NO 247

出発(たびだち)

29

三枝由美は、岡田遥之の後ろに回って背広を脱がせる。
岡田は,ほどいたネクタイを由美にわたし、ソファーに深々と座った。
由美はテーブルにグラスを二つ置く。
ビールを取り出し、岡田のグラスになみなみと、
自分のそれには、半分ほど注いだ。

「ご無事で・・・」
由美が小声で言って、二人はグラスを合わせる。
「阿井が恂子を救うために、一瞬にせよ力をゆるめなければ、
おそらく無事では戻れなかっただろう」
岡田は一気にグラスを干した。
「阿井と恂子が愛し合っていたからこそ、
俺もウイリアムズも、
ネオムー枢機卿の強力なPKから逃れることができたのだ」
「伯爵は亡くなられたそうですね」
「壮絶な最期だった。
なにしる地下600キロに隠されていた”羽衣”を移動させたパワーだからな」
「”羽衣”とは本当は何だったのでしょうか」
「彼らは遠い昔、遙かな星からやって来た一族なのだ」
岡田を直接の答えを避けるように、話の方向を変え、タバコに点火した。
「スバルですね」
「そうだ。
一族の女王が、この地球に理想を求めて築いたムー大陸が沈んだ時、
”羽衣”は地下深くに埋もれてしまったのだ」
「彼女はその”羽衣”を12000年の間探し続けていたのですね」
「だから世界各地に羽衣伝説、説話が生まれた。
西欧では、”白鳥処女説話”と言われているが、
その定型は、天女が羽衣を脱いで沐浴している間に、
漁師がそれを盗んで隠す。
帰れなくなった天女は、漁師と結婚して何人かの子女を生む。
子どもたちが2,3歳になった時、”羽衣”を発見して昇天するというものだ」

30

「残された天女の子どもたちは、どうなるのですか」
由美は興味を引かれたように先を促した。
「それぞれの民族の祖となる。
つまり天女は新しい民族を生むために、重要な存在だったのだ」
「天の羽衣教団は、天女の子どもたちの末裔だったのですね」
「そうだ。そして天女は、とうとう羽衣を見つけた。
いや、我々”GOO”の創造者が、返してやったにちがいない」
「何故今になって・・・」
由美は残りのビールを注ぎながら、次の疑問を投げかける。
「説話が示しているように、おそらく彼女の役目は終わったのだろう。
だとすれば、彼女は彼女の世界に生きるのが一番いいのだ。
この地球上に彼女の平安はない」
紫煙がゆれ、独特の甘い香りの満ちた部屋に、岡田の声が溶け込む。
ややあって、由美がポツンといった。
「帰るのですね・・・」
岡田はグラスを空けると、ある情感と共に口を開いた。
「そうだ、帰るのだ、彼らの故郷へ・・・”羽衣”に乗ってな」

ビールを取りに立ち上がった由美は、
何かに引き寄せられるように岡田の膝に崩れた。
たちまち彼の腕に捕らえられ、身体の中心を深々と貫かれていた。
「あぁ・・・」
由美の声が尾を引く。
自分であって自分でない生き物が目覚め、叫んでいた。
1時間が瞬く間に過ぎ、岡田はまだ由美の中にいた。
「好きよ・・・ああ・・・あなたすごいわ・・・」
由美は岡田の首に腕を回して引き寄せる。
唇が重なる。
由美は自分の中で自分が変化していくのを意識していた。
より新しいものへ、より高次なものへと、心が、そして身体が変わっていく。
その時、頂点だと思っても、もっと先があり、そしてさらに先の予感があった。
また1時間が過ぎる。
いま由美の中に宇宙があった。
そのなかで、彼女は人を超えて進化し、一転して獣になり再び人に戻る。
何処までも続く連鎖であった。
進化は循環し、循環しながら、
超える度にまた現れる頂点へと上りつめていった。

(出発31-32へ続く)

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