NO 243

出発(たびだち)

20

画像を中継しているもっと上、
いや、もはや上という表現はあたらない。
地球と月の引力が釣り合うところ・・・。
白銀色の6コの球体が浮かんでいた。
2コが重合され、それを取り巻くように、
他の4コが散開している。
遠くに青い水の惑星がひっそりと、その美しい姿を見せ、
今その上で起こっている、
阿鼻叫喚などまったく夢のような、静謐さが漂っていた。

(あなたは、また邪魔なさったのですね)
朝日に輝く露のような思念が、はるか地球へ向かった。
(12000年前、私の領土を沈め、羽衣を奪ったあなた。
真の世界平和を目指す、私の心を踏みにじった、あなた)
(それはちがう)
闇が鳴動した。
(おまえたちのいう平和は、
私の創造したものたちを破壊したにすぎない。
おまえたちは、この星にやって来て以来、
ずっと私の細胞を破壊し続けて来たではないか)
(それは、あなたの創った細胞の一つ一つが
あまりにも戦闘的なものに、成長しすぎたからです。
それはあなた自身をさへ、脅かすに至っているではありませんか)
遠い星からやって来たネオムーの女王は
暗い空間に天女の姿を具現した。
(私はわたし、この第3惑星そのものである。
私は、かつて創造したものたちに何もしはしない。
そのように仕向けたのは誰なのだ。
自分の存在する意味を問うことなく、
一度は、自分たちだけに住みよい世界を創りあげようとし、
今又、未開発の者たちを、ただ盲目的に機械文明へと駆り立てて、
二度にわたって失敗を繰り返した)
(この度は、彼らにとってより善であり、
より幸福であると信じたからなのです)
(神と呼ばれることに増長したのだ。
神の上に神あり、神の下に神あり。
その連鎖をわきまえずに行動したのだ)
(苦は幸福の妨げになり、悪は平和の敵ではありませんか)
天空に輝く大きな月輪のなかに、天女の黒髪が舞った。

21

(天才を集め、無為なるものたちを抹殺すれば、
よい種子ばかりが生まれるものではない。
悪をことごとく追放すれば、善になるものでもない。
すべての対極にある観念を捨て去ることは、
逆にこちら側にあるはずの観念の存在を、
薄めることになるのだ)

この超自然的会話は、その内容にもかかわらず、
両者には感情の高ぶりが感じられない。
天女は冴え冴えとした月光を背に、
あくまでも気高く美しく、地球は静かに回転していた。

(私は彼らに平安を与えようとしたのです)
(平安は不必要だと思うもの、
反対するものを認めるところから生まれ、
対極にある心理こそ、同一であると観じるるところから、
大いなる平安が生まれるのだ)
数瞬、真の沈黙が続いた。

(羽衣は返していただけるのですか)
(おまえはそれを、あれほど望んでいたではないか。
結局悟ることが出来なかったようだが、
おまえの存在には、大きな意味があったのだ)
(私の存在理由ですか)
(また、12000年前と同じ問いをするのか。
おまえは使命を果たし、
やがてこの星に訪れる進化の袋小路は打開された。
還るがよい。
おまえは、おまえの平安を求めて故郷へ還るがよい)

また数瞬が過ぎていった。
すでに”おおいなる古き者たち”は沈黙し、天女の影もない。
二つの天体の光を受けて、
6コの球体だけが、白銀色の光を帯びていた。

(出発22~23へ続く)

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