エピローグ
5
同じ頃。
リスボンのネオムー帝国ヨーロッパ総大使館ビルは、
赤い屋根と白い壁の続く坂道の行き止まりに、一際高くそびえていた。
ビルの周囲には観光客が群がっている。
この帝国遺産は、各国の研究対象となっていたが、
18階の壁はダイナマイトや、レーザーなど、
可能な限りあらゆる手段をもってしても破壊できなかった。
ヘリコプターでテラスに降り立った研究者たちも、
内部へ入る手段を発見することができないまま、
その表壁やビルの構造などについては、未だ解明されていなかった。
18階にある羽衣の壁の前で、藤守良がカメラを構えていた。
何度かシャッターを切った後、抜けられないはずの壁に吸い込まれる。
27階までを自由に行き来し、無人の通路にシャッター音が響く。
(恂子、俺はようやく分かったぜ。
俺自身が何者であり、何故お前に惹かれるのかを・・・)
良は窓のない壁面から遥か遠い日本の方を眺めた。
「お前は人類にとって希望の星だ。
俺はその光を遮ろうとする者から、お前を守らねばならない。
これからは何時いかなる時でもお前を守ってやるぜ」
自信に満ちた力強い言葉が、良の口をついて出た。
6
はるか冥王星の軌道を横切って、太陽から遠ざかっていく物体があった。
二つの重合された小さな白銀球と、
四つの細長い漆黒の飛行物体である。
(いよいよ太陽系ともお別れね)
No3の波動が伝わる。
極寒と無重力の中を行く、
ネオムー帝国アジア総大使館ビルの内部60階には、
東京にあった時と寸分違わない世界があり、
紫色の霧が流れている。
「第1回小ワープ開始60分前」
コンピュータの声が流れる。
阿井真舜は58階の自室に佇み、
自分の理想を具現すべく作成した、
ネオムー帝国の縮小模型を眺めていた。
何故か彼には計画挫折の悲哀はなく、
むしろ、自分は与えられた運命に従って生きたのだという、
満足感さえ芽生えていた。
槙原恂子の顔が浮かんだ。
指先に、手に腕に胸にと彼女の肌の感覚が甦ってくる。
やがて彼の姿は霧の中に揺らいで消えた。
(エピローグ7~8へ続く)