NO 249

出発(たびだち)

33

5月16日。
夜明け前の冷気のなかに、
ネオムー帝国アジア総大使館ビルが、孤独な黒い影をみせていた。
ビルから20メートルほど離れた周囲に張られたロープと、
昼夜を問わず目を光らせている制服の警官が、
むしろ滑稽に写るほど寂とした趣がある。

ロープを守っていた一人が、
一日中耳にしている風の音のなかに、何か異質な響きを聴いた。
「おい、何fだこの音は」
10メートルほど離れている同僚に声をかけた。
「えっ、何だって」
聞き取れずに問い返した同僚は、
足下に衝撃を感じて思わず足を踏ん張った。
不気味な音と共に、
目の前から7,8,メートル先の地面に亀裂が生じた。
それは円形に走ってたちまちビルを取り囲んでいく。
警官たちがようやく事態に気づいた時には、
亀裂に沿って内部が5メートルほど持ち上がっていた。
自分たちが張ったロープにつかまりながら、
次第に遠ざかる地面を見下ろす警官たちの目には、
狂気を通り越して諦観が宿った。

ネオムー帝国アジア総大使館ビルは、
その周囲30メートルほどの土地とともに、
音もなく垂直に上昇していた。

34

「”急の舞”進行中。”羽衣”作動順調」
ビルの60階。
コンピュータの声に重ねるように NO3が言った。
「行くのですね・・・」
「帰るのだよ、我々の祖先の星へな」
NO1の声に感動がこもる。

ビルの最上部64階。
”白のお方”が結跏趺坐していた。
部屋の中央には、直径10メートルちかい白銀色の球体が浮いていて、
絶え間なく青い光を明滅させながら、ゆるやかに回転していた。

”羽衣”である。

”羽衣”とは反重力発生装置であった。
それは、ネオムー帝国の大陸塊を復活させた
エネルギーのほんの一部を使って、このビルを浮上させていた。

女王の故国スバル系では、この装置によって自らの星のなかを飛び回り、
王家の者たちは、
その血筋に受け継がれてきた、強力な霊波との融合によって、
超空間を翔び、銀河の果てまでも移動していたのである。
その羽衣が失われ帰る手段を無くした女王は、
故国の繁栄を夢見て、
2度にわたって、この地球に自分たちの理想郷を築こうとして、
惑星そのものに拒絶されてしまった。
だが今、羽衣は再び彼女のもとに戻り、
多くの子孫達と共に、なつかしの故郷へ旅立とうとしているのである。

すでにビルは高度500メートルに達していた。
そして、ロサンゼルス、シドニー、サンチャゴにおいても、
それぞれのビルが上昇を開始した。
ほとんどの人たちがまだ眠っている時刻である。
だが、一人だけ、ビルの上昇をじっと見つめている女性がいた。
槙原恂子であった。
アマランサスで、阿井の残留思念から、今朝の別れを知った恂子は、
そのままここに来て一夜を明かした。
(・・・・・・・)
一晩中、空中でしっかりと抱擁し会っていた阿井と恂子の想いが、
やがて少しずつ離れ始めた。
顔が、胸が、腕がそして指先が・・・。
徐々に速度を増しながら限りなく上昇するビルの影は、
2ヶ月ぶりに見る日の出の中で、きらめく光に露となって消えていった。

(出発、終わり、エピローグへ続く)

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