NO 238

出発(たびだち)

”しんかい6500”は限界深度に達していた。
「深度、6520メートル。水温2.01度」
白戸が報告した時、母船からの緊急連絡がはいった。
「よこすか=しんかい。太平洋の様子が異常、
急ぎ浮上せよ。オーバー」
「しんかい、ラジャー」
小田桐が即答した。
「ソナーに反応!」
ほとんど同時に白戸が叫んだ。
「下方から異物接近」
障害物ソナーのディスプレイ全体が激しく乱れる。
小田桐がメイン推進器をフル回転させる。
船が急底に前進する。
その周りを下から上へ直径10センチほどの小岩石が
かなりのスピードで通過していく。
数がどんどん増し、中には人の頭ほどのものも混じっている。
「メーデー、メーデー。無数の岩石群に襲われている」
白戸が船の周り一面に何百、何千という小岩石が飛んでいるのを見て
絶望的な声を絞った。

後部に激しい衝撃を受け、船が前方にのめりこむ。
すぐに前部にも、3人の見ている前で2個が衝突した。
小岩岩の集団は1分ほどで通り過ぎて行ったが、
至る所に攻撃を受けた船は、航行不能となった。

10

「メイン推進器、補助推進器破損。水中テレビカメラ、
ステレオカメラ、投光器使用不能」
白戸が続ける。
「メーデー、メーデー。
バラストタンク排水不能。高度ソナー作動せず」
しかし、水中通話器ばかりか、無線もやられたらしく、
母船との連絡はとれない。

ようやく船に一応の安定が戻り、小田桐が無線の周波数を、
いろいろ合わせながら言った。
「先生、これは救助を待つのみですが・・・」
慎重に言葉を選んで続ける。
「いつまで船が安定しているかわかりません。
それに先生、正直に申し上げますと、
ここまで潜れるのは世界中で、この船しかないんです」
小田桐が白い歯を見せた。
笑ったのである。
それはまるで死刑執行の決まった罪人に、
神の世界を説く神父のように、冷静で威厳さえ感じさせた。
「どのくらいもつのですか」
曲の声も落ち着いていた。
「酸素は非常用をいれると5日分はありますが・・・」
船体がギシッと音をたてる。
「少しずつ降下しているんです。
先生と一緒なら、絶対大丈夫だと思っていたんですがね」
小田桐が曲の顔を見る。
曲は自分の運命を知った。

”よこすかⅡ”でも必死に無線の周波数を合わせていたが、
連絡はとれない。
”しんかい6500”に装備されているトランスポンダーによって、
その位置が確認され、検討の結果、
科学技術庁は、外交ルートを通じて、
グァム沖で作業中の
アメリカ掘削船グロマー・チャレンジャー号に
ボーリングパイプによる救出の可能性について打診していた。

(出発11~12へ続く)

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