫黄島の南、北緯23度統計142度の噴火は、
二日後の現在も10秒から5分に1回の割合で、噴火を繰り返して、
煙の切れ目から、新島が誕生したことが確認されていた。

(曲先生だけ助かったのね)

恂子は鉛筆を動かしながら考えていた。
急を有するデータ解析のために空路東京へ向かった
T大海洋研の曲助教授だけが難を免れていた。
そういえば、だいぶ前に、日本のジャンボ機が堕ちた時、
奇跡的に助かった人がいた。
それとは逆に自らすすんで、死を選ぶ人もいる。
現在日本では20分に一人の割合で自殺者がでているという。
原因はいろいろあるが、十代においては、家庭や学校の悩み、
二、三十代では、アルコール依存症、精神障害、
四、五十代になると、借金や倒産、
そして六十代では、病苦ということになる。
どの年代においても男性が圧倒的に多いのが特徴である。

(今起こっている集団自殺は、いったいどんな原因があるのかしら)
いつの間にか鉛筆が止まっていた。

昼過ぎ、室戸へ出かけていた3人が編集部に顔をだした。
いずれもさえない顔だ。
いつものように小山がキャップ役をつとめて、デスクの山崎に報告している。
風邪でもひいたのか、時々フンフンと鼻から息を抜いていて、
声もかすれている。
「まあ、メシでも食ってこいよ」
山崎がポンと小山の肩をたたいた。
それが聞こえるとすぐに大川が立ち上がって言った。
「あたしゃ最近腹が減ってしょうがない。一緒に行かないか」
目が恂子の方を向いていた。
山崎が目で、一緒に行けといっている。
恂子が立ち上がるのを見て、良ちゃんもゆらりと腰をあげた。
小山が後ろに従う。どうやら何か食う時は、大川がリーダーになるらしい。

17

地下街のラーメン専門店”海流ラーメン”で、
大川は”黒潮”と”親潮”の2杯をたいらげたあげく、
「黒潮に乗って”モカ”へ流れ込もうぜ」
「ウム、賛成」
小山がしかつめらしい顔で言った。
「でも編集長がいるわよ」
「かまうこたあネェだろう。俺たちは仕事をしてきたんだからな」
「そうだ、今日はボスの付けにしてやれ」
大川が言うと、もう立ち上がっていた。

モカをのぞくと、編集長の岡田の姿は見えない。
カウンターに二人と、ドアの前のボックスに一人客がいた。
恂子たち4人は、何時も岡田がいる奥の席に陣取った。
「いらっしゃいませ」
ママの由美が笑顔で近寄ってきた。
コーヒーをたのむと、小山が口を開いた。
先ほどとは打って変わって真面目な調子だ。
「佐多岬、足摺岬、潮岬とくれば、次は御前崎か、石廊崎ですね」
「そうだ、北の方は金華山と犬吠埼だな」
みんなは当然のことながら、そのことが気になっていた。
誰かが切り出すのを待っていたのだ。

コーヒーが来た。
早いなあと言う良ちゃんに由美がにこにこしながら、
「もう来る頃だから、コーヒーを落としておけって言われましたので・・・
それから、これは岡田さんのチケットで前払いにしていきましたわ」
「えっ!」
由美がくすくす笑いながら去っていく。

(どうも、あのお方は普通ではないわ。
たしか、前にもこんなことがあった。
いつも先を読んでいる。ひょっとしたら・・・)
恂子は頭に浮かんだことを自分自身で否定した。

兆候18~19へ続く)
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NO176

兆候

14

ホテルで休養をとり、下見をすませた大川、小山、良ちゃんの3人は、
新鮮な磯料理をたらふく詰め込んだ後、満を持して外に出た。
午後10時。
ずっと続いていた雨は、いつの間にか煙るような霧雨に変わっていた。
昼の内に検討しておいた”ビシャゴ岩”から、50メートルほど離れた岩陰に、
3人は陣取った。
美人の自殺伝説が残っているところである。
大川が高さ10メートル以上もあるような岩のところまで、
小走りに駆けて行って、
表面に100円球ほどの、高性能小型ワイヤレスマイクをセットする。
小山は戻ってきた大川に、イヤホーンを渡しながら、
「感度良好」と指で輪をつくって見せ、
自分はCIAでも使っているという、超高性能赤外線暗視鏡を取り出した。

静かに時が過ぎていった。
霧雨のなかを肩を抱いて相合い傘で歩いていたアベックの姿も
いつしか消えていた。
「寒いですね」
小山が暗視鏡を置き、ポケットに手を入れた。
「納沙布や尻屋はもっと寒かったろうな」
良ちゃんは、タバコに火をつけようとしてやめた。
3人は午前2時までねばって、ホテルに引き上げた。
念の為に残してきたレコーダーには、
ただむなしく波の音が繰り返されているのみであった。

そして、翌29日も、何も変化は見られなかった。
ビシャゴ岩だけではなく、地元の人間にもあたってみたが、
それらしい気配は感じとれなかった。
大川以外は気の乗らない朝食の後、部屋に戻った小山が、
社に一報しようとした時、電話が鳴った。

15

「ホイ、先に催促されたかな。ハイハイ、今出前がでたところですよ」
言葉とは裏腹に、小山は出した手を一度引っ込めてから、
慎重な手つきで、受話器を取った。
「あ、デスクですか、実は昨夜も収穫なしでした。
もう一夜、頑張って見ます」
努めて明るく言う。
「それがな、もういいんだよ」
山崎の声はちょっとすまなそうに、沈んでいた。
「すぐ引き払って帰ってきてくれ」
「そりゃあどういうことですか。
ひょっとしたら、今夜にでも朗報を送れるかもしれないんですよ」
一拍おいて聞こえた山崎の声は、いつもの調子に戻っていた。
「潮岬だよ」
「えっ!」
「今日の午前2時、潮岬で、例の集団自殺があったんだ。
俺たちは場所をとりちがえたんだよ」
「ヒェー、室戸岬はパスですか」
小山の聴いたこともない頓狂な声に、
ベッドに寝転がっていた良ちゃんが半身を起こした。
「はい、それじゃあ帰りますが、現地によらなくてもいいんですか。
一応あのあたりを訊き込んでいきましょうか」
「いいんだよ、一応の情報は入手したし、一般の目撃者はいない。
ともかく善後策を検討しなければならんから、すぐ帰って来てくれ」
電話は向こうから切れた。
「すぐ帰れとさ」
仕事となるとリーダーシップを発揮する小山が、
いつもの小さい声に戻っていた。

「冬の後に春が来ると決まった訳じゃネェ・・・か」
ベッッドに大の字になって、良ちゃんがぼそっと呟いた。

(兆候 16-17へ続く)

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