3
ロッカー室に行くと、理佳が扉の鏡で髪をなおしながら訊いてきた。
「何をいく?」
「もち、近鉄のステーキ」
恂子ははじけるように答えた。
二人はエレベーターで地下に降りる。
ガラスの扉を押すと三方に広がるショッピングタウンだ。
理佳は中央右手にある自走ベルトの上を、さらに自分の足で歩く。
恂子は”モカ”の前を通るとき、窓越しにちょっと中をのぞく。
店内に知った顔はいないようだ。
ベルトが切れたところを右に曲がって3軒目が”バッファロウズ新宿”である。
「この”ズ”とつくところがね都内に24軒のチェーン店をもっている証拠でしてね。
実は近鉄とはライバルの会社がやっているんですよ。
まあ、敵を大切にしてるっていうやつですかね」
マスターを語る。
40代前半であろうか、白く高い帽子をかぶってリズミカルに肉を焼く。
「いつもの!」
分かっていますよと言うようにマスターは頷き、
奥からこの店で一番安いロゼのワインがでてくる。
恂子と理佳はなんとなくグラスを上げて、
「何のために?」
二人同時に言った。
「理佳先輩の彼の為に!」
恂子はすかさずゴマをする。
このあたりの呼吸がワインがタダになるかどうかの瀬戸際で、心得たものである。
理佳は満足そうにほほえみ、余裕たっぷりに
「あわせて恂子の未来のために!」
片目で軽くウインクしてグラスを上げた。
「ちょっと恂子、彼ったら、一緒に旅行に行かないか、なんて言うのよ」
(行きたきゃいけ)「えっ、どこどこ」
思ったことと同時に別の言葉がでるのが、恂子の特技である。
しかし、ほんとは興味津々で、身を乗り出している。
「南紀あたりはどうかって。彼ったら話ながらね、
ここは串本向かいは大島なんて歌い出したと思うと、あたしと自分をさしてね、
仲を取り持つ巡航船なんて言いながら、コーヒーカップを取り替えちゃうのよ」
(ええ、そうでしょうよ)「なんだか今日はバカに暑いわね」
恂子がわざとらしくハンカチを取り出した時、いつものスーパーミディアムが来た。
なんで、スーパーがつくのかわからないが、
とにかく、ここでは、一番気に入っている。
「で、彼はプロポーズしたの?」
「それがね、彼、今度仕事をかえたんだって」
「フーン、で、どんなしごと?」
「今は秘密だって言うのよ。みんなの為になる仕事だって・・・
これからは、日本中を飛び回ることになる。それは、重要な仕事なんだって」
「フーン」
「やっと自分に合った仕事が見つかって張り切っているみたい。
30にして立つなんていうんだもの」
(フーンだ、立てばいいってもんじゃないわよ)「それで?」
「1年待ってくれっていうのよ」
理佳はちょっと間を取るように口もとにグラスを持って行き、
そのまま飲まずに続けた。
「そのかわり、誰にも負けない強い男になって私を幸せにするって」
「幸せね・・・」
恂子は思わずグラスを上げて
「すごいわね、先輩の彼って男らしいわ・・・」
ワインも肉も口になじんだものであり、理佳の話にあてられながらも、
それが適当な刺激とって心がはずみ、
女同士のたわいのない一時が過ぎていった。
4
地上に出てくるとすっかりくれていて、強めの風が頬に心地よい。
「すこし歩こうか」
どちらからともなく言って肩を並べる。
「ねえ、編集長”モカ”にいなかったわね」
恂子は自分も気になっていたことを、突然理佳に言われてびっくりした。
「何時だって神出鬼没なんだから、あのお方は・・・」
恂子は前から来た二人ずれの男にぶつかりそうになるのをかわしながら続ける。
「でも、あれだ仕事がちゃんと出来ているんだから不思議ね」
「そりゃ俺たちが頑張ってるからさ」
彼の話が終わるとまた男言葉になっている。
「でも、あのイボイボの健康器だけは、やめてほしいわ。かっこわるいもん」
「そんなの見てるのはお前だけだよ。
それより最近ちょって老け込んだ感じだなあ」
「それにあの怒鳴り方、すこしは傍目も考えてほしいわ」
「メガネをかけたせいばかりではないようだな」
「でも、変だからいいのね。普通だったらおもしろくないわ」
途中から話が食い違ってきた。
それでもその矛盾にあえて触れようとはしない。
二人とも、ワインやステーキのせいばかりであhなく、
それぞれ満ち足りた気分になっている。
「ところで恂子、お前最近どうなんヤ」
岡田の口まねである。
「どないもこないもあらへんわ」
恂子がやりかえす。
「なあ恂子、ボーイフレンドなんか何人いたって楽しいだけで、幸せではないぞ」
理佳は真顔である。
「幸せ・・・」
「そう、幸せよ。
たとえ100人いやだと言ってもいい。一人が心から好きだといってくれることよ」
いつの間にか二人は立ち止まっていた。
行き交う人々の姿がみな新鮮で、
街のイルミネーションが、飛び出してくるように輝いている。
しかし今一番輝いているのは、
彼女たち自身であることに気がつかない二人には、
明後日の”天の羽衣財団”訪問がプロローグとなって、
周囲のすべてが、
思いも寄らないドラマへと展開していくであろうことなど知るよしもない。
「恂子、悪いけど帰るわ」
理佳がポツリと言った。
「えっ、どうして」
「なんだか今夜ね。彼が尋ねて来そうな気がするのよ」
理佳は手を上げて、
止まったタクシーにさっさと乗り込み、じゃあね、とウインクした。
(フーンだ、もう1軒ぐらい行こうと思っていたのに・・・)
気のせいか周囲に人が多くなっていた。新宿の夜はこれから始まる。
恂子の頭の中で、乾杯の時の理佳の言葉がこだましていた。
「私の未来か・・・」
そして彼女も都会の夜の中に溶け込んでいった。
(NO156:3、謎の教団1~2へ続く)

