NO 248

出発(たびだち)

31

夜10時。
天上の高みから4個の白銀球が、大気圏に突入した。
それは、太平洋上で四方に分散し、ひとつが東京へ向かった。

「あっ、流れ星!」
食事をたんのうして、恂子と二人、地上に出てきた深雪が、
2,3歩走り出して空を仰いだ。
流れ星は、大勢の人たちが見上げている上空を通過し、
ふと、闇に消えた。
だが、恂子には、
それが闇よりも暗くそびえる、
ネオムー帝国アジア総大使館の中に、吸い込まれていったのが分かった。
言いようのない不安が彼女の全身を襲う。
「急用を思い出したわ。今日はこれでね・・・」
恂子が手を上げた。
深雪が、驚いて振り返った時には、
恂子はすでに止まったタクシーに半分身体を入れていた。
「歌舞伎町」
深雪には、走り出す車の中で恂子が、そう言ったように見えた。

「羽衣収納。”急の舞”開始7時間前」
無人の60階に、コンピュータのうつろな声が響く。
そして同じ意味の音声が
ロサンゼルス、シドニー、サンチャゴのビル内にもこだましていた。

32

”アマランサス”は無人であった。
ここしばらく使用されていないことを物語る、空虚さがただよっている。
恂子は壁画の通路に入った。
心なしか壁一面の蝶も色あせてみえる。
ちょうど目の高さに描かれた、謎の黒い扉の上に、
ぼんやりとした光の塊がよどんでいる。
「阿井さん」
恂子はその光に呼びかけた。
「出発(たびだち)の時がきたのですね」
声にすべての情感がこもっていた。
(私はいつもあなたの内にいるのです)
阿井の残留思念が伝わってきた。

光が一瞬またたいて消えると、
蝶の壁画はただの白い壁に還元していた。

(出発最終回、33,34へ続く)

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