出発(たびだち)
24
槙原恂子は、自分が3日3晩眠っていたことを、
そしてその間に何が起こったかを知った。
「ネオムー帝国は沈んだのですか・・・」
この部屋の周囲に展開されていた光景は、
すでに静けさを取り戻し、
存在を誇示していた、中央政府ビルはその影さえもなく、
あれほどの勢いで浮上してきた大陸塊は、そのかけらも見えない。
暗い空に浮かぶ、弓のようにそげ落ちた月の光のなかに、
未曾有の出来事が終焉した余韻にしては、
あまりにも小さな白波がたっているばかりであった。
恂子は起き上がろうとして、
身体に何もつけていないことに気がつき、
頬を染めて、再び毛布の下に白い裸身を隠した。
身体の節々に痛みを覚える。
阿井によって心は開放されたとはいえ、
瞬時に”時の部屋”に連れ込まれた衝撃に、筋肉が凝り固まっていた。
「もうしばらく休んでいたほうがよい」
阿井の右手がそれとは分からないほど、かすかに恂子の頬に触れ、
彼女は目を閉じた。
どのくらい眠っていたであろうか。
恂子はまどろみながら、左のまぶたに熱いものを感じていた。
それはもう片方に移り、頬を伝わって耳のあたりを彷徨い出す。
「・・・・・」
阿井が何か言っている。
同じ言葉を何度も繰り返していた。
「・・・・・」
恂子は、ふいにその言葉の意味が分かって、彼の肩に手を回した。
(私も愛しています)
恂子は心の中でささやく。
きつく抱きしめられた。
「あっ!」
恂子は小さな叫びを漏らし、思わず目を開く。
いつの間にか隣に阿井の身体が並んでいた。
「愛している」
今度ははっきり声に出して言った。
25
熱いものが耳朶から首筋に移動し、恂子は再び目を閉じた。
阿井の唇は肩から二の腕へと下降する。
だがそれは恂子の身体に直接触れてはいない。
小指一本の幅くらい離れているのだが、
じかに触れられる以上に熱く感じる。
恂子の肌がピンク色に染まっていく。
やがて阿井の唇は、
彼女の、まろやかな丸い双丘を∞の字を描くように行き来しだした。
(・・・・・・・)
阿井の心がささやいている。
彼の唇が移動するたびに、
その部分部分で同じささやきを繰り返している。
恂子も、阿井のささやきを感じるたびに、
その部分の肌が、同じ言葉で答えている。
凝り固まっていた彼女の血が全身を巡り、
身体全体がイキイキと輝き始めた。
時が流れる。
恂子は阿井が、
自分の全身に愛の入れ墨をし終えたのを知って、息を止める。
静かに阿井が入ってきた。
いったん拡散した血が一点に集中する。
(・・・・・)
二人の愛の接点から、また同じ阿井のささやきを感じたと時、
恂子は既に忘我の空間を浮遊していた。
(出発26~27へ続く)

