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”天の羽衣財団”訪問の当日、快晴。
夏の陽がギラギラとアスファルトに照り返っていた。
槙原恂子とカメラマンの藤森良は、
教団ビルの正面に社の車を横付けさせ、
30メートルはあろうかという、総ガラス張りの入り口に向かう。
近づくと3メートルほどのスペースが左右に開いて、二人を迎え入れた。
さらに10メートルほど進んで、第2の自動ドアが開く。
正面に長いカウンターがあり、
水色のユニフォームをつけた女性が3人並んで頭を下げた。
「月刊GOOの槙原です。大沢常務におめにかかりたいのですが」
「お約束でございましょうか」
「ええ、1時ということになっています」
「少しお待ちくださいませ」
一人が内線らしい受話器を取ってボタンをプッシュしている。
カウンターの左右奥に広い階段が、
鳥が羽を広げたように対をなしている。
2階まで吹き抜けになっている中央部には噴水がある。
その周囲には背の高い観葉植物が配置され、
一見なんだか分からないような形の椅子や、
ベンチが置かれて、6,7人がくつろいでいる。
階段の奥には、テナントのものらしい店構えがあるが、
まだ営業しておらず、サイケデリクな模様のシャッターが下りている。
「槙原様、お待たせ致しました。
NO3のエレベーターにお乗りになって3階でお降りくださいませ」
受付嬢に手で示された方に進むと、
広いホールを挟んで左右にずらりとエレベーターが並んでいる。
(フーン、さすがに雄大な感じね。ええと、NO3は・・・)
良ちゃんが先に見つけてボタンえお押している。
待つ間もなく扉が開く。
なぜか恂子は乗るのを一瞬ためらった。
「早く乗れよ」
良ちゃんがぶっきらぼうに言う。
3階につくと、先ほどと同じユニフォームの女性が待っていて、頭をさげた。
通路の左側は、床から1メートルくらいとドアの部分以外は、
すべてガラス張りになっていて、何処かのスタジオのような感じがする。
外部に音は漏れないが、かなりの人数が仕事をしている。
第3応接室とプレートされた部屋に案内される。
中央に大きなテーブルのある応接セットが、縦に並んでいる。
壁には適当な間隔で絵が掛けられているが、
特に飾っているという印象ではなく、落ち着いた雰囲気を漂わせている。
二人が入り口側の椅子に腰をおろすと、ほとんど同時にドアが開いて
濃紺のチェックのはいったスーツに身を包んだ銀縁メガネの男が現れた。
2
「いらっしゃい、私が大沢です」
気さくにに名刺を出し、どうぞと二人を促した後、自分も大きな椅子に座った。
中肉中背、真面目そうで、しかし、人の心をそらさない物腰である。
「本日は、”天の羽衣教団”と、その財団についてお伺いしたいのですが・・・」
時間が決められているので、恂子は早速切り出した。
「それでしたら他の団体と何ら変わったことはございません。
当財団は教団を経済面からバックアップするために設立されたものでして、
そのほかに特別なことはありません。
なにぶんにも、まだビルが完成したというわけではございませんので・・・
お茶がきたようですね」
大沢が言うと、かぐわしい紅茶のの匂いとともに、
今まで何もなかったテーブルの上に
風変わりな形のカップと銀製のスプーンが受け皿にのって現れた。
大沢が何かしたわけでも、勿論誰かが運んできたわけでもない。
「どうぞ、冷めないうちに」
大沢はメガネを右手でちょっと上げる仕草をしながら二人に勧める。
砂糖もレモンもない。
ただゆらりと生き物のように立ち上がり、拡散していく
芳醇な香と白い湯気が、まるで手招きでもしているように見える。
一口含むと、舌に喉に食道にと心地よい刺激が走った。
弱音の弦が、トレモロを奏でているような軽い痺れにおそわれ、
身体全体がすっきりした気分になってきた。
「宗教上のことについては、私どもは何も知らないのです。
まあ、私も一応10階梯ある教団の最下層には格付けされておりますが・・・」
「階梯というのは、どのようなものなのでしょうか」
「私ども第1階梯のものには、何も教えられておりません。
ご期待に沿えなくて申し訳ございませんが、財団側からは、
理事長の古谷だけが、第2階梯以上であるらしい、としかお答えできません」
「毎日同じところで仕事をしていても分からないのでしょうか」
「そうです。階梯が違うと、上の人がその気にならないかぎり
こちらからは会うことができないのです」
「しかし上の階梯の人が何処かへ消えてしまうわけではないでしょう」
大沢は恂子のストレートな質問にちょっと困惑顔になり、
タバコに火をつけると言葉を選ぶように語りだした。
「消えるわけではないのですが・・・このビルは64階まであります。
一般の人たちは、9階までしか上れません。
それから上は宗教上の・・・つまり、一種の聖域になっておりまして・・・
私たち第1階梯の者は18階までは、上れるのですが、
その上へは行けないのです。
ですから階梯の上位の方が19階以上に上がった時には、
会うことが出来なくなるのでございます」
「階段やエレベーターは?」
「少なくとも18階まではございます。
しかしその上へは行ったことがありませんので、
なんとも申し上げようがございません・・・
ええと、ともかく9階まではご案内できますが、おいでになりますか」
(フーンそんな戒律なんて気にしなけりゃいいじゃないの}
「ええ、お願いします。でも私たちが19階以上に上がったらどうなるのでしょうか」
恂子は学生時代にはとても言えなかったことでも、
この世界にはいってからは、すらすらと口に出るようになっていた。
自分はジャーナリストの一人であり、
それなりのバックを背負っているという自覚がある。
「それは、あなた自身が教団にはいってみないと、
お分かりにならないことなのです。
私どもは決して戒律を破ぶたりは致しませんし、
実際にそう出来ないようになっているのでございます。それでは、どうぞ」
大沢は二人を促して立ち上がり、恂子の横にすっと寄って並んだ。
(NO157 謎の教団3~4へ続く)

