NO138

守りたい〃日本のうた〃

 「しょうがつは、かどにかどまつ、うちにはほうらい、かやかかやのみか、ほんだわら」
 これは恩師、木村繁先生の〃津軽の旋律〃第一巻より〃月ごよみ〃の冒頭で、高校時代音楽部の仲間と、よく合唱した思い出の曲である。
 

 〃津軽の旋律〃は、つがせんと呼ばれ、当時、弘高と中央高校の合同合唱団〃鏡松会〃をはじめ、多くのグループが歌い、市民に親しまれていたものだが、最近はほとんど聴くことがない。津軽の大切な心が失われていくようで、寂しく感じていたところ、今年、私の指揮している〃ひろさきユニバーサルコーラス〃が歌うことになったのである。
 このコーラスは、誰でも仲良く合唱を楽しめる団体で。現在、日本の歌を愛する四十人ほどが活動している。これで、以前から親しんできた四曲を加え、ようやく、つがせんだけの一ステージを担えるようになった。長い道程ではあったが、価値ある継続である。  
 
   すこし視野を広げると、 最近は小中学校の教科書から、かつて誰でも口ずさんでいた日本の童謡、唱歌、そして歌曲が姿を消しつつある。〃ふるさと〃や〃荒城の月〃さえ知らない子供たちをみて唖然とする。トレンドの歌、外国の歌も勿論よい。しかし、その比率が問題だ。今、グローバル化が叫ばれているが、「それではお国のものを」となった時、いったい何を語り、なにを歌うのであろうか。

 すべては教育から始まる。現在の社会がどのような状態にあったとしても、それは少なくとも二十年前からの教育の責任だ。道徳教育が、その時々の要求によって、浮沈を繰り返している例にみるように、その場しのぎの対症療法ではなく、教科を超えたところで連綿と続いてきた、日本人のアイデンティティーに重心を求め、その上に立って、より個別的、具体的である教科の指導を、バランスよく展開していくのが王道であろう。
 

  先日、何故9月がセプテンバーで、10月がオクトーバーなのかが話題に上った。識者によると、古代ローマでは、1年は304日で、3月から12月までの10ヶ月だったという。なるほど、それで9月は7番目、10月は8番目の月として残ったのだと、納得した。

  実は〃月ごよみ〃も10ヶ月で終わっている。
 (やはり道はローマへ通じているのか)
 私たちは、そんな悠久の歴史の流れのなかで、生まれ育まれてきた、かけがえのない文化遺産である〃日本のうた〃を、絶滅危惧種にしてはならないのである。
(「月刊弘前」、新年随想より)

明けましておめでとうございます。
今年は皆さんにとって、末広がりの年となることでしょう。

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