NO 245 New

出発(たびだち)

 

24

槙原恂子は、自分が3日3晩眠っていたことを、
そしてその間に何が起こったかを知った。
「ネオムー帝国は沈んだのですか・・・」

この部屋の周囲に展開されていた光景は、
すでに静けさを取り戻し、
存在を誇示していた、中央政府ビルはその影さえもなく、
あれほどの勢いで浮上してきた大陸塊は、そのかけらも見えない。
暗い空に浮かぶ、弓のようにそげ落ちた月の光のなかに、
未曾有の出来事が終焉した余韻にしては、
あまりにも小さな白波がたっているばかりであった。

恂子は起き上がろうとして、
身体に何もつけていないことに気がつき、
頬を染めて、再び毛布の下に白い裸身を隠した。
身体の節々に痛みを覚える。
阿井によって心は開放されたとはいえ、
瞬時に”時の部屋”に連れ込まれた衝撃に、筋肉が凝り固まっていた。
「もうしばらく休んでいたほうがよい」
阿井の右手がそれとは分からないほど、かすかに恂子の頬に触れ、
彼女は目を閉じた。

どのくらい眠っていたであろうか。
恂子はまどろみながら、左のまぶたに熱いものを感じていた。
それはもう片方に移り、頬を伝わって耳のあたりを彷徨い出す。
「・・・・・」
阿井が何か言っている。
同じ言葉を何度も繰り返していた。
「・・・・・」
恂子は、ふいにその言葉の意味が分かって、彼の肩に手を回した。
(私も愛しています)
恂子は心の中でささやく。
きつく抱きしめられた。
「あっ!」
恂子は小さな叫びを漏らし、思わず目を開く。
いつの間にか隣に阿井の身体が並んでいた。
「愛している」
今度ははっきり声に出して言った。

25

熱いものが耳朶から首筋に移動し、恂子は再び目を閉じた。
阿井の唇は肩から二の腕へと下降する。
だがそれは恂子の身体に直接触れてはいない。
小指一本の幅くらい離れているのだが、
じかに触れられる以上に熱く感じる。
恂子の肌がピンク色に染まっていく。
やがて阿井の唇は、
彼女の、まろやかな丸い双丘を∞の字を描くように行き来しだした。
(・・・・・・・)
阿井の心がささやいている。
彼の唇が移動するたびに、
その部分部分で同じささやきを繰り返している。
恂子も、阿井のささやきを感じるたびに、
その部分の肌が、同じ言葉で答えている。
凝り固まっていた彼女の血が全身を巡り、
身体全体がイキイキと輝き始めた。

時が流れる。
恂子は阿井が、
自分の全身に愛の入れ墨をし終えたのを知って、息を止める。
静かに阿井が入ってきた。
いったん拡散した血が一点に集中する。
(・・・・・)
二人の愛の接点から、また同じ阿井のささやきを感じたと時、
恂子は既に忘我の空間を浮遊していた。

(出発26~27へ続く)

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