NO 216

戦い

中央太平洋に多数の陸塊群が浮上してから2週間がたち、
水道橋の倒壊ビルや、水害の復旧を残したまま元旦を迎えた。
一部を除いて株は暴落し、倒産が続いた。
水害にあった一般家庭の経済に追い打ちをかけるように、
野菜などの生鮮食料品の高騰が始まった。

編集部は、この未曾有の出来事を追うために、
休日を返上して出社していた。
槙原恂子はエルニーニョ関係の仕事を一時ストップさせて、
大陸隆起記事のまとめに余念がない。
しかし、今の恂子には、
教団が次にどのようにでてくるのか、うすうす分かっていた。
阿井との時を過ごしたあと、
彼の体内から直接伝わってくる波動を捉えていたのだ。

午前10時。
岡田のデスクで、電話が鳴った。
(きたわ・・・)
岡田は例によって、机上に上げた足を下ろしながら受話器を取った。
しばらく無言で聞いている。
「そうか、分かった」という声がいやにはっきり聞こえる。
岡田は山崎を呼んで何事か話していたが、
「頼んだデェー」と言い残して部屋を出て行った。

「天の羽衣教団は元日の今日正午に、共同記者会見をするそうだ」
デスクの山崎がみんなに伝えた。
「弥次喜多コンビは、まだ当分帰れないだろうから、
恂子と美雪で行ってくれ」
カメラを忘れるなよ、と山崎が付け加えた。
恂子は取材バッグに七つ道具を詰め込み、美雪に出発の合図を送る。

「先輩、教団の記者会見って何でしょうね」
美雪が言った。
水道橋へ向かう車の中である。
「さぁ、何かしらね」
知っていて、まだ答えられないことを訊かれるのは、つらい。
恂子は他の人に見えないものを見たり、感じたりすることが、
必ずしも楽しいことではないと思っている。
阿井は言った。
大海を知るということは、大変な事なのだと、
少なくとも、すぐには沈まない船をもっていなければならないと、
そして恂子は今、小舟を作りかけているような気がした。

阿井のことに心が向かうと、身体全体にしびれに似た感覚が戻ってくる。
あの時二人がしっかり抱き合いながら彷徨った空間は、
まったく現実を超越していた。
恂子は、阿井について、ムーについて、教団についても、
多くのことを知った。
それはとても一日や二日では理解不可能な情報量であった。
あれだけのものを見、感じ、経験し、
あれだけの時間を過ごしたのに・・・再び蝶の壁画の前へ戻った時には、
未だ午前0時前であった。
恂子が阿井の姿を見つけて走り出してから、30分もたっていなかったのである。
「あなたの愛の力が時の壁を超えさせたのです」
別れ際、阿井は恂子の耳元でささやき、きつく抱きしめてくれた・・・。

「先輩つきましたよ」
美雪に言われて恂子は我に返る。
車が教団ビルの正面に横づけされた。

(戦い、5,6へ続く)

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